『An unexpected excuse』

    〜志摩子 過去編〜






「……恭也、腹が減ったな」

「うん」

「また、日雇いのバイトを探さないとな」

「うん」

「どうした、疲れたのか」

「ううん、まだ大丈夫だよ」

「そうか。なら、日が暮れる前に寝床だけでも確保しないとな。
 ったく、これだから都会というのは不便でいけない。
 勝手にその辺の公園にテントを張る訳にもいかないしな」

ブツブツと文句を言いながら、二人の親子は夕暮れの中を歩いて行く。
父親であろう男は、あてもなく歩を進め、その後に10才ぐらいの男の子が続く。
父親──士郎は、自らの息子──恭也へとまた声を掛ける。

「とりあえず、あそこに見える山の方へ行こう。
 あの中に入ってしまえば、一晩の寝床ぐらいは何とかなるだろう」

「うん」

士郎の言葉に頷くと、恭也はしっかりとした足取りで士郎と一緒に歩むのだった。



「……ふーむ。これは少し予想外だった」

「どうするの?」

士郎の呟きに、恭也が尋ねる。
それに対し、士郎はどうするか算段を考える。
そして、二人は再び先程まで見ていたものを見上げる。
士郎たちが寝床にと考えていた山には、しっかりと整備された階段があり、その先には立派な門構えの寺が建っていた。
小寓寺(しょうぐうじ)、それがこの寺の名前らしい。
どうしようか悩んでいる士郎に、一人の女性が声を掛ける。

「もし、どうかなさいましたか」

「いえ、今日の寝床をどうしようかと悩んでまして」

「お宿とかはお取りになられていないのですか?」

「ええ。全国を色々と周っておりまして、その路銀が底をついてしまったんですよ」

笑いながら答える士郎に、女性は暫し考え込むと。

「それでしたら、うちに来られますか」

「いえ、そういう訳には……」

流石に遠慮する士郎だったが、その女性は笑みを浮かべると、

「遠慮なさらないで下さい。困ったときはお互い様ですから。
 それに、うちはすぐそこのお寺ですから」

「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

士郎はそう言うと、その女性の後に続いて階段を登って行く。
その後を、恭也も一緒に登って行く。

「どうぞ遠慮なさらずに」

「お邪魔します」

「お邪魔します」

二人は女性に案内され、居間へと通される。
女性は旦那で、この寺の住職に事情を説明するために席を外す。
暫らくすると、先程の女性と一緒に一人の男性が戻ってくる。
二人は座ると、士郎たちに挨拶をする。

「初めまして。私はこの寺で住職をやっています、藤堂修治(しゅうじ)と申します。
 こちらは家内の……」

「真奈美(まなみ)を言います」

二人の挨拶を聞き、士郎も名乗り返す。

「私は高町士郎と申します。こっちは息子の……」

「高町恭也です」

礼儀正しく挨拶をする恭也を微笑ましく見遣りながら、修治が話し掛ける。

「聞けば、路銀が底をついたとか。今後、何かあてでもおありですかな?」

「ええ、まあ。ちょっと知人がいるんで、そこで少し働かさせてもらおうかと考えてます」

「そうですか、あてがあるのなら、問題ないですな。
 それまでの間は、家を宿代わりに使ってください」

「いや、しかしそれは……」

「何、遠慮はいりませんよ。袖すり合うも他生の縁と申しますし。
 それに、働くのなら、その間は恭也くんを連れて行けないでしょうから。
 まあ何もない家ですが、ゆっくりと寛いで下さい」

「そうですか、それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」

士郎と恭也は修治の言葉に頭を下げて礼を言う。
そこへ、真奈美が話し掛ける。

「その代わりという訳ではないのですけれど、うちにも娘がいるんですよ。
 それで、恭也くん、うちの子と仲良くしてあげてね」

「はい」

真奈美の言葉に恭也は頷きながら返事をし、修治はそう言えばと呟く。

「志摩子は今、何処にいるんだ?」

「夏休みの宿題を部屋でやってますよ」

「そうか。それじゃあ、夕飯の時にでも顔合わせだな」

「そうですね。それじゃあ、私は夕飯の支度をしてきますね」

「さて、それじゃあ、二人に使ってもらう部屋を案内しようか」

真奈美に続いて修治も立ち上がる。
修治の後に付いて行きながら、恭也たちは充てがわれた部屋に入る。

「ここを使ってください。私は先程の居間にいますから、何かあったら遠慮せずに声を掛けてください」

「「ありがとうございます」」

二人は礼を言い、修治が立ち去ると荷物を降ろす。

「まさに、捨てる神あれば拾う神ありだな」

「あの人たちには感謝しないとね」

士郎の言葉に恭也は頷きつつ言う。

「そうだな。……と、まあ、そういう訳だから、暫らくは一人で鍛練はしてくれ」

「うん」

「朝と晩、基本の反復練習と素振り。これを忘れずにな」

「分かった」

士郎の言葉に頷くと、今度は恭也が話し掛ける。

「で、どのぐらい掛かりそうなの?」

「うーん。そいつは分からんな。まあ、そんなに長期するつもりはないが、こっちの都合で辞める訳にもいかないからな。
 まあ、それは向こうで融と相談して決めるさ。決まったら、連絡するからな」

「うん」

「……っと、あいつがこっちにいるのか確認しないとな。頼むぞ、海外なんかに行ってるなよ」

士郎はそうぼやきつつ、電話を借りるために部屋を出て行く。
恭也は特にする事もなかったので、そのまま部屋で横になる。
すると、疲れが出てきたのか、うとうととし始める。
落ちそうになる瞼に抵抗をしつつ、どのぐらいそうしていたのか……。
ふいに部屋の外に気配を感じる。
始めは士郎かと思ったが、中々部屋に入ってこない事から、違うと分かる。

(という事は、かなり前から部屋の前にいたという事。それに気付かないなんて……。
 もう少し、気配を察知する鍛練をつけてもらおう)

そう考えつつ、恭也は相手を驚かさないように襖を開ける。
と、廊下ではこちらを見て驚いている女の子がいた。
驚かさないつもりだったが、上手くいかなかったらしい。
どうしたもんかと困っている恭也の前で、その恭也よりも一、二才ほど年下に見える少女は恥ずかしそうに俯く。
急に現われた恭也に対して、どう対処していいのか困っている様子だった。
かと言って、逃げる訳にもいかず、その場でもじもじと指を合わせては、恭也の顔を覗き込んでくる。
その様子に恭也は妹の美由希の姿を思い出しつつ、笑みを浮かべる。
そして、その女の子へと声を掛ける。

「えっと、志摩子ちゃんとりあえず、中に」

「えっ」

突然、教えてもいない名前を呼ばれ、驚いて恭也をみる志摩子に怖がらせないように精一杯笑いかけながら、

「さっきおじさんが名前を言ってたから。ひょっとして違った?」

志摩子は首を横に振り、当たっていると答える。
その志摩子の手を引き、恭也は部屋へと入る。

「えっと、僕は高町恭也」

「恭也さん」

「そう。えっと、暫らくお世話になります」

「あ、はい」

よく分からないながらも、頭を下げた恭也に対して志摩子もお辞儀を返す。
そして、頭を上げるとどちらともなく笑い出す。
そこへ、電話を終えた士郎が戻って来て、笑い合っている二人を見る。

「おお、早速仲良くなったみたいだな。俺は、こっちの恭也の父親で士郎って言うんだよ。
 宜しくね、志摩子ちゃん」

「あ、はい」

志摩子と目線を合わせて優しく微笑み掛けながら、士郎は自分の名を告げる。
それに志摩子が頷いたのを見て、今度は恭也へと視線を向けると、

「どうやら、こっちにいるみたいだから、早速、明日会いに行って来る。
 恭也、悪いが少し待っていてくれ」

「うん」

頷いた恭也に士郎も満足そうに頷くと、腰を降ろす。

「そういう訳で、志摩子ちゃん。当分の間、恭也はこの家でお世話になるから、仲良くしてやってくれ」

「はい」

士郎の言葉に頷き、恭也に笑いかける志摩子。
すっかり打ち解けた様子の二人を、士郎は微笑ましげに眺めていた。



  ◇◇◇



翌日、士郎を見送った恭也は寺の周囲を見て周っていた。
特に珍しい物がある訳ではないのだが、寺独特の雰囲気を楽しみつつ、散策を続けていると、
物陰からこちらを窺っている志摩子と目が合う。
志摩子は恭也と目が合うと、小さな声を上げて困ったような顔をする。
そんな志摩子に恭也は呼び掛ける。

「志摩子ちゃん、よかったらお寺の周りを案内して」

「うん」

恭也の言葉に志摩子は笑顔で返事をすると、恭也の元へと駆け寄る。
こうして午前中を、志摩子の案内で寺の周囲や裏山を巡る事で費やすのだった。
昼食後、電話が鳴り士郎から連絡を入る。
恭也は取り次いでくれた真奈美に礼を言うと、受話器を受け取る。

「もしもし」

「おお、恭也か。どうだ、そっちは?」

「特に変わったことはないよ。それよりも、そっちの方は?」

「ああ、こっちも大丈夫だ。一週間したら、そっちに戻るから、それまで迷惑を掛けるなよ」

「分かってる」

士郎の言葉に返事をすると、真奈美に話があるという事で電話を代わる。
その後、恭也をお願いしますとか言う声が洩れ聞こえてくる中、恭也は電話が終るのを待つ。
最後にもう一度電話を受け取ると、

「それじゃあ、一週間後にな恭也。それと、くれぐれもオーバーワークしないようにな」

「うん。父さんも気を付けて」

「ああ、じゃあな」

お互いに短い言葉を交わすと、電話を切る。
横で終るのを待っていた真奈美に再度礼を述べ、恭也は受話器を返すとその場を立ち去る。
その背中に真奈美が声を掛ける。

「そうそう、恭也くん。おやつは羊羹で良い?」

「えっ?」

その言葉に一瞬意味が分からずに聞き返す恭也に、真奈美は笑みを浮かべて言う。

「これから一週間、一緒に暮らすんだから変な遠慮は駄目よ。
 それに、士郎さんからも宜しくって頼まれたんだから。
 で、おやつは羊羹で良い?」

「はい」

真奈美の心遣いに感謝しつつ、恭也は返事を返す。
その返事に満足そうに頷きながら、

「それじゃあ、おやつの時間まで志摩子と遊んでらっしゃい。
 さっきから、あそこで待っているみたいだから」

そう言って真奈美が指差す先、柱の陰から顔半分だけをだしてこちらを窺っていた志摩子は、
見つかっていないと思っていたのか、恭也と真奈美の視線が自分に向いているのを知ると、少し慌てたように顔を引っ込める。

「志摩子ちゃん」

そう呼びかけながら近づく恭也の前に、柱の陰から志摩子が出て来る。
恭也は志摩子に手を差し出しながら、

「行こう」

短い言葉だったが、志摩子は恭也の手を取って一緒に玄関へと向う。
そんな二人の背中を見送りつつ、真奈美は変わらない笑みを浮かべていた。



  ◇◇◇



夕方、家の裏側に広がる雑木林の中で恭也は鍛練をする。
左右の素振りから始まり、それが終ると基本の型を繰りかえし打ち出す。
それが終ると、本来なら士郎との打ち合いなのだが、いないためにそこで一旦止まる。
そして、目を閉じる。
その脳裏に浮かんでくるのは、最も見慣れた、そして、憧れでもあり目標でもある一人の剣士。
恭也は士郎をその脳裏にはっきりと浮かび上がらせると、その目を突如開け、その目に見えない幻影へと斬り掛かる。
ずっと物心ついた頃より見てきたその剣士の動きを想像し、その幻影相手に小太刀を突き出す。
しかし、その悉くが躱され、時には弾かれる。
それでも恭也は止まらずに、小太刀を振っていく。
やがて、幻影が反撃に転じると、恭也は防戦一方へと追い込まれていく。
それをどのぐらい繰り返したか、やがて恭也は動きを止める。

「はぁー、はぁー。想像の中とは言え、まだまだ父さんには敵わないか」

大きく息を吐き出すと、小太刀を鞘に納め、両腕から力を抜く。
ゆっくりと目を閉じながら、大きく息を吸って吐き出す。
それを数度繰り返しながら、何度か見た事のある士郎の得意とする一つの技を思い描く。
その動きをなぞるように恭也は両手を柄へと掛け、目を開くと同時にニ刀を抜刀しようとした所で、
恭也は横合いから枝を折るような音が聞こえ、その場を飛び退きつつ、音がした方を見る。
そこにいたのは志摩子だった。

「志摩子ちゃん?」

「あ、ごめんなさい。別に恭くんの邪魔をしようとした訳じゃないの」

怒っていると勘違いしたのか、志摩子はしどろもどろになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
それに対し、恭也は、

「別に怒ってないよ。それよりも、宿題をしてたんじゃないの?」

「今日の分はもう終わったから。それで、恭くんを探してたら……」

「よく、ここだって分かったね」

「うん。朝にここに案内した時に、恭くんがここを気に入ったみたいだったから」

そう言いながら、志摩子は恭也が怒っていないと分かったのか恭也へと近づいて来る。

「そう。いつから見てたの?」

「えっと、恭くんが凄い速さで一杯動いている所」

恐らく、イメージした士郎とやり合っている途中からだろうと思いつつ、恭也は改めて気配の察し方の鍛練の重要性を感じていた。
恭也がそんな事を考えていると、こちらへと向ってくる途中で、志摩子が躓く。

「きゃぁっ」

「危ない」

すぐそこまで来ていたため、恭也は倒れる前に志摩子を受け止める事ができた。

「大丈夫?」

「あ、ありがとう」

少し恥ずかしそうな顔をしつつ、志摩子は恭也に礼を言う。
どこも怪我をしていないのを確かめ、恭也は笑みを浮かべる。
二人は近くの大きな木の根本に座ると、話し始める。

「恭くんは、ここで何をしていたの?」

志摩子の言葉に少しだけ考えてから、恭也は言う。

「剣の修行」

「修行?」

「そう。いつか、父さんみたいに大事な人を守れるようになるための練習みたいなものかな?」

恭也の言葉を一生懸命聞きながら、志摩子は何とか理解しようと努力する。
そして、

「そうなの。よく分からないけれど、頑張ってね」

「うん」

「それでね、それでね……」

志摩子は理解できた事のうち、何かを言いたそうに言葉を紡ぐが、遠慮がちに恭也を見る。
それを急かす事もせず、恭也はただ笑みを浮かべたままじっと待つ。
その笑みを見て、志摩子は続きを口にする。

「恭くんは、志摩子も守ってくれる?」

その言葉に恭也は一瞬だけ驚いたような顔を見せるものの、すぐに笑みを浮かべなおし強く頷く。

「勿論だよ。強くなって、志摩子ちゃんを守ってあげるよ」

「じゃあ、約束!」

そう言って志摩子は小指を立てて恭也へと差し出す。
その指を暫し眺めた後、恭也は自分の小指をそれに絡める。

「うん、約束」

「絶対、ぜーたいに守ってね」

「うん」

幼い頃の他愛のない約束。
しかし、二人にとっては本当に大切な約束は、こうして結ばれたのだった。
それから一週間、恭也と志摩子は殆ど一緒にいた。
一緒に風呂に入ったりもしたが、これは恭也が恥ずかしがった為、本当に一度だけだった。
それを拗ねた志摩子の機嫌を取るため、寝るのはずっと一緒だった。
そんな二人を、修治も真奈美も温かく見ていた。
そんな感じで、一週間はあっという間に過ぎていった。
そして、今日は恭也たちが旅立つ日。
昨日、帰って来た士郎もゆっくりと休み、昼前には旅立つ準備も整っていた。
山門まで見送りに来た三人に士郎と恭也は礼を述べる。

「本当にお世話になりまして」

「いいえ。こちらこそ、志摩子の相手をしてもらって」

「恭也くん、またいつでも来てくれて構わないからね」

「はい、ありがとうございます」

挨拶を交わす恭也たちから少し離れて、志摩子は一人下を向いて立ち尽くす。
そんな志摩子に、恭也は何と声を掛けて良いのか分からず、ただ戸惑った顔をする。
そこへ、真奈美が声を掛ける。

「志摩子、そんな所にいないでこっちに来なさい。
 それとも、そんな形でお別れしても良いの?」

真奈美の言葉に志摩子は首を横に振ると、恭也たちの元へと来る。
胸元で手を組みながら、目には涙さえ溜めて志摩子は恭也に尋ねる。

「また会える?」

「うん。いつか、きっと」

「本当に?」

尋ね返して来る志摩子に、恭也は小指を突き出すと、

「うん、約束」

「うん!」

恭也の行動に、志摩子は嬉しそうな顔をして小指を絡める。

「これで二つ目の約束だね」

と嬉しそうに言う志摩子に、修治が聞く。

「他にどんな約束をしたんだい?」

「それは、秘密」

志摩子は本当に楽しそうにそう言うと、人差し指を唇に当て、しーとする。
それらを見た後、士郎は恭也に声を掛ける。

「それじゃあ、行くぞ恭也」

「うん」

途端に、志摩子は泣きそうな顔になるが、何とか堪える。

「絶対に会いに来てね」

「うん」

最後の挨拶をすると、恭也たちは階段を降りる。
それを志摩子が恭也の服を掴んで止める。
丁度、志摩子と恭也の頭の位置が同じになった所で、志摩子はじっとその目を見詰める。

「絶対だからね」

「うん。もう一つの約束もあるから、絶対に会いに来るよ。
 いつになるかは分からないけれど、絶対に」

「うん。恭くんが約束を守ってくれるなら、私、恭くんのお嫁さんになるね」

「えっ!」

突然の言葉に驚く恭也に対し、士郎たちは楽しそうにそのやり取りを眺める。

「恭也〜、どうするんだ。こんなに可愛い子にこんな事まで言わせて」

「恭也くんだったら、私も大歓迎だよ」

真奈美は何も言わず、にっこりと笑みを浮かべたまま二人を見る。
返答に困る恭也を見て、志摩子は悲しそうな顔になると、

「恭くんは嫌なの?」

「……嫌じゃない」

「本当?」

「ああ」

顔を赤くしつつ答える恭也に、士郎が言う。

「恭也、はっきり口にしないと駄目だぞー」

からかうように言う士郎を一度睨みつけてから、恭也は志摩子に告げる。

「志摩子をお嫁さんに貰う。約束だ」

「うん!前にお父さんが好きな人にはこうするって言ってたの。
 だから……」

恭也の言葉に零れんばかりの笑みを浮かべると、志摩子はその頬にキスをする。
驚きの声を上げる士郎たちの中、恭也が更に顔を真っ赤に染め上げるのだった。
その後、からかってくる士郎に殴り掛かりつつ、二人は小寓寺を後にしたのだった。
これから一年程後に士郎は仕事中に亡き人となり、
恭也もただ、がむしゃらに修行に明け暮れるうちにこの約束を頭の片隅へと追いやって行った。
しかし、それは決して忘れた訳ではなく、薄らとではあるが残っていたのだった。
それから数年後、二人は再び出会う事になるのだが……。



  ◇◇◇



夢から目覚めるように、ゆっくりと恭也は目を開ける。
それに気付いた志摩子が、柔らかい笑みを浮かべたまま話し掛ける。

「よく眠ってましたね」

「……ああ」

志摩子の言葉に、まだ少しぼうっとした頭を抱えたまま、呟くように言う。

「夢を……。懐かしい夢を見ていた」

「どんな夢ですか」

「志摩子と初めて会った時の夢だよ」

「そうですか」

志摩子はそれだけを口にすると、膝の上にある愛しい人の髪をそっと撫でる。
俯いているせいで、頬に掛かる志摩子の髪を恭也も下から手を伸ばしてそっと触れる。
無言でお互いの髪を撫でながら、穏やかな時を暫し楽しむ。
それだけでは飽き足らないのか、恭也はその手をそっと志摩子の頬へと添える。
くすぐったそうに一瞬だけ肩を竦めるが、志摩子は手を恭也の目に掛かる前髪へと動かし、そっと掻き上げる。
お互いの瞳を見詰めたまま、志摩子はそっと上体を倒していく。
恭也も答えるように、少しだけ身体を起こす。
お互いを映していた瞳は、徐々に閉じられていき、やがて完全に闇と化す。
それでも、掌から伝わる温もりと唇に触れる柔らかな感触がしっかりとお互いの存在を教えてくれえる。
それは、穏やかな午後の何気ない日常のひとコマ。





<おわり>




<あとがき>

おめでと〜〜〜〜!!
美姫 「真下 烈さんの100万ヒットリクエスト〜〜〜!!」
志摩子編の出会い。
美姫 「随分と小さい頃に出会ってたのね」
だな〜。
そして、二人は再会するのだった。
美姫 「再会編は?」
勿論、書くさ!
美姫 「ええ、自分から言い出すなんて」
こらこら。まあ、ちょっと時間が掛かるけれどね。
美姫 「それは少し勘弁って事?」
お願いします〜〜。
美姫 「さあ、どうしようかしら」
お代官様〜〜。
美姫 「出来るだけ早く仕上げなさいよ」
わかってますだ〜〜。
美姫 「それでは、またね〜」
ではでは。







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