『An unexpected excuse』

     〜フィアッセ編〜






「俺が好きなのは、…………」

全員の視線が恭也に注がれる。
この隙に赤星は誰にも気づかれる事なく、この場からこっそりと立ち去る。
本当は恭也の口から誰の名前が飛び出すのか興味津々なのだが、その後に起こるであろう騒ぎを考え、
この場で自分の好奇心を満たす事と我が身を心の天秤にかけた結果、やはり安全が一番となったようだ。

「……だ」

物凄く小さな声で呟いたため、誰もその声を聞き取る事が出来なかった。
当然、全員から抗議の声が上がる。

「恭ちゃん、よく聞こえなかったよ」

「そうですよ、恭也さん」

「恭也、もう一度言って頂戴」

忍の言葉に全員が頷く。

(何故こんな事になってるんだ?)

恭也はどこか理不尽なものを感じながらも、目の前に佇む女生徒たちの醸し出す雰囲気にその言葉を飲み込む。

(良く分からんが、逆らうと危険な気がする)

本能的に危険を感じ、諦めの境地でゆっくりと重い口を開く。

「はぁー、だからフィアッセだよ」

「はぁー、やっぱりフィアッセか〜」

「多分、そんな所だとは思ってたけどね」

「やっぱりですか」

恭也の口から出た名前に美由希たちは口々に納得の言葉を放つ。
だが、それを聞いたFCの生徒たちは、

「高町先輩。フィアッセさんってあのフィアッセ・クリステラの事ですよね。光の歌姫の」

その言葉に恭也は黙って頷く。
それを見た別のFCの生徒が声を上げる。

「あのー、私たちが聞きたいのはそういった意味の好きとかではなくてですね」

「いや、そんなつもりはないんだが……」

恭也の言葉は何人かの生徒があげた悲鳴によってかき消される。
悲鳴といっても恐怖のために出た悲鳴ではなく、黄色い感じの悲鳴だった。

「あ、あ、あそこ」

悲鳴を上げた一人の女生徒が指差す方を一斉に見る。途端に同じ様な悲鳴が上がる。

「きゃー、あ、あれってもしかして」

「うそー。でも、何でこんな所に」

にわかにざわめき出した生徒たちを不信に思いながらも、恭也たちも立ち上がって生徒たちが見ている方を見る。
そこには綺麗なロングヘアーを風になびかせながら歩いてくる一人の女性がいた。
それを見た恭也は珍しく驚きの表情を浮かべる。
向こうも恭也に気付いたのか、満面の笑みを浮かべると手を振り、駆け寄ってくる。

「恭也〜♪」

「フ、フィアッセ!?」

未だ驚いて立ち尽くしている恭也へと飛びつく。
恭也はほとんど反射的に受け止めると、そのまま抱きしめる。

「恭也〜、会いたかったよ〜」

「ああ、俺も、って何でフィアッセがここにいるんだ?ツアーは?」

フィアッセの両肩を掴んで引き離しばがら恭也は訊ねる。
そこへ先程質問をしていた生徒が恭也に声をかける。

「お取り込み中の所すいません、高町先輩。ひょっとしてフィアッセさんとお知り合いなんですか?」

「ああ。幼馴染だからな。それよりもフィアッセ、どうしてここに?」

「恭也に会いに来たんだよ。この時間なら昼休みだから会えるかなー、って思って」

「いや、そういう事でなくて。ツアーはどうしたんだ?」

「ああ今、丁度移動中なの。だから、ママに言って少し日本に寄らせてもらったの。
 明日の朝一の飛行機に乗れば皆とは合流できるから。ひょっとして迷惑だった?」

「いや、そんな事はない。かーさんやなのはも喜ぶ」

「恭也は?恭也は喜んでくれないの?」

「いや、まあ、その。……俺も嬉しいよ」

そっぽを向きながら答える恭也に美由希たちは苦笑いを浮かべる。
そこで忍が何かを思いついたみたいに顔を輝かせる。どちらかというと、真雪や桃子が時たまみせる顔に似ていたが。

「フィアッセさん残念でしたね。もう少し早かったら面白い事が聞けたのに」

「面白い事?」

忍の言わんとする事が分かったのか、美由希たちも一斉に頷く。
恭也一人だけが分かっていないのか不思議そうな顔をしている。

「そうなんですよ、フィアッセさん。実は……」

そこで一旦言葉を切ると忍は勿体つけるようにフィアッセを見る。
フィアッセが興味を示しているのを確認するとゆっくりと口を開いていく。

「さっきそこにいる女の子たちが追求して、恭也の好きな人が誰だか聞いてたんですよ〜」

「へ〜、そうなんだ。で、誰って答えたの?」

「それは本人から聞いた方が良いと思いますよ〜」

少し意地の悪い笑みを浮かべながら忍は答える。
フィアッセは恭也の方を見ると笑顔で訊ねる。

「で、誰の名前を挙げたの?恭也」

「……勘弁してくれ」

「ふっふっふ。言えないの?」

「別にそういう訳では……」

恭也を問い詰めていくフィアッセ。
何だか威圧感のような物を感じて恭也は思わず後退るが、フィアッセはその分詰め寄ってくる。

「フ、フィアッセ。な、何か怒ってるように見えるんだが」

「え〜、そんな事ないよ〜。で、誰の名前を言ったのかな〜?」

そんな二人を見て美由希たちは、

「な、なんやフィアッセさんから言いようもない気迫みたいなもんを感じるんですけど」

「あ、ああ俺もそう思う」

「ひ、ひょっとして怒ってるんでしょうか?」

「でも、何で怒ってるんだろ?」

「恭也が自分以外の名前を言ったと思ってるからじゃないの?」

「で、でも、フィアッセだったら、恭ちゃんが誰を選んでもその場では笑顔でお祝いの言葉を言いそうだけど」

美由希の言葉に全員が頷くと同時に、何故か怒っているらしいフィアッセの方を見る。

「で、恭也は誰の名前を言ったの?ひょっとしてアイリーン?それともゆうひ?あ、リーファとか?もしかしてティーニャ?」

「な、なんでアイリーンさんたちの名前が出てくるんだ」

次々と上がる聞き覚えのある名前に近くでやり取りを聞いていた女生徒たちから驚きの声が漏れる。

「じゃあ、誰?あっ!分かった。フィリスね」

「ちょっ、とにかく落ち着け、フィアッセ」

フィアッセの両肩を押さえ何とか宥めようとする。

「じゃあ正直に言ってよ。誰の名前を言ったの!」

目の端に涙を浮かべて訊ねるフィアッセに恭也は溜め息をつくと口を開く。

「フィアッセに決まっているだろ」

「えっ」

「だから、フィアッセと言ったんだ」

そう言うと恭也はもう一度溜め息をつき、視線を逸らす。
半信半疑といった感じでフィアッセは顔のみを美由希たちの方へと振り向かせる。
それに応えて、美由希たちも一つ頷き、恭也の言葉を肯定する。
その途端、フィアッセはバツが悪そうに笑う。

「は、ははははは。そ、そうだったんだ。ごめんね恭也〜」

そう言って恭也に抱きつく。恭也も抱き返しながら、

「別に気にしてないよ。どうせ、何か勘違いしたんだろ」

「だ、だって、てっきり恭也が浮気してるのかと思って。恭也がそんな事するはずないのにね」

「当たり前だ。少しは信用してくれ」

フィアッセの発したある単語に美由希たちが反応するが、そんな事には気付かず恭也とフィアッセは会話を続ける。

「信用はしてるけど、やっぱり不安なんだもん。
 だって、長い間遠く離れてるから、私以外の他の子を好きになったらどうしようとか考えちゃうんだもん」

「それは絶対にないから」

「で、でも恭也の周りには綺麗な子がいっぱいいるし」

「大丈夫だって。それにそれはフィアッセの方も変わらないだろ。
 前に椎名さんから聞いた話だと、パーティーとかに出席すると必ず男性が声をかけてくるって」

「私は大丈夫だよ。恭也以外の男性なんて興味ないから」

「でも、色々と誘いを受けるんだろ」

「それはそうだけど。……もしかして焼きもち?」

「ち、違…………わなくもない事もないかもしれない」

「ふふふふ。昔は確かにそういうの断わるの苦手でよくアイリーンやゆうひに助けてもらってたけど。今は大丈夫よ」

不思議そうな顔をした恭也に気付き、言葉を続ける。

「これを見せたら皆すぐに諦めてくれるから」

そういってフィアッセは左手を少し上げて見せる。
その手の薬指には銀色に輝く指輪が嵌っていた。

「そうか」

「うん」

お互いに相手の背中に回した腕に少しだけ力を加え、少しだけ強く抱き合う。
そこへ声がかかる。

「あのー、恭ちゃんにフィアッセ。
 聞きたいことが幾つかあるんだけど……、その前にここが何処で、周りに私たち以外にも人がいるって分かってるよね」

美由希の言葉に二人は改めて周りを見渡し、顔を赤くしながら離れる。

「はーい、皆。もう質問の答えは分かったでしょ。だったら戻りましょうね。あ、後、この事は他言無用でお願いね〜。
 は〜い、お帰りはあちらだよ〜」

忍がFCの女の子たちをこの場から立ち去らし、恭也たちだけになると改めて美由希が口を開く。

「で、二人ともいつの間にそういう事になってたの?」

「えーと、海鳴でコンサートをする少し前ぐらいからかな」

「ええっ!そ、そんな前からなんですか。全然、気付きませんでした」

「いや、那美が気付かなかったのは別段不思議でもないけど、この私も気付かなかったわ」

「忍さん、酷いですよ」

「そ、それよりも、なんでうちらにその事を言わなかったんですか?」

「いや、黙ってるつもりは無かったんだが。あの後、色々あっただろ。それで何となくそのままになってしまってな」

「で、でも、その後になら」

「そうなんだけどね。あの後、私がすぐにツアーで行っちゃったじゃない。できれば二人揃って話したかったから。
 だから、このツアーが終わってから言おうと思ってたんだけどね」

「そうだったんですか。じゃあ、この事は誰も知らないんですか」

「いや、かーさんとティオレさんは知っている」

「後、アイリーンとゆうひもね」

「ふーん。じゃあ、その指輪はいつ?」

「これはフィアッセが海鳴から出て行く日に……」

「あ、あはははは。ほら皆が見送りに来てくれた時に……」

「あー。あの時、忘れ物をしたゆーて車に荷物を取りに戻った時ですか」

「「……」」

二人はレンの言葉に無言で答えるが、それを否定はしない。

「まあ、とりあえずおめでとうございます」

「そうだね。おめでとう恭ちゃん、フィアッセ」

口々に二人に祝福の言葉を投げる。それにフィアッセは笑顔で答える。
と、予鈴が鳴り響きもうすぐ休み時間が終わる事を告げる。

「じゃあ、私はそろそろ行くね」

「ああ。また後でな」

「うん。じゃあ、久しぶりに翠屋に行ってくるね」

「フィアッセさん一人で大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ晶。いくら長いこと戻って来てなかったからって道はちゃんと覚えてるよ」

「そうじゃなくてですね。ほら、フィアッセさんもすっかり有名になったじゃないですか」

「あ、そういえば、そうですよね」

「大丈夫だよ。それよりも皆もそろそろ行かないと駄目なんじゃないの」

フィアッセの言葉に時間を確認する。

「確かに少しやばいな。じゃあ、そろそろ戻るか」

「うんうん。じゃあ、また後でね」

「はぁーい。終わったらすぐに翠屋に行くからね」

「待ってるよ〜」

フィアッセに見送られながら恭也たちはその場から立ち去る。

「かーさん、フィアッセがいきなり来たらびっくりするだろうね」

「そうだな」

「……恭ちゃん、すごく嬉しそうだね。やっぱりフィアッセに会えたからだね」

と美由希が言った瞬間、拳骨が頭に落ちる。

「い、痛いよ〜恭ちゃん」

「五月蝿い。兄をからかうからだ」

「うぅ〜。いくら恥ずかしかったからって、照れ隠しのたびに叩かれてたらこっちの身が持たないよ」

「まだ言うのか。ふむ、どうやら最近腕を上げてきたみたいだし、それに伴って打たれ強くもなっているんだな。
 なら、次からは徹を込めてやろう」

「わっわ。いい、いらない、遠慮します。そんなのくらったら、ただじゃすまないよ」

そんな事を言いながら恭也たちは自分たちの教室へと戻っていった。









放課後、HRも終え生徒たちが帰り支度を始める。

「恭也〜、翠屋に行くんでしょ。私も行くから……」

忍の言葉が途中で止まる。
さっきまで横にいたと思っていた恭也の姿がなく、すでに後ろの扉を開けて出て行くところだった。

「ち、ちょっと恭也〜。待ってよ、私も行くんだから」

慌てて鞄を掴むと忍は恭也の後を追って走る。

「もう、幾らフィアッセさんに早く会いたいからっておいていく事はないじゃない」

恭也に追いつき横に並ぶと忍はそう言う。

「そんなつもりはない。俺はいつもHRが終わればすぐに帰っているだろう」

「それはそうだけど。それでも、今日は早すぎるわよ。
 大体、授業中はいつも通り寝ていたくせにHRが終わるや否やすぐに席を立つなんて」

「むっ。そんな事はない」

「はいはい。それより翠屋に行くんでしょ」

そう言うと忍は何か言いたそうな恭也を残してさっさと外へと出る。
結局、恭也は何も言わないまま忍の後を追うように外へと出る。
その後、全員揃って高町家へと行き、赤星も呼んでそのまま宴会へと突入した。
一応フィアッセの事を考えて、遅くまではしなかったがそれでも全員楽しそうだった。
で、その翌日。
恭也は空港までフィアッセの見送りに来ていた。

「じゃあ、またしばらくの間、会えなくなるけど元気でね」

「ああ。フィアッセもな」

「うん」

フィアッセは一度頷くと恭也の正面からそっと身体を預ける。
それを恭也は優しく抱きとめる。
そして、瞳を見詰め合わすとそっと口付けを交わし、ゆっくりと離れる。

「じゃあ、行ってくるね」

「ああ、いってらっしゃい」

「うん。すぐに戻ってくるから浮気したら駄目だよ」

「しないよ、絶対」

「じゃあ、またね」

フィアッセは笑顔で手を振るとゲートをくぐっていく。
その姿が見えなくなるまで見送ると恭也はその場を離れる。
少し寂しいと思うが、フィアッセの歌を待っている人がいるから。
世界中に歌を届ける事、それがフィアッセの望む事だから。
そして、フィアッセが戻ってくる場所が自分の腕の中だと分かっているから。
だから、恭也とフィアッセは笑顔で一時の別れを告げ、それぞれの道へと向かって行く。



  ──歌は世界に広がっていく
   ──その想いと共に





おわり




<あとがき>
久々のAn unexpected excuse。今回のヒロインはフィアッセです。かんさんからのリクエストです。
美姫 「あれ?リスティじゃなかったの?」
そんな事は言ってなかったぞ。
美姫 「でも、半分できているって」
うん、半分できている。ただ、そこから先が進まず先にフィアッセ編が完成したと。
美姫 「なるほど。じゃあ、次は」
次か。次はなのはになるか、リスティになるか。はたまたアイリーンか。
美姫 「その三人の誰かになるの?」
……じゃあ、次回!
美姫 「あ、こらっ!。じゃあ、皆さんまた。浩〜〜〜〜〜待ちなさい〜〜〜〜〜!」




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