『An unexpected excuse』
〜杏編〜
「俺が、好きなのは…………」
全員がその答えを固唾を飲んで見守る中、中庭に一人の女性の声が響く。
「恭也! 何をやってるのよ!」
その言葉と共に、何か黒い影が恭也目掛けて飛んで来る。
背後から来たソレを、恭也は見もしないで首を傾けて躱す。
恭也の耳元を掠めて飛んで行ったソレは、そのまま恭也の正面に座っていた美由希の額に見事にヒットする。
後ろへと倒れながら、美由希は飛来したモノが何かを認識する。
「……辞書? う、うぅ……、私ばっかり、こんな目に合っているような気がするよ」
そんな事を呟きつつ、仰向けに倒れた美由希の元に、晶たちが集まる。
「しっかり、美由希ちゃん」
「そうやで。別に、美由希ちゃんばかりがそんな目にあってるんとちゃうから」
「うぅ、ほ、本当に?」
一縷の希望に縋るような眼差しで見てくる美由希に対し、忍たちは一斉に視線を逸らす。
「皆、酷いよ……」
涙を頬に伝わらせながら、美由希はそのまま力尽きたように地面に横たわるのだった。
そんな美由希たちを、呆れたように見た後、恭也は背後へと振り向く。
恭也が何かを口にするよりも早く、
「何で避けるのよ!」
という怒声が聞こえてくる。
「いや、普通は避けるだろう」
「兎に角、避けるのは禁止よ!」
無茶な注文をして、その女性はまたしても何かを投げてくる。
物凄い速さで迫ってくるソレを、恭也は片手で難なく受け止めると、こちらへと歩いてきたその女性へと、軽く放り投げる。
女性はそれを受け取りながら、不満そうな顔をする。
「受け止めるのも禁止よ!」
「じゃあ、どうしろと言うんだ、杏」
「素直に当たりなさいよ」
「嫌に決まっているだろうが」
「思い遣りが足りないわね」
「お前の投げた辞書に当たるのが、思いやりなのか」
恭也の言葉に、杏は少し考えるような素振りを見せる。
「……ちょっと違う気もするわね」
「いや、全然、違うと思え、そこは」
「まあまあ。って、それよりも、こんな所で何をしてるのよ」
「何と言われてもな。ただ昼食を取っていただけだが……」
「ふーん、それだけね〜」
「何か言いたそうだな」
「べっつに〜。あーあ、折角、作ったお弁当が無駄になっちゃったわね」
別にという割には、大声でそんな事を言う杏に対し、恭也は呆れたような顔を見せると、その口を開く。
「杏、お前自身が、今日は調理実習だから、一緒に昼食を取れないと言ったんだろう。
だから、晶たちと一緒に食べたんだが?」
「ええ、確かにそう言ったわよ。でも、恭也の分のお弁当は作って来ないとは言わなかったでしょう」
「普通、作ってきているとは思わんだろうが」
「え、そんな事ないわよ。これから毎日、作ってきてあげるって言ったじゃない」
「いや、確かにそれは聞いた。しかし、杏にも都合というものがあるだろう。
昨日の話を聞いた限りでは、普通は作れないと受け取ると思うんだが」
「……そう言われると、そんな気もしないでもないわね。
うん、今回は私が悪かったわ。ごめんね。でも、これどうしようか」
杏は困ったように手に持った弁当の包みをぶらつかせる。
その杏の手から、恭也は無言で包みを奪うと、
「折角、作ってくれたんだ。ありがたく頂くさ」
「でも、もう食べたんでしょう」
「これぐらいなら、まだ入る。それに……」
「それに?」
「杏の料理は美味いからな」
素っ気なく言いながらも、恭也は照れたようにそっぽを向く。
そんな恭也の言葉と態度に、杏も少し照れながらも、頷く。
「当たり前じゃない! それよりも、食べるなら早くしないと、昼休みが終っちゃうわよ」
恭也と杏は並んで座ると、恭也は包みを解き、杏は水筒を取り出して、恭也にお茶を渡す。
と、そこで、周りの女性たちに気付く。
「そう言えば、今日はやけに人が多いわね」
「ああ、色々とあってな」
「色々?」
「ああ」
杏の言葉に頷くと、恭也は弁当の蓋を開け、箸を手にする。
「では、頂きます」
「はい、どうぞ」
弁当を食べていく恭也をじっと見詰める杏に、恭也が言う。
「杏、そうじっと見られると、食べ難いんだが……」
「あ、ごめん、ごめん」
杏は謝ると、恭也から視線を外す。
しかし、少しするとすぐに恭也へと視線を向ける。
恭也も、もう何も言わず、ただ弁当を食べていく。
傍から見ると、あまり表情に変化は見られないが、恭也に親しい者は皆、恭也が美味しそうに食べている事に気付いていた。
杏も当然、それを分かっており、その顔に笑みを浮かべる。
じっと見られており、少し居心地の悪い感じを受けつつも、
決してそれが嫌という訳でもなく、恭也は淡々と弁当の中身を平らげていく。
「あ、恭也、ご飯粒」
「ん、何処だ?」
「取って上げるから、動かないで」
杏は手を伸ばし、恭也の口元に付いていた米粒を掴むと、そのまま食べる。
「はい、取れたわよ」
「ああ、ありがとう」
礼を述べると、残り僅かとなっていた弁当をまた食べ始める。
それからすぐに、恭也は弁当箱を空にすると、蓋をして杏へと渡す。
「ごちそうさま。美味かったぞ」
「おそまつさまでした。本当に、美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるわ」
「そうか」
「ええ」
二人がそんな話をしていると、FCの一人が、気まずそうに、おずおずといった感じで恭也に声を掛けてくる。
「あの……」
「ああ、そういえば……」
ようやく恭也もさっきまでの出来事を思い出し、口を開こうとするが、FCたちは既に何かを悟ったかのような顔をしていた。
一方、事情を知らない杏は、一人不思議そうにFCたちと恭也を交互に見ると、
「恭也、一体、何をしたのよ、アンタ」
「いきなりだな、おい」
「だって、普通、この状況を見れば、恭也が何かしたかと思うでしょう」
「……まあ、否定はできないが」
「でしょう。ほら、何を仕出かしたのよ。私も一緒に謝ってあげるから、素直に白状しなさい」
「既に、したという事は決定なんだな」
「えっ!? 違うの」
「少しは信用してくれ」
「冗談よ、冗談。恭也の事は、誰よりも信用してるって」
「本当かどうか疑わしいんだが……」
「あら、そんな事言うの? こんなにも恭也の事を信用しているというのに」
「冗談だ。俺も杏の事は信用しているからな」
「そ、そう」
さっきまでとは打って変わり、杏は照れたようにそっぽを向く。
「もしかして、照れているのか?」
「うっさいわね。そんな事、あるわけないでしょう」
「なら、こっちを向いてみろ」
「別に良いでしょう。今は、こっちを向いていたいのよ」
「なら、俺がそっちへ行こう」
「あ、そうなると、今度はそっちを向きたくなるわ」
「何で見られたくないんだ?」
「五月蝿いわね。どうせ、また、からかうつもりでしょうが」
「そんな事はしないって。ただ、杏の照れた顔も可愛いから、見たいだけだ」
恭也の言葉に、杏は更に照れ、怒ったような声を上げる。
「あー、もう! 自覚もせずに、そんな事ばっかり言わないの!」
「俺は可笑しな事を言ったか? 思ったことを言っただけなんだが」
「だから、自覚がないって言うのよ!」
照れた顔を、怒っているように見せ、杏は恭也へと詰め寄る。
「それよりも、説明をしなさいよ、説明を」
これ以上、何かを言うのは危険と感じ、恭也は素直に説明をする。
「……なるほどね。で、恭也は何て答えたのよ」
「いや、まだ答えてない。答えようとした所で、何かが飛んできたんでな」
「何かって、何かしらね」
笑顔でそう言う杏に対し、恭也はさあな、とだけ答えておく。
「で、何て答えるつもりだったのよ」
さっきまでの強気な態度とはがらりと変わり、どこか不安そうな顔で恭也を見上げる杏を可愛いと思いつつ、恭也は答える。
「言わなくても分かるだろう」
「……分からないわよ。ちゃんと言葉にしてもらわないと、不安なんだもの」
「俺のことを信用してるんだろう」
「それはそうだけど……。だって、恭也の周りには、私よりも可愛い子とか、綺麗な子がいっぱいいるし……」
「それでも、俺には杏だけだって」
「……うん」
杏の頭に手を置くと、安心させるようにそっと撫でる。
すると、安心するように杏は目を閉じる。
取り残されるような形となったFCたちは、声を掛け辛い雰囲気の二人に対し、一人が代表するように小さな声で呟く。
「えっと、もう分かりましたので、私たちはこれで……」
その言葉を皮切りにして、FCたちはこの場を後にして行く。
それを眺めながら、恭也は不思議そうな顔を見せる。
「何か知らんが、もう良いという事か?」
「そうみたいね。意外と、恭也も人気がなかったって事ね」
「いや、俺に元々、そんなものがあるはずもないだろう」
「そうかしら?」
「ああ、決まっている。それよりも、杏の方が下級生の女の子たちに人気があるじゃないか」
「そんな事を言うのは、この口! えいえい!」
「こ、こら、やめろ。止めろと言うのに」
じゃれあっている二人を眺めつつ、忍が呆れたように声を上げる。
「そりゃあ、あれだけ見せられたら、普通は気付くわよね」
「あ、あははは。まあ、恭也さんはその……」
「鈍いからでしょう、那美さん」
「い、いえ、別にそういう訳では」
「別に、本当の事なんだから、気にする必要はないですよ」
杏の攻撃から何とか復活した美由希は、そんな事を言う。
それに同意しつつ、晶は別の事を口にすると立ち上がる。
「それよりも、そろそろ予鈴が鳴るんで、俺は教室に戻りますね」
「あ、うちも戻ります」
「そうね、私たちも戻りましょうか」
「ええ。でも、あの二人はどうしましょうか、忍さん」
「んー? まあ、放っておけば良いんじゃない。そのうち、気が付くでしょう」
「そうですよね。馬に蹴られたくないですし」
美由希の言葉に頷きつつ、忍たちも戻っていく。
そんな一向にお構いなく、恭也と杏はじゃれ続けていた。
<おわり>
<あとがき>
CLANNAD二人目は、杏。
美姫 「必殺技は、事典投げ」
いやー、いいキャラだよな。
美姫 「妹思いのキャラよね」
うんうん。さて、次は誰にしようかな〜。
美姫 「って、あれ? CLANNADの次のキャラは、ことみか智代だったんじゃ?」
まあまあ。それは、それ〜。
美姫 「いや、まあ、いつもの事と言えば、いつもの事なんだけどね」
あははは。とりあえず、また次回!
美姫 「はぁ〜。それじゃ〜ね〜」