『An unexpected excuse』

    〜撫子編〜






「俺が、好きなのは…………」

(さて、どうやってやり過ごすか……)

名前を口に出すのに間を開ける振りをしながら、恭也はこの状況をどう切り抜けるかを考えていた。
しかし、全員がこちらへと注目しているため、そのまま逃げ出すと言う手はまず使えないだろう。
いや、FCたちだけなら何とか諦めてくれるかもしれないが……。
そう思いつつ、横目で忍たちを見る。
この連中はしつこく尋ねてくるだろう。
それこそ、学校にいようが、家にいようが。
そう考えながら忍たちへと視線を向けていると、じっと見られている事に気付いたのか、
忍たちは揃って顔を赤くして嬉しそうな笑みを見せる。
明らかなに勘違いしている様ではあったが、恭也はそれに気付かずただ不思議そうに見ている。
それが益々、忍たちの顔を赤くさせていく。
恭也はそんな事など気にも掛けず、逃げ出す、もしくは上手く誤魔化す方法を考えていた。

(ここは居ないと言うべきか。しかし……)

そんな短い葛藤を繰り返す後ろから、非常に申し訳なさそうな、それでいて毅然とした声が降ってくる。

「あー、何やら取り込み中の所悪いんだが……」

凛としたその声に、全員の視線がそちらへと向かう。
そこにはスーツに身を包んだ髪の長い女性が。

「紅薔薇先生、どうかしたんですか?」

現れた女性へと恭也がそう尋ねる。
紅薔薇と呼ばれた女教師は、周りを見て状況を察したのか小さく嘆息しつつも申し訳なさそうに言う。

「あー、高町。
 ちょっと悪いんだが、資料を整理するのを手伝ってくれ。
 この前、お前に整理して貰った資料が見つからなくてな。
 自分でも探したんだが、整理したお前に聞く方が早いと思ってな」

「はい、分かりました。すまんがそういう事だから、これで」

恭也は申し訳なさそうに言いながら、心の内でほっと胸を撫で下ろすと、紅薔薇の後に付いて行く。
去り際、紅薔薇はその場にいた生徒たちへと言う。

「お前たちも、次の授業に遅れんようにな」

その言葉に返事を返しながら、美由希たちは去っていく二人の背中をぼんやりと見詰める。

「最近、恭ちゃん、紅女史の手伝いが多いね」

「まあ、仕方ないんじゃない?
 恭也以外にも、何人か小テストの悪かった生徒は手伝いに借り出されているみたいだし」

「運動が得意な人は手伝いじゃなくて、校庭を走ってますよね」

忍の言葉に、那美が少し苦笑しながら言う。
だが、そこに批難めいた口調は見当たらない。
那美だけに関わらず、意外と紅薔薇は生徒たちに好かれる教師らしい。
ともあれ、主役が居なくなった以上は仕方なく、この場はそのまま解散となるのだった。



  ◇◇◇



紅薔薇へと与えられている資料室へと入るなり、紅薔薇は疲れたような声を見せる。

「全く、お前もあそこではっきりと居ないと言えばいいものを」

「いえ、言おうとしたんですよ」

「の割には、結構間があったぞ」

「すいません……というよりも、見てたんですか?」

「うっ、ま、まあな。
 資料整理の手伝いは本当に頼むつもりだったんだ。
 まあ、放課後にだが。それを伝えようと思って探していたらな」

少しどもりはしたものの、すぐにいつものように喋ると、紅薔薇は一つ咳払いする。

「それにしても、凄い人気だな。教師たちの間でも噂は聞いてはいたが、まさかこれほどとは」

呆れたのか、感心しているのか、その口調からは判断つかない声で言われ、恭也はただ困ったような顔を向ける。
その顔から言いたい事を察したのか、紅薔薇は小さく笑う。

「大方、自分がそんなに人気があるはずがない。からかっているだけ。
 恐らく、本当は赤星の方のFCで、恥ずかしさからそれを誤魔化すために敢えて自分のFCと言っている。
 と、まあ、そんな所か」

「よく分かりましたね」

「分からないでか」

紅薔薇の言葉に軽く驚く恭也へ、紅薔薇は笑みを深めつつ言う。

「いい加減、お前にももう少し周りの状況に気付いて欲しい所だがな」

「と言いますと?」

「お前は、自分が思っているよりももてるという事をだ」

「まさか。そんな物好きが居るわけ……」

「ほう、つまり私はその数少ない物好きということか? うん?
 それに、まさか、ではない。事実なんだからな。
 いい加減、心配するのにも疲れた」

そう呟く紅薔薇の肩をそっと恭也は伸ばした手で抱き寄せる。
突然の事に驚いて声を上げ、顔を赤くする紅薔薇は普段からは想像も出来ない程に可愛らしかった。

「物好きでも何でも良いじゃないですか。お陰で、撫子とこう出来るんですから。
 それに、本当に俺がもてるのだとしても、もう俺には相手が居ますから」

紅薔薇を下の名前で呼びながらその顔を正面から見詰める。
やや照れつつも、小さく馬鹿者と呟いただけで撫子はその手を払い除けるような事はしなかった。
恭也が忍たちに答えられなかった理由、それがこれだった。
教師と生徒。だけど、好きになってしまったものは仕方がない。
二人の関係は今の所誰にもばれていない。
人目を気にしないといけないというのは、かなり大変な事ではあった。
だが、偶に放課後、恭也が資料整理や手伝いとしてこの資料室を訪れ、暫し二人の時間を楽しんだり。
休日なども滅多に出掛ける事はないが、撫子の家をちょくちょく訪れたり、遠くへと出掛けたりと、
それなりに大変だけれども楽しい日々を過ごしているのである。
とは言え、やはり正面からじっと見詰められるのは流石に照れくさいのか、撫子は少し顔を逸らす。
そんな仕草が可愛らしく、ついつい恭也は意地悪をしたくなってしまう。
そっと手を頬へと当て、顔を自分の方へと向けさせると、ただ無言のまま見詰める。
再び赤くなって顔を逸らそうとするも、恭也の手に邪魔されてできず、
撫子は視線を逸らす事で何とかする。
流石に視線まではどうしようもなく、恭也はただ撫子の頬を優しく撫でる。
時折、くすぐったそうに身を竦めはするものの、それ以上の抵抗もなくされるがままになる。
短く零れる吐息に、恭也はつい場所を忘れて撫子へと顔を近づける。

「こら、待て、やめんか、馬鹿者」

流石にそれはまずいと思ったのか、撫子が押し留めようと恭也の胸に手を置いて引き離そうとするが、
逆にその腕を掴まれてしまう。

「きょ、恭也、ここではまずい。いつ誰が来るか……」

思わず二人だけの呼び方に変わっているが、それに気付かず撫子は恭也を止めようとする。
それを聞き、恭也も動きを止めるとちらりと背後のドアを伺う。

「大丈夫ですよ、今この近くには誰もいませんから」

言って撫子の唇にそっと自分のを触れさせる。
軽く触れると恭也はそっと離れる。

「……馬鹿者。こんな所で」

「すいません。つい、可愛かったので」

恭也の言葉に赤くなっていた顔を更に赤くさせる撫子だった。
綺麗というのは言われなれているが、可愛いというのは殆ど言われていない所為か、あまり耐性がない。
それでなくとも、恭也にそう言われたのだから、赤くなるのは仕方ない。
言った本人も、自分の言葉に赤くなっている。
暫し、無言が辺りに降りる中、撫子は雰囲気を戻すかのように咳払いをしてみせる。

「とりあえず、資料整理の方は放課後にでもまた頼む」

「はい」

「あー、その何だ。まだ表には誰もいないのか」

「そうですね、ちょっと待ってください。
 ……ええ、この近くには。それがどうかしましたか?」

「そうか。ならば、ちょっとこっちに来い」

言って恭也を手招きで近寄らせると、無防備に近づいた恭也を掴み、今度は撫子からキスをする。
さっきよりも長く。時計の進む音だけが資料室の中に響く。
裕に秒針が一周以上した頃、ようやく撫子はゆっくりと離れる。

「放課後に手伝いをさせる褒美の前貸しだ」

「他の人にはしてませんよね」

「当たり前だ! お前は私を何だと……。
 ほう、ひょっとしてやきもちか?」

否定しようとする恭也だったが、結局は沈黙する。
そんな恭也の様子に撫子は小さく笑う。

「こんな事を他の奴にする訳ないだろう」

「分かってますよ」

「それにしても、学園の資料室でこんな事をする日が来るとは夢にも思わなかったぞ」

「俺もですよ。卒業まで後、数ヶ月。
 それまでは、誰にも言えませんからね」

「そうだな。
 だが、桃子さんには見透かされているような気がしなくもないんだがな」

「……あー。かーさんなら、大丈夫ですよ。
 誰にも言いふらしたりはしませんよ」

「そうだな。まあ、卒業まで暫くは、こういうのを続けるのも悪くはないかもな」

「楽しんでませんか?」

「まあ、正直に言えば少しはな。良いではないか。
 見つかるわけにはいかないが、代わりにすぐに会えるんだからな」

「卒業したとしても、会いたくなったらいつでも会いにきますよ」

「そうか。それはそれで楽しみだな。
 と、そろそろ昼休みも終わるな」

「そうですね。それじゃあ、俺は教室に戻りますね。
 また放課後」

「ああ。私も授業の準備をしないといけないしな」

言って二人は資料室を出ると、何事もなかったかのようにそれぞれの目的地へと向かう。
途中まで一緒なので、そこまでは並んで歩き、別れる場所でそれとなくそっと指先同士を触れさせる。
誰も気付かないようなほんの一瞬で、僅かな出来事。
だけれど、二人にはとても意味のある行為。
今しばらくは、秘密な二人の関係。





<おわり>




<あとがき>

クリボーさんからの360万ヒットリクエスト〜。
美姫 「紅女史ね」
おう。今回は初のパターン、かな?
美姫 「恭也が誰が好きかを言わないやつね」
ああ。多分……だけど。
今まで、まだ居ないというパターンはあったけれどな。
美姫 「今回は完全に秘密のままね♪」
そういう事だ。
今回はこんな形にしてみました〜。
美姫 「それじゃあ、また次でお会いしましょう」
ではでは。







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