『An unexpected excuse』

    〜弓華編〜






「俺が、好きなのは……、そんな事は良いじゃないか」

「恭ちゃん、ここまで来てそれはなしだよ」

「しかしな。色々と問題が……」

「もしかして、フィアッセさんとか?」

忍の質問に、恭也は首を振って答える。

「いや、フィアッセではない。まあ、純粋な日本人ではないのは確かだが」

「純粋な日本人じゃない?」

恭也の呟きを繰り返す那美。
その言葉を聞きながら、自然とその顔がレンへと移動する。

「う、うちですか!お師匠、やっぱりあの時の約束を……」

嬉しそうに声をあげるレンに対し、恭也は冷静に否定の言葉を口にする。

「いや、違う」

「そ、そんなー……」

あっさりと否定され、レンはいじけ出す。
それを無視し、

「師匠、誰なんですか」

「…………はー。仕方がない」

恭也は諦めたような表情を浮かべると、その口を開こうとして動きを止める。

「恭也、久シ振りデス。デモ、隙ダラケヨ。幾ら学校ノ中と言ってモ、油断大変ネ」

「それを言うなら、油断大敵ですよ」

恭也は苦笑しながら後ろを振り返る。
すると、そこには恭也に指摘され、舌を出しながら自分の頭を軽く小突く整った顔立ちの女性が立っていた。

「テヘッ。やっぱり、まだ日本語は少シ難シいネ」

「それでも、かなり話せるようになってますよ」

周りを放ったらかしで話を進める二人に、忍が誰かを尋ねようとするよりも早く、美由希がその女性の名前を呼ぶ。

「弓華?」

「美由希も久シ振りネ」

「あ、はい」

そんな様子を見て、忍が美由希に尋ねる。

「美由希ちゃん、知り合い?」

「あ、はい。こちら弓華さんと言って……」

「美沙斗さんの同僚だ」

美由希の言葉を取り、そう告げる。
それを補足するように、美由希が更に続ける。

「この間の夏休みに、私と恭ちゃんが香港に行った時に会ったんですよ」

周りの生徒たちの事も考慮して、言葉少なく説明をするが、それで充分に伝わったらしく、皆納得顔になる。

「兎弓華デス。宜シく」

弓華の挨拶に、忍たちも挨拶を返す。
その後、弓華は首を傾げながら、恭也に尋ねる。

「デモ、一体何をシてたんデスか?恭也があそこマデ隙を作るナンテ珍シいデスネ」

「いや、あれは……」

しどろもどろになって、言い訳を探す恭也を見ながら、忍は何かを感じ取ったのか笑みを浮かべる。

(ふふふ、どうやら恭也の意中の人はあの人みたいね)

忍の小声に美由希たちも頷く。
FCの生徒たちもそれが分かったのか、その場を離れて行く。
そんな事にも気付かず、恭也は一人慌てていた。
それを珍しげに眺めている美由希たちを余所に、忍は一人楽しそうに笑う。

(ちょっとからかっちゃえ)

「弓華さん、実はですね」

「はい?」

「忍……」

忍の呼び掛けに答える弓華。
彼女に説明しようとする忍を見て、嫌な予感を感じた恭也は止めようとする。
しかし、それは遅く忍は恭也の腕を取ると、自分の腕と絡め、

「実は、私と恭也の婚約を披露する所だったんです。だから、恭也ったら照れて隙だらけになっちゃって♪」

「ば、違っ!」

恭也は途中で言葉を切る、いや、切らざるを得なかった。
それは周りで見ていた美由希たちも同様で、言葉所か、体を固まらせる。
その原因は、恭也の前に立つ人物、弓華から流れ出る静かだが、研ぎ澄まされた圧倒的な殺気の所為だった。

「恭也……。私の事を好きと言ったのは、嘘だったンデスカ。それとも、私トハ遊びだったデスカ。
 ア、アンナ事までしておいて、ソレは許せまセン」

「ちょっと待て、誤解だ弓華」

「言い訳は、後で聞きマス」

言うが早いか、弓華は手を懐に入れると恭也に向って振るう。
恭也は咄嗟に忍を押し退け、自分もその場を跳び退く。
と、その場所には三本のナイフが刺さっていた。
それを見ながら、恭也は弓華に向って叫ぶ。

「後で聞くって、こんなのを喰らったら後でも何もないだろう」

「聞く耳アリマセン」

「それを言うなら、持たないって、危ない」

恭也は再度、自分目掛けて飛んでくるナイフを寸での所で避ける。
それを眺めながら、忍はこっそりと物陰に隠れている美由希たちの所へと戻る。

「はー、ビックリした」

忍はほっと一息吐くが、その間も弓華は恭也に向ってナイフを投げつける。
それを恭也は避け、時には懐から取り出した小刀で弾く。
そんな激しい攻防を陰から見ながら、

「忍さん、どうするんですか、これ!」

「あはははは。流石の忍ちゃんも猛反省してる所よ。まさか、こんな事になるなんてね。忍ちゃんもビックリ♪」

「忍さん、ビックリ♪、じゃないですよ。何とかして下さい」

美由希の叫び声に、冗談混じりに答える忍と、それを非難する那美。
そんな那美に向って、忍ははっきりと言う。

「無理に決まってるじゃない。こんなの止められる訳がないでしょ。晶やレンはどう?」

「無理ですよ、忍さん」

「そんな無茶言わんで下さい。こんなんに介入できるんは、美由希ちゃんぐらいです」

「わ、私も無理だよ!」

美由希たちは顔を見合わせると、頷き合う。

「どうやら弓華さんの標的は恭也みたいだから……」

「恭也さんには申し訳ないですけど……」

「ここは、師匠に頑張ってもらうという事で……」

「うちらは、この場を退散という事で……」

「大丈夫だよ恭ちゃんなら、きっと……」

美由希たちは、弓華と恭也に見つからないようにこっそりとその場を立ち去る。
一方、恭也はそんな美由希たちの行動に気付いていたが、目の前の弓華の攻撃を捌くのに必死で、そちらを構っている余裕もなかった。

(忍!無事に戻ったら、覚えておけ!)

胸中で叫びながらも、飛来したナイフを弾く。
恭也は弓華を攻撃するつもりがないので、防戦一方となっていく。
やがて、弓華の手持ちのナイフを投げ尽くしたのか、少し大き目のナイフを引き抜くと、恭也目掛け走って来る。

「何で、そんな物まで持ってるんだ!」

「問答無線デス」

「それを言うなら、問答無用。しかも、使い方が少し間違ってる!」

こんな状況にも係わらず、律儀に弓華の日本語を正す恭也。
それを無視し、弓華は恭也に肉薄して行く。
ガッ!
恭也の持つ小刀と弓華のナイフが激突し、辺りに澄み切った音を響かせる。
弓華と恭也は刃を間に挟んで、お互いの顔を至近距離から眺める。
しかし、恭也の持つ小刀に皹が生じ、その危ういバランスが崩れそうになる。
その瞬間、恭也は持っていた小刀を躊躇いなく手放すと、勢いで前につんのめる弓華のナイフを持つ手を片手で押さえ、
残る手で倒れないように体を支える。

「恭也っ!は、離シてくだサイ」

「嫌だ!弓華がちゃんと話を聞いてくれるまでは、離さない」

「くっ!」

弓華は恭也の脇腹に膝を入れる。
恭也は余りの衝撃に息を詰まらせるが、それでも弓華の手を掴んだまま離さずに、弓華を見る。
それに対し、弓華はまだ暴れようとする。
恭也は弓華の体を支えていた手を離し、弓華の顎を掴むと暴れる弓華に無理矢理キスをする。
最初は驚き、力が抜けかけるがすぐさま暴れ出す。
そんな弓華を何とか押さえつけながら、恭也は顎を掴んだ手を頭の後ろへと回していき、逃げられないようにする。
そして、徐に舌を伸ばし、弓華の口内へと侵入させる。
弓華は驚きに目を見開きながらも、恭也の舌を噛もうと顎に力を入れる。
恭也はそれを自覚しており、それでも舌を抜かず弓華を見詰める。
その恭也の目を見た瞬間、弓華の体から力が抜け、ナイフが地面へと落ちる。
恭也はゆっくりと弓華から離れると、笑みを浮かべ、

「弓華、話を聞いてくれ」

「恭也さんはずるいデス。私がいない間に、あんな綺麗な女の子と仲良くやってた癖ニ、そんな瞳をするナンテ」

「だから、それは誤解だって。あいつは忍といって、すぐにああいった冗談を言う奴なんだ」

「冗談……デスカ?」

「ああ」

「本当ニ?」

弓華の言葉に、恭也は力強く頷く。

「ああ、刀に誓って」

「……ゴ、ゴメンなさい。わ、私、トンデモナイ事を」

急に慌てる弓華を楽しげに眺めながら、恭也はそっと抱き寄せる。

「大丈夫、弓華。焼きもちを焼いてくれたんだろ。その、俺もちょっと嬉しかったし。まあ、ちょっと命の危険も感じたけど」

「本当ニゴメンなさい」

「もう良いよ。誤解だと分かってくれたんだろ」

弓華は恭也の胸の中で頷く。
それを感じながら、恭也は弓華の髪を優しく梳く。

「それに、前にも言ったが俺は本当に弓華の事が……」

弓華はゆっくりと恭也の背中に手を回し、力を込めて抱きしめる。
しかし、いつまで経っても恭也は続きを口にはしなかった。
焦れた弓華は顔を見上げ、笑みを浮かべると、

「続きハ?」

「…………分かっているだろ」

恭也は照れたように顔を赤くしながら、弓華から目を逸らす。
そんな恭也の顔を両手で挟みこみ、自分の方へと向かせると、

「ちゃんと言葉にシてくれナイと伝わりまセン。それに、不安ニもなりマス」

「その人の言葉を聞こうとしなかったのは誰だったかな?」

恭也は珍しく意地の悪い笑みを浮かべ、弓華に尋ねる。
弓華は顔を赤くしながら、少し拗ねてみせる。

「やっぱり、恭也ハずるくて意地悪デス。もうイイデ……」

「弓華」

弓華の言葉を遮るように、恭也は呼びかける。

「愛してるよ。誰よりも、何よりも」

恭也の言葉に、弓華は嬉しそうな笑みを浮かべると、

「私もデス。私も恭也を愛シテマス」

そう言って、恭也に口付けをすると、今度は弓華から舌を伸ばしていく。
永く深いキスを交わし、ゆっくりと二人が離れる頃には、
お互いの名残惜しい気持ちを代弁するかのように、銀糸の橋が二人を繋いでいた。

「恭也……」

「弓華、行こうか」

「ハイ」

恭也は弓華の手を取ると、授業の始まっている学校をそっと抜け出すのだった。
その手に冷たい鋼ではなく、愛しい人の温もりを抱いて。





<おわり>




<あとがき>

御琴さん36万Hitリクエストで、弓華編でした。
美姫 「弓華SSって初めて?」
まあな。しかし、それを言ったら、殆どのキャラは初めてだぞ。
美姫 「まあ、登場キャラが多いからね」
そういう事。
まあ、こんな感じになっちゃいましたけど。
美姫 「御琴さん、リクエストありがとうございました〜」
では、今回はこの辺で。
美姫 「ではでは〜」





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