『An unexpected excuse』

    〜風子編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也は言葉を止めると、ただ静かな眼差しをここではない何処かへと向ける。
どこか遠くを見詰め、翳りのある表情を浮かべるも、すぐさまそれを消し去ると、ゆっくりと頭を振る。
そんな恭也の様子に、誰もが言葉をなくしている中、やがてゆっくりと恭也は続きを声に出す。

「待っている人がいるんだ」

静かな恭也の言葉に、誰もがただ静かにその場に立ち尽くす。
そこへ、一人の少女が不意に現われる。
少女は、星型の木彫りを手に、ポーズを決めると、

「風子、参上!」

「……」

呆気に取られる一同が見詰める中、風子と自ら名乗った少女は暫らくそのままの姿勢で止まっていたが、
反応がない事に首を傾げ、幾つかのポーズを取る。

「やはり、こっちのポーズの方が良かったでしょうか。
 それとも、こう? やはり、ここはヒトデの可愛らしさを充分に出すために、こうの方が……」

一人、ブツブツと言いながらポーズをコロコロと変える風子へと、恭也が真っ先に我に返ると声を上げる。

「風子、どうしてここに!?」

その顔には信じられないといったものが浮ぶが、同時に嬉しさも感じさせた。
そんな恭也へと向かって、風子は不思議そうな顔を見せる。

「どうしてと言われましても、風子はここの生徒ですから、ここに居るのは当然なのです。
 それよりも、恭也さんこそ、どうしてここに?」

「それは、俺もここの生徒だからな」

「風子、てっきり居眠りのし過ぎで退学させられたかと思ってました」

「んな訳あるか」

「いえ、恭也さんは授業態度もそうですが、普段の態度もそこはかとなく最悪ですから、風子法によると……。
 むむむ、これは、あまりにも酷すぎて、優しい風子は口に出来ません」

「いや、それって言ってるのと殆ど変わらないからな。それ以前に、風子法なんてものはない」

「むむ。久し振りに会ったというのに、そんな事を言いますか。
 風子は機嫌を悪くしました。言い換えると、最悪です」

「言い換える必要があるのか?」

「でも、久し振りに会えたので、プチ最悪ぐらいにしておいてあげます。
 優しい風子に感謝して、恭也さんはきっと涙で前がみないはずです」

「いや、そんな事は全然ないが」

「うわっ! なんて感動の少ない人なんですか。
 もう最悪も最悪です。どれぐらいかと言うと……」

「……で、どれぐらいなんだ?」

「今、考えているんです。……ああー! 恭也さんが話し掛けた所為で、分からなくなってしまったじゃないですか。
 本当に最悪です」

そんな事を言う風子を見詰める恭也の目は、何処まで優しく、その顔は嬉しそうだった。
風子はそこまで言うと、微かに上目遣いに恭也の様子を見つつ、さっきまでとは違い、静かな口調で口を開く。

「あ、あの、ですね。風子、やっと目が覚めました。
 リハビリも一生懸命して、こうして会いに来れるようになりました」

「ああ。……リハビリ? という事は、もっと前に目覚めていたのか?」

「はい。お姉ちゃんにお願いして、恭也さんに自分で会いにいけるようになるまで、黙っていてもらったんです」

「それでか。急に、面会も出来なくなったと言われて……。
 お前な、容態が急変したのかと思って、どれだけ心配したと思ってるんだ……」

「うぅ、そ、それは、ご、ごめんなさいなのです……。そ、その、怒ってますか……」

風子は俯くと、恭也の様子を窺うようにチラチラと見てくる。
そんな風子に、恭也は苦笑を浮かべると、優しく微笑む。

「いや、怒ってないさ。こうして会いに来てくれたんだからな。その、嬉しいぞ」

「あ、はい」

恭也の言葉に、風子も笑顔を見せるたかと思うと、急に真剣な顔になり、手にした星型の木彫りを恭也へと差し出す。

「という訳で、恭也さん、これを上げます。
 それで、ふ、風子の恋人に……」

「ああ、約束だからな」

恭也はそう言うと、その木彫りを受け取る。
同時に、風子はほっとしたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべる。
そこへ、物凄く遠慮がちな声が聞こえてくる。

「あ、あのー、高町先輩……」

声を掛けてきたFCの一人の方へと顔を向けると、風子は全員を見渡す。

「な、何ですか、この大人数は……。い、一体、いつの間に。
 この風子に気付かれずにここまで接近するなんて、きっと只者ではないですよ。
 まさか、風子の持つ、ヒトデの彫刻を狙って。ああー、ヒトデは可愛いから、きっと攫われて……、攫われて……」

急にトロンとした顔になったかと思うと、怪しげな笑みを浮かべる。
その口から、微かな言葉が聞こえてくる。

「ふふふ。ヒトデさん、ちょっと待ててください。こっちのヒトデを……。
 うふふふふふ。ああ〜、ヒトデが一杯です。幸せすぎて、風子は、風子は……。
 ああ〜、これがヒトデ祭りなんですね……」

そんな風子を呆れながら眺めていた恭也は、とりあえず声を掛ける。

「あー、言いたいことは色々とあるんだが……。ヒトデ祭りって何だ。いや、そうじゃなくて、風子。
 おい、風子、いい加減に戻って来い」

「……はっ! こ、ここは」

恭也の何度目かの呼び掛けで我に返った風子へと、恭也が注意するように言う。

「風子、そのすぐにぼうっとする所は治ってなかったんだな……」

「失礼ですね。風子がいつ、ぼうっとしましたか。
 風子は立派な大人の女性ですから、そんな事にはなりません。しっかりとしてます」

「いつも何も、たった今、ぼうっとしていただろう」

「してません。それはきっと、しっかりしている風子を妬む恭也さんが、脳内で勝手に作り上げた風子です。
 まあ、美しいだけでなく、しっかりとした大人の女性である風子の所為で、
 恭也さんが劣等感を抱いてしまうのは仕方がない事ですが」

「いや、まあ、この事は今更、どうでも良いが……」

疲れたように呟く恭也を余所に、風子は再びFCたちの方へと視線を転じ、そして、驚いたような声を上げる。

「……って、いつの間にこんな大勢の人たちが!? い、一体、いつの間に。
 この風子に気付かれずにここまで接近するなんて、きっと只者ではないですよ」

「いや、さっきも言ったから、その台詞。
 そして、この方たちは初めからここに居た、普通の人だから」

「むむむ。またそんな事を言って、風子を騙すつもりですね」

「騙すとは人聞きの悪い……」

「いーえ、間違いありません。今まで、何度も恭也さんに騙されてきた、この風子が言うんですから」

「それは……、いや、何度も騙した俺も悪いんだが、あまり威張れない根拠だな、おい」

「で、彼女たちは何者なんですか」

「だから、ただの生徒だって」

「……はっ! ま、まさか、もう浮気ですか、恭也さん。
 最悪です、やっぱり、恭也さんは鬼畜です。
 風子を弄ぶだけ弄んで、飽きたから捨てるんですね」

「いや、色々と勘違いがあるようだが。
 そもそも、弄ぶって何だ、弄ぶって。さっき、お前が俺に告白したばかりだろうが」

「そんな過去は忘れました」

「都合の悪い所だけ忘れるな!」

「むむ、冗談も通じないとは、暫らく会わないうちに、変わりましたね。
 もう、風子の知っている恭也さんは居ないんですね。ああ、月日が流れるというのは、なんて残酷なんでしょう。
 でも、良いんです。例え、恭也さんが、極悪非道な人になっていようと、悪さばかりして、誰からも相手にされなくなって、
 一人町をうろついている所、力尽きて倒れ、そこに雨が降ってきて、ボロボロになろうと……」

「おい、何でそこまで酷い扱いなんだ」

「それでも、風子だけは見捨てないであげますから」

「そうか、それはありがとうな。
 所で、その時、ヒトデと俺が倒れていて、どちらかしか助けられないとなったら、どうする?」

「勿論、ヒトデを助けます」

「即決か……」

「当たり前じゃないですか。
 可愛らしくて、非力なヒトデと、車に轢かれても大丈夫な恭也さんとなら、誰だってヒトデを助けます」

「誰だって、ってそんなにきっぱりと……。その前に、流石の俺でも車に轢かれたらただじゃ済まない」

「そんな事はないです。だって、恭也さんですよ。一人見かけたら、百人はいると思えって言います。
 台所の隅で、床をこそこそと這いまわって、スリッパで何度叩いても、簡単に潰れないんですよ」

「……それは俺じゃない」

「ええ! じゃあ、あれは何なんですか。
 全身、真っ黒で、いえ、正確には茶色かもしれませんが、触覚を生やしていて、六本足で……」

「いや、その時点で既に違うだろう」

「はっ! い、言われて見れば、そうでした。いやはや、危ない所でした。
 危うく、騙されてしまう所でしたが、この程度では風子は騙されませんよ。
 尤も、他の人なら、その言葉の上手さに騙されていたでしょうが……」

「いや、誰も騙そうとしてないって。と言うよりも、風子が言い出した事だろうが」

「何をですか?」

「……いや、もう良い。と言うか、その性格も全く変わらずか……」

「ひょっとして、貶してますか? だとしたら、最悪です」

「いや、そんな事はないぞ。風子は可愛いな〜っと言ってるんだ」

「そ、そうだったんですか。で、でも、風子は大人の女性ですから、可愛いと言われても嬉しくはないです。
 でも、恭也さんがそこまで言うのなら、少しは喜んであげます」

言いながら、風子はもの凄く嬉しそうな笑みを浮かべていたが、それは口には出さないでおく。
と、それまで茫然と恭也と風子のやり取りを見ていたFCたちに、恭也は言う。

「まあ、こういう訳なんだが……」

その言葉に納得して頷くと、FCたちはその場を去って行く。
後には、未だに嬉しそうな顔をしている風子とそれを柔らかい笑みで見詰める恭也だけが残される。
恭也はそっと手を伸ばすと、風子の頭へと手を置く。
一瞬だけ驚いたように恭也を見た風子だったが、すぐに目を細めるとされるがままに恭也の横へと腰を降ろす。
気持ち良さそうに大人しくしている風子の頭を、恭也は優しく何度も撫でるのだった。
やっと動き出した二人の時間のその始めの一時を、恭也と風子は特に慌てる事も無く、ただゆっくりと過ごして行く。
これから先、少し騒々しくなるであろう事を確信しつつも、
横にはその騒動の原因となるであろう、そして、何よりも愛しい少女が居る事に幸せを感じながら。





<おわり>




<あとがき>

さて、今回は風子編。
美姫 「目覚めた風子ね」
おう。こうして、恭也の学園生活は、更に騒々しいものへと……。
美姫 「大変ね〜」
うんうん。さて、風子編も終った事だし、次は……。
美姫 「やっぱり、お姉さんの方?」
ふっふっふ。まだ未定だ!
美姫 「……威張るな!」
ぐげっ!
美姫 「全く、この馬鹿は……。それじゃあ、また次回でね♪」







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