『An unexpected excuse』

    〜乃梨子 続編4〜






春休み、大学へと通うことになる恭也の元へと乃梨子が遊びにきていた。
当然のように家族たちも大歓迎で乃梨子を迎える。
既に家族同然として扱ってくれる桃子たちに改めて感謝をしつつ、恭也との久しぶりの再会を楽しむ。

「って、また二人だけの世界に入ってるし。
 再会はさっき駅でしたのに……」

呆れたように呟く美由希であったが、邪魔しないように席を外すのは成長したのだろう。
恭也と一緒に駅まで迎えに行った美由希は、
そのまま乃梨子の荷物を客室――半ば、乃梨子の部屋として高町家には認識されつつある部屋へと運ぶ。

「まあ、冬休み以来だから仕方ないのかもしれないけど……」

苦笑しつつ部屋を出て行く美由希を余所に、恭也と乃梨子は会えない間にあった事を話し始めるのだった。



料理人二人による腕によりをかけた夕食も終わり、それぞれにのんびりと思い思いの時間を過ごす面々。
当然のように恭也と乃梨子はぴったりとくっつくように隣り合って座り、それぞれ別の事をしていた。
恭也は湯飲みを片手に読書を、乃梨子はなのはと何やら遊んでいる。
特に二人で何かしている訳ではないのだが、その様子に桃子は頬を緩める。

「何か良いわよね〜」

「何が、かーさん」

「あの二人よ。
 特に何かしているという事じゃなくて、別々の事をしているんだけどお互いを感じあっているというか」

「確かに、長年連れ添った夫婦みたいですね」

「確かに、晶の言う通りですな。だとすると、なのちゃんがお二人の子供という感じやろか」

晶とレンの言葉に桃子も嬉しそうにうんうんと頷く。
そんな三人の言葉を聞きながら美由希はもう一度恭也たちを見て、なる程と頷く。

「本当に落ち着いた雰囲気って感じだよね。
 まるで老夫婦みたい。元から枯れている恭ちゃんは兎も角、乃梨子さふぎゃぁっ!」

突如飛来した本が顔面に当たり、美由希は可笑しな声を上げて赤くなった鼻を押さえる。

「う、うぅぅ、恭ちゃん、何するの! 鼻が潰れたらどうするのよ!」

「すまん、すまん。手が滑った。それに、元から潰れるほどの鼻があったのか?」

「ひ、ひどっ!
 というか、手が滑ったってどういう事なの!? 本を読んでて、何で手が滑るの?
 どう滑ったら、本が横に、しかもあんな速度で!」

「ああ、すまない美由希。そこに落ちている本を拾ってくれ」

「って、無視しないでよ! しかも、投げつけた相手に拾うように頼む、普通!」

ぶつくさ文句を言いながらも結局は拾い上げて恭也に渡す美由希。
渡しながらもやはり腹の虫が収まらないのか、

「まったく恭ちゃんはいつもいつも。
 枯れている恭ちゃんと付き合っているから、乃梨子さんの雰囲気も大人びてきてるんだよ。
 だとしたら、乃梨子さんがいじめっ子にならないように注意しな……みぎゃぁっ!」

美由希の頭に拳骨が落ち、その場で頭を押さえて蹲る。

「乃梨子に落ち着きがあるというよりも、お前に落ち着きがなさ過ぎるんだ」

「う、うぅぅ。私には酷い事ばっかりして……。
 はっ! もしかして、好きな子は苛めるタイプ?
 でも、そうだとすると乃梨子さんも苛められているの!?
 乃梨子さん、辛い事があったら遠慮なく言ってくださいね。私が力になりま……あ、い、痛い、痛いよ恭ちゃん。
 は、鼻を摘まないでぇぇ〜。って、み、耳もやめてっ!」

「えっと、美由希さん。恭也さんはとっても優しいですよ」

「だそうだぞ」

「わ、分かったから離して……」

「ふん。ああ、そうそう、今日の鍛錬を楽しみにしておけよ」

解放されるなり恭也から距離を取った美由希へと投げられる無情な言葉。
それにがっくりと肩を落とす美由希。
ある意味、毎度とも言えるやりとりに苦笑する面々の中、乃梨子は少しだけ真剣な顔になる。
しかし、それに気付いた者はこの場ではいなかった。



深夜の鍛錬の時間となり、準備を終えた恭也たちが玄関へと向かうと乃梨子がその後に付いてくる。
その格好は寝巻きではなく、外へと出かけるかのような服装であった。

「どうかしたのか、乃梨子」

「うん。二人の鍛錬を一度見てみたいんだけれど、駄目?」

「あまり見ても面白くもないし、そもそも見せるものでも」

「それは分かっているんだけれど。でも、私と恭也さんはこれからもずっと一緒にいる訳じゃない」

僅かに照れつつも、乃梨子は恭也をまっすぐに見つめる。

「だから、どんな事をしているのか見ておきたいの。
 見たからといって、何か出来る訳でもないけれど。それでも、恭也さんがやっている事を知っておきたいの」

暫し無言で乃梨子を見ていた恭也へと、小さく肩を竦めると許可する。
美由希は一度だけ目で良いのか尋ねるが、恭也は小さく頷く。
その上で美由希はどうかと尋ねてくるので、美由希も少しだけ考えて首肯する。
こうして今日の鍛錬はいつもと違い、三人で向かう事となったのだった。



「危ないからそれ以上は近付くなよ」

恭也の声に返事を返すも、既に恭也は乃梨子ではなく目の前の美由希へと集中している。
美由希もまた、恭也のみを瞳に写す。
不意に変わった二人の雰囲気、その纏う空気に乃梨子は飲み込まれたように声を無くす。
張り詰めていく空気の中、不意に二人は同時に動き始めた。



鍛錬を終えた二人に乃梨子は呆然となっていた頭を軽く振りつつ近づく。

「あはは、見ててもあまり面白くなかったでしょう」

乱れた呼吸を整えながら言う美由希に、乃梨子は首を横に振る。
実際、夜で暗い上に動きも早くて殆ど視認できなかったのだが、それでも二人の鍛錬に何かを感じたようであった。
だが、そこには恐怖や二人を忌避するような感情はなく、美由希だけでなく恭也も安堵する。
信じてはいたが、やはり僅かばかりの不安はあったようである。

「よく見えなかったし、二人のしている事を理解しているとも言えないけれど、
 それでも二人の気持ちみたいなのは分かったと思います。
 恭也さん、見せてくれてありがとうね」

「いや、お礼を言うのなら俺たちの方だな。受け入れてくれてありがとう」

「受け入れるよ。だって、恭也さんの事なんだから。
 これが人を傷付ける事になる鍛錬だというのは分かっているよ。
 でも、それ以上に私は恭也さんの事を知っているもの。
 その人柄を、性格を。無意味に人を傷つけたりしないって。
 だから、大丈夫」

言って恭也に抱き付く。
汗を掻いているからと引き離そうとする恭也に首を振り、乃梨子は余計に強く抱きしめる。

「えっと、一応私もいるんだけれど。
 それに、私のことも言ってくれても良いんじゃ……。
 はいはい、邪魔ものは消えますよ」

二人に聞こえないように呟くと、美由希はその場を後にする。
他に誰もいなくなったいつも鍛錬している場所で、恭也は静かに乃梨子の背中に腕を回すと、
そっと唇を近づけるのだった。





<おわり>




<あとがき>

600万ヒットリクエスト〜!
美姫 「ジャイロさんで、恭也と美由希の鍛錬を乃梨子が目撃する話よね」
まあ、目撃じゃなくて見学になったけれど。
美姫 「こんな感じになりました〜」
ではでは。







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