『An unexpected excuse』
〜由乃編〜
「俺が、好きなのは…………」
恭也が名前をあげようとした瞬間、恭也のすぐ後ろから声が上がる。
「島津由乃だ」
「そう、島津由乃……って、誰だ!」
慌てて後ろを見る恭也の目に、三つ編みの少女がにこりと笑って立っていた。
「久し振り、恭也さん」
「ええ、久し振りです。どうして、ここに?」
「うーん、乙女の勘かな」
「勘……ですか?」
「そう。今、まさにこの瞬間、この場にいないといけないような気がしたのよ。
それで来てみたら、面白い事になってるじゃない。まさに、この為に私が呼ばれたとしか思えないぐらい」
「いえ、そうでなくて。何故、今日、この海鳴にって事なんですけど」
「そんなの恭也さんに会う為に決まってるじゃない」
「……いえ、そういう事じゃなくて」
「冗談よ、冗談。たまたま学校の行事で近くに来てたから」
「は、はあ」
分かったような、分からないような返答を返す恭也を微笑みながら見詰め、由乃は微笑む。
「良いじゃない。今、私がここにいて、恭也さんもここにいる。それが事実で全てよ。それとも、他にも何かいる?」
首を傾げながら尋ねる由乃に、笑みを返しつつ恭也は頭を振る。
「いえ、ないです」
「それで良いのよ」
恭也の言葉に由乃は笑みを浮かべると、大仰な仕草で頷く。
そんな二人のやり取りを見ていた美由希が声を掛ける。
「あ、あのー、恭ちゃん。そちらの方は?」
「ん?ああ、こちらはリリアン女学園に通ってらっしゃる島津由乃さんだ」
「島津由乃です。よろしく」
紹介された由乃は、優雅な仕草で一礼してみせる。
そんな洗練された動きに、美由希たちもぎこちなく挨拶をする。
すると、今まで黙って事の成り行きを見守っていたFCたちの一人から、声が上がる。
「あ、そっか。今日、うちの剣道部とリリアンの剣道部の練習試合だったっけ。
ひょっとして、島津さんはそれで風校に?」
「はい、その通りです」
由乃はその生徒に微笑みながら答えると、恭也を向き口調を変える。
「でね、試合は放課後からなんだけど、私だけ先に来ちゃった」
「いや、来ちゃったと言っても。それは良いのか?」
「良いの、良いの。だって、皆昼頃には着いてて、放課後まで時間を潰す事になってるから。
私だけ、一足先にこっちに来ただけだから」
「支倉さんたちは何処に?」
「うーん、よく分からないわ。何でも、後輩の一人が行ってみたい店があるとかで、そっちに行ってるから」
「お嬢様学校の割には、結構自由なんだな」
「まあ、今回みたいな部活動の場合は多少はね」
そう言ってウィンクを一つする。
それに照れる恭也を見ながら、由乃はまた嬉しそうな笑みを浮かべる。
(うーん、この程度で照れるなんて、可愛い♪普段とのギャップがたまらないわ。
聖さまが祐巳さんをかまう理由って、こんな感じなのかな)
今は卒業した元白薔薇さまの言動を思い出しながら、由乃は一人悦に入る。
そんな由乃を余所に、忍が恭也へと問い掛ける。
「そう言えば、質問の答えが途中だった気がするんだけど」
「でも、何となく答えが出ているような気もするんですけど」
忍の言葉に、那美が呟く。
他の面々も同じ気持ちらしく、同じ様に頷いている。
それらを見ながら、忍が口を開く。
「でも、まだ肝心の恭也から何も聞いてないしね。で、どうなの?」
忍の問い掛けに、恭也は言葉を詰まらせる。
それを見ていた由乃が、じれったそうに口を出す。
「恭也さん、何を躊躇ってるのよ!すっぱりと言っちゃいなさい。それとも、本気じゃなかったとか?」
「そんな事はない」
「じゃあ、はっきりして」
「しかし……」
「まさか、私の事なんて恥ずかしくて紹介できない?」
「そうじゃない!」
恭也にしては珍しく強い口調で否定する。
それに少し驚いている由乃を見ながら、恭也は続ける。
「由乃さんは迷惑じゃないのか?俺なんかとの事を公表して」
そんな恭也の台詞に、由乃は笑みを返し、そっと恭也の手を取る。
「馬鹿ね。そんな事ある訳ないじゃない。少なくとも私は迷惑だ何て思わないし、世界中に向って言いたいぐらいよ。
私の恋人はこんなにも素敵な人ですってね。で、恭也さんは言ってくれるのかな?」
ころころと表情を変えながら、最後に笑顔で恭也の顔を覗き込む由乃。
それを見ながら恭也も笑みを浮かべる。
「そうだな」
一つ頷くと、恭也は忍たちの方を向く。
「あー、何かもう聞くだけ無駄なんだけど、話の流れ的に聞いた方が良さそうだから聞いてあげるわ」
忍の投げやりな感じの言葉に、美由希たちは苦笑しつつも頷く。
「そ、そうか。えっと……」
とりあえず恭也は真剣な顔になると、改めて忍たちに切り出す。
「俺の好きな人は、ここにいる由乃さんだ」
「島津由乃です。改めて宜しく」
恭也の紹介で、再度挨拶をする由乃。
そんな二人を見ながら、忍はどこかぞんざいな仕草で手を振る。
「はいはい。分かったから、二人とも放課後まで時間潰してきたら」
「何を言ってるんだ忍」
「何って?だって、恭也の事だから、午後からも寝るんでしょ?」
尋ねならも、既に決定事項を話すような口調に、恭也は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「他の誰か、そう、赤星とかに言われるならまだ納得しよう。しかし、お前にだけは言われたくないぞ」
「失礼ね。私は理数の時は起きてるわよ」
「それって……」
「ええ、五十歩百歩ですね」
忍の抗議の声に、美由希と那美が何やら呟くが、忍はそれを綺麗に無視し、恭也へと話を続ける。
「ほら、午後から寝るんなら、当分会えない恋人と一緒に過ごした方が良いでしょ?
そういう訳だから、さっさと行った行った。これ以上、ここで仲睦まじい姿を見せられたら、たまらないわ」
忍の言葉に笑みを浮かべ、由乃は礼を言う。
「どうもありがとう。忍さん」
「気にしなくても良いわよ、由乃さん」
「何か貴女とは気が合いそうだわ」
「そうね。今度、時間があればゆっくり話でもね」
「ええ、今度ね。じゃあ、恭也さん行きましょうか」
由乃は恭也の手を取り、その場を後にした。
学校から少し離れた二人は、
「恭也さん、ここまで連れて来てなんだけど、大丈夫だった?」
少し不安そうな顔で尋ねる由乃に、知らず頬を弛ませる。
それを見た由乃は膨れてみせる。
「何よ。笑わなくても良いじゃない」
「い、いや、すいません。さっきまでの行動と今の表情にちょっと差が……」
「むー。もう知らない」
由乃は剥れたまま、恭也の手を離し先に歩いて行く。
そんな由乃の態度に、また頬が弛むのを自覚しつつ恭也も後を追う。
「すいません、謝りますから機嫌を直して」
「知らないったら、知らない」
恭也は頬を掻き、周りを見渡す。
そして、誰もいない事を確認すると、前を歩く由乃の肩に手を置き振り返らせる。
その行為に対し、由乃が何か言うよりも先に、その唇を塞ぐ。
「んっ!」
突然の事に驚き、目を見開きながら暴れる由乃だったが、それでも恭也はその行為を止めずに由乃に口付ける。
次第に抵抗しなくなっていく由乃。
たっぷりと由乃の唇を堪能してから、恭也はゆっくりと唇を解放する。
まだ顔を赤くしている由乃に対し、恭也はその顔を覗き込みながら尋ねる。
「これで許して欲しい」
「……それってずるいわよ。
大体、普段はそういう事全くしないどころか、気付かないと言うか、興味がないみたいな顔をしてると言うか……。
と、兎に角、そんな感じなのに、こんな時に限ってそんな事するなんて」
由乃はしどろもどろになりながら、恭也に言う。
それを見て、恭也は可愛いと思うが口には出さない。
こんな時にそれを口に出すとどうなるかは、流石の恭也も学習済みであった。
だから、恭也は違う事を口に出す。
「落ち着いて、由乃さん」
「え、あ、うん。そうね」
由乃は深呼吸を繰り返し、気分を落ち着かせる。
「どう、落ち着いた」
「ええ、ありがとう。……って、恭也さんの所為でこうなったのに、何でお礼を言わなきゃならないのよ」
「俺の所為ですか?」
「そりゃそうよ。他に誰がいるのよ」
由乃の言葉に、恭也は心底不思議そうな顔をする。
「何故、俺の所為なんですか?」
「そ、それは、突然、あんな事をするから……」
「あんな事?」
分かっているくせに、恭也は敢えて尋ねる。
どうやら、由乃の困った顔を見ているうちに悪戯心に火がついたみたいである。
「き、キス……」
顔を赤くしながら言った由乃の言葉に、恭也は納得すると真顔で尋ねる。
「由乃さんは嫌でしたか?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「嫌ではなかったんですね」
恭也の言葉に由乃は恥ずかしそうに頷く。
それを見ながら、恭也は由乃に気付かれないように笑みを浮かべると、顔を近づける。
「それは良かった。だったら……」
恭也の言葉に、俯いていた顔を上げると思ったよりも近くに恭也の顔があり驚く由乃。
そんな由乃に構わず、恭也は顔をゆっくりと近づけていく。
由乃は恭也の顔が近づくにつれ、徐々に瞳を閉じていく。
そして、完全に瞳を閉じると、そっと上を向く。
そこで恭也は動きを止め、そっと由乃の肩に触れる。
一瞬だけ身を強張らせるが、すぐに力を抜く。
そして、恭也は手を離すと、未だ目を閉じている由乃に話し掛ける。
「はい、取れました」
「へっ?」
恭也の言葉の意味が分からず、思わず間の抜けた声を上げながら目を開ける。
そんな由乃に、恭也は言葉を続ける。
「いえ、肩の所にゴミが付いていたので。これで大丈夫ですよ」
そう言いながら笑っている恭也を見て、由乃はからかわれた事を悟る。
「酷い!幾ら何でも、それは酷すぎるよ」
「よ、由乃さん……」
予想外の由乃の反応に、今度は恭也が焦り始める。
「わ、私は恭也さんだったら良いと思って、全てを任せたのに……。
恭也さんが、私をからかう為だけに、そんな事をするなんて」
由乃は肩を震わせながら、顔を落とす。
恭也の位置からは確認できないが、その声が震えていることからも泣いているみたいだった。
「す、すいません。つい、出来心で」
「出来心でも、私は物凄く傷付いた……。信じてたのに……」
由乃の言葉に恭也は言葉を無くすが、何とか許してもらおうと声を掛ける。
「本当にすいません。何でもしますから、許してください」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、もう二度とこんな事はしない?」
「はい」
「じゃあ、私の名前を呼び捨てにして、敬語は止めて」
「いえ、これは癖みたいなもので……」
「何でもするって言ったのに……」
由乃は肩を震わせ呟く。
それを見て、恭也は見えないと分かっていても頷く。
「分かりました……いや、分かった、由乃。だから、許してくれ」
「……どうして、そこまでして許して欲しいの?」
「そ、それは、俺が由乃さんの事を好きだから……」
「好きだから?」
「ああ」
「それは、友達として?」
「そうじゃない!その、一人の女性として、由乃を愛してるから」
「嘘じゃないよね」
「ああ」
「恭也さん自身の言葉で誓って」
「俺は、由乃の傍にずっといて、由乃を守る。由乃の事を愛しているから」
その恭也の言葉を聞き、由乃は一つ頷く。
「じゃあ、許してあげる」
そう言って上げた由乃の顔には、どこにも涙の跡がなかった。
「なっ!ま、まさか……」
「へっへん。私をからかおうなんて、20年と3ヶ月早いわ」
「その基準は良く分からんが……。まんまと騙された訳か」
「あら、騙すなんて人聞きの悪い事言わないでよね。
恭也さんが何でもいう事を聞くって言うから、私は単に要望を言っただけよ。
今更、取り消さないわよね」
「……ああ」
恭也の返答を聞き、由乃は笑みを浮かべるとポケットから何かを取り出す。
「あー、良かった。まあ、一応証拠はとってあるけどね」
「それは?」
「へへ。最近のMDは録音も出来るのよ」
笑いながら答える由乃に、恭也は顔を強張らせる。
「それをどうする気だ?」
「どうしようかなー。あ、令ちゃんや祐巳さんにも聞かせてあげようかな」
「それは勘弁してくれ」
「そうねー。私が恭也さんに捨てられた時の保険にしようかしら」
冗談めかして言う由乃に、恭也は真顔で言う。
「それなら大丈夫だな。そんな事は絶対にないから」
この言葉に、逆に由乃の方が照れる。
それを誤魔化すように、
「そ、そう言えば、後一つお願いがあったんだ」
「ま、まだあるのか」
「あら、何個とか言わなかったじゃない。まあ、これで最後にしてあげるけど」
「分かった。元はと言えば、俺が悪いんだしな。で、何だ」
由乃は少し頬を朱に染めながら、そっと呟く。
「さっきの続きをして……」
言い終えると、恥ずかしいのか顔を伏せる。
そんな由乃の様子を微笑ましく思い、恭也は由乃にそっと近づくと、そっと顔を上に向かせる。
そして、そっとキスをするのだった。
おわり
<あとがき>
はい、神咲棗さんの38万Hitリクエストでした。
美姫 「マリみての由乃ちゃんね」
その通り!これで、紅、白、黄それぞれの薔薇から一人は出たね。
美姫 「さて、次回のヒロインは?」
それは、とらハキャラです。
美姫 「誰になるかは、また次回ね♪」
ではでは。