『An unexpected excuse』
〜葉弓編〜
「俺が、好きなのは…………神咲。と、すまん」
途中まで言いかけた所で、恭也の懐から微かな振動音がする。
恭也は懐から携帯電話を取り出す。
「はい、高町です。ああ、お久しぶりです。…………はい、俺の方も元気ですよ」
電話相手と話し始める恭也を余所に、先ほどの恭也の発言によって全員の視線が那美を見る。
那美は嬉しそうに頬の両手を当て、緩みそうになるのを押さえる。
しかし、どうして抑える事が出来ず、ついつい笑みを洩らす。
それを見て、視線が一段ときつくなるが嬉しそうな那美は全く気付いていない。
そして、そんなやり取りすら気付いていない恭也は、電話で話を続けている。
「そうなんですか。仕事でこちらに」
『はい、そうなんです。で、仕事が終ったんで恭也さんに連絡をしたんですけど……。迷惑じゃなかったですか』
「全然、そんな事はありません。寧ろ、嬉しいですよ。所で、今はどちらに」
『今、丁度駅前にいます』
「そうですか。じゃあ、これからそちらに行きますので、待っていてもらえますか」
『え、ええ!そ、そんな悪いですよ。それに、今は学校じゃ……』
「気にしないで下さい」
その後、二言三言言葉を交わすと、恭也は電話を切る。
そして、美由希たちを見ると、
「すまんが、急用だ。後は頼む」
それだけを残し、恭也はその場を去った。
生じた誤解を解かないままで。
尤も、恭也本人は誤解が生まれているとは、分かってもいなかったが。
駅前に着くと恭也は、電話の主を探す。
そして、見慣れた黒髪の女性を見つけ、近づいて行く。
が、その女性は二人の男に声を掛けられていた。
始めは、道でも聞かれているのかと離れて見ていたが、それにしては女性が困った顔をしている。
その為、恭也はそちらへと近づいて行く。
すると、女性の方も恭也に気付いたのか、笑みを浮かべ名前を呼びかけてくる。
「恭也さん、こっちです」
「葉弓さん、お待たせしました」
「いえ、全然待ってませんよ」
「そうですか。では、行きましょうか」
「はい」
無視される形となった二人の男が、恭也に声を掛ける。
「ちょっと待てよ」
「何か?」
「今、俺たちがその子と話をしていたんだ。それを横から来て」
「お言葉ですが、この方は俺と待ち合わせをしていたんです」
「そんな下手な嘘が」
「嘘ではないんだが」
男の一人が恭也に詰めよりながら、その襟首を掴もうと手を伸ばす。
その手首を、恭也は逆に掴むと、軽く捻り上げる。
「イ、イテテテ。は、離せ」
「ここで止めてくれると助かるんだが。これ以上は、手加減できんかもしれんが、どうする?」
恭也は眼光も鋭く、もう一人の男を睨みつける。
その殺気混じりの視線に耐えられなくなった男は、何度も頷く。
それを見て、掴んでいた男を解放する。
解放された男は、再び恭也に掴みかかろうとするが、もう一人の男に止められる。
「何するんだよ」
「い、良いから、止めとけ。こいつはマジでヤバイ」
まだ何か言いたそうにする男を、無理矢理引っ張っていった。
二人の姿が見えなくなると、恭也は葉弓に向き直る。
「すいません。ご迷惑を」
「い、いえ、そんな。恭也さんが謝る事なんて、何もないじゃないですか」
「しかし、怖がらせてしまったのでは」
「そんな事ないですよ。逆に、ちょっと格好良かったですよ」
「そ、そうですか」
葉弓の思いがけない言葉に照れる恭也を微笑ましく見詰めた後、葉弓は改めて挨拶をする。
「恭也さん、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです」
「会いたかったですよ」
「俺もです」
二人は駅前という事も忘れ、暫し抱き合う。
やがて、名残惜しそうにゆっくりと離れる。
「今日はいつまでいられるんですか?」
「今日は薫ちゃんと一緒に来てるんで、さざなみでお泊りの予定です」
「そうですか。では、帰りは送っていきますから、夜まで一緒に」
「はい。勿論です」
恭也の腕に、葉弓は自分の腕を絡めると、歩き出す。
お互いに会えなかった間の事などを話しながら。
夕方過ぎ、ここさざなみでは、昼の一件を聞いた真雪の手によって宴会の用意が始められていた。
たまたま仕事の帰りによった薫も、事の次第を聞き、参加する。
桃子も仕事を早退し、さざなみに来ていたりする。
「あ、あのー皆さん、まだ恭也さんにはっきりと言われた訳じゃないので、そんなに大騒ぎしないで……」
那美の言葉に耳を貸す者などがいるはずもなく、着々と準備が整っていく。
そんな那美に、美由希が話し掛ける。
「何を言ってるんですか。こんな事をお祝いしないでどうするんです」
「そうそう。それとも、那美。自分一人だけ幸せなら良いの〜?」
「し、忍さんまで」
顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうに那美は言う。
やがて、ある程度準備が整った頃、真雪が携帯電話で恭也に連絡をする。
数回のコール音の後、恭也の声が聞こえると、挨拶もそこそこに用件をいきなり切り出す。
「おう、今からさざなみに来れるか?」
「別に構いませんけど。ちょうど寄るつもりでしたし」
それを聞いた真雪は笑みを浮かべ、その言葉をそのまま伝える。
その言葉に美由希は笑みを浮かべると、那美に話し掛ける。
「きっと、昼に皆の前で言ったから、こうなるって分かってたのかも」
「それに、まだ那美にはちゃんと言ってないみたいだしね。今から言うつもりかも」
美由希や忍の言葉に顔を赤らめる那美。
その後ろで真雪はビデオカメラの用意をしており、耕介はそれを乾いた笑みで見詰めると、
心の奥底でそっと声援を送るのだった。
(恭也くん、がんばれ)
この人はきっと止めても無駄だと分かっているから。
止めようとした時に、自分が被ることになる被害が怖いから。
そして、何よりも耕介自身、楽しみだから。
だから、そっと声援を送るだけにする。
それから暫くして、インターフォンが鳴る。
「「お邪魔します」」
二人分の声が聞こえた事を不思議に思う真雪に、薫が自分の考えを告げる。
「多分、もう一人は葉弓さんじゃなかかと。ちょっと寄る所があると言ってたから、別行動をしてたんですけど。
恐らく、途中で会ったんじゃないかと」
「ふーん、まあ良いか」
そう呟くと、真雪はリビングから声を掛ける。
「おーう。リビングまで来ーい。ただし、恭也が先だぞ」
そう言って、ビデオカメラを回しだす。
全員は入り口に向け、クラッカーを構える。
やがて、恭也が部屋に入るなり、クラッカーが一斉に鳴り響く。
『おめでとう!』
「な、何だ一体!?」
驚いている恭也の目に垂れ幕が目に入る。
「おめでとう 高町&神咲」
と書かれていた。
それを見て、更に驚く恭也の後ろから、それを見た葉弓もその顔に驚きを浮かべる。
「皆さん、何故それを……」
「何故って、お前が昼に自分で言ったんだろ」
「あっ!」
それで恭也は昼の事を思い出す。
「恭也さん、お昼の事って?」
「実は……」
恭也はその出来事を葉弓に説明する。
途端、顔を赤くさせ慌て始める葉弓。
「そ、そんな恭也くん。そんな大勢の前で」
「し、しかし、あの状況で嘘は吐けませんし、嘘なんか言いたくなかったんで。迷惑でしたか?」
「そ、そそそそ、そんな事はないです。嬉しいですよ、ちょっと恥ずかしいですけど。
それに、隠す事でもないですし」
「ええ、そうですね」
恭也と葉弓の会話に、可笑しな所を感じた薫が代表して尋ねる。
「なして葉弓さんが恥ずかしがるんですか?」
「だって、ねえ」
照れたように頬を押さえながら、恭也を横目で見る。
それを受けた恭也も曖昧に頷く。
「だから、何でですか?」
「も、もう、薫ちゃんったら、結構意地悪なんだから。どうしても、私たちの口から言わせたいの?」
「ですから、何を?」
葉弓は仕方がなさそうに、それでも嬉しそうに再び恭也を見ると、同時に頷く。
「ですから、俺と……」
「私が……」
「「付き合っているって事をです」」
「何だ、そげん事ですか。…………って、え、」
『えぇぇぇぇぇ!!!』
全員の悲鳴が響く中、恭也と葉弓は首を傾げる。
「何で驚くんですか?」
「この宴会って、その事じゃないの?」
そう言って葉弓の指差す所には、先ほどの垂れ幕があった。
全員が何とも言えない顔をする中、乾いた笑い声が響く。
「は、ははははは。私の勘違い…………。私、立ち直れないかも……」
「な、那美さん!しっかりしてください」
慌てた美由希が那美に駆け寄るが、那美は真っ白に燃え尽きていた。
真雪は一瞬呆気に取られていたが、すぐに気を持ち直すと、
「よーし、それなら今から恭也と葉弓の恋人記念で宴会だー!」
『おぉー!』
その言葉に一同が盛り上がる。
耕介は小さな声で、
「要は騒げてお酒が飲めれば、何でも良いんですね」
「当たり前だろ。でも、祝福する気持ちは本当だぞ」
「ええ、分かってますよ」
そんな騒ぎを余所に、恭也と葉弓は顔を見合わせると、疑問を顔に浮かべるのだった。
尤も、すぐに真雪やリスティに絡まれ、すぐにそれ所ではなくなったのだが。
那美は自棄酒を飲み、それに絡まれ美由希、晶、レンが被害を被る。
そんな4人を余所に、桃子と忍は飲み比べを始めたりと、騒がしく夜が更けていった。
なのはは早めに引き上げ、今は愛の部屋で寝ている。それ以外の面々は見事に酔い潰れていた。
そんな全員が酔いつぶれたリビングで、動き出す二つの影があった。
恭也と葉弓の二人である。
二人はお互いに視線を合わせると、皆を起こさないように気をつけながら、そっと庭へと出る。
「ふー」
「ふふふ。恥ずかしかったですね」
「ええ」
「でも、楽しかったです」
「そうですね」
「…………」
「…………また、しばらくはお別れです」
「………………」
「何も言ってくれないんですね」
「……俺は、俺はいつまでも待ってますから。ここで」
「いつまでも、ですか」
「ええ」
「恭也さんから、会いに来てはくれないんですか?」
「勿論、行きますよ。貴女が望むのなら。いつだって、何処にだって」
「本当ですか?」
「本当です」
「そんな約束して、後悔してもしりませんよ。すぐに連絡するかも」
「構いませんよ。葉弓さんに呼ばれるんですから」
葉弓は恭也の胸に飛び込むと、顔を埋める。
「大丈夫です。恭也さんがそう言ってくれるだけで、充分ですから」
「そうですか」
「はい。それに、もう少し経てば……」
そう呟いて、葉弓は恭也の顔を見る。
それに対し、恭也は一つ頷き、
「ええ。もうちょっとすれば、俺は貴女の横で一緒に歩きますから。
時には貴女を守る盾として、時には貴女の行く先の闇を斬り裂く剣として、貴女と共に」
「私はただ、守られるだけというのは嫌ですよ。私もあなたの支えになりたいです。
あなたが盾になると言うのなら、私もまた、あなたの盾に。
あなたが闇を斬り裂く剣になると言うのなら、私はその闇を照らす光になります。
ですから、一緒にお互いに支えあいながら、歩んでいきましょう」
「そうですね。常に共にあらん事を剣にかけて誓います」
「じゃあ、私は弓にかけて」
そう言って二人は、月明りの下、そっと口付けを交わす。
ゆっくりと唇を離すと、葉弓は恭也の背中へと手を回し、恭也もまた、葉弓を抱き寄せる。
「恭也さん、暫く会えなくなりますから、会えなくてもあなたを感じられるようにしてください」
「……分かりました。じゃあ、行きましょうか」
恭也の言葉に葉弓は頷く。
そんな葉弓の肩をそっと抱き寄せると、さざなみ寮を出て行く。
そして、二人の姿は闇の中へと消えていった。
翌日、恭也の部屋。
恭也は目を覚ますと隣で眠る愛しい人の髪をそっと撫であげ、口付ける。
その動作で目を覚ましたのか、葉弓もゆっくりと目を開けると、その顔に幸せそうな笑みを浮かべる。
「おはようございます、恭也」
「ああ、おはよう葉弓」
二人はどちらともなく唇を近づけ、誰もいない家の中で、目覚めのキスをするのだった。
余談だが、あの夜の庭先の出来事を一部始終ビデオに撮られていた事に気付くのは、次に葉弓が海鳴を訪れた時だったとか。
撮った本人は平然とした様子で、
「あの後、後をつけなかったんだから、これぐらいは良いだろう」
と言い放ち、恭也と葉弓を黙らせたとか。
おわり
<あとがき>
葉弓さんです。やっっっっっっと、出番です。
美姫 「これを書いてたはずなのに、先に祐巳編が出来たのよね」
うむ。まあ、電話の所で迷子にしたら面白いかな、と思って祐巳編が生まれた訳だ。
美姫 「で、これが後になったのよね」
ははは。まあ、こうしてすぐに出来たから良いじゃないか。
美姫 「そういう事にしておいてあげるわ」
うむ、綺麗に纏まった所でここまで。では、アデュー。
美姫 「綺麗に纏まったのかしら?まあ、良いわ。じゃあね」