『An unexpected excuse』

    〜紀子編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也がそう口にした瞬間、フラッシュが瞬き、シャッター音が小さくではあるがする。
別段驚いた様子もなく、自然とその方向へと全員の視線が飛ぶ中、
一斉に注目される事となったカメラを手にした女子生徒は怯えたように身を縮込ませ、右往左往する。

「くー」

眉を寄せ怯えた様で恭也の元へとビクビクしながら擦り寄ると、その後ろへと隠れるように滑り込む。

「くー♪」

ようやく安心したように安堵の声を洩らす女子生徒に苦笑しつつ、恭也は安心させるように言う。

「別に誰も紀子を苛めたりはしないから、そんなに怯えるな」

「くー」

そう頷くのを背中越しに見遣る恭也の横から、美由希が気になる事を尋ねる。

「西崎先輩、ひょっとしてさっき恭ちゃんの写真撮りました?」

「くー」

「そうなのか。しかし、紀子も物好きだな。俺なんかとっても面白くもないだろうに」

「くーくー」

「そんな事はないって? まあ、紀子がそう言うのなら別に良いけど」

恭也と紀子の会話を聞き、美由希は更に紀子へと話し掛ける。

「あ、あの、西崎先輩。現像したらさっきの……」

「くー」

美由希の言葉を遮ってあげた紀子の言葉に、恭也を見る美由希。

「みなまで言わなくても分かってるそうだ」

美由希だけじゃなく忍たちにも顔を向けると、忍たちも無言で頷いて返す。
恭也は一人取り残される形となるも、ただ黙ってその意味の分からないやり取りを見守る。
更に取り残される形となっているFCたちは、場が落ち着いたのを見て改めて恭也を見る。
その視線に怯えてまた恭也の背中に隠れる紀子の頭を器用に撫でつつ、
恭也はFCたちにさっきの質問に答えるべくもう一度口を開く。

「俺が好きなのは、紀子だ」

「…………くー? く、くー!?」

最初は意味が分からずに首を傾げていた紀子であったが、すぐに意味を理解して顔を真っ赤にする。

「急にそんな事を言うなんて恥ずかしい?」

「くー……。くー」

「む、確かに改めて言われると少し照れるな。
 だけど、今回のはちょっと事情があってな」

恭也がここであった事を簡単に説明すると、紀子も納得したような顔を見せる。
FCたちも納得したのか、立ち去っていく中、美由希は改めて恭也と紀子のやり取りを見る。

「それにしても、恭ちゃんよくあそこまで詳しく分かりますね」

「まあ、それは私も同感かな。
 一応、クラスの人たちはある程度は分かるんだけど、恭也みたいに完全に分かる人はいないわね」

くーとしか喋っていないはずの紀子と普通に会話をする恭也。
最早見慣れた光景とは言え、改めて眺めて忍たちは何とも言えない顔をする。

「まあ、愛の力は偉大って事で綺麗に纏めておきましょうか」

「うーん、二人がああいう関係になる前に既に恭也は理解してたような気もするけれどね」

那美の言葉に忍がそう突っ込むも、二人の邪魔をしないように気を利かせたのか美由希たちを連れて去っていく。
誰も居なくなった中庭で、しかし二人はいつもと変わらずにただ紀子の言葉に恭也が相槌を打つ。

「くー」

「ん? ああ、いつの間にか誰も居なくなってるな」

紀子の言葉に既に気付いていた恭也ではあったがそう口にする。
周囲に誰もいない事をもう一度確認すると、紀子は再び、いや先程よりも顔を真っ赤にして恭也の正面に立つ。

「あ……」

何か言おうと口を開き、すぐに顔を伏せたかと思うと沈黙する。
だが、恭也は何も言わずにただ優しくそんな紀子を見守る。
その優しい空気に励まされるように、紀子は顔を上げて懸命に口を開く。

「わ、わたしも、恭也のこと、好き……」

「それはさっきも聞いたぞ。どうしたんだ?」

照れつつもそう尋ねる恭也に、紀子は一度大きく息を吸い込むと、

「ちゃ、ちゃんと言葉に……したかったから」

「そうか」

「うん。恭也は、……わたしが喋るのを、……待ってくれるし」

「それは当然のことだよ。
 紀子が何かを言おうとしているのだから、それを待つのはな」

「で、でも、今までの、人は……待って……られないって。恭也も……そのうち」

それ以上紀子が言う前に、恭也はそっとその唇に人差し指を当てて言葉を封じる。
きょとんとした顔で見つめてくる紀子を優しい眼差しで見つめ返しながら、恭也は柔らかな声で話し出す。

「そんな事は気にしないし、紀子が一生懸命に伝えようとしている事に対して待たないなんて事はしないから。
 大丈夫」

「あ……ありが、とう」

少し瞳を潤ませながら礼を言ってくる紀子の前髪を軽く掻き上げて整えてあげると、
恭也はそのまま額に唇で軽く触れる。
今までとは比べものにならないぐらいに耳まで真っ赤になる紀子へと、

「そんな不安なんて吹き飛ばすお呪いだ」

ぶっきらぼうにならないように気を付けつつも、やや素っ気無い声で視線を逸らして告げる恭也。
だが、紀子は恭也のその態度が照れ隠しだとちゃんと分かっており、
自分と同じぐらい赤くなった横顔を見せる恭也の手をそっと握り締める。
分かっていると少しだけ強く握り締めた手に、恭也からも握り返してくる感触が伝わる。

「くー」

「そうだな。そろそろ戻るか」

暫く手を握り合っていた二人であったが、予鈴が鳴ると紀子が教室に戻る事を告げてくる。
それに同意して歩き出そうとする恭也の手を、しかし紀子は離さずに横に並ぶ。
流石に恥ずかしいからと外そうと試みる恭也へと、紀子の伺うような視線が突き刺さる。

「……はぁ。校舎までだぞ」

「くー♪」

恭也の言葉に喜び、足取りも軽く、けれどゆっくりと紀子は歩き出す。
その歩調に合わせるようにして、恭也もまたゆっくりとその足を踏み出す。





<おわり>




<あとがき>

メインヒロインの一人じゃないのが悔しい!
と言う事で、書きたかった紀子編。
美姫 「ほうほう。なら、他にも出番のある子が」
うーん、どうだろうか。
まあ、他のキャラは気が向けばという事で……。
美姫 「そんな事だとは思ってたけれどね」
あははは。さてさて、次は誰にしようかな。
美姫 「それじゃあ、また次でね〜」
ではでは。







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る