『An unexpected excuse』

    〜撫子 続編〜






桜にはまだ少し早い3月初旬。
ここ風芽丘学園では、一つの式が終わりを迎えようとしていた。
統合している海中の方でも、今日同じ式を執り行い、そちらも終わりを迎えんとしている。
その式とは、言わずもがな卒業式である。
ただ、他校のそれと少し違っている所があった。
それは、卒業式のすぐ後、海中と風校を合わせた在校生たちによる卒業パーティー、
通称、卒パがまるで文化祭のように開催されるからである。
さっきまで泣いていた生徒たちが、今や文化祭のような祭りの雰囲気に笑顔を見せている。
そんな中を、特に予定もなく歩く恭也。
彼の傍らには、今日同じく卒業を迎えた親友、忍と赤星の二人とその恋人であり、
恭也とも友達である藤代彩の姿も見受けられた。

「しかし、卒業式の余韻も何もないな」

苦笑しながら言う赤星に、恭也も同意とばかり頷く。
しかし、女子二人の意見は違うようで、いや、この祭り好き二人の意見は違うようで、
少しでも多くこういうイベントがあるという事を素直に喜んでいる。
卒パでは卒業生は何もせずに、客としての参加するのみである。
故に準備期間を楽しむという事ができない。
二人はそれを晴らすかのように、あちこち見て回る相談を早くもしていた。
そこへ数人の生徒がやって来る。

「居た! あ、あの、高町先輩!」

その中の一人の女生徒が他の生徒に押されるように恭也の前に出てくる。
恭也はその生徒の顔を見るが、特に知り合いという訳ではないようだった。
その生徒は恭也の前で顔を赤くしてモジモジと言い辛そうにしている。
恭也は出来る限り怖がらせないように、優しく声を掛けて用件を尋ねる。
それに背を押されたのか、ようやく意を決してその生徒は口を開く。

「よ、よかったら、制服の第二ボタンをください!」

「ボタンを?」

「あー、そういう事か」

何故、そんな物を欲しがるのか分からないという顔をする恭也に、彩たちは納得顔で頷く。
言った少女は更に顔を赤くして、恭也の言葉を待つ。

「まあ、この制服ももう着る事はないから構わないが、こんなものをどうす……」

「駄目よ、恭也!」

言って引きちぎろうとする恭也の手を掴んで忍が止める。
その親友の態度を横で見ていた彩は、未だに事態が飲み込めていない恭也へと説明してあげる。

「第二ボタンをくださいって言うのはね、好きな人の心臓、ハートに一番近いのがそのボタンだからなんだよ」

「いや、ブレザーだから、腹だぞ」

「んー、遠回しでもないんだけれど、この言い回しじゃ気付かないか。
 いや、さすが高町君だね」

「藤代、褒めてないだろう、それ」

「あははは。えっと、つまりね、第二ボタンをくださいって言うのは、その人の事が好きって事よ」

「つまりそういう事だ。まあ、あげるあげないは自由にすれば良いんじゃないか。
 あげた=付き合うって事でもないしな」

「駄目だよ、恭也」

赤星が何処か楽しそうに言う横で、忍は目を吊り上げて断固反対を訴える。
その忍を黙らせると、恭也は第二ボタンをその子にあげる。
精一杯の勇気を出して言ってきたであろう少女のその心意気を買ったのか。
だが、渡しながら恭也ははっきりと自分の気持ちを口にする。

「貴女の気持ちは嬉しいですが、俺は既に好きな人がいるから。
 それでも良ければ、これは差し上げます」

「……ありがとうございますっ。ただ、自分の気持ちを最後に伝えたかっただけですから……」

泣くのを堪えつつ、恭也へと礼を言ってボタンを受け取ると少女はきびすを返して去って行く。
その背中を見送る恭也の首に赤星の腕が伸び、腕を彩と忍が掴む。

「高町、お前に好きな人がいるなんて初耳なんだが」

「そうだ、そうだ!」

「前に、勇吾が私たちの関係を白状させられた事があったけれど、その時高町君は運良く逃れたんだったわね」

「そうそう。しかも、その後はのらりくらりと躱されて、いつしか忘れてたわ」

そんな大事な事を忘れないでと親友に突っ込みたいのを堪えながら、
彩は恭也へと興味津々の目を隠しもせずに向ける。

「で、だれだれ? 私たちも知っている人? その人との関係は?
 付き合ってるの? それとも片思い中とか? ねえねえ」

「……赤星、もう少し藤代の性格を調教できなかったのか」

「俺はこれでも頑張った方だと思うぞ。だがな、人の中で育ったライオンなら兎も角、
 野生のライオンはそう簡単には調教できないって事だ」

「なるほど」

「って、二人して何私を野生の獣扱いするのよ!」

「「冗談だ」」

悪びれもせずに一言で終わらせる恭也と赤星に、彩は拗ねたフリをする。
普段ならここで忍が更に何か言ってくるのだが、さっきの恭也の台詞が大きかったのか、
いつになく真剣な顔を恭也に向けて、その答えをじっと待っていた。

「んー、流石の忍も今回ばかりは乗ってこないか」

「そりゃあね。今回はこっちの方が気になるもの。誰なのか、楽しみじゃない。
 で、恭也の好きな人って誰よ」

詰め寄る忍に対してどう誤魔化そうか考える恭也の元に、ようやく恭也たちを見つけた美由希たちがやって来る。
忍は肩を竦めるととりあえずは恭也を解放し、卒業おめでとうと口々に言う美由希たちに応える。
その後、恭也たちは色々と見て周り、最後に体育館で行われるイベントを冷やかし程度に見るためにやって来る。
恭也たちが来た時には、丁度、一つのイベントが終わった後らしく、何人かが外へと出て行く。
それと入れ違いになるように中へと入る。

「で、今から何が行われるんだ?」

「えーっと、確か……」

恭也の質問に赤星が入り口に置いてあったパンフレットを開く。

「さっきまでこれをやっていたはずだから……」

赤星が言うよりも早く、会場の明かりが落とされて舞台にライトが当たる。
袖から司会進行役と思われる生徒が出てくる。

「皆さん、長らくお待たせ致しましたー!」

その声に答えるように、あちこちから歓声が上がる。
前の方へと行きながら、恭也たちは舞台を見上げる。
いつの間にか、そこには司会の生徒とは別に数人の女性が上がっていた。

「で、これはなんなんだ?」

「さあな。こう暗くちゃ、文字も見えん」

赤星が竦めた肩を彩が指先で突っつく。

「ねえねえ、壇上に居るのって鷹城先生になっちゃんじゃない?」

「本当だ。あ、他にも何人かの先生がいるわね」

彩の言葉に忍が自分も舞台の上を見てそう言う。
その後ろから美由希が一人の女性を指差す。

「でも、あの人は三年生ですよね。正確には卒業生の方が良いのか、この場合」

「まあまあ、美由希さん。その辺りは良いんじゃないですか。
 でも、確かにそうですね。確か、今年の文化祭でミス風校になった方じゃ……」

美由希たちの言葉に恭也や赤星も舞台を見る。
確かに、壇上では数人の女教師と女生徒が並んでいた。
それぞれの性格を現すかのように、唯子はニコニコしながら時折手を振り、
撫子は如何にもつまらないとばかりに腕を組んでいる。
こういうのに慣れているのか、先ほど美由希が指差した女生徒は微笑を浮かべたまま、
まるでモデルのように立っている。
益々これが何のイベントか気になり、恭也たちはかなり前まで来てようやく止まる。
と、司会役の生徒がマイクを手に語り出す。

「さーあ、いよいよやってきました!
 ここにお集まり頂いたのは、いずれも見目麗しい女性ばかり。
 その美しさに、ファンは勿論、その気持ちを伝えたいという人も大勢いるはず!
 今回はそんな人たちの為に、この場を設けました。
 中には教師も居ますが、問題ありません。
 何故なら、これから登場する人は皆、今日卒業した人たちばかり!
 では、早速いってみましょう!」

「はぁっ!? 赤星、これは何だ?」

「あー、どうやら告白会らしいな」

舞台から零れる光で何とかパンフレットの文字を読み取り恭也へと教える。
最後の最後でこんなイベントかと溜め息を吐く二人の男に対し、
連れの女性たちは興味津々といった感じで舞台に釘付けになっていた。
二人が呆れる中、舞台に一人の男子生徒が姿を見せ、唯子の前に止まる。

「鷹城先生っ!」

「にははは、何かな?」

「ずっと好きでした! よければ僕と……」

「にっはは、ごめんね〜」

最後まで言わせる事無く、唯子は笑顔のままはっきりと断る。

「よく考えれば、失敗すればこの場の全員にそれを見られるって事だな」

「ああ。よくよく考えれば、かなり残酷なイベントだな」

恭也の言葉に赤星が小声で返す。
逆に、美由希たちはその様子を眺めながら、違う事を口にしていた。

「鷹城先生、断るの早いね」

「美由希ちゃん、聞いた話だと鷹城先生には既に好きな人が居るって事らしいで」

「え、何々レンちゃん、そんな面白そうな事を彩お姉さんに黙ってたの」

彩たちの反応に肩を竦め、互いに顔を見合わせると恭也と赤星は仕方なしに舞台へと視線を戻すのだった。



次々と撃破されていく生徒たち。
今の所、カップル成立は一組だけだった。
だが、何よりも恭也が驚いた事があった。
その事をやや不機嫌そうに、赤星に尋ねる。

「何故、紅女史に告白する奴がいないんだろうな」

「んー、しないんじゃなくて、し難いんじゃないか」

「しにくい?」

「ああ。ほら、休日でナンパをしていた緑葉の話とかをよく聞くだろう」

「ああ。校庭をうさぎ跳びで五十周だったか」

「それがあるから、声を掛けたくても掛けないって事だろう」

「そういう事か」

何処かほっとしたような様子を見せる恭也だったが、それには気付かず赤星は続ける。

「だが、イベントとしてやっていて、あそこに紅女史がいる以上……。
 やっぱりな」

赤星たちが話している間にやってきた生徒は、今正にその紅薔薇の前に立つ。
それを見詰める恭也から、不機嫌そうな気配を感じて赤星が声を掛けようとするが、
それよりも先に、前に立った生徒が声を出すよりも早く、撫子が口を開く。

「悪いが興味ない」

何か言う前にそう言われ、その生徒は口をパクパクさせたまま舞台袖に戻って行く。
それをフォローするように司会の生徒が喋り、続けて次の生徒が出てくる。
女子生徒の前に立つのを見て、恭也は知らずに入っていた肩の力を抜く。
それを不思議そうに眺めていた赤星だったが、またしても恭也が小さく身構え不機嫌そうな顔をする。
暗闇の上、いつもと殆ど変わらないが、そこは五年も親友をやってきただけの事はあり、
しっかりと読み取る。

(ははぁ〜。もしかして……)

赤星は珍しくニヤリと笑うと、恭也の肩に腕を回す。

「高町、そんなに紅女史が気になるか?」

「何の事だ」

他に聞かれないように小声で尋ねた赤星に、恭也は知らん顔で返す。

「ほうほう。あ、また紅女史の前に……」

赤星の言葉にすぐさま恭也が舞台を見れば、今しがた出てきた生徒は唯子の前に立っていた。

「ほーう。それでも、まだそんな事を言いますか」

「偶に、お前の性格が実は悪いんじゃないかと思うときがあるんだが」

「そうか? って、今度は本当に紅女史か」

赤星の言葉に、赤星を一度睨んでから舞台へと視線を戻せば、今度は言葉通りに撫子の前に一人の生徒が立つ。
途端、不機嫌そうな顔を見せる恭也の横顔を呆れたように見遣る赤星の耳に、
先程と同じように何か言われる前に断る撫子の声が聞こえてくる。
流石に司会の者が困ったように撫子へと話し掛ける。

「紅薔薇先生、出来れば聞いてから断って頂けると、このイベントを企画した私たちは助かるんですが……。
 この後も、紅薔薇先生へ告白しようとする生徒が何人かいますので」

「そんなものは知らん。そもそも、私は何も聞かされずにこの場に連れて来られたんだぞ。
 ここに来てから説明されたんだ。断る暇もなくな。
 なら、ここに居るだけで充分責務は果たしているんじゃないか?」

「そ、それはそうですけど……」

「大体、この人選はどうやって決めたんだ」

「勿論、告白したいという人から誰にしたいのかを聞いて、その中で多かった人たちですよ。
 勿論、事前に先生たちにも恋人がいるかどうかのアンケートを行い、居ると答えた方は外しました」

「成る程な。だが、恋人は居なくとも好きな人は居るかもしれんぞ?
 そんな人相手には、こんな事をするだけ無駄だと考えなかったのか? なあ、鷹城先生?」

「ふえぇっ!? な、なな何で私に振るんですか!?」

顔を赤くしてどもりながら答えた時点で最早、語るに……という奴である。
ともあれ、撫子はこんな事はさっさと切り上げてしまいたかったのである。
何せ、今日は卒業式なのだ。そして、それも既に済んだ。
さっき、目の前のこの生徒が言ったように、既に生徒ではないと言えるのだから。
ようやくというか、あっという間だったというか。
そんな事を思いつつ、撫子の脳裏に懐かしい記憶が浮かぶ。



  ◇◇◇



始めは本当に大した出来事でもなかった。
ただ、撫子が休日に駅前をぶらついている時に、部活の帰りなのか風校の制服を来た女子を見掛けたのだ。
勿論、それだけなら問題はなかったのだが、その生徒は余り柄の良くなさそうな男数人に絡まれていた。
撫子は何処にでもバカは居るものだと頭を振りつつも、その生徒を助けるべく近づいて行き、
今しも生徒へと手を伸ばそうとしていた男の腕を掴んで捻り上げた。
……のは撫子ではなく、一人の男性――高町恭也だった。
何処か見覚えのあるその男性に撫子は記憶を探り、程なくしてそれが自分の受け持つ生徒の一人だと思い出す。
すぐに思い出さなかったのは、恭也が教室で大人しい部類に入るからだ。
かと言って、内気や弱気という訳ではなく、単に己を殺すようにしているのだろうと撫子は見ていたが。
今までそんなに注意して見た事はなかったが、こうして改めて注意深く見てみれば、
彼が何かしらの武術を修めている、それもかなり達人に近い部類であると撫子は感じた。
これなら自分の出る幕はないだろうときびすを返して、その日はそれでお終い。
ただ、妙に気になったのは確かだった。
相当の腕を持っているにも関わらず、部活はしていないようだし、体育でも目立った成績ではない。
つまり、彼は普段から目立たないように立ち振る舞っているという事になる。
撫子は何となく面白いものを見つけたような顔になる。
今も風校には個性的な生徒が何人もいるし、今までにも見てきた。
だが、そのどれとも違うものを恭也に感じたのだ。
自身も多少武道をやるので、それで興味を持ったのかもしれないし、目立たないようにしていると気付き、
それが他の科目もそうなのかもしれないと思ったのが始まりかもしれない。
少なくとも、自分の受け持った科目でその真の実力を見てみたいと。
まあ、後者に関しては完全に見当違いだったのだが。
ともあれ、撫子はこうして恭也に少し興味を抱いたのだ。
かと言って、一教師が一人の生徒ばかりに構っている訳にいかないし、それは撫子も重々承知していた。
だから、気が付いた時にそれとなく観察するようなものだった。
気分的には小学生の時の夏休みの宿題にある観察日記のようだったのかもしれない。
ともあれ、そんな軽い気持ちで他の生徒よりもほんの少しだけ注意して見ていた。
ただそれだけだった。
学年が変わり、偶然にも撫子の担当するクラスに恭也が居たのはこの場合幸運と言えるか。
ともあれ、二年へと進級して担任となった事でより関わる時間が増えたのは確かだった。
結果、高町恭也の人と柄をいい面、悪い面ともに知っていったのである。
情に脆く、友人や周りの者たちには優しい所や、色恋にはかなり疎い面などを。
外見は悪くない――本人非公認のFCまであるぐらいなのだから――のだが、見るからに無愛想で、
話し掛ける者が極端に少ないのだ。だが、それは外面での事。
ずっと観察していた撫子は、その外面と実際の内面とのギャップが面白かった。
殆ど無意識のうちについつい、恭也を観察する時間が増えてしまうぐらいに。
そして、それがいつしか観察のための視線から恭也を探す視線へと変わり、
気が付けば常に恭也の姿を目で追っていたのである。
それに気付いた時、撫子は思わず自嘲したぐらいである。
何を青臭い事をと。だが、そう思いながらも目は恭也を捉えて離さなかったのである。
何がそんなに撫子を惹きつけるのか、その時は分かりもしなかったが。
後に恭也自身に彼の生い立ちや育ちを聞き、撫子はその理由を理解したが、
この時はまだ分からないまま、ただ恭也を見ていたのだった。



  ◇◇◇



と、撫子は懐かしい記憶を振り払うように小さく首を振る。
さっさと終わりにしたいとその眼がはっきりと語っていた。
だが、イベント企画者でもある生徒も必死で撫子をこの場に留めようと言葉を紡ぐ。
まだ十人近くが撫子目当てで待っているだとか、卒業してもう会うこともないのだから、
最後の思い出にもう少しだけ付き合ってくれとか。
その言葉が心からのものだったら、撫子も渋々だがこの場に居たかもしれない。
だが、目の前の男は間違いなく心からそう思っている訳ではなかった。
単にイベントを盛り上げ、それを問題なく進行させる事しか考えていなかった。
撫子は肩を竦め、どうやって論破しようか暫し考え、不意にこちらを見ている恭也と目が合う。
僅かながらも不機嫌そうな恭也を見て、撫子は少しだけ嬉しくなる。
やはり、やきもちは焼くよりも焼かれるに限るな、と一人ごちつつ、
その顔にいい事を思いついたと言わんばかりの笑みを見せて。

「非常に残念だが、後の者たちに伝えてくれ。私は君たちに興味はないと」

「ま、まだ会っていないのにそれはあんまりじゃないですか?
 せめて、会ってから。もしかしたら、気に入る方が居るかもしれませんよ。
 この後には、サッカー部のキャプテンとかも控えているんですから」

「しつこいぞ。誰でも同じ事だ。興味ないな」

言って撫子は椅子から立ち上がると、舞台下へと手招きする。
皆が戸惑う中、恭也だけはそれが自分に対してだと理解し、同時に嫌な予感を覚えていた。

「ほら、さっさとこんか馬鹿者。それとも、お前は困っている私を見捨てる気か。
 そんな奴だとは思わなかったぞ。そうか、お前は私が他の男に言い寄られるのを黙って見ているんだな」

分かっているくせにと思いつつも、逆らえないのはやはり惚れた弱みなのか。
恭也はそう嘆息すると、重い足を引き摺るように舞台へと向かう。
その動きを察したのか、前の人たちが道を開けてくれる。
それを壇上から見ながら、撫子はほっと胸を撫で下ろし喜びを必死で隠す。
ああは言ったものの、目立つのが嫌いな恭也の事だから、この場は知らん振りをするかもしれないと思ったのだ。
その事に関しては、恭也の事情を知っているため責める事はしない。
だが、頭でそれは理解できるが、気持ちは別である。
不遜な態度で言いながらも、その内心は結構怯えていたのだった。
こちらもまた惚れた弱みとか思っている辺り、結構、似ている二人なのだろう。
ようやく壇上に上がった恭也は、疲れたような顔で撫子の傍に寄る。

「それで、何の用ですか紅女史」

「ふっ、用件は言わずとも分かっているだろう。私はさっさとこの場を去りたいんだ」

「で、俺にどうしろと」

「そうだな。この場に居るのは恋人がいない者だけらしい。
 つまり、そういう事だ」

「どういう事ですか、紅女史」

「高町、分かってて聞くのは評価できんぞ。
 それに、いつものように名前で呼ばないのか?」

この発言に会場のあちこちがざわめく。
それに疲れた様子で肩を竦めると、恭也は口を開く。

「そういう撫子も、名前で呼んでないが?」

「そうか、それは気付かなかったな恭也。
 ともあれ、私は一刻も早くこの場を立ち去りたいんだが?」

「はぁー。それじゃあ、望むままにお連れしますよ」

言って撫子の手を取り、そのまま引き寄せる。
と、そこで恭也は少し仕返ししようと思ったのか、撫子の背中に素早く腕を回し、
膝裏にももう一方の手を伸ばして、俗に言うお姫様抱っこをする。
途端に起こる悲鳴じみた声を聞き流し、恭也は撫子の顔を覗き込む。

「こ、こら、一体何を……」

赤くなって言ってくる撫子に、恭也はしれっと言い返す。
尤も、その顔は少し赤かったが。

「何って、撫子を連れ出すんですよ」

「だからって、何も」

「不満ですか?」

「……好きにしろ」

「では、好きにします」

撫子にそう笑顔を投げると、恭也は司会の生徒へと顔を向ける。

「そういう訳で、撫子は俺の恋人なのでもう連れて行く」

恭也の発言にまたしても会場から大きな声が上がる中、呆然とする司会を残して恭也は足早に体育館を後にする。
撫子を抱きながら、とりあえず人のいない屋上を目指す恭也の腕の中で、撫子は少し嬉しそうに、
そして、申し訳なさそうに恭也を見上げる。

「悪かったな」

「いえ。逆に良かったですよ。どうも、俺が思った以上に撫子はもてるみたいだから。
 今回は卒業生だけだったが、在校生の中にも撫子に思いを寄せる者はいるだろうから。
 今回の事で、もう撫子に手を出すものもいないだろうから」

「ば、馬鹿者。私にそんな……」

「いるに決まっているだろう。撫子はこんなにも綺麗で可愛いんだから」

「だから、教師をからかうなと」

「もう生徒ではないけど?」

「それでも、私は教師のままだからな」

そんなやり取りをしながら二人は屋上へと出る。
日が傾き始める屋上で、未だに撫子を抱いたままフェンスの方へと近寄る。

「ここから二人で見る景色も見納めですかね」

「だな。だが、これからは二人でもっと色々な景色をみれるぞ、恭也」

「そうですね。俺も撫子と一緒にもっと色んなものを見てみたい」

言って見詰め合うと、ゆっくりと顔を近づけて行く。
赤く染まる屋上で二人は一つとなり、長く影を伸ばすのだった。





<おわり>




<あとがき>

という事で、今回はキリリクお二人分をまとめてみました。
美姫 「クローズさん、ファルコンさんリクエストありがとうね〜」
こんな感じに仕上がりました〜。
美姫 「今回は短いあとがきですが」
また次で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る