『An unexpected excuse』

    〜祥子 続編〜






豪華な料理が所狭しと並ぶ海辺に建つ高級ホテルの大ホール。
今、ここは貸切となり、パーティー会場と化していた。
様々に着飾った紳士淑女たちの中においても、一際、人目を惹きつけて離さない人物がいた。
その者が通る度に男女を問わずにその後を追うように振り返り、進行方向へと居た者は近くを通るのを待つ。
感嘆の声を引き連れ、複数の視線にも物怖じせずに背筋を伸ばして優雅に歩く女性。
このパーティーの主催者である小笠原グループ会長の孫娘、小笠原祥子その人である。
素直に彼女の容姿に見惚れる者、彼女とお近づきになりたいと思って声を掛ける者。
共にその数は決して少なくはなかった。
そして、その中には当然、彼女本人ではなく彼女の祖父に対して憶えを良くしてもらおうと近づくものもおり。
結果、このパーティーそもそもの目的でもある、
祥子を祝おうと心から思っている者はごく少数――それも身内だけ――だった。
それが分かっているのか、祥子は周りを取り囲む多数の男性をつまらなさそうに、
勿論、それを表情には出さずに見詰め、差し障りのない受け答えをする。
その胸中で、早く終わる事を祈って。
だが、周りを大勢の男性に囲まれて言い寄られているという状況は確かで、
壁の隅に佇んでいる恭也は少々、いや、かなり面白くない様子で、
普段から無愛想な顔を更にぶっきらぼうの様相へと変えていた。



多くの人が思い思いに飲み物を、食べ物を手に楽しんでいる会場内において、
殆どの女性が一度はそちらへと視線を向けており、パーティーが始まってからも、
ちらり、ちらりと視線がそのとある場所へと向かっている。
その視線の先には、グラスを片手に壁に背を預けて立っている一人の青年の姿が。
特に何かをしている訳でもないのだが、
バルコニーへと通じる扉の向こうから覗く夜の海と星を背にした青年が、あまりにも絵になっているため、
知らず目が彼を追ってしまうのだ。
闇の中にいて、一際輝く月のようなその存在感に。
勿論、それには多分に青年の容姿も関係してはいるのだが。
ともあれ、その多くの女性の多分に漏れず、祥子もそちらへと視線を向ける。
壁を背にした恭也へと。
そこへ、数人の女性が近づいていく。
どうやら、一人では気後れするのならば、大勢という事なのか。
それを皮切りとするように更に数人の女性が近づき、恭也は十人近い女性に囲まれる。
話し掛けられ、少し焦ったような様子で返答する恭也に、周りの女性も楽しそうに笑う。
こういった場は苦手だと言っていた割には、それなりに対応し、時折苦笑いを浮かべる恭也。
その様子に祥子の機嫌は、あっという間に斜め上へと跳ね上がる。
困って苦笑をしているのだが、今の祥子にはそれが楽しそうに微笑んでいるように見え、
更に機嫌が悪くなる。
けれど、それを悟られるような事は勿論なく、周りを取り囲む男共にもそれなりの対応を返す。
ただし、その目は一時も恭也から離れる事はなかったが。



そんな風にお互いに相手を気にしつつも近づく事も出来ず、時間だけが過ぎていく。
今は舞台の上へと上がった祥子へと、次々に来賓客がその元を訪れては挨拶をしている。
愛想良く笑う男たちに対し、祥子は微かに微笑んで一言二言だけ返す。
離れて聞いている恭也の耳にも、自分の所の会社名や手掛けている仕事の話など、
どうしても祥子を祝っているという感じではなかったが。
最初の祝いの言葉以外は、殆ど祥子ではなく小笠原に対してのものばかり。
いい加減、祥子も飽きてきた所へ、恭也がやって来る。
祥子はここに来て初めて、その年齢に相応しい笑顔を見せる。
この事にあまり良い顔をしなかったのは、勿論、今までに祥子へと挨拶したどこぞのお偉いさんたちだったが、
かといって、何か口を出せる訳もなく、ただ黙っているしかなかったが。

「随分と遅いじゃない。私が退屈していたっていうのに、自分は一人楽しんでたみたいね」

「別に楽しんでなんかいなかったぞ。
 というより、見ていたのなら助けてくれても良かったのに」

「あら、沢山の女性に囲まれて楽しんでいるように見えたけれど?
 だから、そのままにしてたんだけれど」

拗ねたように言う祥子に、恭也は困ったように笑う。
どうも意外というか、祥子はかなりやきもちを焼くタイプみたいで、今までにも同じような事が何度かあった。
その度に恭也はとりなしてきたのだが。
今回は恭也も少し面白くなかったのか、珍しく言い返す。

「そういう祥子こそ、大勢の男性に囲まれて楽しそうだったけれど」

「そんな事は絶対にないわ」

しかし、祥子は恭也の言葉を軽く、それで完全に否定する。
その言葉にやや嬉しそうにしつつも、どうしても苦笑混じりの笑みが浮かぶ。
恭也の僅かな表情の変化を読み取れる数少ないうちの一人である祥子は、
その恭也の表情を見て、自分にやきもちを焼いたのだと気付くと、小さく微笑む。
既にさっきまでの不機嫌さは消えており、
本日最高の、恭也以外には決して向けることのない笑みを見せる。

「それよりも、このイベントにも飽きたわ」

「飽きたって……」

「だって、皆私ではなくお爺様目当てなんだもの。
 だから、本当に私の事を思ってくれる人に、ここから連れ出して欲しいわね」

言って差し出してくる手に、今日何度目かになる苦笑を見せつつ、恭也は膝まついてその手を恭しく取る。

「お姫様の仰せのままに」

その仕草が可笑しかったのか、二人はどちらともなく噴きだす。
まだ後ろに居た挨拶をしに来た者たちを無視し、恭也は祥子をエスコートするようにその手を取って舞台から降りる。
祥子は自然と恭也の腕に自らの腕を絡ませ、会場の中を歩く。
流石に外へと出て行くと止められそうだったので、二人はそのままバルコニーへと出る。
ざわめく会場を、祥子の祖父が静める。
その顔は何処か面白そうに二人の去った先を見ていたが、その事には誰も気付かなかった。



バルコニーへと出た二人は、ようやく静かな場所に出て落ち着いたのか、清々しい顔をしていた。

「やっぱり、こういった堅苦しいのは苦手だな」

「私だって、こんなのはあまり嬉しくないわよ」

並んで手すりに腕を乗せ、眼前に広がる海を見詰める。
背後からは、再び始まったパーティーの喧騒が僅かに聞こえてくる。
どうやら、ダンスタイムにでもなったのか、二人の居る所まで音楽が流れてくる。

「本当に良かったわ。もしあのまま中に居たら、誰かと踊る羽目になっていたかも」

「そうか。なら、本当に良かった」

「あら、何が良かったのかしら?」

分かっていて言っているのだろう、祥子はその顔に笑みを見せたまま恭也の顔を覗き込む。
その視線から逃れるように顔を背ける。
しかし、祥子もしつこくそちらへと回り込んでは、再び恭也の顔を覗く。
やがて、恭也は観念したように白状する。

「祥子が他の人と踊らなくて良かったって事だよ」

「そう」

もっとからかわれるかと思ったが、拍子抜けするぐらいに祥子はあっさりとそれ以上は何も言ってこない。
ただ、恭也をじっと見詰める。

「それじゃあ、私は誰と踊れば良いのかしら?」

そう言って少しだけ首を傾げ悪戯っぽく笑う祥子へ、恭也はさっきのように手を差し伸べる。

「勿論、それは俺と。祥子、一緒に踊って頂けますか?」

祥子は恭也の手をそっと取ると、そちらへとそっと踏み出す。

「はい、喜んで」

月明かりの下、誰も居ないバルコニーで二人だけのダンスが始まる。
それを見ているのは、夜空に輝く無数の星のみ。
恭也と祥子は誰に憚る事もなく、思う存分に楽しむのだった。



どのぐらいの時間踊っただろうか。
まだ曲は聞こえてくるが、二人は静かに踊るのを止める。

「何か飲み物を取ってこよう」

言って中へと戻ろうとする恭也の腕を祥子が掴んで止める。

「良いわ。それよりも、浜辺に出たいわ」

「流石に主賓がいなくなるのはまずいだろう」

「もう既に居ないのと同じじゃないの?」

「まあ、そうかもな。でも、流石に堂々と出て行くのはまずいだろう」

「ここは二階なんだから、恭也なら降りれるんじゃないの?」

「まあ、出来なくはないが」

困ったように答える恭也に対し、祥子はただ微笑みかけるだけ。
結局、祥子の笑顔に勝てるはずもなく、また無茶というほどの注文でもなかったため、
恭也は祥子を背負うと、バルコニーから地上へと降りるのだった。
静かな浜辺を二人で歩き、木の根元に座って二人で星を眺める。
触れ合った手の温もりを感じながら、無言のまま過ごす。
けれど、決して嫌な沈黙ではなく、心落ち着く空気が二人を包み込む。
恭也は隣で星を見詰めている祥子の横顔を見詰める。
空から降る淡い月光と、海からの反射光によって淡く光って見える。
幻想的なその光景に、恭也は言葉をなくしてただ見詰める。
現実のものとは思えない儚さに、このまま消えてしまうのではという考えが浮かび、
僅かにだが、触れた手に力が篭る。
それで、恭也がこちらを見ていると気付いたのか、祥子は視線を恭也へと移すと、
柔らかな笑みを湛えて「うん?」と見詰めてくる。
風に流される髪を片手で押さえ、僅かに首を傾げる祥子へと手を伸ばし、
恭也は頤をそっと掴むと、顔をゆっくりと近づける。
近づいてくる恭也の顔に、祥子はその瞳をゆっくりと閉ざしていき、二つの影が重なる。
やがて、ゆっくりと離れた恭也の肩に、祥子がもたれるようにして頭を乗せる。
両腕を恭也の右腕に絡ませ、幸せそうに目を細める。
恭也は反対の手で祥子の髪を梳くように持ち上げ、その指の隙間からさらさらと零れ落ちる髪を見詰める。
撫でるように優しく何度も祥子の髪を撫で上げる。
そこに言葉も何もなくとも、二人はしっかりと繋がっており、それを感じあっている。
寄せる波の音と、頭上で輝く無数の星。
降り注ぐ柔らかな月明かりの中、二人はいつまでもそうしていた。





<おわり>




<あとがき>

300万Hitで、グリフォンさんからのリクエスト〜。
美姫 「ありがとうございます」
うーん。
美姫 「何を悩んでるのよ」
いや、何となくな。
美姫 「ふーん。にしても、もう300万なのね」
ああ、ありがたい事に。
美姫 「うんうん。これも皆さんと私のおかげね」
えっ!? 皆さんは兎も角、お前のって……。
美姫 「…………」
ハイ、アナタサマノオカゲデゴザイマス。
だから、睨まないで……(涙)
美姫 「分かれば良いのよ、分かれば」
うぅぅ。
美姫 「さて、これからもびしびしといくから、覚悟するのよ」
したくないけど、既にしてます。
ともあれ、これからも頑張ります!
美姫 「その意気よ」
それでは、また次で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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