『An unexpected excuse』

    〜薫編〜






「…………俺が好きなのは、……付き合っているのは薫さんだ」

「だ、誰ですか!それは」

「薫ちゃん(さん)!」

非難の声を上げるFCの会員たち。薫と面識のある美由希と妹である那美は驚きの声を上げる。

「な、なな……なん、なんで……か、薫ちゃんと恭也さんが……」

「そ、そうだよ。いつの間にそんな事になったの恭ちゃん!」

「い、いや久遠の件の時にちょっと……」

「美由希ちゃんや那美さんの事情はともかく、師匠それならそれで教えてくれても」

「そうです。なんで、うちらにも内緒にしてたんですか?」

「いや、そのまぁー、色々とあってな。薫さんと話し合ってもうしばらくは黙っていようということになってな。
 特にさざなみ寮のとある二名の方には」

「ははははは」

恭也の言葉に那美が乾いた笑みを浮かべる。そこに、それまで黙っていたFCの一人が口を挟む。

「あのー高町先輩。ひょっとして、その人って神咲薫さんですか。元風校剣道部の」

「そうだが、知っているのか?」

「あ、はい。私の友達が剣道部なんですけど、何度かその名前を聞きました。後、神咲さんって確か今日……」

「ああ、そうだった。神咲先輩な」

その女生徒が赤星の方を見ると、赤星は何かを思い出したかのように一人頷く。

「そうか。あの神咲先輩と高町がなー」

「一体、どうしたんだ赤星」

「ん。いいから、ちょっと待ってろ」

そう言うと赤星はその場から立ち去る。

「あ、おい赤星」

待つこと数分、未だ戻ってこない赤星。恭也は事情を知っていそうな先程の女生徒に尋ねる。

「赤星がどこかに行った事と、さっき何か途中まで言いかけていた事は関係があるのか?」

「え、ええ。その、実は……。
 さっきも話した剣道部の友達から聞いたんですけど、現役当時、物凄く強かった方がいたらしいんです。
 で、顧問の先生が頼み込んで今日、剣道部にそのOGの方が指導に来られ……」

「恭也!」

その生徒の言葉を遮るように声が聞こえてくる。
その声は恭也にとっては聞き間違えるはずのない程、愛しい人の声であると同時に、本来ならここにいるはずのない人の声でもあった。
その声に応えるように恭也もその名前を呼ぶ。

「薫!」

「なんで恭也がここに」

「なんでと言われても、俺はここに通っているんだが……。それを言うのなら薫の方こそどうしてここに」

「ああ、そうじゃったね。恭也はここの生徒だった。ここにいても不思議はないか。
 いや、赤星君という男の子にここに来るように頼まれて、来てみたら恭也がいたから驚いたんよ」

「ひょっとして、剣道部の指導に来るOGって薫のことか?」

「ああ、そうだよ。指導自体は放課後からなんじゃが、事前に幾つか確認しとく事があったから」

「それでこの時間に来てたのか」

赤星がこの時間に薫が来ている事を知っていたのは、事前に顧問の先生から教えられていたからであった。
当の本人はさっきまで忘れていたみたいだが。

「で、これは何の集まりね?」

そう言って薫は辺りを軽く見回す。そこには恭也と薫を囲むように十数人の女生徒がいて、二人のやり取りを見ている。
そこへ那美が声をかける。

「薫ちゃん、赤星先輩に何て言われてここに来たの?」

「ああ、那美か。赤星君にはただ手伝って欲しい事があるとしか聞いとらん。
 ただ、ここに来れば分かるとは言っとたから、ここで剣道部員の誰かが待っているのかと思ったんだが」

「薫ちゃん、赤星先輩がここに来るように言ったのは、ここに恭也さんがいるからだよ」

「な、なんで恭也がいる事とうちがここに来る事が関係あると」

「だって、お二人は付き合ってるんでしょ?」

「な、ななな、何を言うとですか、美由希ちゃん」

「でも、恭ちゃんがさっき……」

「き、恭也、話したと?」

慌てて恭也に訊ねる薫に恭也はすまなさそうな顔をして謝る。

「すまん。ちょっと色々事情があってな」

「事情とはなんね」

「あー、そのー。この周りにいる子たちに聞いてくれ」

そう言われて周りの生徒たちを見る。
その中の一人の生徒が自分達がFCであること、無理矢理恭也から聞き出したこと等、これまでの経緯を薫に説明する。

「ま、まあ、そげん事情なら仕方がなか」

「すまないな薫」

「気にせんでよかよ。別に恭也の所為じゃあないんやから」

「そうそう。それに恭也が言わなくても、すぐにばれたと思うよ」

忍の言葉に首を傾げる二人。忍はそんな二人に説明を始める。

「だって、恭也と薫さんの話し方を見れば、ねぇー」

『あっ』

全員が今、気付いたように驚きの声をあげる。

「恭ちゃんが年上の人に対して、ため口で話してる」

「薫ちゃんが恭也さんの名前を呼び捨てにしてる」

「「言われてみれば」」

美由希たちが納得する中、恭也と薫は顔を赤くしてあらぬ方向を見ている。
この事実にFCの会員たちは諦めたのか、その場を去っていく。そして、この場には美由希たちだけとなる。

「こんな面白いことを黙っているなんて、忍ちゃんできない」

そう言うと携帯電話を取り出し、どこかにかけようとする忍。それを見た恭也は慌て止める。

「待て!一体どこにかけるつもりだ」

「どこって……翠屋。もっと正確に言うなら、翠屋の店長さんに」

「やめんか!」

そう言って忍の電話を取り上げる。

「あー!何するのよ恭也」

「それはこっちの台詞だと思うが」

そう言うと忍を睨む。これには忍も一瞬たじろぐが、すぐに笑みを浮かべ、

「そうか、そういうことね。ふふふふふ」

「何がだ。何を一人で納得しているんだ?」

「つまり、恭也は薫さんを桃子さんに紹介する気がないのね。つまり、それは薫さんとはお遊びって事ね」

「な!なんでそうなるんだ!」

「皆まで言わなくても良いわよ。この内縁の妻の忍ちゃんにはお見通しよ」

「誰が内縁の妻だ。誰が」

いつもと変わらない恭也と忍の掛け合いに美由希たちは苦笑を洩らす。
が、一人だけ冗談ですまない人物がいた。それは、いわずと知れた薫である。薫は一人その言葉を真に受けていた。

「恭也……」

肩を震わせて、俯いたままポツリと呟いた声はとても弱々しく小さかったが、恭也の耳にはっきりと届く。

「薫?」

「うちは……うちは……」

俯いた薫の目からポタポタと雫が落ち、地面を濡らしていく。
これには全員が驚き、居心地の悪さを感じる。特に忍はどうしていいのか分からず、オロオロとしだす。

「ちょっと、恭也。なんとかしなさいよ」

「な、なんで俺が。そもそもお前が悪いんだろうが!」

「そ、それはそうなんだけど……。うぅ〜、わ、私だって反省してるわよ。まさかこんな事になるなんて」

「わ、私もこんな薫ちゃんは始めて見ました」

「と、兎に角、恭也に後は任せたから」

「あのな……」

恭也の反論に全員がすがるように見詰める。その目が無言で語っていた。

『お願い何とかして』

恭也は溜め息を吐くと薫に近づく。実際、美由希たちに言われなくても何とかするつもりでいたのだ。
気配で恭也が近づいてきた事を悟るが、薫は顔をあげないどころか、その身を強張らせる。
恭也はそんな薫に気付き、ゆっくりと手を伸ばし肩を掴む。
薫は一度ビクリと身を震わせるが、それ以外の反応を見せない。

「薫……」

そのまま薫を引き寄せると、肩を掴んでいた手を離し、背中へと回すと強く抱きしめる。
引き寄せた時に薫の顔があがり、涙が頬に流れる。抱き寄せられた薫は恭也の腕の中でもがき暴れ、その抱擁から逃れようとする。
恭也はそんな薫をさらに強く抱きしめようとする。
その時、暴れる薫の腕につけていた時計の金具が恭也の頬に当たり、一筋の傷をつける。

「あっ」

それを見た薫は急に大人しくなる。その瞬間を見逃さずに薫の腕ごと捕らえ抱きしめる。
そして、その耳元に口を近づけると、

「薫、頼むから落ち着て話を聞いてくれ」

「あ、ああ……恭也、傷が……」

「これぐらいなら大丈夫だから。話を聞いてくれ」

恭也の声に幾分、冷静さを取り戻した薫は黙って頷く事で了承の意を伝える。
薫が落ち着いた事をみて、恭也は薫を捕らえていた力を緩める。

「忍が言った事は、ただの冗談だから本気にするな」

「冗談……?」

「ああ、そうだ。俺を信じてくれ。俺は薫の事が一番大切なんだから……」

「……ごめんなさい。うちは……、うちは恭也の事、信じてたはずやのに」

「もういいから。薫は何も悪くない」

「でも、恭也に怪我までさせてしまって!」

「この程度の傷なんか大した事ない。それよりも俺は薫に嫌われる方が辛い」

「うちも同じだよ。本当にごめんなさい。お願いだから、嫌いにならないで」

「嫌いになんかならないよ。俺は薫の事が好きだ」

「恭也!」

薫は両腕を恭也の首と頭の後ろに回すと、そのまま引き寄せ唇を重ねる。
恭也も薫を強く抱きしめ、それに応える。
1、2分ほどしてお互いに唇を離すが、名残惜しそうに二人の唇を繋ぐ橋ができる。
二人はどちらともなく微笑み合う。

「薫、放課後、剣道部の指導が終わった後の予定は?」

「ん。特に何もなかよ。指導が終われば、恭也に会いに行こうとは思っとたけど」

「そうか。なら、その後、翠屋に一緒に行こう。かーさんにも紹介しないとな」

「恭也…………」

二人は見詰めあい、顔を近づけていく。

「ごほんごほん。あー、恭也に薫さん、ここがどこだか忘れていませんか?」

「わ、私たちもいるんですけど……」

「完全に二人だけの世界に入っていましたね」

「師匠……。確かに何とかしてって言ったけど、……ちょっと、やり過ぎって気が」

「でも、なんやお二人ともドラマみたいでしたよ」

「「…………」」

完全に自分達以外に人がいる事を忘れていた二人は、美由希たちの言葉に耳まで真っ赤になる。

「まあ、今夜は確実に宴会になるわね」

「そうですね〜」

「じゃあ、もうすぐ昼休みも終わるし、私達は一足先に戻りましょうか」

そう言うと、美由希たちは校舎へと戻っていく。
その場に残された二人は未だ顔を赤くしながらも幸せな顔をしていた。

「恭也、うちは恭也の事を愛してるよ」

「俺も愛していますよ」

微笑み合い、どちらともなくキスを交わす。
そんな二人を昼下がりの柔らかい日差しが包み込んでいた。





おわり



<あとがき>

35,000Hitを踏んでいただいたQさんのリクエスト薫編です。
美姫 「お待たせしたわね」
それは言わないで〜。
美姫 「まあ、こうして無事?に出来た事だし許してあげるわ」
何故、疑問なんだ。
美姫 「はいはい。時間がないんだから、細かい所は突っ込まないの」
細かい所って。それ以前に時間って何?
美姫 「あ、もう時間だわ。じゃあ、また次回でね♪バ〜イ」
あ、待って〜。





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