『An unexpected excuse』

    〜クレア編〜






「俺が、好きなのは……」

「恭也〜♪」

恭也がその名を口に出すよりも先に、不意に現われた少女が恭也の背中へと抱き付く。
少し前から勘付いていたのか、恭也は急に跳びかかれたにも係わらず、踏鞴を踏む事もなくしっかりと踏み止まる。
そんな事を気にも掛けず、いや、恭也が倒れるかもしれないという事は頭にないのかもしれないが、
抱き付いた少女は、甘えるように恭也の背中に頬を猫のように擦り付ける。
たっぷりとそれを堪能した後、少女はやっと恭也の背中から離れ、今度は腕を取る。

「で、どうだったクレア」

「うむ、何ら問題なしじゃ」

始終笑みを湛えたまま、クレアと呼ばれた少女は答える。
その意味する所に気付いたのか、美由希が小さな声を上げた後、確認するようにクレアへと話し掛ける。

「今日だったんだ」

「うむ、そうじゃ」

「これで、クレアも明日からはここの生徒だな」

恭也の言葉に、クレアは嬉しそうに微笑む。
そんなクレアを見ながら、恭也は心底不思議そうに呟く。

「しかし、わざわざ自分から学校へと通いたいとはな。
 今更、勉強などいらんだろうに」

「馬鹿者。学べるという事は、それだけでも大層、大事な事なんじゃぞ。
 それに、こっちの学問は殆ど知らぬからの。知らぬ事を学ぶというのは、それだけで楽しいものよ」

「そういうもんか」

「多分、恭ちゃんには一生分からないって」

横から口を挟んできた美由希を視線だけで黙らせると、恭也はクレアへと訪ねる。

「で、クラスは決まったのか?」

「ああ。確か、一年A組じゃ」

「あ、じゃあ、私と一緒のクラスだね」

「そうなのか?」

「ああ。良かったじゃないか、クレア。知らない者たちばかりじゃなくて、一人でも知っている者がいて」

「ああ、そうじゃな。うん、明日から頼むぞ、美由希」

「うん、任せてよ。分からない事があったら、何でも聞いてねクレアさん」

「多分、勉強に関しては、お前よりもクレアの方が詳しいと思うがな」

「そんな事ないもん。クレアさんは、まだこっちの学問になれてないから……」

美由希の言葉を遮るように、恭也が告げる。

「因みに、クレアは既に高一の問題は殆ど何も見ずに解けるぞ」

「嘘!?」

「嘘じゃない。吸収が早いとは思っていたが、まさか数ヶ月でここまで出来るようになるとはな」

感心を込めて呟いた恭也の言葉に、クレアは嬉しいような照れたような笑みを見せる。

「しかし、昼間も恭也と一緒だな」

「一緒とは言っても、クラスも学年も違うがな」

「別にそれは仕方があるまい。それでも、これで恭也と一緒じゃ」

真っ直ぐにそう言ってくるクレアの言葉に、恭也は照れたようにそっぽを向く。
と、そこへFCたちが遠慮がちに声を掛けて来る。

「あの、高町先輩……」

「あ、ああ、すまない。そう言えば、途中だったな」

謝る恭也に対し、FCたちは首を振ると、恭也が口を開くのを待つ。
それでも、何人かは既に答えに察しが付いたのか、チラチラと恭也の腕を掴んでいるクレアへと視線を投げていた。
一方のクレアは、恭也の目の前にいる大勢の女性たちを前にして、目つきも鋭く、
今まさに口を開こうとしていた恭也の腕を抓り上げる。

「クレア、痛いんだが……」

本当に痛いのかどうか怪しいぐらいに落ち着いた口調で、恭也はクレアへと非難めいた声を上げるが、
当のクレアは知らん顔をして、澄ました口調で言う。

「そんなに強くはしておらんだろうが。
 しかし、この程度の痛みで弱音を吐くなど、救世主の名が泣くぞ。
 それとも、大勢の女性に囲まれて、堕落したか」

「何を言っている……そうか、焼きもちというやつか?」

クレアの態度に、恭也は思い当たったのか、そのままソレを口に出す。
別にからかうつもりも、それに文句を言うつもりもなく、ただ本当に思いついた事をそのまま口に出しただけだったが、
横で見ていた忍たちが、一斉に呆れたような顔で、疲れたように首を横へと振る。
そして、言われたクレアは耳まで真っ赤にすると、恭也の腕を先程よりも強く捻り上げる。

「痛っ。クレア、本当に痛いから、止めろ」

「う、うるさい、うるさいぞ。場所が場所なら、打ち首にする所じゃぞ!」

「む、それは困るな」

「だったら、変な事を言……」

クレアの言葉を聞かず、恭也はそのまま続ける。

「ずっとクレアの傍に居ると約束したからな。打ち首にされたら、その約束が守れなくなる」

「……きょ、恭也はすぐにそんな事を真面目な顔で言う」

「ん? 何かおかしな事を言ったか?」

「べ、別に、おかしな事は言っておらんが……」

クレアの言葉に、本当に分からないといった表情を浮かべる恭也に、クレアは怒るような喜ぶような複雑な顔を見せると、

「きょ、恭也はずるい! そんな真剣な顔で、そんな事を言うのは……」

「何の事か分からんが、俺は変な事を言ったか?」

「それじゃ! その無自覚がいかんのだ。
 それと、思ったことをすぐに口にするのも止せ」

「そんな事はないだろう」

「あるんじゃ! だから、無自覚と言うておろう!」

怒鳴るように言うクレアを上から覗き込みながら、恭也は顔を近づけると、不思議そうに尋ねる。

「さっきから、何を怒っているんだ?」

「〜〜っ! そんなに知りたいのなら、教えてやろう。
 恭也、この女子共は何じゃ。一体、何をしておった」

「ああ、そう言えば、クレアが邪魔をするから、また忘れる所だったじゃないか」

「なっ。私の所為にするのか。……そ、それよりも、忘れるとは、一体、何をしておったんじゃ」

怒ったかと思えば、急に不安そうな顔になるクレアに気付かず、
恭也はさっきよりも強い力で腕にしがみ付いてくるクレアを見ると、FCたちに言う。

「俺が好きなのは、ここに居るクレアだ。これで良いのか」

恭也の答えを聞き、FCたちは頷くと、その場を去って行く。
去り際に、

「高町先輩、クレアさんにちゃんと説明してあげないといけませんよ」

「そうですよ。ちゃんと説明をしないと、変な誤解をされますからね」

などと残して行く者も居たが、恭也は何が誤解なのか分からないといった顔でそんな者たちを見送った。
FCたちが去った後、クレアは緩みそうになる頬を懸命に堪えつつ、いかにも怒っていますといった顔をして見せる。

「で、どんな言い訳を聞かせてくれるのかな?」

「言い訳? さっきから、何を言っているんだ?」

「女子たちに囲まれていた言い訳を聞かせてくれるのではないのか?
 あまつさえ、それが私にばれたら、都合の事を言いよってからに。あの程度の事で、誤魔化されはせぬぞ」

言いつつも、懸命に緩みそうになっている顔を必死で保っている事に、美由希たちは気付いていたが、黙っておく。
下手に口出しをして、巻き込まれては敵わないとの判断だからだろう。
それに、特に問題ないだろうという判断もある。
流石に、問題になるようなら、美由希たちも口を出しただろうが。
美由希たちは二人のやり取りを最後まで見る事無く、静かにこの場を立ち去るのだった。
全員が立ち去り、二人きりになった恭也は、とりあえず先程のFCとの一件を説明する。
その説明を聞くに連れ、クレアはばつが悪そうな顔へと変わり、最後には申し訳なさそうな声を出す。

「す、すまんかった恭也」

「何がだ?」

「……いや、分からないのなら、それで良い。とりあえず、私が謝りたかったから、謝ったんだ」

「そうか。まあ、クレアがそれで良いと言うのなら、構わないが」

よく分からないままも、恭也はそのまま頷いておく。
そんな恭也の首元へとクレアは抱き付くと、恭也が何か言うよりも早く、その耳元へと話し掛ける。

「恭也、さっき、皆の前で言ってくれた言葉、とても嬉しかったぞ」

「……まあ、かなり恥ずかしかったがな。嘘はないしな……」

顔を見なくても、その口調から恭也が照れている事を察し、クレアは照れる恭也の顔を思い浮かべて一人笑みを浮かべる。

「これは、そのお礼みたいなもんじゃ」

そう言うが早いか、クレアは恭也の頬へと口付ける。
突然の出来事に驚いた顔を浮かべるものの、恭也はそのままクレアの背中へと腕を回すと、こちらもその耳元へと囁く。

「お礼じゃなくても、やってくれても構わないんだがな」

「そうじゃな。但し、誰も見ておらん所でな」

「それは、当たり前だ。流石に、誰かに見せる趣味は俺にはない」

「私にもないぞ」

クレアはそう言うと、もう一度頬へと口付けるのだった。





<おわり>




<あとがき>

アハトさんからの175万Hitリクエスト〜。
美姫 「クレアです」
リクエスト、ありがと〜。
美姫 「所でさ〜。このお話では、クレアは美由希と同い年?」
ふっふっふ。
異世界から来たんだから、戸籍は何とでもなる。
いや、美沙斗辺りに頼んで何とかしてもらった。
美姫 「それって、ありなの?」
いや、クレアの正確な年齢って、本編で出てなかったような気がしたから、勝手に決めたんだが。
美姫 「……クレアって、子供よね?」
まあ、その辺は笑って見過ごしてくれ。
もしくは、さっき言ったように、戸籍を……。
美姫 「って、これは何?」
ああ。後日談と言うか、余談みたいなもの。
美姫 「え〜い、公開しちゃえ」
わっ! ば、や、やめ……。



転入してきたクレアは、休み時間の度に恭也の教室を訪れ、恭也と一緒の時間を過ごしていた。
その所為で、クレアは校内でもかなり有名になってしまったのだが、本人は気にもしていなかった。
いや、気付いてさえ居なかったかもしれない。
恭也のクラスでは、授業終了後、何分後にクレアが来るのかといった賭けも行なわれていたという噂もあるが、
あくまでも噂で、更に、その胴元が忍だという噂もあったりするのだが、それも確認は出来ていない。
兎も角、そんな感じで、クレアは日々、楽しそうに過ごしていた。
極偶に、疲れて恭也の膝に腰掛けたまま寝てしまったり、故郷が懐かしくなったのか、恭也に抱きついて離れなかったりして、
そのまま授業を受けてたりすることもあったりとかしたが……。
そして、それがあっと言う間に校内の名物へとなるのに時間は掛からなかった。



美姫 「とまあ、こんな感じの話なのね」
まあな。でも、これで続編が書けるかと言われると……。
美姫 「その時にならないと分からないのよね」
そういう事だ。
美姫 「とりあえず、今回はこの辺で」
だな。それじゃあ、また次で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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