『An unexpected excuse』

    〜いづみ編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の続く言葉を聞き漏らすまいと、全員が身構える。
と、何かを感じたのか、恭也は口を閉じ、後ろを一瞬だけ見る。
と、ほぼ同時に横へと跳び退る。

「こら、恭也!逃げるなんて、卑怯……」

忍が恭也を捕まえようと踏み出した瞬間、横にいた美由希がその腕を掴み、自分よりも後ろへと忍を置く。

「ちょっと、美由希ちゃ……」

美由希に文句を言おうと口を開いた忍だったが、その表情がいつもののほほんとしたものではなく、
鋭い目つきをした剣士のそれだった為、口を閉じる。
そして、冷静になって、自分が踏み出そうとした所、恭也の立っていた所を見ると、そこには数本の小さな刃物が刺さっていた。

「これって……」

「うん。恭ちゃんを狙って放たれたみたい。晶、レン、皆を校舎の中へ。那美さんと忍さんも速く!」

美由希の言葉に全員が素早く行動を起こし、何が起こったのか分かっていない女子生徒たちに校舎の中へと行く様に言う。
それを横目で見ながら、美由希は眼鏡を外し、懐から恭也にいつも持っている様に言われている小刀を一本取り出す。
油断なく周りを警戒しつつ、恭也の姿を目で追う。
恭也は一度横に跳び退いた後、皆からは少し離れ、辺りを警戒していた。
美由希は恭也の傍に行くかどうか悩んだが、忍や那美、晶、レンがまだその場にいる事に気付き、その場で警戒をする。

「何やってるんですか、忍さんに那美さん。それに、晶とレンも。早く安全な所に」

美由希の言葉に、自分達がいては邪魔になると判断し、忍たちも渋々頷く。
が、意外な所からそれを止める言葉が出る。

「大丈夫だ。これはただの知り合いの挨拶だから。まあ、少々度が過ぎる挨拶だが、な!」

恭也はそう言うと、木の上方へと飛針を投げる。
と、同時にその木から、黒い人影が飛び降りてき、着地するとその勢いのまま地を蹴り、恭也へと迫る。
恭也は懐から出した小刀を構え、迎え撃つ。
二人の武器がかち合い、甲高い金属音を響かせる。
数度、お互いの獲物をぶつけ合った後、両者はお互いに距離を取る為に後ろへと跳ぶ。
お互いに視線がかち合うと、どちらともなく笑いあい獲物を下ろす。

「また、腕を上げたね恭也」

「いえ。いづみさんこそ」

そんな会話を交わす二人に、忍たちが近寄ってくる。

「恭ちゃん、こちらの方は?」

「ああ、御剣いづみさんだ」

「いづみさん、こっちは妹の……」

「あ、高町美由希です」

美由希に続き、順に全員が挨拶をしていく。
挨拶を終えた忍は、一人何かを考え込み、やがていづみに話し掛ける。

「ひょっとして、さくらの……」

「あー、忍ちゃんか。全然、気付かなかったよ。元気そうだね」

「ええ」

「二人とも知り合いか?」

「ええ。さくらの先輩だったのよ」

「ああ、それで」

「所で、そっちの美由希って子も……」

「ああ、御神の剣士だ」

「やっぱりね」

「恭ちゃん?」

御神の事を知っているような口ぶりのいづみに対し、美由希が説明を求める。

「ああ。いづみさんは蔡雅御剣流の使い手だ。それと、美沙斗さんの同僚である弓華さんの友人でもある」

「それで」

納得した美由希を見ながら、恭也はいづみに向き直る。

「でも、いづみさん、あの挨拶の仕方はいい加減にやめて下さい」

「はははは。まあ、いいじゃないか。まあ、今回はちょっと場所が悪かったとは思ったけど」

「はぁー、反省してませんよね」

「そんな事ないって。まあ、沢山の女の子達に迫られて、鼻の下を伸ばしている剣士さんには丁度良い薬だろ」

いづみが意地悪く笑いながら、そんな事を言う。
恭也はそれに対し、渋面になると、

「別に迫られてもいないですし、鼻の下も伸ばしてませんよ」

「ははは。まあ、そういう事にしといてあげるよ。でも、……」

いづみは少し真顔になると、恭也のネクタイを掴み、引き寄せる。
お互いの鼻が触れるかどうか、という所まで顔を突き合せ、

「ただの知り合い?」

「それは、………………すいませんでした」

「うん、分かれば宜しい♪」

いづみは楽しそうに笑いながら、恭也のネクタイから手を離す。

「お互いに殺し合いまでした仲なんだから、ただの知り合いってのはないでしょ」

『こ、殺し合い!!』

「い、いづみさん、その事は、もう……」

「あ、ごめんごめん」

「恭ちゃん、どういう事なの?」

「あー、まあ、お互いにちょっとした勘違いって奴だ」

「それじゃ分からないよ」

「今はそれで納得しておけ」

恭也の言葉に渋々と頷く。

「それよりもいづみさん、どうしたんですか急に」

「ん、ああ。ちょっと休みを貰ったからね。様子を見がてらって所かな」

「そうですか」

「ついでに、ちょっとやりあいたかったし」

「そうですか。丁度良い、美由希も相手してもらえ」

「ええ、私!」

「ああ。良い勉強になるだろう」

「わ、分かったよ。いづみさん、お願いしますね」

「ああ。私もやってみたいしね」

そんな感じで話が落ち着いてき出した頃、忍が恭也に尋ねる。

「そう言えばさ、結局誰だったのよ」

「何がだ」

「だから、恭也の好きな人」

「忍、その話はもう終ったはずじゃ……」

「終ってないでしょ。だって、答えてないもん」

「いや、しかしだな」

「私も聞きたいな」

忍は思いがけない所からの援護ににやりと笑うと、

「ほらほら、いづみさんもこう言っている事だし。ずばり言っちゃいなさいよ」

詰め寄って来る忍に、恭也は助けを求めるが、美由希たちも興味津々といった顔で待っていた。
なかなか言い出さない恭也に、忍が焦れて、冗談めいた事を言う。

「意外といづみさんだったりとか?」

「なっ!」

その言葉に恭也は顔を赤くする。
その反応を見て、忍は驚いた顔をして、

「まさか、図星……とか?」

恭也へと尋ねる。
しかし、恭也は答えず、ちらりと横にいるいづみを見る。
いづみも頬を朱に染めつつ、嬉しいような悲しいような表情をしている。
が、その表情の中に悲しみがある事に気付いた恭也はいづみの手を取ると、

「忍、俺は早退する」

と、だけ言い残し、いづみの手を引きながら学校を出て行った。
それを唖然と眺めた後、忍がぽつりと呟く。

「愛の逃避行……」

しばらく、美由希たちはその場で茫然としていたが、やがて……。

『えっ、えぇぇぇ〜』

丁度、鳴り響くチャイムをまるでかき消すように、叫び声を上げるのだった。







一方、学校を抜け出した恭也は、いづみの手を引いたまま、八束神社へと来ていた。

「ふぅー」

恭也は軽く息を吐くと、いづみへと向きなおる。

「いづみ、一体どうしたんだ?」

「え、別に何でもありませんけど……」

「そんな事はないだろ。上手く言えないんだが、あの時のいづみの顔は喜んでいながら、どこか悲しげだった」

「そ、それは……」

「話してくれないか?」

「……わ、笑いませんか、恭也様」

「ああ」

「そ、その恭也さまが私の事を言われて照れられたのは嬉しかったんですが、
 すぐに答えてくれなかった事が悲しかったんです」

そう言うと、いづみは顔を赤くし俯く。
その姿からは、先程恭也と遣り合っていた時の面影は影を潜め、全くの別人のようだった。
そんないづみを愛しく思うと同時に、恭也は少し罪悪感を覚える。

「それは、すまなかった。別にあの場で言っても良かったんだが、いづみに迷惑が掛かるかと思ってな」

「そ、そんな迷惑だなんて。私が恭也様の事で迷惑に思う事なんて、何にもないですよ」

そう言うと、いづみは自分の胸に手を当て、もう一方の手をそっと伸ばし、恭也の胸に当てる。

「私は、恭也様と少しの時間だけでも良いから、こうして一緒に過ごせるだけで幸せです。
 ですから、迷惑な事なんて……」

「俺もいづみと一緒に過ごせる時間が凄く好きだ」

「ありがとうございます。とても、嬉しく思います……」

恭也はいづみの目を見詰め、そっと頤に手を当て上を向かせる。

「あっ」

感嘆の声とも、吐息とも取れるような一言を漏らすと、いづみはそっと目を閉じる。
恭也はそんないづみにそっと口付け、その髪を優しく撫であげる。

「いづみ……」

「恭也様……」

お互いの目に自分の姿を見ながら、二人はそっと微笑む。

「共にずっと一緒に……」

「はい。恭也様となら、ずっと」

「愛してる、いづみ」

「私も愛しています、恭也様。この世の誰よりも……いいえ、何よりも、あなただけを」

二人の影が再び、一つに重なる。
それは、先程よりも長く、そして、優しい空気に包まれていた。





<おわり>














<おまけ>



長いこと一つに重なっていた影が、名残惜しそうに二つに分かれる。

「しかし、その様って呼ぶのはいい加減やめてくれないか?皆の前と同じ話し方で」

「でも、私は見た目が女らしくないから、せめて口調ぐらいはこうしないと、恭也様に嫌われてしまうんじゃないかって……」

いづみは恥ずかしそうに下を向きながら、もじもじとそう言う。
それを可愛いと思いつつ、恭也はいづみを抱き寄せる。
突然の事にちいさく驚きの声を上げるいづみを気にせず、その耳元で囁く。

「そんな事ぐらいでは嫌いにならないさ。それに、いづみは充分、綺麗だ」

いづみが恥ずかしそうに照れている分、恭也は落ち着いたのか、普段あまり口にしないような事を言葉に出して言う。
それを嬉しそうに聞きながら、いづみは恭也の胸の中、小さな声で呟く。

「それだけじゃないんですよ。その…………きょ、恭也様に、あ、甘える時は、どうしても自然とこうなるんです。
 こんな私は嫌いですか」

少し不安なのか、恭也の服を強く握り締めながら、いづみはそう口にする。
そんないづみの背中を優しく撫ぜながら、

「さっきも言っただろ。そんな事じゃ嫌いにならないって。
 皆の前のいづみも、俺の前だけで見せるいづみの姿も、どっちのいづみも俺は好きだから」

「恭也様……」

いづみは嬉しさの余り、流れ出た涙をそっと拭おうと手を上げる。
その手を恭也は優しく止めると、いづみの涙をそっと口に含む。

「いづみは涙もとても綺麗だな」

恭也の行動と台詞に顔を真っ赤にすると、

「何を言ってるんですか。でも、凄く嬉しいです」

そう言って、柔らかく微笑む。
それを見ながら、恭也は、

「でも、悲しみによる涙は流して欲しくない。だから、今みたいに笑って欲しい。俺の傍でずっと……」

「…………はい」

いづみは最高の笑みでそれに応える。
そして、二人は手を取り合うと、ゆっくりと歩き出す。
家族の待つ家へと……。





<おわり>




<あとがき>

うおおおおおおおおおお!
ほんっっっっっと〜〜〜〜〜に、久しぶりだな。
美姫 「本当よね。しかも、予告してたあのヒロインじゃないし」
いや、そうなんだが。
あのヒロイン編は途中で止まったままで……。
で、今回のヒロインリクを聞いた時、これは!って浮かんだんだ。
美姫 「前からいづみは書きたがってたもんね」
うん。だから、今回は結構早く掛けたぞ。
美姫 「確かに珍しい事よね」
珍しい言うなよ。
美姫 「でも、事実だし」
グサグサと胸に来るぅぅぅ。
美姫 「まあ、スローペースだけど、このシリーズはまだまだやるのよね」
うん。出来る限り早く次を出せるようにはするけどね。
美姫 「そういう事ですので、首をなが〜〜〜〜〜〜〜〜〜くして、待ってて下さい」
ではでは。





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