『An unexpected excuse』

    〜レン編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の言葉を息を飲んで待つ一同を見渡し、
恭也はその中の一人を見て誰にも気付かれないように小さく笑みを零す。

「まだ、秘密だ」

「な、何よ、それ!?」

期待させておいての言葉に、肩透かしを喰らって忍が噛み付くように言う。
それに伴い、他の者も口々に文句を口に出す。

「何でよ、恭ちゃん。それに、まだっていつなら良いの!?」

「そうだな……。さて、いつになるか。だが、もう少し先だろうな」

静かに語る恭也の言葉に、忍たちも落ち着いたのか黙って恭也の話に耳を傾ける。

「昔、その子と一つの約束をしてな。
 だけど、その約束でその子を縛る気はないから。
 もし、ここでその名前を言ってしまったら、約束で縛ってしまう気がしてな。
 もう少し経って、その子の気が変わっていなかったら、その時にはな」

恭也の言葉に完全に納得はしないものの、これ以上は問いただしても何も言わないと分かったのか、
忍たちは渋々と引き上げる。
それらを見送ってそっと溜め息を吐き出すと、後ろの木に背中を預ける。
ゆっくりと目を閉じようとして、途中で止めると静かに口を開く。

「何か用か、レン」

「あはは、流石ですなお師匠」

「で、どうかしたのか?」

「その、さっきの約束した子って……。
 あの、お師匠が言った事は分かりました。
 でも、ここでああ言うって事は、あん中にその子がおったっちゅう事ですよね。
 勿論、お師匠の事ですから、居なかったという事もありますけど……」

何か言いたげに言葉を繋ぐレンに、恭也は急かす事なくゆっくりと続きを促す。
それを悟ってか、レンはゆっくりと息を吸い込むと自分なりに整理しながら語る。

「それでですね……。自分もお師匠と小さい頃に一つの約束をしたんです。
 お師匠はひょっとしたら忘れてしもうてはるかもしれませんが……」

「ちゃんと覚えてるよ」

不安そうに恭也を見詰めるレンだったが、恭也の言葉に喜びも顕に笑みを見せる。
だが、また不安そうな顔になると、おずおずと指を弄ぶように突っつき合わせながら、そっと見てくる。

「えっと、うちはずっとお師匠のこと……」

レンの言葉を遮るように、恭也は小さく溜め息を吐くと身体を起こしてレンを見る。

「レン、あの時の約束に拘ってないか?」

「そ、それは全く気にしてないって事はありません。
 でも、嫌な約束ではなかったです。
 それに、本当に嫌なら子供の時の約束とはいえ、ちゃんとそう言います」

「そうか。俺もあの時の約束があるからじゃなく、
 その後のレンと過ごしてきた時間でちゃんとレンのことを見て思ったんだ。
 俺はレンのことが……」

「お師匠、うちもです」

共に想いを伝え合いながらもその先の言葉を告げないまま、二人はそっと寄り添うに抱き締めあうのだった。



しかし、二人の幸せはそう長くは続かなかった。
あの中庭の件から大よそ一年程経った頃、
元々身体の弱かったレンが、また体調を崩して入院する羽目になったためである。
手術するのを嫌がるレンだったが、恭也と晶の説得により手術を決意する。
ただ、流石に娘のその状況を知った母親の小梅の術後の療養は傍に居たいという強い要望により、
レンは小梅の近くの病院で手術をして、そのまま暫く日本を離れる事となった。
手術するために日本を離れる前日の夜中、高町家の縁側で恭也とレンの二人は言葉も少なくただお茶を口に運ぶ。

「いよいよ明日か」

ようやく切り出した恭也の言葉に、レンは一つ頷く。

「はい。でも、そんなに心配する程でもありません。
 すぐにでも戻ってきますよって」

「よく心配していると分かったな」

「そりゃあ、もう。うちはお師匠の事をよく見てますから」

赤くなって照れながらも告げるレンに、恭也はそうかと小さく微笑む。

「本当は一緒に行ければ良かったんだがな」

「仕方ないですよ。お師匠は大学があるんですから。
 流石に大学を休んでまで来てもらうのは、うちの気が」

「そうだったな」

既に二人で話し合った事を思い出し、恭也は引き下がる。
そんな恭也に、レンは不安を押し隠すように笑いながら言う。

「せやけど、お師匠。うちがおらんからって、他の女性と付き合ったりしないでくださいね
 もし、そんなんされたら、うちは悲しくて泣いてしまいますよ」

「しないよ。レンを悲しませるような事は」

「お師匠……」

「大丈夫」

恭也はレンの頭をそっと撫でると、その手を頬へと降ろしていき、愛しそうに撫でる。
くすぐったそうに目を細めながらも、レンは恭也の掌へと自分から押し付けるように首を傾ける。
じゃれるように時を過ごし、やがてどちらともなく離れる。

「もう遅いから、休まないとな」

「そうですな」

二人は立ち上がると、それぞれの部屋へと戻って行く。
その背中へと、恭也はそっと声を掛ける。

「レン、ちゃんと待っているから」

「……はい」

お互いに淡い微笑を浮かべると、背中を向けるのだった。
そこには寂しさもあったけれど、何か通じ合っていると思わせるものが確かに存在していた。



  ◇◇◇



あれから数年後
空港のロビーで恭也は愛しい者の帰りを待つ。
一見、平静に見えるが、組まれた腕の上で指が細かく動いている。
ようやく、目的の飛行機が到着した事を知らせるアナウンスが届く。
待ちきれないように座っていた席から腰を上げると、恭也はまだ誰も出てこないゲートの近くへと歩き出す。
落ち着きなくまだか、まだかと待つ恭也の視線の先。
次々と吐き出されていく人込みの中、一際目を引く綺麗な女性がゲートを潜り抜けて出てくる。
擦れ違う者が思わず振り返って見詰める先で、女性はそれらの視線に気付いていないのか、
まるで頓着せずにゆっくりと歩いて行く。
何か武術でもやっているのか、自然に歩いているはずなのに足運びはモデルとはまた違う意味で洗練され、
姿勢も真っ直ぐに、前へと落ちた長く美しい髪を後ろへと掻き上げる。
その女性はすぐに恭也に気付くと、華が咲いたような笑みを浮かべて恭也の元へと一目散に向かう。
周りの者が思わず見惚れる程の満面の笑みを浮かべたまま恭也へと近づくと、そのまま飛びつくように抱き付く。

「ただいま、です。お師匠」

「ああ、お帰りレン」

また高町家へと戻ってくる事になったレンを抱き締める。
レンもゆっくりと恭也の背中へと腕を伸ばして抱き締めると、久しぶりの再会を喜び合う。

「レン……、俺の気持ちは変わっていない。
 いや、寧ろ強くなっている」

「うちもです」

「そうか……」

レンの言葉に小さく頷くと、恭也はそっと息を吸い込み、真っ直ぐにレンを見詰める。

「俺が好きなのは、レンだけだよ」

「うちもお師……恭也さんが好きです」

あの時の続きをようやく言葉にすると、二人はそっと唇を重ねる。
今更のような気もするがと思いつつも、少し離れた場所にいた美由希は遠慮がちに声を掛ける。
このままだと、ずっとこうしていそうな気がしたからだ。

「恭ちゃん、レン、再会を喜んでいるところ悪いんだけれど、ここではちょっと」

「そうそう。流石にここだと、他にも色んな人がいるからさ」

美由希の言葉に頷きながらも同意する忍。
そんな二人の言葉に、二人は顔を赤くして離れると、ここが何処だったのかを思い出す。
わざとらしく咳払いをすると、レンの荷物を持ち、恭也は他の面々を見る。
苦笑を零すなのはと、その横で成長したレンを見てブツブツと落ち込みながら呟く晶。
美由希は顔を赤くしつつもニヤニヤと笑い、忍に至ってはからかう気満々という顔をしている。
それらを一瞥すると、恭也はレンの手を取ってさっさとこの場を立ち去ろうと歩き出す。
恭也に手を引かれながら、レンもしっかりとその手を握り返すと指を絡め、そのまま腕に抱き付く。
しっかりと鼓動を刻み付ける心臓を、同じ時を生きていけるという事を教えるかのように押し付けて。
数年前よりも大分成長した膨らみに照れつつも、恭也は優しくレンを見る。
レンもまた恭也を見詰め返しながら、これからの日々に思いを馳せる。
楽しい事ばかりではなく辛い事もあるだろうが、隣を歩く人が傍に居る限り、
きっと良い未来だと言えるだろう。
そんな想いを胸に抱き、レンは再会した愛しい人へと笑いかける。

「ずっとずっと好きですからね、恭也さん」

「ああ、俺もだよ」

後ろでやってられないとばかりに呆れる知人たちの存在を少しだけわざと忘れ、
二人はその胸にある熱い想いを囁き合うのだった。





<おわり>




<あとがき>

今回は、ようやくの登場となったレン編〜。
美姫 「しかも、キリリク〜」
時護さん、ありがとうございます。
美姫 「350万ヒットで〜す」
しかも、今回のリクはただのレンじゃなくて、18歳ぐらいの成長したレン。
美姫 「一応、成長してるわね。でも、成長部分が短いような」
ま、まあ、全体的に短いからな。
美姫 「アンタが悪い、と」
だ、だってよ〜。今回、かなり苦労したんだぞ〜。
どうやって、時間を経過させようかと。
美姫 「それで、こうなったのね」
ああ。ご期待に添える形になったかどうかは不安ですが。
美姫 「ともあれ、こういう形になりました〜」
リクエスト、ありがとうございました〜。
美姫 「それじゃあ、また次でね〜」
ではでは。







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