『An unexpected excuse』

    〜倉木家編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也が全てを言い終えるよりも早く、冷たく低い声が聞こえてくる。

「へー、何か楽しそうね、恭也」

そう言って恭也たちの前に、四人ほどの女性が姿を見せる。
うち二人は、黒に近い紺の服の上から、白いエプロンとメイドの出で立ちをしており、
残る二人は、よく似通った顔立ちをしていた。
声を掛けた方の女性は、恭也の前までやってくると、冷たい眼差しで恭也を見下ろす。
その女性とよく似た顔立ちのもう一人の女性は、逆にその顔に柔らかな笑みを浮かべており、
同じような顔立ちにも関わらず、雰囲気が全く異なっていた。

「す、鈴菜に水菜……」

少し茫然といった感じで二人の女性の名を呼ぶ恭也に対し、ツインテールで眼鏡を掛けたメイドが口を開く。

「私たちも居るのですが……」

「あ、ああ、分かってるって、知美に沙也加も元気そうだな」

「はい」

「勿論、元気ですよ」

メイド二人へとそう声を掛けた恭也に、鈴菜の視線が更に冷たくなる。

「知美や沙也加にはそういう台詞が出てくるのに、私やお姉ちゃんには何にもないんだ」

「い、いや、今から言おうとしてたところで」

「別にもう良いわよ。何か、今更って気もするしね。
 それにしても、結構、楽しそうね〜」

「何の事だ? それに、何か怒ってないか?」

「別に怒ってなんかいないわよ! それに、わざとらしく惚けなくてもいいわよ。
 こんなに大勢の女の子たちに囲まれて、鼻の下なんか伸ばして……。
 私やお姉ちゃんという許婚がいるというのに……」

鈴菜の言葉に、首を傾げる恭也へと、知美も顔を曇らせて進言する。

「恭也様、それではお嬢様があまりにも可哀相です」

「……ありゃりゃ、お嬢様、捨てられたんですね」

「ちょっと沙也加! 何を勝手なことを言ってるのよ」

もう一人のショートカットのメイド、沙也加の言葉に、鈴菜は眦を上げて声を荒げる。
そんな鈴菜に引き攣った笑みを見せつつ、沙也加は口を開く。

「す、すいません。で、でも、この状況を見ると……」

そう言って沙也加が視線を投げた方へと、鈴菜と知美も顔を向ける。
その目や表情から、恭也は溜息を一つ吐き出すと、

「つまり、俺は、全く信用がないという事か……」

「信用……ねえ。この状況で、そんな事を言うのは、その口かしら?」

疑わしげに目を細めて見てくる鈴菜に、恭也は若干薄ら寒いものを感じ、僅かに身を引く。
そんな恭也の袖を、いつの間にか近寄った水菜がくいくいと引っ張る。

「どうした、水菜? ……そうか、お前は信じてくれるんだな。ありがとう」

そう言って、恭也が水菜の頭に手を置くと、水菜は気持ち良さそうに目を細める。
恭也はそれを見て、微かに頬を緩めると、そのまま置いた手で頭を撫でる。
すると、水菜は更に気持ち良さそうな顔で、恭也へと擦り寄る。
そんな二人のやり取りを見せ付けられて、鈴菜は怒ったような顔になると、

「ちょっと、誰も信じてないなんて言ってないでしょう」

「いや、しかし、さっき……」

「うっ、あ、あれは忘れなさい」

「んな、無茶苦茶な」

「何よ!」

怒ってますという感情を、表情や口調だけでなく体全体で現す鈴菜に、恭也は微かに気圧される。
が、それも束の間、すぐに鈴菜の顔が歪み、顔を俯かせると肩を震わせる。

「どうせ、私は世間知らずだもん」

「いや、誰もそんな事は言ってない」

「言ったじゃない。家に来た時に、はっきりと」

「いや、そんな前の話を持ち出すのか。
 俺が言いたいのは、今、その言葉に何の脈絡が……」

恭也の言葉を聞かず、鈴菜は一人進める。

「それに、料理や掃除といった家事も上手じゃない上に、すぐに怒ってばかっりだし。
 でも、分かってるけど、どうしようもないじゃない。
 私だって、もう少し何とかしたいと思ってるけど、どうしようもないんだもん」

珍しく本心を口に出しながら鈴菜は顔を上げ、僅かに涙で滲む目で恭也を睨み付ける。
悲しんでいるはずなのに、そうやって突っかかってくる鈴菜の強く鋭い眼差しが、恭也は結構、好きだったりするのだが、
やはり、笑顔の方が良いと思っていたりする。
しかし、その辺を口に出さない恭也と、すぐに反発して、心にもない事を言って突っかかる鈴菜の間では、
よくこうして衝突が起こっていた。
最近はそうでもなかったが、少し前までは毎日のように起こっていた事で、傍から見ている知美や沙也加には、
その辺が分かっているので、特に酷くならない限りは滅多に止める事もない。
結果、鈴菜はまだ恭也へと声を荒げていた。

「そりゃあ、恭也は私と違って、今まで色んな付き合いがあったから、それも大事だろうけど……。
 でも、他の女性と親しくしてるのは、……嫌なんだもん。
 うぅぅ、どうせ、私はお姉ちゃんみたいに心が広くないし、素直じゃないし、可愛くないわよ!」

「どうして、そうなるんだ?」

鈴菜の思考が分からず、恭也は首を傾げるが、目の前の鈴菜の顔を見て、恭也はそっと溜息を吐く。
そして、恭也が口を開くよりも先に、水菜が鈴菜の頭をそっとその胸へと抱きかかえて、その頭を優しく撫でる。

「……ありがとう、お姉ちゃん」

鈴菜はそう言うと、水菜の背にそっと腕を回す。
恭也はバツが悪そうに頭を掻きつつ、鈴菜の傍に行くと、

「あー、その……」

非常に言い難そうに言葉を詰まらせる恭也へと、知美と沙也加が声は出さずに口だけを動かして応援する。

「す、鈴菜は充分、可愛いと言うか、綺麗だぞ、うん」

「えっ!?」

恭也の言葉に驚いて鈴菜が顔を上げると、真っ赤になった顔を隠すように、恭也はそっぽを向く。
そんな恭也の顔を食い入るようにじっと見詰めた後、鈴菜は嬉しそうな笑みを浮かべ、すぐに確認するように尋ねる。

「本当に?」

「ああ」

「じゃあ、もう一回言って」

「……さっき言っただろう」

「駄目。さっきはちゃんと聞いてなかったから、もう一回」

「……あー、その……」

鈴菜は期待に満ちた目で恭也の言葉をじっと待つ。
しかし、いざ言おうとする恭也の方は、そんなに身構えられると、そう言葉が出てこず、何とか声を出そうとする。

「す、鈴菜も素直だと思うぞ」

「はい?!」

さっきと違う言葉に、鈴菜は思わず聞き返すが、続きがあるのかと辛抱強く待つ。
それ程待たず、すぐに恭也は言葉を続ける。

「うん、素直だ。気に入らない事があると、すぐに怒るだろう。
 これはこれで素直じゃないかと思うんだが…………。
 鈴菜、何か怒ってないか?」

水菜から離れ、自分の元へとやってくる鈴菜の様子を見て、恭也は思わずそう尋ねてしまう。
それに対し、鈴菜は静かな口調で告げる。

「そう? そう思う?」

「あ、ああ」

「そう。だったら、正解よ! 怒ってるわよ!
 恭也の馬鹿!」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。俺のどこが、馬鹿だと」

「馬鹿じゃないんだったら、鈍感、人でなし!」

「言いたい放題だな、おい」

「まだ言い足りないわよ!」

また始まった二人のやり取りに、メイド二人は顔を見合わせると肩を竦め、水菜は一人、にこにこと微笑んでいる。
ある程度言って、少しは落ち着いたのか、鈴菜もやっと落ち着きを取り戻す。
そこへ、ようやくといった感じで、FCの一人がおずおずと、本当におずおずと口を挟んでくる。

「た、高町先輩、それで、あの……」

「あ、ああ、そうだったな」

恭也もこの言葉でようやっと鈴菜たちが来る前の事態を思い出し、気持ちを引き締める様に姿勢を正す。
何となく答えは分かっていつつも、FCたちも思わずつられて姿勢を正し、固唾を飲んで恭也の言葉を待つ。
恐らく、その口から出てくるであろう、鈴菜という名前を、せめて本人の口から聞こうと静かになる一同の中、
恭也はゆっくりとその口を開くと、鈴菜たちへと僅かに体を向け、手を差し向けながら、

「俺が好きなのは、ここに居る者たちだ」

『……たち?』

恭也の言葉に、思わず全員の言葉が重なる。
てっきり、鈴菜の名が出るとばかり思っていたのに。
いや、確かに鈴菜は含まれているのだが、たちというのは。
まさか、姉妹両方?
そんな疑問が全員の顔に浮ぶのを見て、恭也は一つ咳払いをすると、覚悟を決めたように言う。

「ここに居る、鈴菜と水菜。そして、知美と沙也加だ」

『…………』

恭也の言葉の意味が分からず、ただ沈黙が降りる中庭で、誰が最初に動き出したのか、
それを切っ掛けに拮抗が崩れたかのように、一斉に悲鳴じみた声が上がる。
あまりの大きさに、鈴菜や水菜は耳を手で押さえ、恭也は顔を顰める。
叫び終えた後、まさに茫然といった感じで立ち尽くすFCたちを見遣る恭也の元に、鈴菜たちが近寄る。

「恭也、ありがとうね。はっきりと言ってくれて」

鈴菜は満面の笑みを見せつつ、その腕を取る。
その逆の腕を水菜が取るのを眺めながら、知美と沙也加も嬉しそうな笑みを見せる。

「ちゃんと私たちの名前まで出してくれて、本当に嬉しかったです」

「うんうん。私たちは使用人として、この場は誤魔化されるかと思ってたのに」

「……そんな事はしない」

沙也加の言葉に、恭也ははっきりとそう言う。
それを受け、また知美と沙也加は嬉しそうな顔を見せる。

「そこまではっきりと言うんだったら、さっきの言葉もはっきりと言ってくれても良いのに……」

拗ねるように言った鈴菜の言葉に、恭也は聞こえない振りを決め込むが、鈴菜には通じず、耳を引っ張られる。

「何、聞こえない振りをしてるのかしら?」

「痛っ。こら、鈴菜、止めろ」

「どうしようかな〜」

「……い、言えば良いんだろう」

恭也がそう言うと、鈴菜はすぐに手を離す。
そんな鈴菜に向かって、恭也は真剣な顔でそっと耳元へと触れるか触れないかというぐらいまで唇を近づけると、

「また今度、誰も居ない所でだったらな」

「……む〜」

恭也の言葉に、微かに頬を上気させ、ワクワクしていた鈴菜は膨れっ面になるが、すぐに何か思いついたのか、笑みを浮かべる。

「誰も居ない所だったら良いのよね」

「ああ」

「だったら、今日の夜に言ってね」

「夜? そう言えば、お前たち、何処に泊まるつもりなんだ。
 というか、何で、ここに?」

「今頃、そんな事に気付くなんて、恭也様も遅いですよ」

沙也加に言われ、恭也が何か言い返すよりも先に、沙也加が口を開く。

「本日は、鈴菜様と水菜様の転校手続きに来ました」

「転校って、三年のこの時期にか?」

「はい、そうです」

「鈍いですね〜、恭也様。それだけ、お嬢様に愛されているって事じゃないですか」

「沙也加、貴女は少し黙ってなさい!」

「はいは〜い」

鈴菜の言葉を軽く流し、反省の色が見えない沙也加の横で、知美が苦笑しながら言う。

「まあ、大学の方は、元々恭也様と同じ所を受ける予定でしたし、授業の方も問題はありません。
 本当なら、もう少し早く来たかったのですが、色々とありまして」

「そうか」

知美の言葉に頷く恭也に、鈴菜は上目遣いで不安そうに尋ねてくる。

「黙って来た事、怒ってる……」

「お前はどうして、普段はああも強気なのに、こう言うときだけ、そういう態度になるんだ」

「わ、悪かったわね!」

尚も何か言いそうになる鈴菜よりも先に、恭也が口を開き、鈴菜の言葉を遮る。

「別に怒ってない。寧ろ、嬉しいから」

その言葉を聞き、鈴菜は嬉しそうに恭也の腕を抱いていた手に力を込める。
その反対側では、水菜が舟を漕いでおり、それを見た恭也と鈴菜が苦笑しながら起こすと、起き抜けに水菜は笑みを浮かべる。
そんな水菜の反応を、恭也と鈴菜は微笑ましそうに眺め、二人の反応に水菜はただ首を傾げる。
そこへ、知美がさも当然のように言葉を投げる。

「さて、それでは、恭也様の許可も頂いた事ですし、恭也様が戻られる前に荷物の整理をしておきませんと……」

「荷物の整理?」

「はい。今日から、恭也様のご自宅にお世話になりますので」

「……いや、ちょっと待て」

流石にその言葉に慌てる恭也へと、今度は沙也加が答える。

「大丈夫です。お義母さまの許可は頂いていますので」

「一体、いつの間に……」

「二、三日前です。中々、楽しい方ですね。会うのが非常に楽しみです」

「かーさん、アンタは人の知らない間に、何をやっているんだ」

今はここに居ない、影で暗躍している喫茶店の店長へと恭也は呟くが、当然の如く、聞こえるはずもない。
もし、聞こえたとしても、満面の笑みで、軽くいなされるだけだろうが。
と、両腕に抱きついている鈴菜と水菜の不安そうな顔が視界に入り、恭也は苦笑混じりに溜息を零すと、
二人を安心させるように優しげな笑みを浮かべて見せる。

「まあ、かーさんが反対してないのなら、別に問題ない。
 俺も賛成こそすれ、反対はないからな」

その言葉に、安堵する二人を眺める恭也を、知美と沙也加は優しく見守っていた。
五人は顔を見合わせると、ただ静かに笑みをその顔に浮かべる。
未だに茫然とする者たちの中、その五人だけは幸せな空気に包まれていた。





<おわり>




<あとがき>

という訳で、顔月から、倉木編。
美姫 「またしても、新ジャンル……」
そ、それは、こ、今回のも、俺の所為じゃないし……。
ほ、ほら、180万Hitきりリクだし。
美姫 「確か、やーさんのリクエストよね」
そうそう。
顔月から、鈴菜と水菜に二人のメイド編で。
特に鈴菜&水菜をメインに、っていうリクだったから。
美姫 「その割りには、鈴菜メインっぽいわよね」
う、た、確かにな。
み、水菜の台詞がないんだよ。
で、でもでも、態度や行動で一応、メイド二人よりも……。
美姫 「まあ、その辺の判断は、私じゃなくて、やーさんだけどね」
と、とりあえず、こんな感じで出来上がりました〜。
美姫 「どうでしたか〜?」
それじゃあ、また次回で!
美姫 「次は誰かしらね〜♪」







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