『An unexpected excuse』

    〜聖編〜






「俺が、好きなのは…………」

「ふんふん、好きなのは?」

恭也の後ろから、相槌を打つように尋ねる一人の女性。
その見知らぬ女性に不思議そうな視線を美由希たちを余所に、恭也は呆れたような顔になりつつ続ける。

「悪戯好きのちょっと可愛い妖精といった所ですかね」

「うんうん、妖精かー。中々、いいものに例えてくれるね。でも、そんなに悪戯好きかな?」

「ええ、かなり。少なくとも、俺や祐巳さんに対しては」

「あはは〜。ほら、好きな子ほど虐めたくなるじゃない?」

「小さい子供ですか、貴女は。第一、誰の事かなんて、一言も言ってないんだが……」

恭也の言葉に、楽しそうな笑みを見せつつ、

「ほうほ〜う。では、恭也は私以外に好きな人がいる、もしくは、出来たということだね?
 よよよ。少し会えないだけで、恭也の私への思いは儚く消えてしまったのね。
 それとも、私との事は遊びだったのね……」

わざとらしく目元を覆ったかと思うと、泣き真似をしながらつんでもない事を口走り、最後に顔を上げつつ、
悪戯っぽい笑みを見せながら、恭也の顔を覗き込む。

「はぁ〜。聖、気は済んだか」

「むー。久し振りの再会だというのに、何か冷たいな。まさか、本当に私以外の……」

「いや、それはないから。と言うか、分かってて言ってるだろう」

「あはははー、まあね」

二人のやり取りに、忍が遠慮がちに口を挟み込む。

「あのー、ちょっと良いですか。恭也、こちらの方は?」

「ああ、そうだったな」

忍の言葉に一つ頷くと、恭也は聖を紹介する。

「こちらはリリアン女子大学の一年で、佐藤聖さんだ」

「佐藤聖です、宜しくね」

聖の挨拶が済むと、恭也は順に美由希たちを紹介していく。

「こっちが俺の妹の高町美由希」

「よ、よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる美由希を面白そうに眺めつつ、聖が口を開く。

「ああ、貴女が美由希ちゃんね。恭也から話はよく聞いてるよ。
 料理が壊滅的に苦手な上に、何もない所で転んだりできるんでしょう」

全く悪意のない笑顔でそんな事を言われ、美由希は何とも言えず肩を落とし、恭也の方へと視線を飛ばす。
しかし、それを誤魔化すように恭也は次の紹介を始める。
それらを見ながら、忍たちは必死に笑いを堪えていた。

「で、こっちがクラスメイトの月村忍」

「宜しく〜」

「ああ、貴女が怪しいものを作っては恭也を実験台にしてる忍ちゃんかー。
 何でも、結構凄いものを作るのに、初歩的なミスをよくするんだってね」

聖の言葉に、忍は頬を引き攣らせつつ、笑顔のまま恭也を睨む。
恭也が次の紹介を始める前に、聖が那美へと視線を向け、

「って事は、貴女が那美ちゃん?」

「あ、は、はい、そうです」

「そうかそうか。君が那美ちゃんか。祐巳ちゃんさえ凌ぐ程のドジっぷりらしいね」

「え、えっと、あの……」

戸惑う那美に構わず、聖は続ける。

「美由希ちゃんと同じぐらいに、何もない所で転んだり出来るって聞いたよ」

「別に、好きでやってる訳じゃありません……」

少し悲しそうに反論しつつ、やはりその視線は恭也へと向く。
その恭也は、誤魔化すように明後日の方向を向いていた。
続いて聖は、晶とレンに視線を向け、向けられた二人も今までの経緯から、思わず身構える。

「で、貴方たちが晶ちゃんとレンちゃんだね」

「は、はい」

「そうですけど……」

「二人とも料理が上手なんだってね」

今までと違い、まともな言葉が出た事に多少呆気に取られつつ、二人は同時に頷く。

「料理には少し自信がありますから」

「良かったら、聖さんも今度食べに来てください!」

嬉しそうに言う二人をじっと聖は見詰め、うんうんと納得したように頷く。
その謎の行為に、主にその視線の先を感じ、二人は思わず2、3歩後退る。

「確かに、背中か前か分からない……」

「「なっ!?」」

二人は同時に声を上げると、胸を手で覆い隠し、恭也へと目を向ける。

「師匠、幾ら何でも、そんな事言わなくても」

「お師匠、うちは、うちは…………」

「ま、待て待て待て! 聖、俺はそんな事、言った覚えないぞ」

「えー、言ったじゃない」

「嘘を吐くな。一体、いつそんな事を言った!」

「えー。ほら、この前の夏休みに会った時に」

聖の言葉に恭也は、ああと答え、続きを促がす。

「私の胸を触りながら、二人もコレぐらいあれば悩まないだろうに、って」

「「(お)師匠〜」」

最早、泣きそうな声で恭也を見る二人に、恭也は激しく首を振る。

「言ってない、言ってないぞ、そんな事は」

恭也の弁解を、晶とレンは信じていないように半眼で見詰め、その後ろでは那美がそっと自分の胸に手を当て、
両隣にいる忍と美由希に視線を交互に合わせた後、そっとため息を吐き出す。

「聖〜」

流石に本気で恭也が怒りそうなのを見て、聖は二人に謝る。

「ごめん、ごめん。ちょっとした冗談だったんだけどね」

「うぅ〜、酷いですよ」

「ほんまです〜」

「だって、恭也ったら、晶ちゃんやレンちゃんの料理を凄く褒めるんだもん。
 彼女としては、ちょっとした仕返しをしたいじゃない」

「だからって、俺たちに仕返ししなくても……」

「いや、恭也を困らせるつもりだったんだけどね」

「うちらの心も大層、傷付きました」

「本当にごめんね」

本気で謝る聖に、晶とレンは許しを出す。
それで話が終ったかのように思えたが、今まで所在無くたち尽くしていたFCの一人が話し掛ける。

「あのー、それよりも、先程、佐藤さんが仰った彼女という所が気になるんですが……」

この少女の言葉に、他のFCたちも何度も頷く。
それを不思議そうに見遣りつつ、聖は恭也の腕を組むと、

「うん? そうだよ、私は恭也の彼女だけど、それがどうかしたの?」

「い、いえ、別に何でもないんです……」

肩を落としつつそう言うと、FCたちはその場を去って行く。
その背中を見ながら、恭也はそっと聖にだけ聞こえる声で呟く。

「どうかしたのかって、大体の事情は理解してただろう?」

「まあね〜。でも、これで良いんじゃないかな」

「まあ、な」

そう答える恭也の腕に強く抱きつきつつ、聖は恭也を唇と唇が触れるぐらいに近くまで引き寄せる。

「それとも、恭也は私との事、内緒にしておきたかった?
 もしかして、本当に私とは違う人を好きになったとか」

冗談めかして言っているが、その目はとても真剣で、触れ合った腕から聖が微かに震えている事が伝わる。
そんな聖を安心させるように、恭也は苦手な笑顔を何とか浮かべる。

「そんな訳ないだろう。俺が好きなのは聖だけだよ」

そう呟くと、少しだけ顔を前に出す。
軽く唇に触れた感触に、聖は驚いたように身を引き、逆に恭也は楽しそうな笑みを浮かべていた。

「きょ、恭也」

「ふっ、聖は意外と不意打ちに弱いからな」

その言葉を聞くや、聖は恭也をもう一度引き寄せ、今度は聖から口付ける。
しかも、それは恭也のそれのように、触れる程度の軽いものではなく、はっきりと。
恭也の唇を堪能した後、聖は恭也を解放すると、その顔に笑みを浮かべ、赤くなった恭也を見る。

「ふふふ。自分だって、不意打ちには弱いくせに。
 そう簡単に主導権は渡さないわよ」

そう言いながら、聖は軽く握った拳で恭也の胸をトンと叩く。
そんな聖を見下ろしながら、恭也も楽しそうな笑みを見せるのだった。
そんな二人を少し離れて見ていた美由希たちは……。

「私たち、完全に忘れられているよね……」

「そうみたいですね」

「それよりも、私はどうしても聞きたい事があるのよね〜」

忍はそう呟くと、頃合を見て聖に声を掛ける。

「所で、聖さん。私たちに言った事も、恭也が言ったんじゃない、とか?」

「ううん。それは恭也が言ってた事だよ」

「ふ〜ん」

聖の答えを聞き、忍がジト目で恭也を見る。
居心地が悪そうな恭也に、忍が告げる。

「恭也には罰として、今日これから教室に入る事を禁止ね。
 あ、鞄は美由希ちゃんに渡しておくから」

「はっ?」

意味が分からないといった恭也の背中を押しながら、忍は続ける。

「だから、教室の出入りを今日一日禁止だって。
 分かったら、さっさと行った、行った。
 聖さん、恭也も暇だと思うから、後はお願いね」

忍の言わんとする所を察し、聖はウィンク一つ返す。

「オーケー。恭也の事は任せなさい。ちゃんと、教室に戻らないように見張ってあげるから。
 それじゃあ、行こう恭也」

恭也の腕を取り、聖は歩き出す。
ここに来て、恭也もようやく忍の意図に気付く。
歩きながら、聖が恭也に話し掛ける。

「うーん、いい子だね」

「ああ。俺の友達だからな」

「うんうん。私も恭也も、友達には恵まれているね〜」

「そうだな」

そんな二人の背中を見送った後、忍たちも校舎へと戻る。
背中に予鈴のチャイムを聞きながら、恭也と聖は腕を組んで歩いて行く。

「恭也〜、何処に連れて行ってくれるのかな?」

「そうだな。今から遠くには行けないし、海鳴臨海公園とか」

「ぶっぶー。外れ〜。私は是非とも、連れて行って欲しい所があるんだけどな」

「……駅前?」

「ぶっぶ〜。本当に分からない」

そう言って、下から顔を覗き込む聖の顔をじっと見詰める恭也。
暫らく考えた後、ようやく口を開く。

「うちの母がいる喫茶店に行かないか」

「へー、そこで何があるのかな?」

「そこで、かーさんに聖を紹介する」

目で、これで正解かと尋ねてくる恭也に、聖は満面の笑みを浮かべる。

「よく出来ました。後は、何と言って紹介してくれるかだけど、それは着いてからの楽しみにしておくわ」

そう言って恭也の頬に軽くキスをする。
一緒に歩きながら、恭也はそれこそ愚問とばかりに笑みを見せるのだった。





<おわり>




<あとがき>

久し振りのこのシリーズ。
美姫 「今回は聖ね」
おう。
これで、マリみては大体、書き終えた〜。
美姫 「お疲れ〜。で、次は誰?」
はぁぁぁぁ。
美姫 「失礼ね」
いや、だってなー。
美姫 「はいはい。分かってるわよ。言ってみただけでしょう」
分かってたら、言わなければ……いえ、何でもありません。
美姫 「分かれば良いのよ。それじゃあ、また次回でね」
ではでは〜。







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