『An unexpected excuse』

    〜祐巳 続編2〜






「ただいま〜」

「お邪魔します」

再会した恭也と祐巳は、そのまま祐巳の家へとやって来る。
祐巳から事前に聞いていた母は、特に驚きもせずに恭也を出迎える。

「どうぞ、どうぞ。遠い所から、わざわざありがとうねー」

ニコニコと笑みを浮かべ、とても嬉しそうに言う母に、祐巳は少し恥ずかしそうな素振りを見せる。
そんな祐巳の耳元に、母は小声で話しかける。

「祐巳、格好良い彼氏じゃない」

「えっ! あ、あははは〜。それに、とても優しいんだよ」

照れつつもそう言う祐巳に向かって、母は軽く頭を下げる。

「それは、ご馳走様です」

「お、お母さん」

「まあまあ。それよりも、早くあがってもらったら」

「あ、そうだった。恭也さん、どうぞ遠慮せずに」

「はい、ではお邪魔します」

許可を得て、恭也は祐巳の家へとあがる。
靴を脱いでいる恭也を眺めつつ、祐巳は玄関にある靴に気付く。

「あれ? お父さん、家にいるの?」

「ええ、そうなのよ。祐巳から彼氏を連れて来るって聞いてから、お父さんずっとそわそわしてたでしょう。
 挙句の果てに、今日は事務所を休みにするなんて言い出すのよ。
 勿論、お尻をひっぱ叩いて、仕事場に行かせたんだけどね。
 尤も、こうして早退までして帰ってくるんなら、休ませても一緒だったわね」

そう言って溜め息を吐く母の横で、祐巳は少し引き攣った笑みを見せる。

「あ、あはは。でも、私、昨日話した時には、その、か、彼氏とは言ってないんだけど」

「言わなくても分かるって」

そう言いながらリビングから出てきたのは、祐巳の弟の祐麒だった。

「あ、祐麒ももう帰ってたんだ」

「ああ、今日は終業式だけだったからね」

「所で、どうして分かるのよ」

「あのな、家に連れて来るって言った後に、母さんが祥子さんかって尋ねただろう」

「祐麒、何度言ったら分かるのよ。祥子さま!」

一言注意してから、祐巳はそれで、と続ける。

「そしたら、祐巳は違うって答えただろう」

祐麒の言葉に、昨日の出来事を思い出しつつ頷く。

「で、父さんが冗談で、もしかして男の子か、って言ったら、祐巳は頷いたじゃないか」

「それがどうして、彼氏に繋がるのよ」

「あのな。祐巳はずっと女子高だろう。そんな祐巳が連れて来る男性が、普通、ただの友達と思うか。
 特に、娘を馬鹿みたいに可愛がっている男親が」

祐麒の言葉に、祐巳は納得がいったのか、あっ、という小さな声を上げ、しきりに感心したように何度も頷く。
そんな祐巳に苦笑しつつ、祐麒は今まで放ったらかしにされていた恭也へと頭を下げる。

「初めまして。祐巳の弟で祐麒と言います。いつも姉がお世話になっております」

「こちらこそ、お姉さんにはお世話になってます」

お互いに挨拶をしている二人を見つつ、祐巳はまたも恥ずかしさが込み上げてくるのを感じていた。

(うぅ〜、何かむず痒いよ……)

「ほら、祐巳。そんな所でぼーっとしてないで、早く恭也さんを中へ案内してあげたら」

「あ、そうだった。恭也さん、私の部屋はこっちです」

と、部屋へと向かおうとした祐巳に、恭也が待ったを掛ける。

「いえ、その前に、祐巳のお父さんがいらっしゃるのなら、一度ちゃんと挨拶を」

「あ、それもそうか」

恭也に言われ、祐巳は今思い出したかのように呟き、同時にまた恥ずかしさを感じる。

(身内に紹介するのって、とても恥ずかしいな……)

そんな祐巳の心情を知ってか知らずか、母が可笑しそうに笑いながら言う。

「そうね、早く紹介してあげないと、お父さんも今頃、焦れてる頃でしょうし」

母の言葉に、祐巳と祐麒は座りながらもソワソワしているであろう父の姿が容易に想像でき、
お互いに顔を見合わると、どちらともなく笑みが浮かぶのだった。





  ◇ ◇ ◇





父親との面会も終え、二人は祐巳の部屋へとやって来ていた。

「はぁー、何か緊張しました」

恭也は座りつつ息を吐き出す

「あはは、そんなに緊張する事ないのに」

「そうは言われてましても……」

まだ照れ臭そうに頭を掻く仕草をする恭也の傍に、つつっと近づくと、そっと下から覗き込むように見上げる。
その何かを期待するような眼差しに、恭也は不思議そうに見返す。
どのくらい見詰め合っていたか、やがて祐巳が肩を落としつつ言う。

「ひょっとして、約束を忘れたの」

「約束……?」

その言葉に、恭也はすぐに考え始める。
やがて、何のことか思いついたのか、少し赤くなりつつも言う。

「勿論、覚えてますけど、今ですか」

「勿論です。だって、その、二人きりですし……」

後半は両手の指をツンツンと付き合わせつつ、こちらを伺うように小さな声で言う。
そんな祐巳を見て、可愛いと思いつつも、下にいる祐巳の家族たちの事を思い出し、恭也は軽く頭を振って雑念を払う。

「しかしですね、その、下には……」

「あ、そうだよね。でも、部屋の中には入ってこないと思うんだけど……」

恭也の言葉に、祐巳もすっかり下に居るであろう家族の事を思い出すが、それでも最後の足掻きとばかりに言ってみる。
ただ、言いながら祐巳自身も、殆ど諦めた様子ではあったが。
そんな祐巳を見て、恭也はそっと祐巳の唇に軽くキスをする。
その途端、祐巳は驚いたように跳び退く。

「なっ! な、ななななな……」

「そんなに驚かなくても」

「だ、だから、突然されたら驚くって、さっきも言ったじゃないですか」

「今のも突然に入るんですか? その約束してましたし、祐巳さんから言い出したので……」

困ったように言う恭也に、祐巳は少し顔を赤らめる。

「そ、それはそうなんだけど、もう少し雰囲気と言うか、私が気付いてからして欲しいと言うか」

「雰囲気、ですか。それは、ちょっと自分には難しいと思いますが、今後、努力してみます」

真面目に答える恭也に、祐巳は堪らず吹き出す。
それを不思議そうに見てくる恭也に、祐巳は片手を振って何でもないと答えると、もう一度、恭也の傍へと詰め寄る。
座りながら床に手を着いて移動した為、恭也の手に触れてしまい、胸の動悸が一際高鳴る。

(うぅー。キスとかしてるのに、手が触れただけで、まだこんなにドキドキするなんて……。
 恭也さんに聞こえてないかな。もし、聞こえてたら、恥ずかしいし。
 でも、胸の鼓動は早くなってるんだけれど、その奥の方がほんわりと暖かくて、何か気持ちいい……。
 それに、恭也さんの手の温もりが伝わってきて……。
 手を除けないって事は、別に嫌じゃないって事だよね)

そう思いつつ、恭也の方へと顔を向けようとすると、祐巳の考えが分かったのか、恭也はそっと祐巳の手に自分の手を重ねる。
また一度大きく胸が鳴るのを感じつつ、祐巳はすぐ傍にいる恭也の顔を見詰める。
殆ど同じタイミングで、恭也も祐巳の方へと向くと、その顔に微笑を浮かべる。
最初のころは滅多に見る事の出来なかった笑みも、最近ではちょくちょく見せてくれるようになっている。
まあ、最近と言っても、滅多に会えないのだが。
そんな事を嬉しく思いつつ、祐巳の顔にも笑みが広がる。
と、恭也は祐巳と重ねた方とは逆の手を、祐巳の頬にそっと当てる。

「あっ」

その行動に、祐巳は小さな呟きを漏らすが、すぐにその心地良さに身を委ね、そっとその手の方へ顔を寄せ、目を細める。
恭也は2、3度軽く祐巳の頬を撫でると、少しだけ顔を上へと向かせ、そっと顔を近づける。
近づいて来る恭也の顔を何処かぼんやりと見詰めつつ、祐巳もゆっくりと少しずつ目を閉じていく。
やがて、祐巳の瞳が閉じられると、その唇に柔らかく、大分馴染んできた感触が触れる。
たっぷりとそれを堪能した頃、まるでその心情を計っていたかのように、ゆっくりとその感触が離れて行く。
祐巳はゆっくりと目を開け、遠ざかるそれを呼び寄せるように、恭也の頭へと手を伸ばし、今度は自分から口付ける。
今度は先程よりも短く、すぐに離れるが、またすぐに触れる。
まるで啄ばむように何度もキスの雨をお互いに降らせ、最後に少しだけ長く深い口付けを交わすと、今度はちゃんとに離れる。
お互いに少し上気したように顔を赤くしつつ、微笑を交わす。
と、そこへ部屋をノックする音が聞こえてくる。

「ひゃっ! ひゃいっ! な、何!?」

「……祐巳、貴女なんて声だしてるのよ」

「だ、だって、びっくりしたんだもん」

「はいはい。それよりも、ここを開けてくれるかしら。
 お茶を持って来たんだけど」

「あ、今開けるよ」

祐巳は立ち上がると部屋の扉を開ける。
扉が開くと、祐巳の母は盆を手に部屋へと入ってくる。

「大したお構いも出来ませんけど」

「いえ、そんな事はありません。そんなにお気を使わずに」

そんなやり取りの後、祐巳の母がわざとらしいため息を吐く。

「はぁー、あんあまり変な声ばかり出していると、恭也さんに嫌われるわよ」

「うぅ、別に出したくて出してる訳じゃないのに」

落ち込むように言う祐巳を助けるように、恭也が祐巳の母に言う。

「大丈夫ですよ。そのぐらいでは嫌いになったりしませんから」

真顔で言う恭也を珍しいものでも見るように見た後、祐巳の母は嬉しそうな顔になる。

「祐巳には、勿体無いぐらいに良い人じゃない。
 ずっと女子校だったから、男の子を連れてくるのは、もっと先だと思ってたのに。
 それが、思った以上に早くこんな日が来るなんて。
 その上、こんなに良い人だなんて」

「お、お母さん! ほ、ほら、もうお茶を出したんだから、下に行っててよ」

「はいはい、分かったわよ」

祐巳は母の背中を押して、部屋の外へと追いやる。
祐巳の母は大人しく出て行きながら、扉が閉まる前に恭也へと向き直ると、口を開く。

「それじゃあ、恭也さん、ごゆっくり」

それに頭を下げる恭也の前で、扉がやや乱暴に閉じられた。

「うぅ、物凄く恥ずかしい……」

「良いお母さんじゃないですか」

「うぅ、確かに悪い人ではないんだけど……。
 まあ、いいや。とりあえず、お茶でも飲もうっと」

すぐさま思考を切り替えると、恭也の隣に再び座り、カップを手に取る。
ころころと変わる祐巳の顔を見ながら、恭也も楽しそうな顔になる。
尤も、それを露骨に出す事はしないが。

と、祐巳は手にしたカップを滑らせ、落としてしまう。
その落下地点は、祐巳ではなく、隣の恭也だった。
結果、恭也の太腿に熱い紅茶が降り注ぐ。

「あ、ごめんなさい、恭也さん」

「いえ、大丈夫ですから」

「す、すぐに脱がないと」

祐巳はそう言うと、恭也のベルトに手を掛ける。

「じ、自分で脱げますから」

「あ、ごめんなさい」

恭也に言われ、祐巳は自分が何をしようとしていたのか気付き、顔を赤くして後を向く。
その後では、恭也がズボンを脱ぐ音が聞こえ、祐巳は訳も分からず鼓動を早くする。
脱ぎ終ったのを察した祐巳は、すぐに振り返り、ズボンの濡れた個所をそっと拭う。
一方、ズボンを脱いだ格好の恭也は、所在無げに座りつつどうしたものかと思案顔になる。
何か掛けるものを借りようにも、祐巳は濡れたズボンの処理で忙しそうにしているし。
仕方なく、恭也は大人しく待つ事にする。
暫らく無言だったが、恭也が祐巳へと話し掛ける。

「祐巳さん、裏もお願いできますか」

恭也に言われ、祐巳は頷くと、ズボンを裏返しにして裏も同じように拭いていく。

「こんな感じで良い?」

「そうですね。出来れば、もう少し強くして頂ければ」

「こう?」

「ええ」

「んっ!」

「あ、あまり強く擦りすぎると、(生地が)傷むんで、もう少しゆっくりと」

「うん、分かった」

頷いて祐巳が再び作業に戻ろうとした瞬間、部屋の扉が大きな音ともに開く。

「貴様! 人の娘に何を! 第一、下に親が居る上に、まだ日も沈んでいないというのに!!」

何故か激昂した父親がその姿を現す。
その登場と言うよりも、物音に驚いた祐巳は、文字通り跳ぶ程に驚き、近くの恭也にしがみ付く。
咄嗟の事だったため、恭也も祐巳を支えきれず、祐巳を腕に抱いたまま倒れる。
それを見て、更に激昂する父親の後ろから、騒ぎを聞きつけた母親が現われ、冷静な口調で嗜める。

「あなた、いい加減にしてください。よく見てください。
 どうやら、祐巳がお茶を零して、それが恭也さんにかかったっていう所でしょう」

母親の言葉に、祐巳は何度も頷き、父親も自分の勘違いだと悟ると、顔を赤くして誤魔化すように咳払いをする。

「で、何をどう勘違いされたんですか?」

本当に分からないといった感じで母親が尋ねてくるのに対し、父親は目を逸らす。
そこへ、祐巳が加わる。

「あ、それは私も知りたい」

「そんな事はどうでも良いじゃないか。そ、それよりも、祐巳。
 いつまで恭也くんの上に乗っているつもりだい」

「へっ? あ、ああ! ご、ごめんなさい」

「い、いえ」

祐巳は慌てて恭也の上から降りると、今更ながら恭也の姿を見て赤面する。

「さ、さて、それじゃあ、私は下にでも戻るか。
 恭也くん、ゆっくりしていって」

そう言いながら、祐巳の部屋から出て行く父の後に続きながら、母が小声で言う。

「あなた、上手く誤魔化しましたね」

「な、何を言ってるんだ。別に誤魔化してなんか」

「まあ、そういう事にしておいてあげます。
 大方、部屋の前で中の様子でも盗み聞いてて、何か勘違いでもしたって所でしょう」

「うっ。そ、そんな事は……」

「あなたも話してみて分かったでしょう。
 恭也さんはとても良い人よ」

「それは分かっている。これでも、人の上に立つ身だ。
 それぐらいは分かる。でも、それとこれとは話が別だ。
 付き合うなとまでは言わないが、それでも節度を守ってだな」

「はいはい。あんまり過保護が過ぎると、祐巳からも嫌われますよ」

母の一言に、父は完全に黙り込むと、少し肩を落として階段を降りるのだった。
一方、恭也と祐巳は……。

「うーん、こんな所かな。本当にごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですから」

完全には乾いていないズボンに足を通しつつ、恭也はそう答える。

「しかし、お父さんは何であんなに怒ってたんだろう」

「ええ、不思議ですね」

しきりに首を傾げる二人だった。





<おわり>




<あとがき>

SIMさんの120万Hitリクエストでした。
美姫 「祐巳続編の続きです」
今回は、福沢家に訪問。
美姫 「前回の祐巳続編の本当に続きね」
おう。あの後の二人〜って感じかな。
美姫 「こんな感じに仕上がりました」
では、今回はこの辺で。
美姫 「まったね〜」







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