『An unexpected excuse』

    〜リリカルなのは 過去編〜






時空管理局巡航L級8番艦アースラ。
その管制室で、通信主任のエイミィが慌てたように指を素早く動かす。

「駄目っ! また何処かに転移しようとしているよ」

「エイミィ、転移の阻止、もしくは転移先を割り出せないか」

「今、やってるところ!」

この艦の艦長、クロノ・ハラオウンの言葉にすぐさま返しつつも、指は止まる事なく高速でキーを叩く。
二人の視線の先、モニター上には、ここから遠く離れた場所で戦っている二人の少女の姿が映し出されている。
金髪を後ろへと靡かせながら空を駆る少女は、その手にした鎌状のものを振るう。
その後方では、髪を一つに纏めた少女が杖を構えてじっと佇んでいた。
闇に包まれた球体から、闇色の軟体生物の手足のようなものが何本も伸びて二人の少女を捕らえんと蠢く。
それらを金髪の少女は手にした得物で切り裂いていく。

「フェイトちゃん、後ろ!」

動き回る金髪の少女、フェイトの後ろから迫っていた触手が、
注意を促した少女の手にした杖から射出された光の光線によって吹き飛ぶ。

「ありがとう、なのは」

小さな笑みと共にフェイトはなのはへと礼を言うと、手にした武器、バルディッシュで攻撃を再開する。

「エイミィさん、クロノくん、このままだとロストロギアが転移しちゃいますけど、どうすれば良いですか」

問答無用で吹き飛ばしても良いかと言外に尋ねるなのはに、クロノはしかし首を横に振る。

「どんな影響が出るか分からないから、慎重に頼む。
 こちらでも、転移を阻止する為に動いている。
 それと同時に、どんなロストロギアかも探査しているから。
 すまないが二人とも、もう少しソレをその場に留めてくれ」

「言うのは簡単、だよね!」

フェイトの攻撃の隙を付くようにしてなのはへと迫る触手を避けながら、
なのはは自身の周囲に展開させた幾つもの球体を闇へと向かって放つ。

「ディバインシューター!」

なのはの言葉と共に、まるで解き放たれたかのように球体、ディバインスフィアが光弾と化して加速する。
幾つかはなのはへと迫る触手を吹き飛ばし、残ったものは闇の球体である本体へと向かう。
だが、それらはその表面部分、闇に触れた瞬間に掻き消える。
まさに闇に飲み込まれたかのように、触れた部分に小さな波紋を残し。

「どうも、触手の方には攻撃は通じるみたいだけれど、本体らしきものには通じないみたい」

なのはの横へと戻ってきたフェイトがそう口にすると、なのはも同意らしく頷く。

「もっと出力の大きい魔法ならどうなるのかは分からないけど……」

「でも、それはクロノくんが駄目って言っているしね」

「なのは、来る!」

二人へと迫る攻撃を避けるため、なのはとフェイトは左右に分かれる。
これ以降も、二人は交互に魔法で攻撃を繰り出すも、やはり本体部分にはダメージらしきものは見受けられない。
このままでは、向こうがどうかは分からないが、確実になのはとフェイトは疲れてしまう。
と、そこへアースラからの通信が届き、二人は顔にこそ出さないものの安堵する。
しかし、それは期待するようなものではなく。

「すまない。これ以上、転移を押さえておけない」

「そんなっ!」

「だが、そのロストロギアの形状は分かった。
 目に見えている闇色の球体は本体じゃない。言うならば、本体を守るシールドだ。
 闇の衣といった所か。本体の形状は、直径二十センチにも満たない玉のようなものだ」

「「二十センチ!?」」

クロノの言葉に疑わし気に前方を見遣る二人。
それもそのはずで、目の前の闇色の球体は優に数メートルはある。
だが、今はそれどころではないとなのははクロノに問い返す。

「それよりも、どうすれば良いの。一発、大きいのやっちゃう?」

「駄目だ。形状は分かったが、このロストロギアが何なのかがまだ分かってない」

「でも、このままだと転移しちゃうんでしょう」

「それはそうなんだが……」

クロノも困ったように目を閉じる。
何かを考え込んでいる様子だったが、やがて意を決して決断を下す。

「仕方ない。なのは、破壊してくれ」

「うん、任せて」

その言葉を聞いて、闇色の球体から距離を開けるべく飛行するなのはを見ながら、
クロノは注意するように促す。

「だが、くれぐれも慎重にな。何が起こるのか分からないんだから。
 フェイトも、無茶はするなよ」

「うん、分かっているよ」

「はい」

クロノの通信に短く答えると、なのはとフェイトは顔を見合わせて頷き合う。

「じゃあ、私が大きいやつを準備するから、フェイトちゃんは……」

「あれの注意を引き付けておく」

「お願い」

なのはに頷き返すとフェイトは方向を反転させ、迫る触手を切り払いながら球体へと向かう。
そのフェイトの背中を見送りながら、なのははレイジングハートを両手でしっかりと構える。
全員が息を潜める中、なのははスターライトブレイカーを放つ為の準備に掛かる。



≪フェイトちゃん、どいて≫

なのはの念話を受け、フェイトは全速でその場から飛び退く。
後ろを追ってくる触手に構わず、ひたすら離脱するために飛ぶ。
フェイトが充分に離れたのを見届けると、なのははスターライトブレイカーを放つ。
真っ直ぐにロストロギアへと放たれたスターライトブレイカーは、しかし、闇の衣に触れた瞬間、
今までと同様に、吸い込まれるように消えていく。
まるで、なのはの魔法を吸い込むかのように表面がゆらゆらと揺れる。
スターライトブレイカーの放射が収まると、そこには何事もなかったかのように浮かぶ闇色の球体が残されていた。

「そんな……」

やや呆然と呟くなのはに対し、エイミィはすぐに今のを分析に掛かる。

「何か分かったか、エイミィ」

「焦らないで、クロノくん! それよりも、なのはちゃんたちを撤退させた方が良いかも」

「そうだな。なのは、フェイト、何が起こるか分からないから、とりあえず、その場から離脱してくれ」

「でも……」

「なのは、これは命令だ。良いね」

「……はい」

何処かへと転移してその先で何か起こすかもしれないと思うと素直には頷けないが、
それはフェイトも、そして命令を出したクロノも同じだと思い直し、なのははその場からの離脱を図る。
が、それまで傍観してい触手がなのはへと迫る。
それらを掻い潜るも、まるで誘導されるかのようになのはは球体の傍へと追い詰められる。
フェイトが助けに行こうとするも、その前にも無数の触手が現れる。

「まさか、さっき放ったなのはの魔力を使っているのか!?」

クロノが急に数を増し、動きの良くなった触手を見てそう洩らす。
と、それを遮るようにエイミィが声を上げる。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、早く離れて! そのままだと、ロストロギアの転移に巻き込まれる!」

エイミィの言葉に慌ててその場を離れるフェイトとなのは。
しかし、なのはは触手に阻まれて殆ど離れる事が出来ないでいた。
すぐにフェイトが気付いて引き戻した瞬間、ロストロギアの転移が完成する。
その近くにいたなのはと共に。

「エイミィ! 転移先は!?」

「駄目、分からない!」

「くそっ! なのは、無事でいてくれよ」

クロノの洩らした声が、管制室に小さく響く。



その後、帰還したフェイトも交えての作戦会議が行われる。

「とりあえず、分かった事だけを報告しておく。
 まず、今回のロストロギア、『ディスアグラトン』の特性についてだが」

「ディスアグラトン?」

「ああ。周囲の魔力を取り込むロストロギアだと分かった。
 あの闇の衣は、本体の防御とその為の手段の一つだと分かった。
 あれに触れれば、全ての魔力は食われる事になる。
 完全稼動すれば、周囲の魔力を無差別に、しかも際限なく吸い取る代物みたいだ」

「それじゃあ、なのはは!?」

「いや、多分大丈夫だろう。まだ完全稼動状態ではなかったから。
 闇の衣にさえ触れなければ、魔力を吸い取られる事はない。
 ただ、その転移先が不明だ。
 異世界への転移なら良いが、次元の狭間など、人が生身で生息できない場所に転移されていたら……」

「そんな……」

「とりあえず、私たちも今、必死で探しているから。
 なのはちゃんが無事なら、その内、連絡もあるだろうしね。
 そう落ち込まないで、フェイトちゃん。きっと大丈夫だって」

「……はい」

エイミィの言葉にも、フェイトは何処か力のない返事を返す。
落ち込むフェイトにそれ以上の言葉を掛ける事も出来ず、クロノは淡々と必要事項だけを述べていく。
少しでも早く会議を終わらせ、なのはの探索を始めるために。
そして、フェイトを休ませるために。



 ∬ ∬ ∬



海鳴市の藤見台。
高町恭也はそこの一角にある墓地へと赴いていた。
特に何かあった訳ではないのだが、何となくそんな気になったのだ。
父の墓にはつい最近来たばかりなのだが。
自分でも苦笑を滲ませつつ、ふと墓地ではなく、
そこから少し上がったところにある見晴らしの良い草原へと足を向ける。
見晴らしは悪くないが、人気の少ない、滅多に人の来ない静かなその場所は、
実は恭也の密かなお気に入りの場所の一つだったりする。
誰もいない見渡す限りの草原を目に入れながら、恭也は深呼吸すると、澄み渡る青空を見上げる。
と、空の一部が陽炎のように歪み、まるで紙を破るかのように縦に切れ目が走る。
驚く恭也の見ている中、その空間から気を失っているらしき一人の少女が落ちてくる。
恭也の頭上から地面へと落ちる少女を恭也は受け止め、
とりあえず呼吸が落ち着いている事にほっと胸を撫で下ろす。
どうしたものか考える恭也の腕の中、少女が薄っすらと目を開ける。
恭也と少女、なのはの視線が一瞬だけ会い、なのはは安心したような顔を見せると、

「おにい……ちゃ」

そのまま意識を手放す。
腕の中のなのはを見詰めたまま、恭也は暫し考えた後、病院か家へと連れて行こうと少女を抱き上げる。
と、その胸に首から下げられたペンダントの赤い石が光り、そこから声がする。
どうやら英語のようで、恭也は何とかそれを聞き取る。

【問題ありません。暫く休ませたいので、その木の根元に寝かせてもらえませんか、恭也さん】

「ああ、分かった。って、どうして俺の名前を?」

当然の疑問を見せる恭也に、レイジングハートの方が疑問を見せる。
しかし、よく見てみれば、自分の知っている恭也よりも若い。
そう、初めてなのはのデバイスとなった頃と同じか、まだ下というぐらいに。
レイジングハートは幾つかの可能性を考え、結果、下手な干渉を控える事にする。

【その質問には、後でマスターからお聞きください】

「……分かった」

レイジングハートの言葉をゆっくりと頭の中で日本語に変換し、恭也はとりあえず頷く。
人に化ける狐などを見てきた所為か、喋る石には大して驚かなかったようだ。
そんな自分に苦笑を見せつつ、恭也は眠る少女の近くに腰を降ろすと、少女が目覚めるのを待つ事にするのだった。

こうして偶然の積み重なりから二人は出会うこととなる。
これもまた運命だったのか、それとも単なる神の悪戯だったのか。
どちらにせよ、現時点ではまだ二人は出会っただけで、お互いの事を何も知らないのだった。





<おわり>




<あとがき>

眞紗斗さんからの410万ヒットリクエストです。
美姫 「おめでと〜。って、続き物っぽいんだけど」
いや、続かないぞ。
単に二人の出会い編という事だから
美姫 「これって、出会ってるの?」
まあ、出会っているんじゃないかな。
一応、この後はなのはから説明があって、
一緒にこっちに来たロストロギアの回収を手伝うって感じかな。
美姫 「ふーん」
ともあれ、どうして違う世界の二人が出会ったかということだったので。
美姫 「ここまでって訳ね」
おうともさ。
という訳で、今回はここまでです。
美姫 「それじゃあ、また次で〜。って、次は誰の番なの?」
さあ、誰にしようかな〜。







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