『An unexpected excuse』

    〜紫苑編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也はそこで口を噤むと、不意に後ろを振り返る。
幾本かの木々が立ち並ぶ中、最も近くにある木へと恭也は言葉を投げかける。

「それで、何をしてるんです紫苑」

「あらあら、やっぱり気付かれてましたか。
 それにしても、恭也さんは意地悪ですわね」

恭也の言葉に応えるように、その木の後ろから一人の髪の長い、如何にもお嬢様といった感じの女性が姿を見せる。
紫苑と呼びかけた恭也は、その言葉にやや憮然とした顔を見せると、

「何が意地悪なんだ。こっそりと近づこうとする紫苑の方こそ、何かを企んでいたんじゃないんですか」

「まあ。私はただ偶々お話しているのが聞こえてきたので、お邪魔をしてはと遠慮してましたのに」

拗ねた様子を見せる紫苑を、恭也は可愛らしいと思いつつもただ無言で紫苑の傍に寄る。
恭也と大して背の高さの変わらない紫苑は、
傍に来た恭也の顔を間近で見詰めながら、やはり拗ねたような声を上げる。

「てっきり恭也さんの口から、はっきりとした言葉を聞けると思いましたのに」

「いや、それは……」

紫苑の言いたい事を察し、今度は反論できずに言葉に詰まる。
そんな恭也の狼狽ぶりをじっと見詰めながら、紫苑はその口元に優雅な笑みを浮かべる。

「ふふふ。慌てる恭也さんという珍しいものが見れたので、今日はこのぐらいにしてさしあげますね。
 本当は、皆さんの前ではっきりと言って欲しかったんですけれど」

僅かに目を伏せる紫苑に、恭也は慌てて告げる。

「別に言うのを躊躇っていたのではなくて、言うまでに紫苑が居るのに気付いて……」

「あの時、私の婚約を解消するために家に乗り込んでいった恭也さんはどこに……」

「だ、だから」

益々慌てる恭也を横目に、紫苑は俯けていた顔を上げると小さく笑ってみせる。
ようやくからかわれていると気付き、恭也は憮然としながらもほっとした表情を見せる。

「人が悪いですよ、紫苑」

「うふふ、ごめんなさい。でも、まりやさんの言う通りですね」

「御門さんの?」

「はい。こうすれば、きっと恭也さんは慌てると」

「……まあ、それはもう良いですよ。それより……」

やや呆れたように肩を竦めて見せた恭也は、紫苑が尋ねてきた理由を聞こうとしたのだが、
それよりも先に、ようやくこの事態から気を取り戻した忍たちから質問をされる。

「で、そちらの人は誰なのよ」

代表するように尋ねる忍へと、恭也は今更ながらに現状を思い出し、
少し照れたように紫苑の背中に手を当てて軽く自分の隣へと押す。

「こちらは、十条紫苑さんと仰って、俺の知り合いだ」

「それだけですの? 本当に恭也さんは意地悪ですわね」

「いや、別に意地悪している訳ではなくて……」

「確かに、少し恥ずかしいというのは分かりますけれど、やはり女の子としては少し不満ですね」

「す、すいません」

紫苑の言葉に謝罪を口にすると、恭也は覚悟を決めたように忍たちを見詰める。

「さっき質問にあった、俺の好きな人だ」

驚くべき事なのだろうが、既に事前のやり取りから大よそを察していたのだろう、
他の者たちは少し辛そうな顔を見せる者、恭也の口からはっきりと聞いたことで何かを吹っ切ったような顔など、
様々な表情を見せながらも、恭也に一言二言何やら言って去っていく。
それらを見送り、恭也は必要以上に力の入っていた体を解すように、体から力を抜く。
恭也のそんな仕草を見て、またしても笑みを浮かべる紫苑は、どこか恥ずかしそうにしながらも嬉しそうであった。
その笑顔を見れれば、多少の恥ずかしさも大した事もないと恭也には思えた。

「それにしても、馴れ初めって何なの?」

「あー、その辺りはちょっと複雑な事情があってな。
 あまり話す事は出来ないんだが……」

「簡単になら構わないのでは」

「そうだな」

紫苑からの口添えもあり、恭也はこの場に本当に親しい者たちしかいない事を一応確認すると、
口をゆっくりと開き話し始める。

「昔、父さんと旅をしている時に世話になった方がいてな。
 その際に知り合ったさるご令嬢が、少し前に襲われてな。
 その人は多少武術の心得があったから、見事に撃退したんだ。
 まあ、恐らくは誘拐を企んだのだろうが……。問題は、その場所が学院の敷地内ということでな。
 ちょっと色々と込み入った事情があって、逃げた奴が新たな仲間を引き連れてまた来ないとも限らんからな。
 捕まえた連中から吐かせた仲間全てを捕まえるまで、念のために護衛のような事をしたんだ」

「その時に知り合ったのです」

恭也の言葉に、忍たちは恭也が二週間ほど学校を休んでいた期間があったのを思い出す。
その辺りの事情を美由希は知っているのか、今思い出したようで何度も頷いている。
そんな忍たちの反応に構わず、紫苑はどこか遠くを見るような目で、夢心地といった感じで続ける。

「その際、色々あって私も恭也さんには惹かれていたんです。
 ですが、私は病気と、卒業後はさる方の元へと嫁ぐ事になってまして」

「まさか、恭ちゃんが略奪愛!?」

「ちがっ、いや、完全に違うとは言えないんだが。
 だが、そいつはその、女性関係で色々と噂されていて……。
 しかも、この婚約は紫苑の家が旧家で、その家柄との繋がりを目的としたものだったんだ」

「恭也さんの言う通りです。ですが、私は既に諦めていましたから。
 だから、あの日恭也さんが私に言ってくれた言葉はとっても嬉しかった。
 今でも、あの時の言葉を信じてよかったと思ってます」

本当に夢見るように語る紫苑に、恭也は少しだけ苦笑を見せる。

「まあ、すんなりといかなかったがな。半分、脅したような形になってしまったが」

「えっと、どういう事なのか聞いても良いですか?」

那美の質問に、恭也は少しだけ考えると頷く。

「まあ、あまり面白い話ではありませんが。
 相手が権力を盾にするような奴だったので、あまりしたくはなかったんですが、
 父さんの昔の知り合い数人に頼みまして……」

「ふふ、瑞穂さんの所も協力してくれたみたいですしね」

「ええ。でも、一番効いたのは多分、ティオレさんの、
 『恭也に喧嘩を売るのなら、私とアルを敵に回すことだと思って頂戴ね』、という言葉じゃないかと」

「まあ、そんな事があったんですか。それは知りませんでしたわ」

「流石の厳島グループも、イギリスの上院議員や他の財閥の方々を相手にするつもりはなかったみたいでな。
 婚約は破棄されたわけだ」

恭也の言葉に、美由希たちは驚いて言葉も出ない。
恭也が持つ、士郎繋がりの政財界や上流階級へのパイプもそうだが、
恭也がそのような強行とも言えるような手段に出たということにも。
それだけ、紫苑が大事だということだろう。
そして、紫苑もそれが分かったからこそ、やや乱暴なその話を聞いても嬉しそうに笑みを浮かべるのだろう。
呆然としている美由希たちを余所に、丁度静かになった事だしと、恭也は紫苑がここに居る理由を尋ねる。

「そうでした。それを忘れてしまう所でしたわ。
 恭也さんは入院して受験しなかった私のために、受験なさらなかったのですよね」

「ええ、そうですが」

その言葉に、またしても驚く美由希たちを無視し、恭也は紫苑に続きを促す。
それを受けて、紫苑は続ける。

「それを誰かからお聞きになったお父様たちが、流石にそこまでされては申し訳ないと仰って。
 今度はゆっくりと挨拶したいから、一度家にお呼びしろと仰るものですから」

「そういう事でしたか。
 ですが、それでしたら電話でも良かったのでは」

恭也の言葉に紫苑は少し拗ねたような困ったような微笑を浮かべる。

「もう、恭也さんは本当に乙女心が分からない方ですね。
 それは口実のようなものですわ」

「口実?」

「ええ。恭也さんに会うための。
 電話ではなく、わざわざここまで来たのは、恭也さんに会いたかったからに決まっていますでしょう」

紫苑の言葉に照れつつも、恭也も嬉しそうな顔を見せる。
その僅かな変化を見て、紫苑は嬉しそうにやや頬を染めてはにかむ。

「それに、恭也さんと私は既に婚約している訳ですし、その、今後の事も色々と話し合う必要もありますから。
 もうすぐ卒業ですから、少しでも早い方が良いかと思って」

『婚約!?』

「あ、でもでも、恭ちゃんが取った行動を考えるとそうなるんだよね」

「まあ、それが自然な流れと言えば流れだけどね」

「師匠、今までそんな素振りすら見せなかったのに」

「いや、それ以前に、お師匠ってば鈍感やなんやと言われていながら、やると決めたらあっという間ですな」

「あ、あははは。えっと、とりあえず、おめでとうございますですかね?」

驚きつつも納得する一同を余所に、恭也も紫苑同様に照れたように視線を僅かに上へと向ける。
そんな二人を余所に、この事を桃子が知っているのかとか、パーティーをやろうとか、
何かお祝いにプレゼントを、というような話で盛り上がる美由希たち。
完全にこちらへと意識が離れて盛り上がる一同を呆れ半分、自分事のように祝ってくれる感謝半分で見遣りながら、
恭也はそっと隣に寄り添う紫苑の手を取って握る。
恭也に手を取られ、紫苑は最初は僅かに驚いたものの、目を細めて恭也を見上げて淡い笑みを見せると、
その手を自分からもそっと握り返す。
互いに手に入れた大事なものを慈しみ、愛しみ、離れないようにと。





<おわり>




<あとがき>

440万Hitリクエストー!
美姫 「やさん、ありがとうございます」
何とかリクどおりの内容だと思うが。
美姫 「紫苑の助け方は、あんな感じで良かったですか〜」
ちょっと今回は甘さが足りないかもな。
美姫 「大人びた感じの二人だしね」
うーん、もう少し甘味成分が欲しかったかも。
美姫 「紫苑は本当に夢見る女の子だもんね」
だな。後は、かわっ、って言うパターンの会話をやりたかったんだが。
美姫 「それは瑞穂たちが居ないとちょっとやり辛いはね」
だろう。まあ、今回はこんな感じになりました。
美姫 「やさん、お待たせしました〜」
それでは、また次で。
美姫 「じゃ〜ね〜」







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