『An unexpected excuse』

    〜奏編〜






「俺が、好きなのは…………」

そこで言葉を切り、緊張感漂わせる忍たちから目を逸らすと、恭也は背後にある一本の木を見つめる。
少しだけ困ったような感情をその顔によぎらせるも、それは近しい者にしか判別がつかない程に小さな変化で、
FCたちは焦れたように恭也へと熱い視線を送る。
声を掛けずにただ見つめるだけなのは、声を出す事によって注目されるのが嫌だからなのか、
それとも単にそこまで気付かないだけなのか。
もしくは、声を掛けることで何か恭也の邪魔をして嫌な印象を与えたくないのかもしれない。
だが、その辺りを気にしない、いや、気にはするがそれ以上に続きを聞きたくて、
じれったい思いを内に抱えるよりも先に行動に出る者がいた。

「きょ……」

名前を呼ぼうとした忍はしかし、恭也が木に、正確にはその向こうにいるであろう誰かに掛けた声に止まる。

「奏、そこにいるんだろう」

声に優しげな雰囲気を纏わせて投げ掛けた言葉に、木の裏側から奏と呼ばれた人物が姿を見せる。

「あ、あの……」

おどおどとした様子で見つかってしまったのを、まるで悪い事をしたかのように出て来たのは、
大きなリボンを頭に付けた可愛らしい小柄な少女だった。
奏は怒られるのを怖がるようにゆっくりと恭也の元へとやって来るも、FCたちの視線に思わず足を竦ませる。
そんな奏を庇うように恭也はそっと背中に手を回して自分の隣へと導く。
それで少しだけほっとしたような顔を見せるも、奏は恭也を見上げてその瞳を揺らす。
何かを遠慮するような、恐れるような眼差しに恭也はふと思いついた事を口にする。

「もしかして、最初から聞いていたのか?」

「ご、ごめんなさいなのですよ。さっき、恭也さんをお見かけしたので、声を掛けようと思ったのです。
 そしたら……」

FCたちに詰め寄られるという考えられない事態に少し注意力が散漫になっていたのか、
恭也は最初から聞かれていたとは気付いていなかった。
ましてや、奏は本来なら聖應女学院に通っているのだ。
よりによって、今日、しかもこのタイミングでここに居るとは思ってなかったのである。

「放課後に演劇部同士の交流があるのです。
 それで、うちの学院は授業が午前までだったので、奏だけ先に来てしまったのですよ」

つまりは、昼休みにもしかした恭也に会えるかもと思って来たということらしい。
そこまで理解して恭也は嬉しそうに奏の髪を撫でる。
それを気持ち良さそうに目を細めて受け入れる奏であったが、すぐにその顔を曇らせる。

「奏、お邪魔してしまいましたです。やっぱり、奏なんかじゃ恭也さんには相応しくないですの」

「奏!」

奏の言葉を恭也は強い口調で窘める。
強い言葉にびくりと肩を震わせるも、奏は悲しげな目で恭也を見上げる。
その頬を優しく撫でながら、恭也は奏やこの場に居る者たちにも聞かせるように言う。

「俺が好きなのは奏だけだから。奏は自分が思っている以上に素敵な女の子だから」

「でも、でも……」

奏は忍やFCたちを見渡し、何も言わずに再び恭也へと視線を戻す。
それだけで奏の言いたい事を理解した恭也は、小さく嘆息する。

「自分よりも素敵な人が居ると言いたいんだろう。
 それを言うのなら、俺よりももっと奏に相応しい人がいるかもしれない。
 でも、俺は奏が俺に愛想を尽かさない限り、奏と離れるつもりはないし、離すつもりもないから」

流石にこの状況で二人の邪魔をするような者はおらず、皆が立ち去る中、
奏はそんな事には気付く間もなく、困惑したように言う。

「そ、そんな事は絶対にないのです。逆はあるかもしれないけれど、奏が恭也さんに……」

「だったら、大丈夫だ。俺だってそんな事は絶対にないから。
 さっきも言ったし何度も言うが、俺にとって奏は誰よりも素敵な女の子だよ。
 そして、誰よりも好きな、特別な存在だから」

まだ何か言いたそうにする奏の瞳を覗き込みながら、恭也はそっと奏に口付ける。
驚きに目を見開く奏を優しげに見守る。
互いの視線がぶつかり、奏は恥ずかしそうに視線を逸らす。
やがてゆっくりと奏を解放する。

「これでも信じられない?」

「そ、そんな事はないのです。これがなくったって、奏はいつだって恭也さんの事は信じてるのです。
 でも、やっぱり私なんてって思ってしまうのですよ」

「私なんて、とか言わないで。俺が選んだのは、愛しているのは奏だけなんだから。
 不安だと言うのなら、何度も言ってあげるし、それでもそんな事を口にするのなら、
 言えないように、こうして塞いで……」

囁き、再び奏へと口付ける。
ゆっくりと近付く恭也の目を見つめながら、それを拒む事無く、奏はそっと目を閉じる。
不安に震えていた身体はいつの間にか止まり、今は自ら求めるように恭也の背中におずおずと腕を回す。
再びゆっくりと離れて行く恭也の襟首を手で掴み、奏は近くから恭也の顔を見つめる。

「奏も恭也さんのことが大好きなのですよ。でも、本当に奏で良いのかってやっぱり不安で。
 だから、不安になったら、また奏がそんな事を言いそうになったら、
 そんな言葉が出ないように塞いでくださいなのです」

言って今度は奏からそっと口付ける。
それを受け入れつつ、恭也は優しく奏の髪を梳くように優しく、
少女の不安がなくなるようにと、精一杯の気持ちを込めてその手で触れるのだった。





<おわり>




<あとがき>

このシリーズも久しぶりな気が。
美姫 「間違いなく久しぶりだけれどね」
あははは。今回は奏で。
美姫 「じゃあ、次は?」
それは次のお楽しみに〜。
美姫 「って、単に決めてないだけでしょうが!」
ぶべらっ!







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