『An unexpected excuse』

    〜撫子 続編2〜






一時限目と二時限目の間の短い休み時間。
その休み時間の間に恭也は席を立つと教室を後にする。
廊下を歩む恭也の前から、授業を終えて職員室に戻る途中の撫子が軽く右手で髪を掻き揚げながら歩いてきて、
二人はそのまま普通に擦れ違う。
特に言葉もなく擦れ違う。ただそれだけ。
だが、昼休みになるなり恭也の姿は既に教室にはなく、
目を覚ました忍は既にいない恭也の席をぼーと眺めた後、鞄から昼食であるアセロアジュースを取り出すのだった。



校舎の端に存在する社会科資料室。そこには今、恭也と撫子の姿があった。
滅多に人が来ない場所に位置する上、生徒はまず入ってこない。
教師といえども日頃からあまり訪れる事もないここは、撫子の研究室に近い状態となっている。
神界や魔界に関する資料に始まり、授業に関すると思われる資料が大量に棚に納められており、
私物化していると言われても反論できるような状況ではない。
ただ、それに文句を言う者がいないのも事実なのだが。
ともあれ、その資料室にある少し大きな机の上に広げられているのは、大きめのお弁当箱。
その蓋を開け、中から色とりどりのおかずの姿を見せるように恭也の前へと差し出す。

「恭也の舌に合うと良いんだが」

毅然とした物言いの中にも、若干の不安を感じさせる声でそう告げる撫子に、恭也は小さく笑いかける。

「紅……撫子の料理は本当に美味しいですよ。そんなに心配しなくても良いのに」

「いつもそう言ってくれて嬉しいんだがな。だが、毎回、毎回気になるんだから仕方ないだろう。
 やっぱり、好きな人には美味しいものを食べさせてやりたいと思うものだしな」

撫子の言葉に照れつつ、恭也は手を合わせていただきますと言うと、箸を手に撫子の弁当を食べ始める。
それをじっと見詰める撫子に恭也は美味しいですよと答えると、またすぐに箸を伸ばす。
そんな様子を見てようやく安堵したように胸を撫で下ろすと、撫子は自分の分も食べ始める。
と、撫子の弁当を見た恭也は、首を傾げる。
どうも撫子の弁当の方は、幾つか失敗したような少し焦げた卵焼きや、形の崩れたおかずが入っている。
恭也の視線に気付いたのか、撫子は自嘲するように笑う。

「ああ、これか。煮物などは昨夜のうちからやっていたから問題はなかったんだがな。
 これらは今朝作ったからな。ちょっと慌ててしまい、少しだけ失敗したんだ。
 だから、これらは私の方に入れたという訳さ。失敗と言っても食べれん程ではないしな」

撫子の気遣いに感謝しつつも、恭也はその焦げた卵焼きを箸で摘み上げる。

「あ、こらよさんか」

撫子が止めるのも聞かず、そのまま口に運び込む。

「確かに少し焦げてますね。でも、食べれない訳じゃない」

「だから、そう言っているだろうが」

「だったら、半分ずつにしましょう」

言って自分の所から綺麗に焼けている卵焼きを取る。
と、それを撫子が止める。

「良いと言っているだろう。それは、お前のために作ったんだからな」

「そっちも、始めは俺のためだったんでしょう。
 撫子の料理が美味しいのは知っていますよ。ですから、そのぐらいの失敗は良いじゃないですか。
 寧ろ、それを必死で隠そうとするその様子は可愛らしいですね」

「ば、馬鹿者。年上をからかうんじゃない」

「別にからかってませんよ」

照れる撫子を見て頬を緩める恭也であったが、撫子はそのおかずを受け取ろうとはしない。
仕方なく恭也は箸を一旦、引っ込める。
それを見て諦めたかと思った撫子の前に、そのまま箸が伸ばされる。

「ほら、撫子。口を開けて」

「な、何をしている恭也」

「うん? ああ、そうか。確か、アーンだったか」

「いや、そうじゃなくて」

思わず頭を抱えそうになりながらも、撫子は恭也を見る。
恭也はやや照れた様子で、早口に告げる。

「良いから、早く食べてくださいよ。さすがに、このままだと照れます」

照れながら恭也は箸で摘んだおかずを撫子の口元へと寄せていき、仕方なく撫子は口を開けてそれを食べる。

「美味しいでしょう。とは言っても、自分で作ったものですけどね」

「正直、味など分かるか。だが、不味くはないな」

撫子の答えに苦笑を返しつつ、恭也は失敗作と言われたおかずを半分撫子の弁当から取り、
今度は自分の所から同じだけ、成功作を移し替える。
断ってまた同じ事をされてはと、撫子はもう大人しくしている。
別に嫌ではないのだが、流石に照れの方が先に来るし、場所が場所だけに、である。
こうしておかずを入れ替えた二人は、食事を再開する。
が、撫子はふと気付いて箸を止める。
どうやら恭也の方は気付いていないみたいだが、今、撫子が摘んだおかずは成功作の方である。
そして、これは元々は恭也の弁当に入っており、さっき恭也が移したもの。
つまり、さっきまでは恭也の箸が摘んでおり……。
そこまで考えて撫子は急に首を振る。

(何を考えているんだ私は。思春期真っ盛りの子供じゃあるまいし。
 この程度の事で取り乱すなんてな。全く、まさか私がこんなになるなんて思わなかったぞ)

苦笑を零すと、撫子は何もなかったかのようにそれを食べる。
そんな撫子の葛藤に気付かず、恭也はただ黙々と箸を動かし続けていた。
昼食を取り終えた後、二人は何ともない話をしながら時間を過ごす。
長いとも言えない昼休みをゆっくりと。
不意に撫子は思いたったのか、椅子の位置を直し両手で足を軽く叩く。

「恭也、さっき食べさせてもらったお礼をしてやろう」

「お礼、ですか?」

「ああ、そうだ。ほら、ここに頭を乗せろ」

楽しそうな撫子とは逆に、今度は恭也が照れて躊躇う。
中々行動に移らない恭也に焦れ、撫子はやや強引に頭を掴んで引き倒す。
椅子が大きな音を立てるが、倒れる事もなく恭也は撫子の足へと頭を乗せる。

「ふむ、これは中々面白いな」

「何が面白いんですか」

「なに、照れる恭也の顔を堂々と見れるからな」

撫子の言葉に顔を隠そうとするも、逃げ場などなく、結局恭也は嘆息すると大人しくなる。
それを楽しそうに見下ろしながら、撫子は分かっている事を聞く。

「どうした、もう抵抗は止めるのか」

「ええ。この状態ではどうしようもありませんから。
 どうせなら、楽しむ方が特ですし」

「そうだな。楽しんだ方が良いぞ。校内では中々出来るものじゃないからな」

「そうですね」

優しい眼差しで互いを見詰めあいながら、二人は無言になる。
だが、決して気まずいものではなく、落ち着いた暖かな空気が辺りに満ちる。
二人は残った時間を、何か話すでもなく、ただそうやって過ごすのだった。





<おわり>




<あとがき>

撫子再び。
美姫 「これはまだ恭也が在学中のお話ね」
おう!
さーて、次はやっぱり彼女の番かな。
美姫 「おお、もう決めているなんて珍しいわね」
ふふ、まあな。
それでは、また次で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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