『An unexpected excuse』

    〜カレン編〜






「俺が、好きなのは…………」

「これはこれは、昼間からお盛んですこと。
 まるで盛りのついた駄犬ですか。いえ、寧ろ獣と言った方が良いですね」

恭也が名前を言うかどうか悩む一瞬の間に、第三者の声が割り込んでくる。
しかも、あまり良いとは言えないような言葉が。
その声を聞きながら、非常に聞き覚えのある恭也はこれみよがしに大きく溜め息を吐いて振り向く。

「……はぁぁぁ。何を言っているんだ」

「おやおや、お気に召しませんでしたか。
 それなら、野獣と言い直しましょうか」

「言い直した意味ないだろう、それは」

恭也と話し続ける女性は、教会のシスターが着るような修道服に身を包み、
綺麗な銀髪を背中へと流し、くすんだ金の瞳で恭也をじっと見詰める。

「普段は鈍い上に役立たずのくせに、減らず口を叩くのだけは上手くなるんだから。
 ああ、もう一つ上手くなっているのもあったわね。本当に獣だわ。
 それも夜行性ね」

「色々と、本当に色々と言いたいんだが、何でこんな所に居るんだ?」

「あら、私が何処にいようと自由ではなくて?」

「それはそうだが、ここは校内だぞ」

「神の下では、何処もみな同じ大地」

「……あのな」

お前の方が減らず口だろうがという言葉を飲み込む恭也に、忍たちはそのシスターをじっと見詰める。

「恭也、その人は……」

「ああ、隣町にある教会のシスターで、カレン・オルテンシアだ」

「そのシスターと恭ちゃんが何で知り合いなの?」

「まあ、その辺りは色々とあってな」

言葉を濁す恭也の横に立つカレンが、怪しげな笑みを見せるが一瞬の事だったので誰も気づかない。
カレンはやおら口を開き、

「ええ、実は恭也にナンパというものをされまして」

『……え、ええぇぇっ!!』

カレンの台詞に言葉に詰まり、嘘だと恭也が言うよりも早く、中庭に絶叫が迸る。
それを思うようにいった満足そうな顔で見詰めた後、カレンは頬に手を当てて照れた様を装う。

「私、ナンパなんてされたのは初めての経験でしたので、驚いてしまって。
 そしたら、恭也はそんな私を言葉巧みに連れ出して。
 気が付いた私がシスターだと告げたのですが、だからこそ声を掛けたと言われて、そのまま……」

「そ、そのまま何処に連れて行かれたんですか!?」

那美が上げた声に、カレンは頬を抑えたまま少し俯いて眼だけを那美たちへと向ける。

「そ、それは言えません……。
 ああ、神に仕える身でありながら、私の心と身体は恭也のものにされてしまったのです。
 そんな事、ともて口にだせません。
 しかもその後も恭也は私の下へとやって来ては、甘言を……」

まるで嬉しくも懐かしい思い出を語るように天を見上げるカレンの言葉に、知らず全員が引き込まれる。
その横で、恭也はあまりな内容に言葉を無くすも、何とか声を出そうとする。
しかし、それよりも早くカレンが先に続ける。

「あの日々は楽しかったです。でも、そんな日々にもやはり終わりが……。
 散々弄んだ、飽きたのか、恭也はそれっきり……。私の心も身体も、既に恭也なしではいられなくして……。
 ああ、神よ。これがあなたを裏切ってしまった愚かな女への戒めなんですね。
 それとも、これもまた試練なのでしょうか。試練ならば、私は耐えてみせます」

言って胸の前で手を組み、神に祈りを捧げると、そっと袖口で出てもいないはずの涙を拭う。
それに忍たちも悲しそうな顔を浮かべた後、恭也へと白い目を向けてくる。

「師匠、幾らなんでも……」

「お師匠、今ならまだ間に合うはずです!
 カレンさんに謝罪を!」

「……はぁぁ。で、カレン、気は済んだのか?」

「全く、あなたはノリが悪いですね。
 そこは私の肩を抱くなり何なりして、俺が悪かったよ、許してくれ。
 それと、もう離さないからな。と言うぐらいは出来ないのですか」

「出来るか」

疲れたように呟く恭也を見て鼻で笑うと、不意に忍たちを見て再び恭也へと視線を戻す。

「御覧なさい。
 あなたが場をしらけさすような事をするから、皆さんが呆けてしまったではありませんか」

「いや、明らかにお前の所為だから」

二人のやり取りを見て、さっきのが冗談だと分かったが、
その内容と目の前のシスターがそれを口にした事に、多少戸惑っていた面々もようやく再起動を始める。
その間も二人のやり取りは続く。

「失礼な。そもそも、恭也が悪いのに」

「何故、俺の所為になるんだ?」

「あら、それを私の口から言わせたいの?
 ああ、羞恥プレイってやつね」

「いや、違うから」

「なら、言ってあげるわ。
 実際に、私を恭也なしでは居られないようにしたのは事実でしょう」

突然のカレンの言葉に、恭也は咽たのか咳き込む。
それを可笑しそうに見ながら、カレンはまだ尚続ける。

「あんな事やこんな事までしておいて恍けるつもりかしら。
 私が嫌だと言っても、止めてとお願いしても無理矢理……」

「そんな事をした覚えはないんだが?」

「あら、本当に?」

「……あ、ああ」

僅かにどもりつつも頷く恭也へと怪しげな笑みを投げると、

「夜中の公園や山奥。他にも、墓地や教会というのもあったわね」

カレンの言葉に何を想像したのか、美由希たちは顔を赤くしつつもじと目で恭也を見詰める。
恭也に詰め寄ろうとする忍たちを前に、カレンがその場に崩れ落ちるように座り込む。。

「良いんです、皆さん。どうせ、私なんか……。
 うぅ、世間知らずの女は、恭也に騙されて捨てられてお終いなのね……」

わざとらしく泣き崩れるカレンに、恭也は溜め息を吐くものの、他の者たちの視線が更に白くなっていく。
その突き刺さる視線を感じつつも、恭也は今の言葉で思いついた出来事を溜め息と共に吐き出す。

「公園って言うのは、初めて出会ったときの事か」

「ええ、いきなり声を掛けられたわ。しかも、来ないでと言ったのに……」

「あのな、あれは古い知人に頼まれて、ちょっと調べ事をしていた時の話だろうが。
 第一、あの時は外が危険だと言うのはお前も分かっていただろう。
 だから、出会ったら人に声を掛けて、公園から出て行くようにしたのに。
 お前と来たら、逆に奥へと行くから。山奥の件にしてもそうだろう」

「あの時、私は嫌と言ったのに無理矢理……」

「あれは周囲を魔も……野犬の群れに囲まれていただけだろう。
 だから、そこは危険だからこっちに来いと言っただけで。
 なのにお前が嫌と言うから、半場無理矢理に連れ出す形になったんだろう」

「墓地で止めてと言ったのに……」

「はぁ、それはそうだろう。
 真相を明らかにするためには、どうしてもあそこの墓の中を見る必要があったんだ」

「それを翌日掃除する私の身にもなりなさい」

「ちゃっかりと手伝わせといて、今更それは通用しないぞ」

「酷いわ、この獣風情が」

「……はぁ、見ろ。お前のあまりにもシスターらしくない言動に、皆が困惑しているだろう」

言って恭也が指差す先では、確かに全員がまたしても呆然としていた。
しかし、それの意味する所は最初とは違っていたのだが。
恭也はそれには気付いてなかったが、カレンはそれに気づいたのか、
誰にも分からないぐらい、小さな笑みを浮かべる。
その理由はつまり、カレンを相手にすると恭也は多少乱暴になるみたいで、
言葉や仕草など所々にそれが見受けられる事にあった。
そして、それが二人の近さを現しているようで、何となくだが察してしまったという所だろう。
FCたちが何も言わずに去っていくのを不思議そうに見遣る恭也に、カレンが更に笑みを深くするが、
やはり口元を隠しているために、誰も気づかない。
恭也は一人首を傾げたまま、唯一残っている忍たちへと顔を向ける。
それに忍は肩を竦めると、

「まあ、恭也が言うはずだった名前が誰か分かって事よ。
 そちらのカレンさんなんでしょう」

「何故、分かったんだ?」

本気で首を傾げる恭也に、忍たちはただ苦笑をするのみである。
それでも、恭也は手間が省けて良かったと思っているのか、
それともそれを口にする恥ずかしさを味わう事がなくて安堵しているのか、ほっと胸を撫で下ろしている。
と、その目がカレンの髪、その一箇所に止まる。

「な、何? 何をじっと見ているのかしら」

じっと視線を注がれて、思わず上擦りそうになる声を堪えて尋ねるカレンに、
恭也は小さく笑うと、その見ていた個所を指差す。

「いや、それちゃんと着けてくれているんだな、と」

恭也が指差す先には、黒に白という修道服に、他には何の飾り気もない中にあって唯一の装飾品、
花の形をあしらった小さな髪飾りがあった。
カレンは僅かに顔を赤くさせると、それを隠すように目を背ける。

「ま、まあ、折角頂いたものですから」

「そうか。うん、やっぱり似合ってるな」

さらりと言われた言葉に、耳まで一瞬で赤くなると思わず俯いてしまう。
さっきまでの言動からは予想できない態度に、思わず忍たちも言葉をなくす中、
恭也だけはそれこそがカレンの本当の姿だと言わんばかりに優しい笑みを湛え、そっと手を伸ばす。

「カレンの名前の由来となる花というのもあるけれど、これを見てカレンには似合うと思ったんだ」

オルテンシア、紫陽花の髪飾りから髪へと手を伸ばしてそっと撫でる。
流石にこれ以上は野暮と感じたのか、忍たちもそっとその場を離れるが、それに二人は気付かなかった。
恭也はカレンへと集中していたため、そしてカレンは赤くなった顔を隠すのに必死だったためだ。
その甲斐あってか、何とか顔の火照りを押さえ込んだカレンは顔を上げると言う。

「紫陽花の花言葉は移り気よ。つまり、私の気が移ろうって事ね。
 もしくは、これを送った恭也の気が移ろうって事かしら」

「うーん、カレンの気持ちがどうかは分からないが、俺の気持ちはそう簡単には変わらないぞ」

「どうかしらね」

「あのな、少しは信じろ」

「……良いわ、少しだけ信じてあげる。
 だから、その真偽を確かめるためにも、あなたはこれからも私の傍にいなさい。
 じゃないと、確認ができないわ」

そんな回りくどいカレンの言葉に、普段なら気付かないはずの恭也はしかし、しっかりと頷く。

「勿論、傍にいるさ。カレン・オルテンシアという、可憐な紫陽花の傍にずっと」

そう真剣な顔で言われ、カレンは照れてしまう。
それを落ち着かせる暇もなく、恭也によって手を握られ、そのまま引き寄せられる。
恭也の腕の中でその鼓動を聞きながら、カレンは少し、少しだけ素直になってみようかと思う。
それが実行されるかどうかは、まさに神のみぞ知る。





<おわり>




<あとがき>

という訳で、カレン〜。
美姫 「ようやくね」
おう。ドタバタしない最後を、ということで苦労した。
美姫 「まあ、一応何とかできたみたいね」
まあな。ふー、ほっと一息。
美姫 「吐いた所で、さっさと次よ!」
って、まだ吐いてないぞ〜。
美姫 「私、わかんな〜い」
んなバカなぁぁっ!







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