『An unexpected excuse』

    〜乃梨子編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の言葉を聞き逃さないように、全員が息すら潜める。
そんな静寂の中、ゆっくりと恭也は口を開く。
そこへ、校内放送が流れてくる。

『3年G組、高町恭也君、至急、職員室の担任の所まで来てください。
 繰り返します、3年G組、高町恭也君……』

「そう言う訳だから、すまないが行ってくる」

流石に校内放送で呼び出されては、それ以上引き止めることも出来ず、FCたちは引き下がる。
しかし、忍たちは一筋縄ではいかず、

「恭也、ここで待ってるから、終ったらすぐに来てね」

「休み時間中に終るかどうかも分からないのに、約束が出来るはずもないだろ」

「私たちが勝手に待ってるだけだから、気にしなくても良いよ」

「分かった。とりあえず、行ってくる」

こう言っておけば、恭也のことだから放っておく事が出来ないと知り尽くしている忍の勝ちであった。
勝ち誇る忍に気付かず、恭也は職員室へと向うのだった。
それからしばらくして、恭也が忍たちの場所へと戻ってくる。
その顔はどこか困ったような表情で、忍たちを見ると苦笑を浮かべる。
そして、その横には見慣れない女生徒の姿があった。
制服から察するに、この学園の生徒ではない事ははっきりとしている。
やがて、忍たちの元まで来ると、

「あー、すまないがちょっと予定が出来た」

「予定って、その横の子も関係あるとか?」

「ああ」

忍の問いに、短く答える恭也。
それを見て、美由希も恭也も尋ねる。

「それって、さっき職員室に呼ばれた事と何か関係があるの?」

「ああ」

同じ様に短く答える恭也に、今度は那美が質問をする。

「あのー、出来ればお話していただけると……」

那美の言葉に本当に困ったような顔をすると、恭也は大きく息を吐き出し、事情を説明する。

「うむ。実はな、俺が夏休みに修行の旅に出たのは知ってるな」

全員が頷いたのを見て、先を続ける。

「その旅先で知り合った方なんだが、その時に俺がちょっとした冗談を言ったんだ。
 それを信じて、宿泊学習で近くに来ていたついでに、ここまで来てしまったという訳だ」

「師匠、因みにその嘘って」

「うむ。彼女は仏像鑑賞が趣味でな、うちの学校にも仏像があると言ったら信じてしまって」

「だ、だって、普通は信じますよ」

「いや、しかし、普通の学校にはそんな物があると思わないかと思って」

「だって、あの時の恭也さんったら、真面目な顔をしてたから」

「うぅー、すいません。うちの兄は真顔で平然と嘘を吐くんです」

美由希が申し訳なさそうに言う。
同じ様に苦笑を浮かべつつ、レンが話し掛ける。

「じゃあ、さっきの放送は」

「まあ、そういう事だ。まさか、仏像の場所を聞きに職員室に行くとは思わなかった」

「だって、一番手っ取り早いじゃないですか」

「それは、そうなんだが。しかも、そこで俺の名前を出すとは」

「わ、私は誰に聞いたかを問われたので、正直に話ただけです」

「まあ、そうなんだが。とりあえず、俺はこれから送っていくから。まあ、そういう事だ」

恭也の説明を聞き終え、忍が口を出す。

「事情は分かったけど、いい加減、そちらの方を紹介して欲しいな。随分と親しそうだし」

忍の含みのある笑みに気付かず、恭也は横にいる女生徒を紹介する。

「こちらは、リリアン女学園に通ってられる二条乃梨子さんだ」

その恭也の紹介を聞き、乃梨子は横にいる恭也を見詰める

「それだけ、ですか?」

「…………あー、それで、まあ、何だ」

困ったような顔を見て、乃梨子は微笑を浮かべる。
明らかに今の恭也の様子を楽しんでいるのが分かる。
それは恭也自身も分かってはいるのだろう。しかしそれでも何とか言葉を繋げようと必死になっている。
そんな二人の様子を見て、他の者たちも察しがついたのか、笑いを堪えている。
やがて、恭也は決意したように、

「俺の恋人で、将来的には結婚したいと思っている」

「えっ!な、なななな何を言ってるんですか!」

恭也の言葉が予想以上だったため、言わせようとしていた乃梨子が逆に驚き、顔を赤くして照れてしまう。
そんな乃梨子を見て、恭也は可愛いと思うのと同時に、つい虐めたくなってしまう。

「乃梨子、どうかしたのか?ひょっとして、乃梨子はそんなつもりはなかったとか?」

「ち、ちがっ!」

「じゃあ、乃梨子はどう思っているんだ?」

更に顔を赤くし、何とか視線を逸らそうとする乃梨子の瞳を覗き込む恭也。
照れる乃梨子を見て、逆に冷静になったらしい。
更に問い詰める恭也の顔には、珍しく笑みが浮かんでいた。

それを見た美由希たちは、

「あーあ、恭ちゃんは意外と悪戯っ子だから」

「真顔で嘘を吐くしね」

「あ、あはははは」

春先に忍と恭也に騙された那美は乾いた笑みを浮かべる。
美由希たちが見守る中、恭也は更に乃梨子を問い詰めていく。
と、今まで視線を逸らせようとしていた乃梨子が、強い眼差しで恭也を見詰める。

(しまった。やり過ぎて怒らせたか)

恭也はすぐさま、謝ろうと口を開くが、それよりも乃梨子の方が少しばかり先だった。

「わ、私だって、ちゃんと恭也さんと結婚する意思はあります!
 流石に今すぐという訳には行かないですけど。恭也さんがその気なら、私はいつでも良いです!」

その言葉に、今度は恭也が言葉を失う。
それを面白そうに眺めていた忍は、恭也に声を掛ける。

「ほらほら、彼女がこう言ってるんだから、恭也も何か言ってあげないと」

「あー」

恭也はあちこちに視線を彷徨わせ、やがて決意を固めると、乃梨子の肩に手を置く。
この時、既に恭也の頭の中には、忍たちの姿はなかった。

「さっきの言葉に嘘はないが、とりあえず、今は一つだけ。愛してる、乃梨子」

そう言って、乃梨子の頤に手を伸ばし、そっと上を向かせると、唇を自らのソレで塞ぐ。
乃梨子も抵抗せず、大人しくそれを受け入れ、瞳をそっと閉じるのだった。
やがて、永い永い口付けを終えると、二人は名残惜しそうにゆっくりと離れる。
そこへ、周りから祝福とも野次とも取れる声が響く。

「ヒュ〜ヒュ〜、恭也もやるわねー」

「恭ちゃんが、あの照れ屋の恭ちゃんが、皆の前であんな事をするなんて……」

「きょ、恭也さんって、結構大胆だったんですね」

「いやー、さすがお師匠。決める所は決めますな」

「ほんと、ほんと」

口々に捲くし立てる美由希たちを見て、思わず恭也は空を仰ぐのだった。

(しまった。こいつらがいたんだった)

乃梨子はそんな恭也の様子を見て、可笑しそうに笑みを零すと、腕を絡める。
恭也が驚くよりも早く、乃梨子は美由希たちに向って、笑顔で告げる。

「そう言う訳で、恭也さんは私のものですから。取らないで下さいね」

その乃梨子の言葉に、美由希たちは笑みを浮かべて頷くのだった。
恭也は居心地の悪さを感じ、乃梨子を促がすと、すぐさまこの場を後にするのだった。
その後、二人は時間の許す限り一緒にいた。
乃梨子は始終、嬉しそうな顔を見せ、恭也もまたそれを見て笑みを浮かべていた。
最後に立ち寄った公園で、恭也と乃梨子は向かい合う。

「じゃあ、そろそろ時間だから」

「ああ。元気でな」

「はい。また、すぐに会えますよ」

「そうだな。会おうと思えば、いつだって会えるさ」

「はい。でも、やっぱり少しだけ寂しいと感じてしまいますね」

「それは、俺も同じだ」

恭也は乃梨子を抱き寄せると、力強く抱きしめる。
そして、そっと唇を啄ばむように何度も触れる。
乃梨子も恭也の頭の後ろに手を回すと、力一杯引き寄せる。
それに応えるかのように、恭也は乃梨子の唇を貪るのだった。
やがて、離れた二人は無言で手を握り締め合うと駅へと歩いて行った。











二人がそんな時間を過ごしている頃、珍しく眠らずに授業を受けていた忍は、しかし黒板を一度も見ず、手元ばかりを見ていた。

「恭也、最近の携帯電話は動画も綺麗に撮れるんだよ。さーて、これをどうしようかな♪」

黒い羽根と尻尾を生やした忍が、にやりと笑った事に誰も気付かなかった。





<おわり>




<あとがき>

はい、乃梨子編!
美姫 「二編連続ね〜♪」
ふふふ。自分でも驚いているぞ。
いや、言い直そう!自分が一番驚いていると!
美姫 「余り自慢できない話よね」
確かに……。
美姫 「普段から、この速さなら良いのにね」
いや、流石にそれは無理でしょ。
美姫 「ふっ、やっぱりね」
な、何故、そこで勝ち誇った笑みが。
美姫 「さて、次は誰かな?」
そして、もう次の話!?
美姫 「誰?誰?誰?」
誰でしょね〜♪
美姫 「えい!」
ぐえっ!な、何故?
美姫 「うん?何となくよ♪」
あ、あのな。
美姫 「まあまあ。さて、時間もないし、今回はこの辺で」
おい、時間って何だ?時間って?
って、もういねー。





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