『An unexpected excuse』

    〜乃梨子 番外編〜






「何でよー、どうしてー!」

夕飯前の高町家のリビング。
そこで家主にして大黒柱でもある桃子の声が響く。
叫んで多少はすっきりしたのかもしれないが、それでも憮然とした表情のまま腕を組んで恭也を見詰める。
その視線にたじろぎつつ、恭也は何をそんなに興奮してるのか分からずにただただ首を傾げる。
そんな恭也の態度が気に入らなかったのか、桃子はやや強くテーブルを叩くと、
じろりと擬音が発生しそうな視線で恭也を射抜く。

「何をそんなに怒っているんだ? いや、拗ねているか?」

「当たり前じゃない。
 今日、恭也の元に可愛い女の子が、それも恋人関係で結婚まで考えているって子が来たって、
 忍ちゃんから聞いて楽しみに帰ってきたのに〜〜」

(あいつの所為か)

大よその原因と元凶を理解し、恭也は幾つかのお仕置きを頭の中で思い描く。
そんな恭也を気にも止めず、桃子はわざとらしい溜め息を吐きながら目元を拭う振りをする。

「なのに、その子は既に居ないなんて。
 美由希たちには紹介したのに、おかーさんにはしてくれないなんて……。
 士郎さん、私は恭也から母親として認められてないんでしょうか」

わざとらしく手を組んで天井を見上げる桃子へ、恭也は疲れた溜め息を吐き出す。

「そんな訳ないだろう。
 第一、今回は学校行事の合間に来たのだから、無理に引き止める訳にもいかないだろう」

「それはそうだけれど……」

それでも何処か釈然としないとばかりに恨めしそうに恭也を見る。
勘弁してくれと思いつつ、恭也はどうしたもんかと美由希たちを見る。
しかし、美由希たちは苦笑するのみで助けてくれる素振りはなさそうだった。

「はぁ。そうそう、乃梨子がかーさんに宜しくと伝えてくれと」

とりあえず、簡単に頼まれていた伝言だけを済ませようと言った言葉に、
桃子は即座に反応してみせる。

「乃梨子ちゃんって言うのね。で、どんな子なの?
 どうやってで知り合ったの?」

「もう良いだろう」

「恭ちゃん、私も聞きたい!」

「俺も」

「うちも」

「お兄ちゃん……」

家族全員が揃って期待に満ちた目を恭也へと向ける。
恭也は疲れたように肩を落としつつ、

「とりあえず、腹が減ったから早いところ夕飯にしよう」

「分かったわ! つまり、夕飯の後にじっくりと話してくれるのね」

都合の良い解釈をすると、桃子は恭也が反論するよりも早く晶を見る。

「晶ちゃん、ぱっぱと用意しちゃって」

「はい! もう出来てるんで、後は並べるだけですから!」

「あ、それぐらいだったら手伝うよ」

「ありがとう、美由希ちゃん」

恭也が止める間もなく、いつも以上に夕飯の支度が進んでいくのを眺めながら、
恭也はさっさと食べて部屋に篭もろうと強く思うのだった。



  ◇◇◇



何とか追及の手を逃れた恭也だったが、やはり納得いかないのか、
桃子は何度も恭也へと乃梨子を紹介するようにせがむ。
朝、鍛錬から戻ってきて顔を合わせると、

「乃梨子ちゃん、こっちに来ないの?」

とか、夕方に翠屋の手伝いに行けば、

「乃梨子ちゃん、今度はいつ来るの?」

だとか、夕飯時に席に着けば、

「乃梨子ちゃんってどんな子なの?」

とか、風呂に入っていれば、扉越しに延々と、

「次の休みとかには来れないのかな?」

終いには、深夜の鍛錬から帰り、自室へと戻ったそこに一枚の紙が置かれており、

「乃梨子ちゃんに会いたいな〜」

最早、恭也は殆ど休まる暇すらなかった。
そして、とうとう恭也の方が根負けして、電話だけでもという件で落ち着く。
横でワクワクしながらじっとこちらの様子を窺う桃子に疲れた顔を覗かせつつも、
恭也は乃梨子へと電話を掛ける。
番号を押すうちに、疲れた顔が少し嬉しそうなものへと変わる。
何だかんだと言いつつも、これを口実に乃梨子へと電話できるのが嬉しいのだろう。

「……もしもし、私高町と申しますけれど、乃梨子さんは。
 あ、はいはい。お久しぶりです、董子さん。はい、元気ですよ」

その後、ニ三言会話した後、乃梨子と代わってくれる。

「……乃梨子か。ああ、こっちは元気にしてるよ。そっちは?
 ……そうか」

そのまま一二分ほど待っていた桃子だったが、遂に堪えきれずに恭也の服を引っ張る。
それで恭也も電話した理由を思い出し、少し重たい気分になりつつも乃梨子へと用件を伝える。

「今日電話したのは理由があってな。実は、うちのかーさんが乃梨子と話をしたいと……。
 ああ、そんなに畏まらなくても良いから。単に、自分だけが乃梨子に会えなかったのを拗ねているだけだ。
 とりあえず、代わるから」

通話口を抑え、変な事を言わないように釘を刺しておく。
にっこりと微笑みながら受話器を受け取ると、桃子は電話を代わる。

「こんにちは、乃梨子ちゃん。私は恭也の母親で桃子って言います。
 桃子さんでも、お義母さんでも好きなように呼ん……って、痛いじゃない。
 何をするのよ、恭也」

「何をするじゃないだろう。あれほど変な事を言うなと言っただろう」

「別に変な事じゃないじゃない。ああ、ごめんね。恭也がちょっとね〜」

言って笑うと、桃子は乃梨子と普通に話し始める。
監視するようにじっと見詰めていた恭也だったが、大丈夫と思ったのか少しだけ離れる。
リビングでこちらに聞き耳を立てている美由希たちを一睨みしてから、恭也は湯飲みにお茶を注ぐ。
暫し寛いだ後、頃合を見て戻るとまだ桃子は話をしていた。

「かーさん、一体いつまで話をするつもりだ?」

「ああ、これは違うわよ」

「そうなのか? では、乃梨子の電話は?」

後でもう一度代わってもらうつもりだった恭也は、ややがっかりした様子で尋ねる。
が、返ってきた言葉に半分だけ安心し、半分不安になる。
なぜなら……。

「今は、董子さんと話してるの。
 いや〜、話が弾んじゃって〜」

桃子の満面の笑みに、訳も分からず寒気を覚えつつ、恭也はそれから数分後に電話を代わってもらう。
向こうも乃梨子に代わったのか、それから二人だけの話が始まる。
流石に桃子も気を使ったのか、既にリビングへと戻っており、二人は遠慮なく近況などを話し合った。
ようやく電話を切って時間を見れば、思ったよりも長電話していたようであった。
だがまあ、これぐらいは仕方ないだろう。
しかし、この時恭也はもう少し考えておくべきだったのかもしれない。
あっさりと桃子が下がったということに。
さしもの恭也と言えど、神ならぬ人の身。
それを予想しろと言う方が無理なのだろうが。



  ◇◇◇



それは11月に入って、連休を明日に控えた日のこと。
その日、桃子は大変機嫌がよく、始終笑みを浮かべていた。
流石に気になった恭也が夕食後にそのご機嫌な訳を切り出すと、桃子はあっさりとその理由を口にした。

「明日、やっと乃梨子ちゃんと会えるんだもん」

「はぁっ!? いつ、誰が誰と会うって?」

「だから、明日、私が、乃梨子ちゃんと」

「一体、いつの間に……」

「この間の電話で董子さんと相談して」

「ちょっと待て! って事は、乃梨子も知らないのか?」

「うーん、今ごろ聞いているんじゃないかな?」

「……」

電話したのは間違いだったかもと思っている恭也へ、桃子が更なる試練を与える。

「そうそう、ちゃんと明日迎えに行くのよ。あ、服装は多少はいい格好しなさいよ。
 流石に、初対面で変な印象を与えたくはないでしょう」

「初対面? 乃梨子以外にも誰か来るのか?
 ちなみに、董子さんとは初対面ではないぞ」

「違うわよ。乃梨子ちゃんのご両親よ」

「……はいぃ!?」

少し思考が止まった恭也だったが、その言葉が染み渡るなり変な声を上げる。
そんな恭也の様子など一顧だにせず、桃子は明日の夜は宴会だとか楽しそうに笑うのだった。



翌日、昼過ぎに駅へと迎えに出た恭也は、やや緊張した面持ちで乃梨子の到着を待つ。
程なくして電車が到着し、人を吐き出していく。
改札口へと目を向けながら、恭也はやや落ち着かない様子で見詰める。
やがて、よく見覚えのある姿が目に飛び込み、その横に初めて見る顔が二人。
そちらへと向かいながら、その二人が乃梨子の父親と母親なのだろうと考える。
乃梨子もこちらに気付いたのか、両親へと何か言うとこちらへと歩いてくる。
こうして久しぶりの再会と初めての顔見せを同時に行う事となった恭也は、
何とか心を落ち着かせつつ、まずは乃梨子の両親へと挨拶をする。
向こうも乃梨子から話を聞いていた事と、目の前の短いながらもしっかりとした態度を見て、
その顔を柔らかくさせる。
互いに自己紹介を簡単に済ませると、恭也は改めて乃梨子と挨拶をする。

「久しぶり」

「うん、久しぶりだね恭也さん。元気そうだね」

「ああ。乃梨子も元気そうで何よりだ」

言って笑い合う二人へと、父親がやや遠慮がちに声を掛ける。

「あー、折角の再会を邪魔するみたいで申し訳ないのだが、そろそろ移動しても良いかな?」

「あ、はい。すいません。それでは、こちらへ」

恭也は軽く街を案内する事になっており、まずは手近な所へと向かう。
最終目的地は当然、高町家へとなっているのだが。
恭也は大きめの荷物と乃梨子の荷物を持つと歩き出す。
その恭也の横に並びながら、乃梨子は初めて訪れる恭也の家にやや緊張する。
それを解すように恭也が何かと乃梨子へと話し掛ける。
そんな二人の様子を微笑ましく乃梨子の両親は見守りながら、二人の後へと付いて行く。
やがて、乃梨子もすっかりいつもの調子を取り戻したのか、会えなかった時間を埋めるように話し始める。
それを恭也は静かに、時折相槌や意見を述べながら聞く。
完全に忘れられた形となった両親は、しかし、嫌な顔をする所か嬉しそうに見ている。
この短時間で、乃梨子が恭也をどれだけ思っているのか分かったし、
また逆に恭也が乃梨子を大事にしているという事も分かったみたいである。
乃梨子の両親は二人の邪魔をしないように小声で何やらぼそぼそと話している。
時折零れる単語を拾い上げる限り、恭也の印象は悪くはないようだった。
そうこうしている内に、ようやく高町家へと着く。
秋という事もあり、すっかり日も傾き、辺りが赤く染まっている。
家へと三人を通した恭也は、まずは客間へと案内する。
暫くしたら夕飯の支度が出来るので、そうしたら呼びに来る事を伝えると、部屋を出て行く。
恭也が出て行った後、両親は乃梨子へと恭也の印象を話す。
乃梨子は自分の事のように緊張してそれを聞くが、話が進むにつれてほっと胸を撫で下ろすのだった。
それから少しして、夕飯の名を借りた宴会が幕を開ける。
既に乃梨子とは顔見知りのメンバーも居るが、初顔の者や乃梨子の両親の為に改めて紹介がされる。
最初こそ緊張からか遠慮めいた感じだったが、料理を褒められた途端、晶とレンが嬉しそうな笑みを浮かべる。
そこから、乃梨子の母親を加えての料理談義に花が咲いたかと思えば、
乃梨子の父と桃子や忍はお酒の話で盛り上がり、乃梨子となのはも楽しそうに話をしている。
いつの間にか、全員が打ち解けてこの時間を楽しんでいた。
そろそろお開きかという頃、忍が楽しそうに一枚のDVDを取り出す。
何事かと全員が見守る中、なのはに手伝ってもらって準備を終えた忍が再生のボタンを押す。
すると、当然の如くテレビ画面には映像が流れ始める。
それを見て、恭也は何処か見た事がある風景だと思い当たる。

「あ、これって風校じゃ……」

美由希が呟いた言葉に、晶たちも頷く。
これがどうかしたのかと首を傾げる恭也の前で、場面に若干の変化が見える。
さっきまでは回りの風景が映っていたのだが、そこに二人の人物が出てくる。
いや、正確にはカメラが動いて二人を映し出す。
その二人の内一人が、画面の中で何やら話し始める。

「俺の恋人で、将来的には結婚したいと思っている」

その台詞を吐いた人物の顔を恭也はよく知っている。
なぜなら、それは自分なのだから。
画面の中では、それを言われた少女が酷く慌てている。
やがて、その少女も決意したかのように口を開き、

「わ、私だって、ちゃんと恭也さんと結婚する意思はあります!
 流石に今すぐという訳には行かないですけど。恭也さんがその気なら、私はいつでも良いです!」

あの時は咄嗟に出たかもしれないが、今こうして改めて見ると顔が赤くなるような事を口にする。
それを見て、乃梨子が顔を真っ赤にする。
これもまた当然で、その台詞を口にした画面の少女は乃梨子なのだから。
呆然となる二人を余所に、映像は流れて行く。
ようやく我に返った二人が画面を止めようと動き出す頃、
画面の中の恭也の手が乃梨子へと伸ばされ……。

「うわぁぁぁぁっ! きゃぁぁぁっ!
 お父さん、お母さん見ちゃ駄目!」

必死になって二人の前で手を広げて声を荒げる乃梨子だったが、
その甲斐もなくしっかりとそのシーンを目撃されてしまう。
恭也が手間取りながら、ようやく停止した頃には殆どの部分が流れ終わっていた。

「忍……。まだ消してなかったのか?
 お前がこれを俺に見せた時、俺は消すように言ったよな?」

やや低い声で言う恭也に、忍はあっけらかんと笑いながら手をひらひらさせる。

「消したじゃない。それも、恭也の目の前で。
 恭也だって確認したでしょう?」

「ああ、した。だが、それならこれは何だ?」

「うん? これはバックアップデータだよ。
 あの後、恭也に見せる前にバックアップしておいたの。
 私、ちゃんと言ったよね? この携帯のデータはちゃんと消すって。
 なんなら、今、恭也の目の前で消してあげるよって。
 現に、恭也の目の前で携帯のデータは消したでしょう。
 これはパソコンのデータだもの」

やられたと肩を落とす恭也の背後に静かに立つ影が一つ。
その影はそっと恭也の肩に手を置くと、静かに口を開く。

「恭也くん。この映像は事実という事かね?」

笑みさえ浮かべそうな顔で乃梨子の父親がそう訪ねる。
流石にいつものノリでやり過ぎたかなと反省する忍だったが、今更どうする事も出来ず、ただ大人しくなる。
一方、当事者の一人である乃梨子はオロオロと恭也と父親を見詰める。
その乃梨子の傍らに立ち、母親は落ち着くように乃梨子の肩に手を置く。
しかし、状況的に見て父親が娘のあのような状況を見て、果たして冷静でいられるものなのか。
恭也もそう思ったのか、覚悟を決めたようにしっかりと目を見詰め返して力強く頷く。

「そうか……」

そう小さく呟いた乃梨子の父親を、恭也はじっと見詰める。

「あの時言った事は嘘ではありません。本当の気持ちです」

「お父さん、私も。確かに、まだ早いかもしれないけど……」

乃梨子は恭也の横に並ぶと、同じように父親をじっと見詰める。
二人の視線を受け、父親は口を閉ざす。
そこへ、桃子が真剣な顔で近づく。

「うちの息子が娘さんにした事に関して、男親の人がどう思うのかは分かりません。
 でも、母親の私が言うのも何ですが、この子は中途半端な気持ちであんな事をするような子ではないです。
 ですから……」

桃子の言葉を途中で手を上げて制すると、じっと恭也と乃梨子を見詰める。
二人はそれを目を逸らす事無く見詰め返す。

「別に私は反対をするつもりはありませんよ。二人が真剣だというのは、見ていて分かりましたし。
 それに、恭也くんの人柄はこの短い時間ながらも分かったつもりですから」

「それじゃあ、お父さん」

「乃梨子の好きにすると良い。寧ろ、私としては恭也くんに感謝したいぐらいだよ。
 あの仏像にしか興味を示さず、
 何処か世界を冷めた目で見ている節さえあった乃梨子が、ここまで変わったんだから」

それには恭也だけでなく、志摩子たちの影響も多大にあるのだが、とりあえず恭也たちは黙って話を聞く。

「ただ、流石に結婚は早いんじゃないかと思うんだが……」

やはりその辺りは父親らしく少し言いよどむ父親に、桃子が何かを思いついた顔を見せる。

「だったら、とりあえずは婚約という形にしちゃいましょう」

「あら、それは良いわね。とりあえず、乃梨子が卒業するまでという事にしておけば」

桃子の言葉に母親の方が一二もなく賛成し、父親の方も少し考えた後頷く。

「その後の事は、二人で決めれば良いか。なら、そういう事で一つ、お願いします桃子さん」

「そんな、こちらこそお願いします」

と、当事者である二人が呆然としている間に、勝手に話が進んで行く。
完全に蚊帳の外となった恭也たちだったが、不意に我に返ると止めようとする。
しかし……。

「恭也くん、つまりそれはうちの娘とは遊びだったという事かね」

「いえ、そうではなくてですね」

「ふむ。つまり、君は乃梨子が気に入らないと」

「そんな事はありません。乃梨子は俺には勿体無いぐらい……」

「なら、問題はないな」

「あ、う、……はい」

恭也がそうやり込められている頃、その後ろでも同じような事が乃梨子と桃子の間で行われていた。
結果として、二人は婚約という形を取る事となり、宴会はそのまま二人の婚約発表会へと移行してしまう。
主役である二人は突然の成り行きに戸惑いを隠せず、顔を赤くしたまま隣り合って座らせる。
そのまま宴会は進んでいき、深夜も回った現在……。
リビングには飲みすぎて屍のように眠る自分たちの親が……。
二人は顔を見合わせて溜め息を吐くと、掛け布団を持ってきて三人に掛ける。
忍もその場で寝ていたのだが、お仕置きとしてそのまま放置しようかと真剣に悩む恭也だった。
だが、流石に時期的に風邪でも引かれると目覚めが悪いと忍にも布団を掛けてやるのだった。
既に自室へと退避した美由希たちも眠ったのか、急に静かになったリビングで、
恭也は乃梨子を誘って縁側へと向かう。
二人して腰を降ろしつつ、一息吐く。

「それにしても、とんでもない事になったな」

「本当に。うちの両親が……」

「いや、どちらかと言うと、うちの母親の方だろう」

疲れた顔をお互いにしつつ、顔を見合わせて苦笑めいたものを浮かべる。
だが、乃梨子は顔を上げて夜空を見上げると、何処か晴れ晴れとしたような、嬉しそうな顔を覗かせる。

「でも、こうやってちゃんとこ、婚約という形を取れば、誰も恭也さんに近づかないですよね。
 それに、恭也さんもちゃんと断る事も出来るでしょう」

婚約というところで少し詰まり照れくさそうに言う乃梨子に優しく微笑みかけながら、
恭也も同じように空を見上げる。

「そうだな。尤も、俺なんかに近づく人は居ないだろうけど。
 それに、もし居たとしても元から乃梨子以外の人なんて考えた事もない」

言って恭也もまた照れくさそうにしつつも続ける。

「だけど、それで乃梨子が安心できるというのなら、これはこれで良かったかな。
 それに、俺もその方が安心できるし。
 幾ら女子校とはいえ、やはり外に出る訳だし、そうすれば近寄ってくる男も居るだろうからな」

「まさか。私なんかに声を掛ける人なんていないよ。お姉さまになら兎も角」

「そんな事はない。乃梨子はもう少し、自分が可愛いという事を認識すべきだ」

「そ、それを言うなら恭也さんだって……」

恭也の言葉に赤くなりながら反論するが、恭也からはいつもの如く返答が返る。
互いに相手の方が自分の事を理解していないと言い合うが、どちらともなく笑い出す。

「あははは、こんな事に必死になってバカみたい」

「はは、確かにな」

ひとしきり笑い合った後、互いにじっと見詰め合う。
いつの間にか思ったよりも近い場所に顔があり、互いの瞳に映った自分を見る事ができる。

「……乃梨子」

「恭也さん……」

そっと互いの名を呼び合い、二人はそっと目を閉じる。
月に照らされる中、二つの影が静かに一つに重なる。
触れた唇の温かさを感じながら、気持ちまでも一つに重なるような、そんな錯覚を抱く。
だが、相手もそれを感じていると分かり、一つに重なった影は暫くの間、じっと佇んで動く事はなかった。





<おわり>




<あとがき>

ふー、やっと完成〜。
ジャイロさんからの360万ヒットリクエスト〜。
美姫 「遅いわっ!」
ぶべらっ!
う、うぅぅ、だって、だって……。
美姫 「言い訳無用! リクエストの、乃梨子と高町家の対面です」
対面と言っても、後は桃子となのはだけだったんだけどな。
美姫 「そう言えば、なのはが殆ど出てないわね」
うっ! ま、まあな。
しかも、あんまり対面時間はないかも。飛ばしまくったからな。
美姫 「位置的には、乃梨子編と続編の間の話ね」
ああ。だから、タイトルに悩んだ。とりあえず、無難に番外という事で。
美姫 「これが、婚約までに至る経緯なのね」
んだ、んだ。
美姫 「とんとん拍子に」
そゆことです。
美姫 「ジャイロさん、こんな風になりました〜」
ました。
美姫 「さーて、次は誰の番かしらね」
うーん、誰だろうな。
美姫 「それじゃあ、また次でね〜」
ではでは。







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