『An unexpected excuse』

    〜ななか編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也がその名を告げようとした時、背後から大勢の人が押しかける。

「一体、何?」

美由希が驚きの声を上げる中、その集団は様々な機材を取り出していく。
それを茫然と眺める一同に、その集団の中から一人現われた女性が近づきながら手を振る。

「あ、恭也くーん」

「ななかさん!どうしたんですか?」

近づいてきた女性の名を、驚きながらも呼ぶ。
それを眺めつつ、忍が話し掛ける。

「井上さん、何かの撮影ですか?」

「うん。ちょっとね」

「撮影……。何のですか?」

「それはね、って赤星君から聞いてないの?」

「赤星から?」

ななかの言葉に、恭也は赤星を見る。
すると、赤星も今思い出したように、

「ああー!そう言えば、そんな話を顧問から聞いたような……」

「どういう事だ?」

恭也の問い掛けに、赤星が答える。

「この間、うちの剣道部が全国大会で優勝しただろ」

「ああ。男女共に団体で優勝。そして、お前が個人の部でも優勝した大会だな。あの後の宴会は凄かった」

「確かにな」

恭也と赤星は遠い目をして、どこか彼方を見詰める。
そんな二人に苦笑しつつ、忍が話しの続きを促がす。

「赤星くん、それとこれがどう繋がるの?」

「あ、そうだったな。それで、何でもうちの剣道部を取材したいという事になったらしい。
 尤も、俺は今まで忘れていたけどな」

そう言って笑う赤星に対し、ななかは苦笑を浮かべる。

「忘れないでくださいよ〜。……コホン。まあ、そんな訳で私がここにいる訳なんですよ。
 とりあえず、放課後までに機材のチェックとリハをする事になってまして」

「それで中庭に?」

「はい」

話をする二人に、晶が声を掛ける。

「ひょっとして、勇兄がテレビに出るって事?」

「アホか、このオサルは!ひょっとしても何も、剣道部の取材に来てんねんから、当たり前やろ」

「うるせーな。一応、聞いただけじゃねーか」

喧嘩を始める晶とレンを無視し、FCが口を開く。

「あのー、どうして高町先輩たちは井上さんが知り合いなんですか?」

その質問に那美が最初に口を開く。

「私のお世話になっている寮のオーナーさんたちや、昔住んでいた人たちと知り合いなんですよ」

その那美の言葉を続き、美由希も説明する。

「その縁で、この間の夏休みに海鳴で行われた海鳴横断ハイパークイズの時に知り合いまして……」

この説明に一同から納得の声があがる。
ハイパークイズの名があがった時、恭也とななかの顔が少し赤くなっていたのに気付く者はいなかった。
納得したFCたちをおいて、美由希はふと思い出した事を口にする。

「そう言えば、恭ちゃん。まだ、質問の答えを聞いてなかったんだけど……」

この言葉に、テレビがきた事に騒いでいたFCたちも本来の目的を思い出し、恭也を見る。
それに対し、恭也は美由希を鋭い目つきで睨みつけ、溜め息を吐き出す。

「まあ、良いじゃないか、そんな事は……」

どうやってこの場を誤魔化そうか思案する恭也に、事情を知らないななかが尋ねる。

「一体、何の話?」

「大した事では……」

ないと言おうとした恭也よりも早く、那美がななかにこの騒ぎの原因を説明する。
それを聞いてななかは、複雑そうな顔をすると恭也を見る。

「恭也くんはどうして、そこまで言いたがらないの?」

「いえ、別に言うのが嫌という訳ではないんです。ただ、それによって相手に迷惑が掛かるといけませんから」

「そう言うって事は、好きな人がいるんだ」

「えっと、まあ」

「ふんふん。誰か言ってみなさい」

「そ、それは」

ななかの問い掛けに口篭もる恭也。
恭也は助けを求めて周りを見るが、その場にいるのは恭也に質問をした者たち。
当然、全員が答えを知りたがっている訳で、恭也を助けようとする者は当然のようにいなかった。

「恭也くんと私の間で、今更恥ずかしがるような仲じゃないんだから」

「な、ななかさん、それは」

珍しく慌てる恭也に興味を抱いたのか、美由希たちがななかへと視線を向ける。

「井上さん、恭ちゃんとの仲って?」

「そうね〜。恭也くん、言っても良い」

面白そうに笑いながら恭也を見る。
それに渋面を作りながら、恭也は答える。

「勘弁してください」

「知りたいです」

恭也の言葉に被せるように那美が発言をする。
それを見て、ななかは笑みを浮かべると、

「つまり、恭也くんがクイズに滅法強いって事かな?」

「な、ななかさん!」

「はははは」

咎める恭也、それ以上は笑って誤魔化すななか、両者共に顔を赤くする。
それを不思議そうに見ながら、美由希たちは首を傾げる。
先程のななかの発言と恭也の反応が繋がらないのであろう。

「クイズって、師匠はハイパークイズには出てませんでしたよね」

「それに、お師匠のクイズの強さが、井上さんとの仲にどう関係してはるんですか?」

晶、レンの続く疑問にななかは笑いながら、話を逸らす。

「まあまあ。それよりも、今は恭也くんの意中の人を聞かないと」

そう言って、恭也へと視線を向ける。
それにつられるように、美由希たちもそちらへと向き直る。

「ほらほら、恭也くん。素直に言えば、楽になれるわよ」

「し、しかし、相手の方に迷惑が……」

「こら。そこが恭也くんのいい所であり、悪い所でもある。
 確かに相手の事を考えるのは良い事だけど、そればっかりで自分の事を後に回し過ぎよ。
 たまには、自分の気持ちに正直にならなきゃ。
 それに、恭也くん程の人に好かれてるんだったら、結果はどうあれ、迷惑にはならないと思うわよ」

「そうでしょうか?」

「そうそう。皆もそう思ってるって。ねえ」

ななかの言葉に、その場の全員が頷く。
それを見てもまだ躊躇う恭也に、ななかが告げる。

「大丈夫だって。好きな人の名前を言うだけなんだから。そんなの迷惑にならないわよ。
 それに、私だったら嬉しいわよ」

「本当ですか?」

「うんうん。だから、早く言っちゃえ、言っちゃえ」

恭也を煽るななか。恭也は真剣な顔になると、決意したのかゆっくりと口を開く。

「ななかさん……」

「な、何?言う気になったの?」

「……ななかさん」

「だから、何?早く教えてよ」

恭也の自分を呼ぶ声に、どぎまぎしながらも恭也の好きな人の名前が出るのを待つ。
しかし、恭也の口から出た言葉はまたしても同じだった。

「ですから、ななかさんです」

「はい?」

ななかは自分でも間抜けだなと思うような声を出す。

「ですから、俺の好きな人はななかさんです」

「………………え、えーと。え、ええ、え。わ、私」

たっぷり三秒程の間を開け、恭也の言葉の意味を確認すると、ななかは自分の顔を指差し尋ね返す。
それにはっきりと頷く恭也を見て、再び長い沈黙の後、絶叫する。

「………………えーーー!!」

突然の大声に、恭也は両耳を押さえながら顔を顰める。
目の前でパニックに陥っているななかを見ているうちに、恭也は逆に冷静になっていく。
そしれ、未だ慌てふためいているななかの肩を掴むと、その瞳を見詰める。
恭也に真剣な顔で見詰められ、ななかは身体中の血が熱くなったような錯覚に陥る。

「ななかさん。俺は貴女の事が好きです」

「う、うん」

ななかは心ここにあらずといった感じで、恭也の瞳に映る自分を見る。

(きょ、恭也くんが私を好き……?私は、恭也くんの事……)

ななか自身、自分が恭也の事を意識している事は知っていた。
知っていたが、自分が相手にされるはずもないと思い諦めかけていた。
そこへ、この騒ぎである。
ななかにしてみれば、恭也をきっぱりと諦める為に敢えて恭也の好きな人の名前を聞き出そうとしたのだが、
そこから出てきたのは、予想もしなかった自分の名前だったという訳である。
落ち着けと言う方が無理なのかも知れない。
しかし、そんな事には全く気付かない恭也は、黙り込んでしまったななかを見て、勘違いをしたのか、

「すいません。やっぱり迷惑でしたか。ななかさんのような素敵な人が、俺なんか相手にする訳ないですし。
 でも、はっきりと気持ちを伝えれてすっきりしました。聞いて頂き、ありがとうございます」

そう言って、ななかを掴む手を離そうとする。
その手をななかは咄嗟に掴み、引き止める。

「ま、待って恭也くん」

「ななかさん?」

当然のななかの行動に、戸惑いながらも、恭也は大人しくななかの次の言葉を待つ。
やがて、ゆっくりとななかは喋り出す。

「わ、私も恭也くんの事、好きなの。でも、私なんかじゃ、恭也くんに釣り合わないと思ってたから。
 だから、ちょっと驚いてるの」

「そんな事はないです。ななかさんは素敵な人です」

「でも、恭也くんの周りには綺麗な子が多いから……」

「そんな事、関係ありませんよ。俺は、……ななかさんが良いんです」

「本当に私で良いの」

「はい」

ななかの問い掛けに、恭也ははっきりと頷く。
その返答を聞きながら、ななかは目の端に涙を滲ませ、恭也の胸に抱き付く。

「私も恭也くんがいい。……ううん、恭也くんじゃないと嫌だよ」

そんなななかの背中にそっと腕を回し、そっと背中を擦りながら恭也も告げる。

「俺も、ななかさんじゃないと駄目です」

その言葉を聞きながらも、ななかは不安そうに恭也の腕の中で見上げる。

「本当に?その言葉を信じても良いの?」

「はい、信じてください」

「で、でも……」

まだ何か言い募ろうとするななかを、少しだけ強く抱き、そっと口付ける。
突然の事に茫然とするななかを残し、恭也はそっと唇を離すと、今出来る精一杯の笑顔を見せる。

「これでも信じられませんか?」

「う、ううん。そんな事ないよ。恭也くんの言う事だもん。信じるよ」

そう言ってななかは、恭也の背中におずおずといった感じで手を回す。
それに答えるように、恭也も背中に回していた腕に力を込める。
再び見詰めあい、いい雰囲気に入りかけた頃、わざとらしい咳払いが聞こえる。

「ウウン。那美さん、ちょっと熱くないですか?」

「そうですね。何故か、この辺りだけ熱いような気がしますね」

「多分、気のせいだと思いますよ」

「そうです。この時期に、あつー感じるなんて事」

美由希、那美、晶、レンの視線に晒され、恭也とななかは顔を赤くして離れる。
何とか誤魔化そうと話題を探す恭也たちに、今まで黙っていた人物が声を掛ける。

「もう、美由希ちゃんたち。もうちょっと黙っててくれたら、いい絵が撮れたのに……」

忍の声に、全員がそちらを向くと、いつの間にか取材スッタフに混じり、忍が何や指示を出していた。
ちゃっかり椅子に座り、メガホンを片手にしていた忍は、美由希たちを見て溜め息を吐く。

「あー、ラストシーンが撮れなかった……」

悲しそうに俯く忍に対し、恭也が声を上げる。

「忍、何をやってるんだ!」

「何って、見て分からない?撮影よ」

「み、皆さんも一緒になって何をやってるんですか!」

「怒らないでよ、ななかちゃん。ちょうど機材のテストついでの事なんだから」

「そうそう」

言い訳するようにいうカメラマンの言葉に、忍も相槌を打つ。

「大丈夫よ、安心して。このテープは関係者には配られるけど、放送はされないから」

「どこをどう安心しろと?」

恭也は半眼になって忍を睨むが、忍は何処吹く風といった感じで聞き流す。
そんな忍に呆れつつ、恭也は尋ねる。

「何処から撮ったんだ?」

「それは途中からよ。確か……、井上さんが『今は恭也くんの意中の人を聞かないと』って言った辺りからかな?」

「思いっきり最初の所じゃないか」

「は、ははははは」

笑って誤魔化す忍と恭也のやり取りを眺めながら、ななかも笑みを浮かべる。
そんなななかに、美由希がこっそりと尋ねる。

「ななかさん、恭ちゃんの何処が良いんですか?
 妹の私が言うのも何だけど、あの通り無愛想で鈍感で朴念仁の上に苛めっ子だし……」

そんな事を言う美由希に笑いかけながら、それでも何処か誇らしげにななかは告げる。

「確かに少し素っ気無い感じを受ける事もあるけど、凄く優しくて大きいところかな」

「優しいのは分かりますけど、大きいって?」

美由希とななかの話を聞いていた那美が、疑問を浮かべる。

「えっと、何て言えば良いんだろうね。懐の広さと言うか、どんな事があっても受け止めてくれる所かな。
 それでいて、ただ甘やかすんじゃなくて、自分でちゃんと立てるように支えてくれるって言うか。
 ゴメン。あんまり上手く説明できないわ」

その言葉に、美由希と那美は揃って首を振る。

「いえ、何となく分かる気がします」

「そう?」

「はい。遅くなりましたけど、おめでとうございます」

「あははは、ありがとう。でも、ごめんね。皆もきっと……」

「そうですね。でも、恭ちゃんが幸せなのが一番ですから」

美由希の言葉に那美も頷くと、まだ言い合っている恭也と忍を見る。

「恭也くんも幸せだね。こんなにも素敵な人たちに囲まれて」

「井上さん、恭ちゃんをお願いしますね」

笑顔で言う美由希に、ななかも笑顔で答えると恭也に向って走り出す。

「恭也くん!」

笑顔で名前を呼びながら飛び込んできたななかを、同じく笑顔で抱きとめる。

「どうしたんですか、いきなり」

「別に〜。ただのサービスよ。それと、恭也くんが私のものという証拠をね」

そう言ってカメラに向ってウィンクを一つすると、ななかは恭也の口を塞ぐ。

「やるわね〜、井上さんも。ところで、カメラはちゃんと回ってる」

忍の言葉に、カメラマンは親指を立てて答えると、目の前の二人を映し始める。
最初は戸惑っていた恭也だったが、今では積極的に、寧ろ恭也の方がリードする形で唇を合わせる。
既に恭也の頭の中には、カメラの事もなく、ただ愛しい女性が目の前で自分からキスをしてきたという事実のみがあった。
愛しい女性にそこまでされ、我慢できるほど恭也も達観はしていなかった。
その為、恭也は徐々に大胆にななかの唇を貪っていった。
残りの休み時間を全て使い、たっぷりとななかの唇を味わった恭也だった。
やがて解放されたななかは、体から力が抜け、ぐったりとし、すぐにリハーサルをする事が出来なかったとか。







放課後、無事に収録を終えたななかは、待っていた恭也と一緒に高町家へと向かっていた。

「うぅ、何か緊張する」

「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」

「そ、そうかな?」

「ええ。かーさんとも、何度か会ってるんですから」

「そ、それはそうなんだけど……。ほら、恭也くんの恋人として会うのは初めてだから……」

恋人と言う所で、恥ずかしそうに俯きながら話すななか。
それを楽しそうに眺めながら、

「今更、そんな事で恥ずかしがらなくても。昼はカメラが回っている所で、随分と大胆な事をしたじゃないですか」

「あ、あれはついと言うか、なんと言うか。
 そ、それに、あれは私と言うよりも、殆ど恭也くんがやったんじゃない」

それを言われると反論出来ない恭也は、押し黙るが、何とか言い訳をする。

「そ、それは……。自分の好きな人にあそこまでされて、我慢なんて出来る訳がないじゃないですか」

恭也は赤くなりながらそう言うと、そっぽを向く。
それを聞いたななかも赤くなりながらも、嬉しそうに笑みを零す。
そして、赤くなっている恭也を見詰める。
見られている事に気付いてはいるが、照れ臭く顔を背けたままでいる恭也を可愛いと感じ、ななかは知らず更に頬が弛む。

「ふふふ。恭也くん♪」

「な、何ですか」

急に腕を組んできたななかに驚きつつも、ななかを見る恭也。

「これから宜しくね」

ななかの言葉に一瞬だけ呆気に取られ、しかしすぐに笑みを浮かべると、恭也は力強く頷くのだった。

「はい」





おわり




<あとがき>

はい、御琴さんの38万Hitきりリクです。
美姫 「予告していたとらハキャラは、このリクエストだったのね」
イエス!御琴さん、やっと完成しました!
美姫 「これでとらハ1キャラは七瀬だけかしら?」
えっと……、多分そうだな。
美姫 「次は誰かしら?」
誰でしょうね?
美姫 「といった所で、また……」
次回お会いしましょう。





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