『An unexpected excuse』

    〜ティアナ編〜






「俺が、好きなのは…………」

そこから先を言いよどむ恭也をもどかしく見遣る一同の中、忍は意地の悪い顔を一瞬だけ浮かべると、
恭也の腕を取り、そのまましな垂れかかり甘えた声を出す。

「ねぇ〜、恭也〜。いい加減に観念して言っちゃおうよ。
 皆もきっと祝福してくれるわよ」

「そうだな」

忍の言葉に恭也は納得したように頷くも、そのやり取りを見ていた美由希たちは忍がその相手だと勘違いしてしまう。
だが、恭也はそれに気付かずにその名前を言おうと決心する。
そんな恭也と皆の反応を見て、忍は一人笑い出すのを堪えるのに必死で、しがみ付いた恭也の腕を丁度良い壁だと言わんばかりに、
そこへ顔を押し付けて表情を隠し、噴き出しそうになるのを我慢する。
そんな事など知らず、恭也は既に皆が事情を悟ったと言う顔をしている中、一人真剣な顔で口を開こうとする。
が、名前を言う前に恭也は動きを止める。
後ろから誰かの気配を感じたからで、それを証明するように聞こえてきたガサリという物音に振り向けば、
そこには一人の女性がこちらを呆然と眺めながら立っており、恭也が気付いた事に気付くと焦ったように捲くし立てる。

「あ、その、ごめんなさい。えっと、あたしの事は気にしないで続きをどうぞ。
 本当にお邪魔しました! それじゃあ、ごめんなさい」

頭の両端で黒いリボンで括られた髪が激しく揺れ動く程、勢いよく頭を下げたかと思えば、そのまま脱兎の如く逃げ出す。
意味が分からずに呆気に取られる一同の中、忍だけが物凄く罰が悪い顔をして恭也に早口で追うように告げる。
理由までは分からなかったものの、さっきの女性の態度と忍の真剣な声から恭也はすぐさま女性の後を追って行く。
それを見送ると、忍はその場に残されたメンバーへと恭也の代わりに簡単な説明をしてやる。

「あー、ごめんね、さっきのは冗談だったのよ。で、さっき逃げていった女性が恭也の本当の恋人。
 名前はティアナ・ランスターさん。訳あって、私は顔見知りなんだけれどね。それにしても、タイミングが悪いというか……」

流石に申し訳なさそうな顔をして反省する忍であったが、二人が去った方を見詰める瞳は大丈夫だと確信したものであった。

「って、綺麗にまとめようとしていますけれど、どう考えても忍さんが悪いですよね」

「あ、那美さん、それは皆思っていても言ってないんだから黙ってないと」

「そうですよ。幾ら忍さんの冗談がいつもの事とはいえ、今回はタイミングが悪すぎますし、
 流石に度が過ぎたと珍しく本人も反省しているみたいなんですから」

「そうそう、そういう事は言わぬが華というもんです。尤も、これで懲りてくれればもっと言う事はないんですけれど……」

「あ、あなたたちね」

散々な言われように、しかし今回ばかりは忍も強く反論も出来ずに言葉を呑むのだった。



校門を抜け、そのまま人気のない場所へと走っていくティアナ。
だが、身体能力ではやはり恭也の方が上で、学園を出て暫くした所で追いつかれ腕を掴まれる。

「は、離して」

「逃げないと言うのなら」

「に、逃げてない!」

「いや、現にここまで……」

理由は分からないが逃げてきたと言おうとして、このままでは埒が明かないと恭也は腕を離す。
途端、ティアナは恭也に背中を向けて走り出す。
まさか本当に逃げるとは思わなかったのか、恭也の反応も一瞬だけ遅れ、再度伸ばした腕は何も掴めずに空を切る。

「一体、なんなんだ」

疑問を感じつつも泣きそうなティアナの顔を思い出すと、それすらどうでもよくなり、今はただティアナを捕まえようと走り出す。
そうしてちょっとした鬼ごっこを繰り広げた二人は最終的に臨海公園までやって来る。
ここで再び恭也に捕まったティアナであったが、恭也の言葉を聞こうともせず、ただ嫌々というように首を横に振るばかりである。

「落ち着け、ティアナ! 一体、どうしたんだ?
 仕事で何かあったのか」

「っ! そんなんじゃない!
 仕事ばっかりで中々会いに来れないあたしの事なんてもう放っておいて、月村さんと仲良くやってれば良いじゃない!」

「何を言っているんだ」

いきなり出てきた月村という言葉に目を丸くするも、やはり何故ティアナがそんな事を言うのか分からずに首を傾げる。

「もしかして、忍の家を転送場所にしている事に問題でも出来たのか?」

やはり見当違いな事を言う恭也に誤魔化されているとでも感じたのか、ティアナは涙ぐみながらも強い語調で恭也を突き放す。

「もう放っておいてよ! どうせあたしなんて。
 月村さんの方が綺麗だし、一緒にいられるものね!
 恭也があたしと分かれて月村さんと付き合いたいって言うのなら別れてあげるわよ!
 ううん、もう二人はあたしに黙って付き合ってるんでしょう。恭也が幸せならそれで良いわよ。
 どうか月村さんとお幸せに!」

何を言っているのか分からなかった恭也だが、ようやくここに来てティアナが何を勘違いしたのか理解した。
理解して、ティアナではなく忍に対して盛大な溜め息が零れる。
が、それをどう受け取ったのか、ティアナは先ほどにも増して暴れ出す。
忍へのお仕置きは後回しにして、恭也は今最も大事な事をする。
掴んでいたティアナの腕を放し、けれど逃げられないように両手で肩を掴んで正面から向き合う。
振り解こうと暴れるティアナを押さえつつ、恭也は強い口調でティアナの名を叫ぶ。
恭也の強い口調にびくりと身体を震わせて顔を見げれば、そこにあるのはただ優しげな目で見詰めてくる恭也の顔。
知らず心が落ち着くのを感じながら、ティアナは俯いてしまう。
何も言わないティアナを見下ろしつつ、今度は優しげに声を掛ける。

「落ち着いたか」

ティアナが頷いたのを見て、恭也はゆっくりと諭すように話し出す。

「俺にはティアナだけだ。
 どうしても別れたいと言うのなら、それがティアナの幸せに繋がると言うのなら、俺にはそれを引き止める事はできない。
 出来れば、俺と一緒に居る事でそう感じて欲しいが。
 まあ、今はそれは置いておくとして、とりあえず勘違いしているので訂正だけさせてほしい」

「勘違い?」

「ああ」

ようやく話を聞けるぐらいに落ち着いたのを見て、恭也は先ほどまで行われていた中庭での出来事を聞かせる。
それを聞いていくうち、ティアナは自分の勘違いに顔を赤くさえ、同時に忍に対して文句を口にする。
後者に関しては当然ながら恭也も止めるつもりはなく何も言わず、ただ落ち着いたティアナに大事な事を尋ねる。

「誤解だと分かってもらえたみたいだが、まだ別れるとか言わないよな。
 女々しいと思われるかもしれないが、俺はティアナと一緒に居たいと思っている。
 別れたくないと」

「あ、あたしだって別れたくないよ。恭也とずっと一緒にいたい」

恭也に抱きついてくるティアナの背中を優しく撫でながら、恭也はそれを聞けて良かったと胸を撫で下ろす。
そんな恭也を見上げながら、ティアナは申し訳なさそうに言う。

「今回の事はごめんなさい。
 でも、あたしなんかが恭也の恋人で良いのか自信を持てないから、恭也があたしが良いって言ってても不安に襲われるから、
 また同じような事をしてしまうかもしれない。
 それでも、恭也はこんなあたしでも同じ事を言ってくれる?」

「自信を持っても良いと思うけれどな。俺の方が逆にティアナに釣り合っているのか自信がないぐらいだ」

「それ、答えになってないわよ」

「そうだな、また誤解されたらそれをとくさ。尤も、誤解されないようにもしないとな」

「それも期待している答えとは少し違う」

言いながらも満足そうに恭也の胸に顔を埋める。

「今回みたいな事もまたあるかもしれないし、喧嘩だってするかもしれない。
 それでも、俺にとってティアナは何よりも大切な人だ。
 だから、今回みたいにティアナが逃げるのなら、何度だって追いかけて捕まえるし、
 不安に感じると言うのなら、それが消えるまでこうして抱き締める」

その言葉にティアナは何も言わず、ただ恭也の背中に手を回して強く抱き締める事で応える。
自らを安心させるように恭也の胸の中で身を委ねるティアナを見下ろし、恭也は静かに呼びかける。

「ティア」

「あ、今……」

初めて愛称で呼ばれ、嬉しさと恥ずかしさの入り混じった表情でやや呆然と恭也を見詰めるティアナ。
そんなティアナを改めて愛しく感じ、恭也は優しく髪に触れると数回梳くようにその特徴的なテールに指を這わせたかと思うと、
そのまま手を頬に当てて、数回優しく撫でる。
優しく触れられてくすぐったいのか、ティアナは首を竦めるも瞳は潤み、頬には若干だが朱が差す。
無言で見詰める中、どちらからともなく瞳を閉じてゆっくりと二つの影が一つに重なる。
時間にして数秒なのか、それとも数分も経ったのか、それすらも分からないほどに上気した顔で離れていく恭也の顔を見上げる。

「改めて、これからも宜しくな、ティア」

「……うん、こちらこそ、恭也!」

満面の笑みで抱き付いてくるティアナをしっかりと受け止め、恭也も小さな笑みを零すのだった。





<おわり>




<あとがき>

遅くなりましたが、1300万ヒット、おめでとうございます!
美姫 「ランスターさんからのリクエストで、ティアナ編ね」
ああ。諸事情諸々あって、こんなに遅くなってしまいましたが。
美姫 「全くだわ」
うぅぅ。何はともあれ、ティアナ編をお届けです。
美姫 「甘さは……」
うーん、微甘といった所かも。
美姫 「こんな感じになりました〜」
改めて、リクエストありがとうございました。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」







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