『An unexpected excuse』

    〜エリス編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也が名前をあげようとした瞬間、銃声が鳴り響く。
その音がするよりも少し早く、恭也はその場を飛び退き、美由希も身構えていた。
恭也は美由希に合図すると、音の発生源と思われる茂みへと踏み出す。
その瞬間、茂みから音を立てて、両手を上げた一人の女性が出てくる。

「ごめん。ちょっと驚かせすぎたかな?」

そう言って現われた、金髪の美女は流暢な日本語で話し掛けてくる。
その姿を確認して、恭也と美由希の二人が声を上げる。

「「エリス!?」」

「久し振りだね、恭也、美由希。腕も鈍ってないみたいだし。
 ううん、それ所か美由希は更に反応が早くなったよね」

笑いながら言ってくるエリスに対し、恭也は先程の発砲が威嚇であった事に胸を撫で下ろし、美由希はその言葉に照れる。
そんな中、エリスを知らない忍たちが言葉を掛ける。

「ねえ、恭也。そちらの方は?」

「ああ、皆は初めてだったか」

「こちらは、エリス・マクガーレン。私と恭ちゃん、そして、フィアッセの幼馴染です」

「エリスです。宜しく」

美由希の紹介で、エリスは軽く手を上げて答える。
それに対し、忍たちも挨拶を交わす。
それらが終る頃、恭也が口を開く。

「所で、どうしてエリスがこんな所にいるんだ?」

「何故だと思う?」

「分からんから、聞いたんだろうが」

「恭也、たまにで良いから、自分で考えてみようとか思わない?」

「言いたい事は分かるが、今のこの場合、その言葉は適切ではないと思うのだが?」

「はははは。それよりも、私の来た理由だったわね」

笑って誤魔化すエリスを見ながら、何かを言おうとしてやっぱり止める。

「実は……。恭也、お願い!……私の恋人になって」

「ああ、そんな事か。それぐらいなら…………って、はい?」

てっきり仕事の依頼だと思い、途中まで頷きかけた恭也だったが、言葉の意味を聞き、思わず聞き返す。
また、美由希たちは突然の出来事に、驚愕の表情を浮かべていた。
そんな周りを余所に、エリスは先程よりも少しゆっくりに、だが、はっきりと言う。

「だから、私の恋人になって」

「いや、言い直さなくて聞こえてたぞ」

「そう。じゃあ、お願いね」

それに対し、恭也が何か言うよりも先に、美由希がエリスに話し掛ける。

「ちょっと、エリスどういう事なの?」

「だから、さっきから言ってるじゃない。恭也に私の恋人に……」

「そうじゃなくて。何で、急に」

「そんな事、言ったって。ティオレさんが急にお見合いなんてセッティングするんだから、仕方がないじゃない」

「へっ?」

エリスの言葉に、美由希は間の抜けた声を上げる。

「どういう事か詳しく説明してくれないか?」

恭也の言葉に、エリスは頷く。

「ティオレさんがね……」

そう言ってエリスは、数日前の出来事を語り出す。





「エリス、今度のお休みにお見合いしてね」

世界を巡るコンサートに護衛として付いているエリスは、
突然ティオレに呼ばれた事に、もしや何かあったのでは、と少なからず緊張をしていた。
それが、入るなり言われた言葉がそれだった。
その為、エリスの口から漏れた最初の言葉は、はっきりとした形にさえなっていなかった。

「はい?」

そんなエリスを楽しそうに見やりながら、ティオレは再度告げる。

「だから、お見合いよ」

やっと言葉の意味が分かったのか、エリスは少し声を荒げる。

「何でですか!」

そんなエリスの声を聞いても、普段からイリアに怒鳴られ慣れているティオレには大した効果もなく、平然とした顔で説明をする。

「実はね、ある人から頼まれたのよ。誰かいい人がいないかって」

「それで、私ですか」

どこか憮然とした表情で言うエリスに対し、ティオレは笑顔のまま答える。

「ええ。その人には、いいえ、正確にはその人の家族には、私たちも、あなたのお父さんもお世話になったのよ。
 だから、会うだけでも良いからお願い」

ティオレに頭を下げられ、エリスも渋々とだが頷く。

「分かりました。会うだけですからね。本当に、会うだけですから」

念を押すエリスに対し、ティオレは笑みを浮かべると、

「ええ、会うだけで良いわよ。
 大変、それはもう言葉では言い表せないぐらい、物凄くお世話になった方だけど、別に断わっても良いわよ」

それだけを言うと、ティオレは話はお終いと言わんばかりに、手元の書類へと視線を移す。
それを見届け、エリスはその場を後にしたのだった。





「……と、いう訳なのよ」

エリスの説明を聞き、美由希たちは乾いた笑みを浮かべる。
明らかにティオレが面白がっている事が分かるのだが、ティオレの言葉には嘘はないだろう。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、エリスは更に続ける。

「まあ、そんな訳で、断わるに断わり難い状況って訳。そこで、恭也に恋人役をやってもらおうと思って。
 最初は、相手にわざと嫌われるような事をしようかとも思ったんだけど、
 あまり思いつかない上に、あまり露骨な事も出来ないでしょう。それに、こっちの方が穏便に済みそうじゃない」

エリスの言葉に納得しつつ、恭也は確認するように尋ねる。

「事情は分かったが、俺で良いのか?」

「勿論よ。こんな事を頼めるのは恭也ぐらいだし。それに、場所がね」

「そういえば何処でやるんですか?」

那美の問い掛けに、エリスが答えた場所は、海鳴からも近い料亭だった。

「そこの離れって言ってたわ」

エリスの言葉に頷くと、忍が話し出す。

「だとしたら、作戦を練らないと」

「作戦?何故、そんなものが必要なんだ」

「だって、お見合いを壊すんだったら、普通に恭也を紹介するよりも、少しぐらい演出があった方が良いでしょ」

その言葉に、恭也とエリス以外が頷く。
それを見ながら、恭也はそんなもんかと呟くと、FCたちに向かい合う。

「すまないが、そういう訳だから……」

「あ、はい。分かりました。先輩も頑張って下さいね」

そう言って励ましてくるFCたちに頷きを返すと、FCたちはその場を去って行った。
そのやり取りの間に、忍たちは何やら色々と相談をしていたが、忍が時計を見て声を上げる。

「あ、もう時間がないから、後は放課後に恭也の家で」

その言葉に全員が頷き、晶が何かに気付いたのか手を上げる。

「はい、忍さん」

「何、晶?」

「はい。この事は桃子さんには黙ってた方が良いと思うんですが。
 一応、説明すれば協力してくれるでしょうけど、ティオレさんの耳に届かないとも限りませんし」

晶の言葉に、レンも頷く。

「確かに、おサルの言う通りや」

「そうね。今回は私たちだけでやりましょう」

忍は結論を出すと、立ち上がる。
そして、恭也に向って、

「じゃあ、恭也は放課後までエリスさんの相手ね」

「おい、何を勝手な事を」

「つべこべ言わないの!それとも、エリスさんを見知らぬ土地に放り出す気?」

忍の言葉に恭也は反論出来ずに黙り込む。
それを見て、エリスが一人でも大丈夫と言おうとするが、それを察した忍が先に言う。

「大丈夫よ。恭也の成績じゃ、今更授業を一つ、二つ抜け出した所で変わらないって」

この言葉にエリスは少し驚いたような顔をして、

「恭也って、もしかして意外と頭が良いの?」

「意外っていうのは何だ」

少し憮然として言う恭也に、笑みを浮かべながら忍が手を振る。

「あはははは。逆ですよ、逆。授業中も寝てばかりなんだから、出席か欠席かしか違わないって事」

その後ろで、美由希たちが声を潜めて話しているのが、恭也の耳に届く。

「もしかして、恭也さん成績悪いんですか?」

「ははは、まあ良くはないです」

「師匠の場合、全くやる気がないってのもあるとは思うんですけど」

「うんうん。せやから、忍さんが言った言葉の意味は、
 今更、授業の一つや二つをまともに受けたところで、成績は変わらないって事やと」

「つまり、もうこれ以上は落ちようがないって事だよね。恭ちゃんの成績が」

「あ、あははは」

本人たちはこっそりと話しているつもりなのかもしれないが、人のいなくなった中庭には、殆ど物音もせず、
その言葉ははっきりと恭也たちにも聞こえていた。
恭也は指を鳴らしながら、美由希の背後に周ると、肩に手を置く。

「へっ?!」

驚いた美由希が振り向く頃には、恭也がぼそりと呟く。

「美由希。俺と違って、勉強のし過ぎで疲れただろう。
 どれ、肩の一つでも揉んでやろう」

「え、遠慮したいかなー、って思ったりするんだけど……」

引き攣った笑みを浮かべながら言う美由希に対し、恭也は無情にも告げる。

「遠慮するな」

「え、遠慮するよ。そ、そうだ私よりも、晶やレンの方が……」

「さて、それじゃあ俺たちは教室に戻るか」

「そやな。うちらの教室がここから一番遠いし。じゃあ、忍さん、那美さん、また放課後」

そう言って二人はその場を足早に去って行く。
その後ろ姿を眺めながら、美由希は怨めしげに呟く。

「何で、こんな時ばかり仲が良いのよ〜」

しかし、この呟きは直後訪れた恭也の肩揉みによって、悲鳴へと変わるのだった。









放課後の高町家。

「では、これより”第一回 エリスさんのお見合いをぶち壊す会義”を行います!
 議長は、僭越ながらこの私、月村忍が勤めさせていただきます!」

忍はどこから持ち込んだのか、ホワイトボードまで用意してそう宣言する。

「でさ、やっぱりここは登場するなりキスじゃない?」

「何を言ってるんだ、忍」

「わあ、それは素敵ですね」

「素敵ですか?那美さん」

「あ、こんなのはどう?
 恭ちゃんが突然、その場に現われてエリスさんを攫っていくの」

「それはいい考えやで、美由希ちゃん」

「いい考えなのか?その後の事態をどうやって収拾させるつもりだ」

「面倒臭い事なしにして、いきなり相手の男を殴って、俺の女に手を出すな!ってのはどうです」

「殴る時点で、全然穏便ではないんだが」

「一層の事、全部纏めるとか」

忍の言葉に、

「えっと、それってつまり……。師匠が……」

「お見合いの席に現われて、相手の方を殴られて……」

「その後、エリスにキスをして……」

「俺の女に手を出すな、とゆーて……」

「最後に、エリスさんを連れて逃げるのよ」

『おぉ〜』

最後に忍がそう締めくくると、美由希たちから歓声にも似たどよめきが起こる。

「それで良いんじゃないでしょうか」

「うん、それなら間違いなくエリスも断われるしね」

美由希や那美たちが頷く中、恭也は頭を抱え込む。

「お前ら、事態を悪化させているだけじゃないのか、それは。
 第一、その後の事を全く考えてないだろうが。もう少し真面目に考えられんのか」

嘆息しながら言う恭也に対し、忍は至極真面目な顔で、

「何を言ってるのよ。真面目に考えてるじゃない」

「本当か?」

半信半疑の眼差しで忍を見詰める。
その視線を受けながら、忍は大仰に頷くと、

「当たり前じゃない。どうやったら、面白くなるか真面目に考えてるわよ!」

「面白くせんでいいわ!」

「え〜」

恭也の言葉に、忍はつまらないといった顔をする。
それを無視し、恭也はエリスに尋ねる。

「エリスはどうしようと思ってたんだ?」

「え、あ、私か」

今まで目の前のやり取りを茫然と見ていたエリスが、恭也の言葉に我に返る。

「私はただ、相手の方に恭也を紹介して、そういう訳だから、今回の件はなかった事に、とでも言うつもりだったんだが」

「それが一番、無難だな。それでいこう」

恭也の一言で、会議は終了を告げる。
最も、その事に一番文句を言ったのは忍だった。

「面白くなーい。つまんなーい」

「面白くなくてもいいんだ」

「ぶー。そうだ、せめて恭也が自分から名乗るぐらいはしたら?」

忍の言葉に、美由希たちも頷く。

「そうだよね。エリスに紹介されるよりも、恭ちゃんが自分から言う方が良いかも」

「……まあ、それぐらいなら」

「じゃあ、練習してみよう」

「いらん」

忍の言葉に、恭也は即座に拒否の言葉を口にする。
それに不満そうな顔を見せる忍を見て、

「お前は俺をからかっているだけだろう」

「あ、ばれたか」

あっさりと言う忍に、溜め息を吐きつつ恭也は頭を抱える。

「はぁー。とりあえず、当日はちゃんとするから安心しろ。ただし、付いて来るなよ。
 もし、付いて来た場合は…………。言わなくても分かってるな」

恭也の言葉に、全員が頷くのだった。

「じゃあ、当日まではエリスには家にいてもらっても良いかな」

「まあ、かーさんなら何も言わないだろう。エリスも良いか?」

「私は構わないんだが、本当に良いのか?」

「ああ、構わんさ。そういう訳だから、夕食の方も頼むぞ」

「「任せてください」」

恭也の言葉に、レンと晶は同時に頷く。
それを見ながら、忍が恭也に言う。

「とりあえず、桃子さんには後で事情を説明するとして、エリスさんの紹介をどうするかよね」

「練習も兼ねて、桃子さんにも同じ様に説明をすれば?」

「それは良いわね」

忍は楽しそうに那美の意見に賛成するが、恭也は渋い顔になる。

「そんな事をすると、とんでもない事になりそうなんだが?」

「それが面白……じゃなかった、後で説明すれば大丈夫よ」

恭也に睨まれ、忍は言い直す。
それを見ながら、恭也は溜め息を吐き出し不承不承だが頷く。
その後、帰って来たなのはにエリスを紹介し、その後、忍や那美も夕飯を食べていく事になり、晶とレンは台所へと立つ。
そうこうしている内に、台所からいい匂いが漂い始めた頃、玄関の扉が開き桃子が帰ってくる。

「ただいま〜。うーん、いい匂い」

上機嫌でリビングへと入って来た桃子だったが、恭也の横にいるエリスを見て首を傾げる。
そんな桃子に、恭也がエリスを紹介する。

「俺やフィアッセ、美由希の幼馴染でエリスという」

「エリス・マクガーレンです。よろしく」

「あ、はい。高町桃子よ。桃子って呼んでね。それで、エリスさんはどうして日本に?」

「えっと、観光……」

「恭ちゃんに会いに来たんだよ」

エリスの言葉を遮るように、美由希が言う。
その言葉に、桃子の目が怪しく光った気がするのは、果たして恭也の見間違いだったのだろうか。

「へー、恭也に。どういった関係なのかな?」

何かを期待するように桃子が恭也へと尋ねる。
それを受け、恭也は言葉に詰まるが、忍たちがじっと見ているのに気付き、覚悟を決めて口を開く。

「お、俺の恋人だ」

その台詞を聞き、桃子は凄く嬉しそうな顔になる。

「何だ、そうだったの。周りに綺麗な女の子たちがいっぱいいるのに、見向きもしなかったのは、そういう訳だったのね。
 それならそうと早く言ってくれれば良いのに〜。桃子さんったら、余計な心配しちゃったじゃない」

桃子はやけにハイテンションで捲くし立てる。
そんな桃子に、恭也は言い辛そうに告げる。

「それで、今度の休日の件なんだが……」

「ああー、別に良いわよ。私一人で大丈夫だから。エリスさんとデートなんでしょう。楽しんでらっしゃいね。
 士郎さん、私感激のあまり、前が見えないわ〜」

妙に飛ばしまくる桃子に、引きつつも恭也は礼を言う。
恭也と桃子のやり取りを聞き、美由希が首を傾げる。

「恭ちゃん、かーさんと何か約束してたの?」

「ああ。ちょっと荷物持ちをする約束をな」

「だったら、そっちは私が代わりに行こうか?」

美由希の言葉に、桃子は満面の笑みを浮かべながら、

「良いわよ、そんな事しなくても。もう大丈夫だから」

「そう?」

「うんうん。それよりも、恭也しっかりするのよ。後は私に任せなさい」

「あ、ああ」

鼻歌を歌いながら、ハイテンションの桃子は自室へと向う。
それを茫然と眺めながら、恭也はとりあえずほっと胸を撫で下ろすのだった。







そして、エリスのお見合い当日。
とある料亭の離れの一室。そこから、会話が聞こえてくる。

「どうもすいません。どうもそういう事らしいんで……」

「そう。それじゃあ、仕方がないわね」

「はい」

「でも、良かったじゃない。これで、心配してた事がなくなったんだから」

「そうなんですけどね」

その後、何度か話をした後、一人の女性が席を立つ。
その女性が退出した後、別の入り口である廊下側の襖がそっと開けられる。

「お待たせしました」

「あら、エリスよく来たわね」

新たに入室した人物、エリスに声を掛けたのは、数日前にこの見合いの話を持って来たティオレその人だった。

「ティ、ティオレさん。それに、ママも!どうしてここに?!」

「どうしてって、私がセッティングしたんだから、私がいるのは当然でしょ。
 それに、貴女の見合いなんですから、お母さまが来れるのも」

「そ、それは分かりますが……。で、でも、ティオレさん、ツアーは?」

「あら、昨日から移動日よ。そして、4日程休日じゃない。エリスもスケジュールは知ってるはずでしょ?」

ティオレに言われ、スケジュールを思い出す。

「確かに。でも、こんな所にいても良いんですか?イリアさんはこの事を知ってるんですか?」

「…………知っているに決まってるじゃない」

「今の間はなんですか」

「気のせいよ」

そう言いつつも、微かに冷や汗らしきものを流したのをエリスは見逃さなかった。
それを知りつつも、とりあえずは今の事態をどうするかが先決である。

(ど、どうしよう。まさか、ティオレさんやママまでいるなんて。…………こうなったら、後で事情を説明するしか)

そんな事を考えているエリスに、ティオレが申し訳なさそうに話し掛ける。

「エリス、ごめんなさいね」

「え?」

突然、謝られ、何の事か分からず尋ね返すエリスに、ティオレは告げる。

「実は、お見合いの相手には、恋人がいるみたいなのよ」

「そ、そうなんですか」

エリスはほっと胸を撫で下ろす。
それに、気付いているのかいないのか、ティオレは続ける。

「ええ、だから、今回の話はなかった……」

そこへ、先程退出していた女性が、中庭に面した戸から入ってくる。
その人物を見て、エリスは驚いた声をあげる。

「桃子さん!?」

「え、エリスちゃんじゃない!?」

「あら?桃子さんとエリスさんって、面識があったかしら?」

桃子とエリスを見て、ティオレが不思議そうに呟く。
そこへ、恭也が入ってくる。
恭也は部屋に入るなり、ティオレがいる事に驚き、桃子には気付いていなかった。

「あら、恭也」

「ティ、ティオレさん!?」

予想もしなかった人物の登場に、恭也は混乱状態に陥る。

(ど、どうしたら……。計画は中止に。いや、しかし、そうなると、エリスが……。それだけは嫌だ)

混乱しつつも、計画を実行しようとした恭也は、しかしながら段取りを見事に忘れていた。
必死になって、記憶を手繰る恭也の脳裏に、忍たちとした話が甦る。
それによって、やる事を思い出したのか、恭也は未だ驚いて立ち尽くしているエリスを自分の方に向かせ、その唇を塞ぐ。
そして、別の意味で更に驚いたエリスを余所に、手がいるであろう場所へと顔を向け、

「エリスは俺の女だ!手を出すな!」

と言い放つ。
が、そこにいたのは相手の男ではなく、恭也のよく知る人物だった。
思わず恭也は、呆けたような顔をする。

「………………かーさん?」

どういう事か尋ねようようとエリスを見るが、エリスも驚いたまま首を傾げる。
事態が飲み込めずに、茫然となる二人をおいて、桃子たちは笑みを浮かべる。

「まさか、お見合いの相手がエリスさんだったなんて気付きませんでした」

「そういえば、桃子には言ってなかったわね」

「しかし、エリスがお見合いを嫌がった理由はそうだったんですね。
 あの小さかった恭也くんが、こんなに大きくなって」

「それなら、そうと早くに言ってくれれば、私たちもこんな苦労しなかったのに」

「本当よね。恭也の事を心配した桃子さんが、この見合いを設定する事によって、
 恭也に少しでも女の子に興味を持ってもらいたい、なんて相談して来た時は、どうなるかと思ったけど」

「ええ。それによって、周りの子たちも炊き付けれるかなーって、思ったんですけどね。
 そんな心配は無用でしたね」

桃子の言葉に、エリスの母親も微笑みながら言う。

「本当に。私もエリスに同じ様な心配をしていたから、ティオレさんからお話が来た時は賛成したんですけど……。
 子供たちというのは、目に見えてない所で、ちゃんと成長してるんですね」

「それにしても、本当に良いものが見れたわ……」

微笑みながら言うティオレに、桃子たちも笑みを浮かべ頷く。
そして、桃子が意味ありげな笑みを浮かべつつ、

「じゃあ、後は若い者たちに任せて」

「そうですね。私たちは出て行きましょうか」

「そうね。でも、桃子さんはまだまだ若いわよ」

「あら、そうですか〜」

そんな会話を交わしながら、部屋を出て行く桃子たち。
後には、未だに茫然としたままの恭也とエリスが残される。
暫らく、静寂が部屋を満たしていたが、やがてエリスが力なく呟く。

「どうして……?」

エリスの質問の意味が分からず、恭也は首を傾げる。
それを見て、エリスは再び口を開く。

「恭也はどうして、私にキスしたの?」

「そ、それは……、すまない。少し混乱して、昨日の忍たちが言ってた事しか、思いつかなかったんだ」

「そう」

恭也の言葉を聞き、エリスは力なく項垂れ、唇に触れながら、力なく言う。

「恭也は、誰とでもあんな事が出来るんだ……」

それを聞き、恭也は力強く否定の言葉を口にする。

「それは違う!俺は、エリスだったから……。相手がエリスだったからしたんだ。
 他の奴だったら、そんな事はしない」

「それって……」

エリスは顔を上げて、恭也を見詰める。
その瞳を見ながら、恭也は静かに言う。

「その、エリスの事も考えずに、突然あんな事をしたのは悪いと思ってる。
 でも、俺はエリスの事が……」

「恭也……。わ、私も恭也が相手だったら、別に構わないよ」

エリスの言葉に、恭也は驚いたような顔でエリスを見る。
エリスは少し頬を朱に染めながら、

「恭也、さっきの続きを言って」

改めて言うとなると、恥ずかしいのか恭也は顔を背けるだけで何も言わない。
そんな恭也に、エリスが悲しそうに言う。

「言ってくれないの?ひょっとしてさっきの言葉は、ただ誤魔化す為に口にしただけ?」

「そ、そんな訳ないだろう」

「じゃあ、言ってよ」

「……言わなくても、分かってるだろう」

「うん、分かってるよ。でも、でもね。女は時には言葉に出して言って貰わないと不安になるんだよ。
 それに、まだ一度も言ってもらってないんだもん。
 だから、態度だけじゃ本当にそうなのか、分からないよ」

エリスの言葉に恭也は頷き、その顔を真っ直ぐに見詰める。

「俺はエリスの事を、愛してる」

「…………私も」

二人はどちらともなく顔を近づけると、そっとキスを交わすのだった。





<おわり>




<あとがき>

炎水さんの41万Hitのリクエストで、エリス編でした。
美姫 「でも、エリスとの再会って、この話の数年後よね」
確かに。
ほら、そこはそれと言う事で。
エリスもOVA版よりも柔らかくなってるけど、それは一応、恭也たちとは交流があったという事で。
美姫 「それって、最初に言っておかないといけないんじゃ?」
今回は、あえて最後に言ってみました。
美姫 「ただ単に忘れてただけなんじゃ?」
さて、そういう事でまた次回!
美姫 「…………ひょっとして図星?」
そんな事ないぞー!
いや、本当に。





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