『An unexpected excuse』

    〜乙女編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也はそこまで言葉にしたかと思うと急に口を閉ざして、とある一点を見つめる。
その見つめる先、FCたちの後ろから刀を携えた一人の少女がやって来る。

「こら、そこで何をやっている!
 まさかとは思うが、大勢で一人を、何てことではないだろうな」

風紀委員長にして副会長として生徒たちから絶大なる信頼と、
その腕っ節の強さから一部の生徒たちからは恐怖をその身に受ける鉄乙女その人であった。
乙女は恭也たちの所に来ると、その場に居る者をじろりと軽く睨む。

「恭也、お前何をしたんだ。私も一緒に謝ってやるから、素直に謝れ」

「俺が悪さをした事が既に前提なのか」

そこはかとなく憮然とする恭也に、乙女は笑みを洩らす。

「冗談だ。お前が意味もなく相手の怒りを買うような事をするとは思っていないさ。
 だが、この状況を見る限りお前が問い詰められているのは間違いないようだからな。
 だとすれば、おまえ自身が気付かないうちに何かやってしまったのかもしれないだろう」

「一応は信頼されていると受け取っておくよ」

「勿論、信頼しているぞ」

皮肉でも何でもなく無邪気にそう言われ、恭也が逆に照れそうになる。
乙女はもう一度FCたちを見渡し、本当に不思議そうに恭也へと問い掛ける。

「しかし、虐めではないとするとこれは何の騒ぎなんだ?
 まさか、こんな大人数で昼食だったのか?」

「いや……」

本気で聞いてくる乙女へと返事に困る恭也に代わり、忍が楽しそうに事情の説明を始める。
初めは黙って聞いていた乙女だったが、徐々に眉間に皺が寄る。

「あ、あー、乙女……さん?」

「何だ、恭也?」

この上ないぐらいの笑顔で恭也と向き合う乙女に、恭也は思わず身構えてしまう。

「ひょっとして怒っているのか?」

「あはははは。可笑しな事を言うな、恭也は。
 私が何を怒る事がある」

「そ、そうだな。乙女が怒るような事は何もないな」

「……何ていうと思ったか?」

笑顔のままそう告げる乙女に恭也は不思議そうな顔で見つめ返す。

「いや、別に怒るような事はなかったんじゃないのか?」

「ほう、本当にそう思うのか?」

本当に訳の分かっていない恭也に、乙女は笑顔を引き攣らせつつ恭也に近付く。

「お前はひょっとして私に喧嘩を売っているのか?」

近づいてくる乙女に、知らず距離を取る恭也。
笑顔なのに笑っていないという器用な表情をしてみせる乙女に、恭也は本当に訳が分からずに混乱する。
そんな恭也の様子に険のある言い方でもって乙女は問い詰める。

「つまり、お前はここに居る者たちに好きな人の名前を聞かれたのだろう」

「あ、ああ、そうだが」

「そして、その名前を未だに言っていないと」

「それは……」

「つまり、それはお前に好きな人が居ないのか、言いたくないという事だと受け取ったのだが」

「だから……」

「言いふらすような事ではないが、聞かれたらはっきりと答えれば良いだろう。
 別に隠すような事ではないし、やましい所などないだろうに。
 それなのに言わないという事は、やはりお前は本気ではなかったということか」

「違う!」

何か言おうにも乙女によって遮られていた恭也が、ここで大声を出して乙女の言葉を遮る。
珍しい恭也の大声に乙女がきょとんとして口を閉ざす。
その機に恭也ははっきりと乙女に言う。

「本気に決まっているだろう。俺が愛しているのは乙女だけだ。
 それをすぐに言わなかったのは、乙女に迷惑が掛かるかと思ったからだ。
 だけど、お前が来る直前には問い詰められて言うつもりだったんだぞ。
 ただお前の姿が見えたから黙ってしまっただけで」

「う、うむ、そうだったのか。それはすまない、許せ。
 完全に私の勘違いだったようだな」

「分かってくれれば良いんだ」

胸を撫で下ろす恭也に、乙女は少し照れつつも嬉しそうに笑う。

「やはり、はっきりとそう言われるのは嬉しいものだな。
 流石に少し照れくさいが、やはり気持ちをはっきりと口にしてもらえるのは良いものだ」

「だったら、俺だけに言わせるのは卑怯じゃないのか?」

「何だ、お前も私に言って欲しいのか。可愛い奴だな。
 まあ、照れるが、その、確かに偶にはちゃんと伝えないといけないな、うん」

照れつつもしっかりと恭也を見つめる乙女の瞳から目を逸らす事無く、恭也もまた見つめ返す。
じっと恭也を見つめたまま乙女はその口をゆっくりと開く。

「恭也、愛しているぞ」

「……」

「な、何か言ってくれ。流石に無言のままだと照れる」

「いや、何と言うか。恥ずかしいが確かに嬉しいものだな」

「そうだろう」

お互いに顔を赤くする二人の間に忍が楽しげに割り込んでくる。
ニヤニヤした笑みを浮かべる忍は、その顔のまま二人の向こうへと指を差す。
そちらを振り返らなくとも、二人にははっきりと大勢の気配が感じられる。
思わず我を忘れた二人は更に顔を赤くさせるが、乙女はすぐに胸を張るとFCたちに向かい合う。

「まあ、そういう訳で恭也は私のものだから諦めてくれ」

そうはっきりと言い切る乙女に苦笑しつつ、恭也も改めて口にする。

「もう分かったと思うけれど、俺が好きな人は乙女だから。
 しかし、俺は乙女のものか」

はっきりと恭也の口から聞かされて立ち去っていくFCたちから視線を外し、恭也は可笑しそうに笑う。

「ああ、そうだぞ。勿論、私の全ては恭也のものだからな」

これまたはっきりと言う乙女に恭也は強く頷くが、すぐにからかうような目付きになる。

「しかし、焼き餅とは乙女も意外と独占欲が強いな」

「そうだ。何か悪いか」

からかうつもりだったのにあっさりと肯定され、恭也は肩を竦めるしか出来ない。
そんな恭也に笑みを見せつつも、少しだけ瞳が揺れる。

「確かに今日のは私が悪かったかもしれない。許せ。
 だがな、私だって、不安になるんだぞ。それは忘れないでくれ」

「ああ、分かっているよ。乙女はその名前の通り……」

「そうだ、乙女だからな」

恭也の言葉に嬉しそうに笑いながらそう言う乙女の髪を優しく撫でる。
嬉しそうに目を細めつつ、乙女は周囲を確認して誰もいない事を確認すると両腕を広げる。

「恭也、今なら誰も居ないぞ。少しだけ、な」

期待するような乙女の顔に笑みを溢しつつ、恭也は乙女の傍に寄る。
近付いた恭也に力いっぱい抱き付く乙女の背中に腕を回し、恭也もまた乙女を抱きしめる。
すぐに離れる二人だったが、離れ際に軽くキスをする。

「流石に学校でこれはまずいんだがな。まあ、今日は特別だ。
 私も我慢するんだから、お前も我慢するんだぞ」

「ああ、分かっているって」

「だったら良い。と、そろそろ昼休みも終わるな。校舎に戻るぞ、恭也」

「ああ」

乙女の言葉にそう返すと、歩き出した乙女の横に並ぶ。
付かず離れずの距離で一緒に歩く二人の背中からは、その絆の強さを感じさせる何かが確かにあった。





<おわり>




<あとがき>

予告通りに乙女編〜。
美姫 「珍しくすぐに書き上げたわね」
ふっふっふ。偶にはやるのですよ〜。
美姫 「それが毎回なら良いのにね」
ふっ。そんな無茶を言わないでくれ
美姫 「無茶じゃないわよ!」
ぶべらっ!
美姫 「バカやってないで、さっさと次に取り掛かりなさいよ!」
ふぁ、ふぁ〜い。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
ではでは。







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