『An unexpected excuse』

    〜乃絵美編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也はそこまで言葉にしたかと思うと、急に口を閉ざす。
困ったような表情を浮かべる恭也に対し、ついもういいですと言いそうになるのを堪えるFCたちの前で、
恭也は考え込むように腕を組む。
その姿は考え込んでいるようにも見えるし、また違うようにも見える。
一同が見守る中、ただじっとそのままでいる恭也に、全員が誰も居ないのかもしれないと思い始めた頃、唐突に声が上がる。
上がるといっても、それはかなり控えめで、普段の昼休みなら、その喧騒の前に掻き消されるほど小さなものだった。
しかし、今は恭也の言葉を少しも聞き逃さないように、全員が息を潜めていたため、その小さな声は思ったよりも響いたのだった。
全員がそちらへと向く中、その声の主は、申し訳無さそうな顔になると、全員に見られているためだろうか、恥ずかしそうに俯く。
俯いたまま、垂らした指と指を絡ませ、時折、スカートの皺を伸ばすかのように、もぞもぞと指を動かす。
その小さな動きは、俯いた状態である事も合わせ、もじもじといった表現が最もしっくりとくる。

「あ、あの、ご、ごめんなさい。その、何か邪魔をしてしまったみたいで……」

消え入りそうな声に、全員がその言葉を聞き取り、その意味を理解する頃には、
その少女は居た堪れなくなったのか、急に頭を下げる。

「本当にごめんなさい。それでは、これで失礼します」

そう言って頭を上げると、少女は後ろへと振り返り、そのまま去って行く。
いや、行こうとする。
それを慌てて止めたのは、恭也と美由希だった。

「乃絵美、ちょっと待て」

「の、乃絵美さん、ちょっと待って下さい」

二人の言葉に、乃絵美は足を止めて振り返る。

「あ、あの、何か」

「とりあえず、こっちにおいで」

「そうそう。別に、何も邪魔なんてしてないから」

優しく自分を呼ぶ恭也の声と、美由希の言葉に、乃絵美はこくりと頷くと、おずおずといった感じで恭也の傍まで来る。

「とりあえず、座るといい」

恭也の言葉に頷き、恭也の横へと静かに腰を下ろす。
それを見て、恭也は乃絵美へと話し掛ける。

「で、転校手続きの方はもう済んだのか」

「はい、何とか済みました」

「そうか。それは良かったな」

「はい」

恭也の言葉に、小さく、だが少し嬉しそうに頷く。
一方で、忍と那美は自分たちの知らない少女の登場に、疑問を浮かべていた。

「彼女は、伊藤乃絵美さんといって、桜美町にあるロムレットという喫茶店の娘さんなんですよ」

そう説明する美由希の言葉が聞こえたのか、乃絵美は忍と那美に向かって頭を下げる。
それに同じように返しながら、忍がしごく当然の疑問を口にする。

「その伊藤さんが、どうして風校に?」

「実家がお店を経営されていられるのなら、親御さんの転勤とかではないですよね」

「あ、それは……」

美由希が言ってもいいものかどうか悩んだ顔で、乃絵美を見る。
乃絵美は、小さくだが、しっかりと頷く。
それを受けて、今度は恭也が口を開く。

「実は、乃絵美は体が少し弱くてな。
 それで、空気もよく、気候も比較的に穏やかなこちらに来る事をご家族の方に提唱してみたんだ」

「こっちやったら、大きな病院に優秀なお医者さんもいますし」

「そうそう。それと、桃子さんと乃絵美さんの両親も喫茶店を経営していて、色々と交流があったから、俺らとも知り合いだし」

「全く知らない人ばかりの所よりも、そっちの方が乃絵美さんのご両親も安心できるって事で、
 結構、すんなりと決まったんだよね」

美由希の言葉に、恭也は頷きながら、

「それで、こっちだったら、うちに滞在すれば、何かあった時にも、すぐに実家の方とも連絡が付くからな」

一通りの説明を聞き、忍と那美は納得したように頷く。

「まあ、そういう訳だから、二人共、これからよろしく頼む」

「任せなさい! えっと、乃絵美で良い?」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますね、乃絵美さん」

親しく話し掛けてくる二人に、乃絵美は頷いて答える。
二人への説明も済んだ恭也は、乃絵美の体調を気遣うように尋ねる。

「所で、これからどうするつもりなんだ?」

「えっと、手続きが終ったから、この後は翠屋へと行って、桃子さんのお手伝いをしようかと思ってたんだけど……」

「そうか。まあ、あまり無理はするなよ。
 乃絵美はすぐに遠慮する所があるから、何かあったら、すぐに言うんだぞ」

「はい、分かってます」

「本当に分かっていれば良いんだが。特に、自分の体調が悪くても、隠そうとするからな」

「そ、そんな事は……」

「ないとは言い切れないだろう」

恭也の言葉に、乃絵美は黙って俯く。
どうやら、思い当たることがある様子だった。

「まあ、心配を掛けまいとする、その気持ちは分かるけれど、無理して倒れたりしたら、そっちの方が心配だからな。
 だから、ちゃんと言ってくれよ」

「分かってるよ。何かお兄ちゃんみたいな事を言ってるよ」

「……確かに、正樹は乃絵美に甘いというか、甘すぎるからな」

「恭ちゃんも、人の事は言えないって」

「そうそう。師匠も、なのちゃんには甘いですから」

「そんな事はないだろう。いや、正樹と同じではないはずだ、断じて。
 俺は、あそこまで過保護ではないぞ」

「まあ、確かに、正樹さんはかなり過保護ですけど……」

「でも、最近はそうでもないかも」

恭也の言葉に、苦笑しながら呟いたレンに、乃絵美がそう言う。

「ああ、真奈美の存在か」

「はい」

恭也が何やら納得したように言った言葉に、乃絵美はしっかりと頷く。
それを知っている美由希たちも、同じように納得をしていた。

「あれ、恭也さん」

「どうした、乃絵美」

「シャツのボタンが取れかけてますよ」

「ん? 本当だな」

「今、すぐにつけるから……って、ここで脱ぐ訳にはいきませんね。
 それじゃあ、帰ってからつけるから、洗い物に出す前に、私に貸してくださいね」

「ああ、悪いが頼む」

「いえ。多分、大丈夫だと思うけれど、途中で落ちたりしたら困るから、今のうちに取っちゃいますね」

乃絵美はそう言うと、ポケットからソーイングセットを取り出すと、携帯用の小さなハサミを取り出し、
恭也の取れかけていたボタンの糸を切って、ボタンをそのまま掌へと収める。

「それじゃあ、このボタンは私が預かっておくから」

「ああ、分かった。助かる」

「ううん。じゃあ、私はそろそろ帰るから」

「一人で大丈夫か」

「大丈夫だよ。ちゃんと道は覚えてるもの」

「そうか、なら良い。所で、何も持っていないみたいだが、手ぶらで来たのか?」

「ううん。手続きに必要な書類とかは、全部、提出したから……。あっ」

「どうした?」

「鞄を持ってくるの、忘れちゃった」

忘れ物を思い出し、恥ずかしそうに告げる乃絵美に、恭也は仕方がなさそうな溜め息を吐く。

「ったく、しょうがないな。何処に忘れてきたんだ。
 帰りに、貰ってこよう」

「うん。でも、中に財布とか色々入っているから、やっぱり、今から取りに行ってくる」

「そうか。まあ、念のためだ。
 俺も一緒に付いて行こう」

「えっ、そんなの良いよ。悪いし」

「気にするな。で、何処に行けば良いんだ」

「えっと、事務室なんだけど」

「そうか。じゃあ、行くぞ」

「あ、待って」

立ち上がった恭也に続き、乃絵美は少し慌てたように立ち上がる。
あまりにも急ぎすぎた所為か、思わずふらつくが、恭也が支える前に、何とか持ち直す。

「そんなに慌てなくても、先に行ったりはしないから」

「うん。ごめんなさい」

「いや、別に謝る程の事でもないがな。
 それじゃあ、行こうか」

「あ、うん」

「どうした。体調が悪くなったのか」

「ううん、そうじゃないから」

恭也はその言葉の真偽を確かめるように、じっと乃絵美を見つめる。
乃絵美は少し恥ずかしそうに、視線を僅かだけ逸らすが、大人しくしている。
やがて、本当に何ともないと分かった恭也は、小さく頷くと歩き出す。
乃絵美は、その一歩半ぐらい後ろを、とことこと付いて行く。
何となく足元がふらついているようにも見える乃絵美に、恭也は肩越しに視線を投げる。
それに気付いた乃絵美が、ゆっくりと手を伸ばす。

「えっと、ちょっとだけ疲れたみたいだから……」

「大丈夫なんだな?」

「うん。一人でも歩けるよ。ただ……」

「ああ、好きにするといい」

恭也に許可を貰うと、乃絵美は伸ば掛けていた手を再び動かし、そっと恭也の制服の裾を掴む。

「本当に辛くなったら、ちゃんと言うんだぞ。本当に、迷惑だとは思わないからな。
 逆に、言ってくれないほうが、少し寂しく感じるぞ」

「うん、分かってる」

それだけを言うと、恭也は再び歩き始める。
勿論、乃絵美の歩調に合わせて、ゆっくりと。
その少し後ろを、乃絵美が恭也の制服の裾を握り締めながら、恥ずかしそうに顔を俯かせたまま、これまたゆっくりと歩いて行く。
そんな二人の背中を眺めつつ、忍と那美は、いや、FCたちも、美由希たちへと視線を向ける。
その視線の意味に気付き、美由希たちはただ笑みを浮かべるだけだった。
それが答えだと言わんばかりに。
それでも、念のためというか、誰かが口を開く。
はっきりと、言葉にして聞きたかったのだろう。

「えっと、つまり、さっきの人が、高町先輩の……」

「ま、まあ、そういう事かな」

既に、ここに居た者全員が、それを予想していたが、こうして美由希の口から語られた言葉により、ようやくその腰を上げる。
本人は居なくなってしまったが、美由希たちに頭を下げると、FCたちはこの場を去って行く。
気を使ったのか、恭也たちが歩いて行く道とは違う道を使って。
背後でそんな事が行われているとも知らず、
恭也はただ、すぐ後ろを付いてくる乃絵美に気を配りながら、ゆっくりと歩を進めるのだった。





<おわり>




<あとがき>

通りすがってポロリさんから、160万Hitリクエスト〜。
美姫 「ありがとうございました〜」
こんな感じになりましたが、リクエスト通りになったでしょうか。
美姫 「ちょっと短いわね」
お、お前が答えるな!
美姫 「でもでも〜」
うぅぅ。乃絵美に関しては、二人が徐々に惹かれあう過程も書いてみたいとか思いつつ……。
美姫 「そんな時間があるの?」
…………ないかも。
美姫 「ふっ。戯言はそれぐらいにしておきなさいよ」
うぅぅぅ。
美姫 「それよりも、次は誰かな?」
誰でしょうね〜。
美姫 「それじゃあ、ジャンルはもう増やさないと言いつつ、新たにジャンルを増やしたこの馬鹿を殴りながら、次回を待て!」
ちょ、ま、待て。今回のは、キリ番リクエストだったんだから、仕方がな……って、や、止めろーーーーー!!







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