『An unexpected excuse』

    〜シャマル編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の言葉に騒々しかった場が一瞬で、まるで水を打ったかのように静まり返る。
誰もが息を潜めて恭也の言葉を待つ中、恭也は諦めたようにその名前を口にする。

「シャマルさんだ」

面識のない者は誰か分からずに首を傾げているが、美由希たちの態度からそれが言い逃れなどではないと理解する。
落ち込む者やすっきりしたような顔を見せる者など様々な反応を見せるFCたちに恭也は軽く頭を下げる。

「そういう事なので、すまない」

頭を下げる恭也に少し慌てながらも、FCたちはその場を去っていく。
ようやく静けさの戻った中庭で恭也は人心地つくと、僅かに強張っていた身体を解すように軽く揉む。
変に緊張したとばかりに。
その仕草に苦笑を漏らしつつも、美由希たちは特に労いの言葉を掛けるでもなく既に好き勝手に話し始めている。

「恭ちゃんもさっさと言えば、こんなに苦労しないで済んだのに。そう思いません、那美さん。
 そもそも、シャマルさんみたいな素敵な人が、恭ちゃんみたいな人を好きになるなんて奇跡なんですから」

調子付いて語る美由希であったが、他の者は慣れた様子で美由希から離れて行く。
当然のように、その後には折角静けさの戻った中庭に美由希の絶叫が響く事になるのだが。



足元に倒れている美由希を一瞥し、恭也はレンへと声を掛ける。

「ああ、レン。今日の夕飯はレンだったよな。すまないが今日はいらないから」

「はい、分かりました。はやてちゃんの所ですな」

「ああ」

「ち、違うよ、レン。はやてちゃんの所じゃなくて、シャマルさんのとこ……ぐげぇっ!」

何とか身体を起こして何を言うかと思えば、わざわざ細かい所を訂正し、そのお陰で背中を恭也に踏まれる美由希。
更に恭也は美由希を踏み付けたまま、足をグリグリと動かす。

「や、やめて、恭ちゃん……く、くるじぃぃ」

美由希の声を無視して続けること数秒、美由希はもがくように伸ばした手をぱたりと倒し、そのまま地面に突っ伏す。
物言わぬ物体に成り下がったのを見て、恭也もようやく足を退けるのだった。



  ◇◇◇



その日の放課後、まっすぐに帰宅した恭也は素早く着替えるとすぐに八神家へと向かう。
その道の途中でシャマルと出会う。

「こんにちは、恭也」

「ああ。何処か行くのか?」

「ええ、ちょっと夕飯のお買い物に」

「なら一緒に行っても良いか」

「はい」

恭也の言葉に嬉しそうに返すシャマルに恭也は気付かれないように苦笑を零す。
シャマルが恭也に気付くよりも早く、恭也は遠目からシャマルがこの電柱の所に立っているのを見つけていたのだ。
敢えて気付かない振りをして近付けば、シャマルも恭也に気付いて歩き出してこうして出会った訳である。
恭也の家からはやての家へと向かうのに恭也は必ずこの道を通る。
大体、恭也の学校が終わる時間もシャマルは知っており、多分待っていたのだろうと。
だが、それを口にするような野暮な事はしないでシャマルと並んで歩く。
ただ一緒に買い物に行くだけだというのにシャマルはとても機嫌が良く、それだけでも恭也としては喜ばしい限りである。
近所のスーパーに入り、シャマルが取った買い物篭を無言のままにその手から奪って自分で持つ。
互いに特に何もいわずにそのまま中へと入り、買い物を始める。

「それで、今日は何を作るんだ?」

「ちょっと待ってください。はやてちゃんからメモを預かっているので……」

言って取り出したメモに目を落とし、そこに書かれた商品をただ取るのではなく、より良いものを選んで入れていく。

「これと、これですね」

「これで全部か?」

「ええ、お野菜はこれで全部ですね。後は……」

もう一度取り出したメモを二人で覗き込み、次の売り場へと向かう。
傍から見れば仲の良い若夫婦と映るぐらいに自然に。

「そう言えば、今日はシャマルは何も作らないのか?」

「えっと、まだあまりレパートリーが多くなくて。
 同じ物ばかりでは恭也も飽きてしまうでしょう。
 とは言え、新しいのははやてちゃんだけじゃなく、晶ちゃんやレンちゃんにも教わっているんですけれど、
 まだ恭也に食べさせれるほどにはなってなくて……」

「そんなに気にしなくても良いのに。どんな物でも美由希よりはましだし……」

「あまり褒められている気がしません。
 と言うか、褒めてませんよね、それ。
 もう、そんな事を言うと、新しいレパートリーが増えても食べさせてあげませんよ」

「それは困るな。シャマルの料理は好きだからな。
 それに、俺は美由希よりはましだし、
 シャマルが俺の為に作ってくれたものなら何だって食べると言うつもりだったんだが」

「そ、そこまで言われたら食べさせない訳にはいきませんね。
 それに私も恭也の為に作っているのだから、食べて欲しいし……。
 でも、そう言ってくれるのは嬉しいですけれど、やっぱり上手く出来てないのはあまり出したくないんです。
 恭也には少しでも良い私を見て欲しいですから」

はにかみながら言うシャマルに、恭也もまた微笑で返すのだった。



買い物を終えた帰り道、二つの袋を持つ恭也の横を歩きながら、シャマルは一つだけでもと袋へと手を伸ばす。
だが、恭也はそれを軽く躱す。

「もう、一つぐらい持ちますから」

「いや、重いから」

「でも持ちたいんです」

珍しく譲らないシャマルに恭也は理由を尋ねると、少し照れながらも教えてくれる。

「そのままだと恭也の両手が塞がってて繋いだり出来ないじゃないですか。
 だから一つは私が持ちます」

「なら、これでどうだ?」

左手の荷物を右手に持ち、開いた左手をシャマルに伸ばす。
その手を取りながらも、シャマルは恭也に気遣わしげに視線を向ける。

「でも、右手にそんなに持って大丈夫なの?
 やっぱり私も……」

「いや、これぐらいなら大丈夫だから。もし疲れたら、繋ぐ手を逆にしてくれれば良い」

「……分かったわ。言い出したら恭也も意外と強情だものね。
 ここは大人しく従っておきます。でも、本当に疲れたら言ってね。
 一つぐらいなら私だって持てるんだから」

「ああ、分かった」

返事を聞きながら、シャマルは繋いだ手を動かして指と指を絡ませる。
恭也との距離を殆どないぐらいにまで縮め、手を握ったまま腕を絡めて恭也の表情を窺う。

「歩き難くない?」

「いや、大丈夫だ。
 ……でも、そうだな。少しだけゆっくりと歩こう」

少し照れつつもそう言ってくる。それが歩き難いから出た言葉ではないと分かり、シャマルは満面の笑みで応え、
言葉にせずに自身の歩く速さを落とす。それに合わせて恭也もゆっくりとした歩調になる。
ゆっくりと暮れ始める空を見上げながら、二人で一つの影を作りながら家族の待つ家へと。



  ◇◇◇



はやてが夕飯を作り、シャマルがその手伝いをする。
出来上がるのを待っている間、恭也はヴィータの相手をしていた。

「王手だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「またか」

「これで本当に最後だから」

「まあ良いけれどな」

将棋を指す恭也とヴィータ。二人の対局を横で見ていたシグナムは少し呆れた声で、

「その台詞はもう二度目だぞ」

「まだ二回じゃねぇか」

「最後と言っているのに、二度ある方が可笑しいんだ」

「うるせぇ、恭也が良いって言ってるんだから良いじゃないか。
 なあ、恭也」

「そうだな。だが、あまり甘やかすのも良くないからな。
 今ので待ったはお終いだぞ」

「うっ。も、問題ねぇですよ。ここから逆転してやるから」

「だと良いがな。恭也、その後は私と頼むぞ」

「どっちだ? 剣か将棋か?」

「今日は将棋にしておこう。お前と剣でやりあうとすぐに終わらないからな」

「だな」

互いに良い鍛錬相手に巡り会えた嬉しさからか、似たような笑みを見せる。
そんな二人を見比べながら、今度はヴィータは呆れたような声を出しながら肩を竦める。

「へっ、バトルマニアばっかりだな」

「だれがバトルマニアだ、だれが!」

「バトルマニアじゃなければ、バトルジャンキーか?」

「ぬぬ、ヴィータ貴様言わせておけば」

「へっへ〜ん。事実だろうが」

怒るシグナムに舌を出して更に挑発するヴィータ。
当然、その言葉は恭也にも向けられたものであるのだから、この男が反撃に出ないはずもなく。

「まあ、待てシグナム」

「恭也、何故止める!」

「いや、別に止めるつもりはないんだがな。
 そうそうヴィータ、さっきシャマルと買い物をした帰りにアイスを買って来たんだが……」

「アイス! 風呂の後に食っても良いのか!?」

「いや、なに。バトルマニアの買ってきた物を食べると、お前までバトルマニアになってしまうかもしれないからな。
 仕方ないから、ここは俺とシグナムが多く食べよう」

「そうだな、私とお前はバトルマニアらしいから問題ないだろう」

恭也の考えをすぐに理解し、シグナムもそれに乗りかかる。

「ぐっ、き、汚ねぇぞお前ら。二人掛りでなんて」

「何を言っている。別に苛めている訳じゃないぞ」

「ああ、違うな。私たちはただ思った事を口にしただけだ」

「あ、ぐ、くぅっ。わ、悪かったよ!」

謝罪とアイスを天秤にかけ、あっさりとヴィータはそう口にする。
そんなヴィータの頭に手を乗せて撫でてやりながら、恭也はさっきとは違って優しい声を出す。

「まあ口は悪いが一応謝ったからな。今回は特別に許してやろう」

「本当か!? 食べても良いんだな」

「ああ」

「おお、ありがとうな、恭也」

「まったくお前は少し甘すぎるんじゃないか?
 もう少し懲らしめた方がヴィータのためだろうに」

「へっへーん、恭也はシグナムと違って優しいからな」

「まだそんな事を言うのかお前は。全く反省という言葉を知らんやつだ」

騒々しく言い合い始めた二人を見遣りつつ、恭也は黙ったまま離れた所で眠っているザフィーラに視線を移す。

「どうだ、ザフィーラ。当分、二人は言い合いを続けているだろうし、その間に一局やるか?」

「……そうだな。俺で良ければお相手しよう」

言って犬から人間形態へと変化するとさっきまでヴィータが座っていた場所に陣取り駒を並べ出すのだった。



夕飯が出来上がりはやての声に全員が自分たちの席へと着いて夕食が始まる。

「恭也さん、今日はどないするん? 泊まって行くんか?」

「そうだな、どうしようか」

「泊まって行けば良いんじゃないか?」

「そうだな。それなら、夜にでも一本やれるし」

「やっぱりバトル……」

「ヴィータ、まだ言うか?」

ヴィータとシグナムがいつものやり取りを始める前にはやてが止める。
さしもの二人もはやてには頭が上がらず、大人しくなる。
まるで晶とレン、なのはの関係のようだと始めてみた時から何度も思った事をまた思いつつ、恭也は考える。

「そうだな、明日は休みだからな」

「ならお泊り決定ですね」

シャマルが恭也の呟きからそう結論付けると、恭也は苦笑しつつもそれに頷く。

「シャマルってば、本当に嬉しそうやな」

「え、そ、そんな事はなくもないですけれど……」

「あははは。照れんでも良いって」

「あう、はやてちゃん、からかわないでください」

「あはは堪忍やで。あ、恭也さんおかわりか?」

「ああ、頼む」

「ああ、それじゃあ私がよそおいますね。大盛でいいですか」

「ああ」

賑やかな食卓にはやても嬉しそうににこにこと笑いながら箸を進めていく。
はやての様子にシグナムたちも喜びを表しながら夕食は進んでいく。

「あ、ご飯がついてますよ」

言って、シャマルは恭也の頬についていた米粒をそっと摘み上げると、自然な流れでそのまま口にする。
だが、ここにはからかうような者もおらず、また既に当然のような感じで何事もなく時間は流れて行く。
この心地良い空間を身体全体で感じつつ、シャマルは素晴らしい主と愛する人へ、
この幸せが少しでも伝わるように、満面の笑みを浮かべるのだった。





<おわり>




<あとがき>

貴瀬さん、リクエストありがとうございます。
美姫 「660万ヒット、おめでとうございます」
今回はシャマル!
美姫 「ゆったりとしたお姉さんね」
おう。なので、全体的にほのぼのとした感じにしてみました。
美姫 「こんな感じになりましたが」
気に入って頂ければ良いな〜。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で失礼しますね」
ではでは。







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