『An unexpected excuse』

    〜公子編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也は言葉を止めると、ただ静かな眼差しをここではない何処かへと向ける。
どこか遠くを見詰め、翳りのある表情を浮かべるも、すぐさまそれを消し去ると、ゆっくりと頭を振る。
そんな恭也の様子に、誰もが言葉をなくしている中、やがてゆっくりと恭也は続きを声に出す。

「待っている人がいるんだ」

静かな恭也の言葉に、誰もがただ静かにその場に立ち尽くす。
そこへ、一人の女性が慌てた様子で駆けて来る。

「きょ、恭也くん、ふ、風ちゃんが、風ちゃんが……」

「公子さん、落ち着いてください。それと、風子に何があったんですか!?」

突然現われた女性、公子の言葉に、恭也は落ち着かせつつも、説明を求める。
公子は何度も深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着くと、震える声で告げる。

「風ちゃんが、目を覚ましたの」

喜びに声を震わせ、目の端に涙を滲ませた公子は、それだけを言うと、全ての力を使い切ったとばかりに座り込みそうになる。
それを恭也は手を取って支えると、同じく嬉しそうな笑みをその顔に浮かべる。

「そうですか、それは良かったですね」

「はい。それでですね、今から病院へ行こうと思うんですが……」

「それじゃあ、俺も一緒に行きますよ」

「行ってくれますか」

「勿論じゃないですか。それじゃあ、早速……」

「あ、でも、授業が……」

少し落ち着いて、現在の状況を思い出したのか公子はそう言う。
しかし、それを首を軽く振って恭也は優しく微笑むと、

「今はそれよりも大事な事があるでしょう。
 早く行きましょう」

恭也は公子の背を軽く押しつつ、忍へと視線を転じる。
事情を知る忍は一つ頷くと、軽く手を振る。
それに目を伏せて礼を述べると、そのまま公子を連れて病院へと急ぐのだった。
残されたFCたちに向かって、忍が恭也の代わりに答える。

「という訳で、恭也は大事な人のために病院にいきましたとさ」

「えっと、つまり、さっきの人が言っていた風ちゃんと言う人が高町先輩の……」

「ううん、違うわよ。風ちゃんは、さっきの公子さんの妹だから」

「そうそう。恭ちゃんの好きな人の妹さん」

忍の言葉に美由希も続けて説明する。
それを聞き、FCたちもようやく分かったようだった。



病院へと向かうタクシーの中、公子は妹が目を覚ました嬉しさと、また眠ってしまっているのではという不安の間で揺れていた。
恭也は、そんな公子の手を優しく包み込むように握ると、精一杯の笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。だから、そんな不安そうな顔をしないで」

根拠も何もない言葉だったが、公子の気持ちを少しでも楽にしてあげたくて、恭也はそう言う。
そんな恭也の気持ちを汲み取り、公子は何とかその顔に笑みを取り戻すと、何度も頷く。
足の上に置いた手が微かに震えていたが、それも恭也が握っているうちに徐々に無くなってきていた。
やがて、手の震えが止まると、公子は目を閉じて大きく深呼吸を一度すると、ゆっくりと開く。
自分に気合を入れるかのように小さくよし、と呟くと背筋を伸ばす。
それを横で眺めながら、恭也は病院に着くまでずっと公子の手を握っていた。
病院に着いた二人は、逸る気持ちを押さえつつ、出来る限り早足で廊下を進んで行く。
本当なら走り出したい所だが、それをぐっと堪えて、少しでも早く、ただ病室へと足を進める。
やがて、いつも通っている病室の扉が見えてくると、ここまでの勢いが弱まり、足が若干遅くなる。
そんな公子の肩を優しく抱きながら、恭也は公子を促がすような事はせず、ただ横に居る。
隣に恭也が居るという事で、かなり気が楽になったのか、公子はそのまま病室の前まで来ると、今度は迷わずにノブへと手を置く。
そして、期待と不安が交錯する中、扉を開ける。
果たして、その先に居たのは、公子が望んでいた風景だった。
まだ起き上がるのはしんどいのか、ベッドに寝たままの姿勢だったが、ずっと閉じられていたその目は、
今入って来た公子へとしっかりと向けられていた。
そんな風子の姿を見た瞬間、公子はベッドへと駆け寄り、風子の手を取る。

「風ちゃん、風ちゃん……」

感極まったように涙を流す公子と、それをただじっと見詰める風子。
やがて、風子がゆっくりとその口を開く。

「おはようです、お姉ちゃん。聞いてください、風子、どうやら一杯寝ていたようです」

「そ、そうよ。……風ちゃんは、本当に、お寝坊さん……、なん……だから……」

「しかも、風子、寝ている間に物凄い夢を見てしまいました」

「そ、そう。それは、また今度、ゆっくりと聞かせてね。 
 それよりも、何か欲しいものとかない」

ようやく止まった涙をハンカチで拭いながら風子に尋ねる。
それに風子は暫らく考え込んでいいたが、そこへ一つの木彫りが差し出される。

「とりあえず、これだろう」

「ああー、ヒトデです! 貴方、よく分かっているじゃないですか」

「まあな。……とりあえず、初めましてで良いのかな?」

「ん〜、それで良いんじゃないでしょうか。
 それじゃあ、改めて、これをあげます」

風子は恭也から受け取った星型の木彫り、風子の言葉から察するにヒトデの木彫りをゆっくりとした動作で恭也へと差し出す。

「初めまして。伊吹風子と言います。良かったら、お友達になってください」

「ああ。こちらこそ、宜しくな、風子」

「はい、恭也さん」

そんな二人のやり取りを見て、公子が驚いたような顔で二人に尋ねる。

「え、え。お二人は知り合いなんですか。あれ、でも、恭也さんと私が知り合った時には、風ちゃんはもう……。
 恭也さんはお見舞いに何度も来てくれたから、知っているでしょうけれど、どうして風ちゃんまで?
 それに、まるで前からの知り合いみたいな……」

混乱気味の公子へと、恭也と風子は顔を見合わせた後、笑い掛ける。
そして、声を揃えて、

「「また今度、話してあげます」」

そんな二人の態度に、一瞬だけぽかんとした公子だったが、すぐに頬を膨らませると拗ねてみせる。

「もう、二人共意地悪です。
 何か、私の知らない間に仲良くなっているし……。
 絶対に話してくださいよ」

「ああ」

「勿論です。でも、簡単には信じられないかもしれませんけど?」

「風ちゃんの話だったら、私はいつも真剣に聞いてますよ。
 だから、話してね」

「はい。本当は、風子は立派なレディーですから、秘密を持っておきたいんですが、特別にお姉ちゃんには教えてあげます」

「レディーかどうかは兎も角、約束ね」

「そこはかとなく、否定されたような気がしないでもないですが、約束です」

風子と公子は小指を絡めると、お互いに笑顔で指切りを交わす。
それから、喉が渇いたという風子に先生の許可を貰ってジュースを飲ませたり、他愛もない話を繰り広げる。
そんな二人を微笑ましく見ていた恭也は、扉を開けて看護士が入って来るのに気付く。
看護士は入ってくるなり、何度も頭を下げて礼を言う公子と恭也に戸惑ったものの、何とか落ち着かせる。
そして、公子に向かって、

「とりあえず、問題はないと思いますが、明日にでも検査を行いますので。
 それと、まだ目覚めたばかりなので、今日の所はこれぐらいで」

「あ、はい。えっと、明日も来ても……」

「ええ、勿論構いませんよ」

「それじゃあ、風子。また明日も来るから、ちゃんと先生たちの言う事を聞いて、大人しくしているのよ」

「誰に言っているんですか、お姉ちゃん。
 風子はもう、立派な大人ですから、そんな心配は全く、これっぽちもいりません。
 もう、ドンと胸を張って、張りすぎて仰け反り返って転ぶぐらいに安心してください」

「胸を張るという表現はこの場合、私じゃなくて風ちゃんの方を指すと思うんだけど……。
 それに、お姉ちゃん、転ぶのはちょっと嫌だな」

「何を言ってるんですか。そんな事では、立派な起き上がり小法師になれませんよ。
 何度も倒れては、その度に立ち上がるんです。その練習だと思えば、少しぐらい転ぶのなんて、平気のはずです」

「風ちゃん、全く意味が分からないわよ。
 そもそも、どうしてお姉ちゃん、起き上がり小法師にならないといけないのかな?」

「そんなの風子は知りませんよ。お姉ちゃんの夢なんじゃないんですか?」

「そんな夢、持った事ないんだけど」

「そんな。じゃあ、小学校の頃、将来の夢で書いたのは何だったんですか」

「そんな事、書いてないわよ。
 そもそも、さっきは夢なのかって聞いてきてたのに、いつの間にそれが当然のように決定しちゃってるの?」

「むむむ」

「風ちゃん、目が覚めても相変わらずね」

そう言いつつ、公子の顔はとても嬉しそうだった。
しかし、看護士に言われた事を思い出し、公子は名残惜しそうに病室の扉に手を掛けて開ける。

「それじゃあ、本当にまた明日ね」

「はい、また明日です」

「俺も来ても良いか」

「仕方ないですね。特別に許してあげます」

「そうか、ありがとう」

「いえ、礼には及びません。ただし、風子があまりにも魅力的だからといって、惚れるのはなしですよ」

「ああ、それは大丈夫だ。確かに風子も魅力的だが、俺には公子さんがいるからな。
 俺にとっては、公子さんが一番だから」

「きょ、恭也さん」

照れる公子を余所に、風子は先程までとは違う少し大人びた笑みを一瞬だけ見せるが、すぐに元に戻ると、

「何ですか、それは。風子に見せ付けるとは、恭也さんも中々やりますね。
 しかし、照れるのなら、言わなければ良いのに」

「う、うるさい」

風子の指摘通り、恭也は微かに赤くなった顔を誤魔化すように横を向くのだった。

「えっと、それじゃあ、恭也さん行きましょうか」

それを助けるように公子が言った言葉に恭也は頷き、二人は病室から廊下へと出る。
そんな二人に、いや、恭也に向かって、急に真剣な顔付きと口調で風子が声を掛ける。

「あ、一つ言い忘れてました。
 ……恭也さん、お姉ちゃんをよろしくお願いします」

その真剣な風子の態度に、公子は少し驚くが、恭也は同じく真剣な顔付きになると、一つ頷く。

「ああ」

「……それだけです。じゃあ、また明日。
 出来れば、お土産はメロンが良いです」

「ああ、また明日な。メロンは……、まあ善処しよう」

「もう、風ちゃんったら。それじゃあ、またね」

さっきまでの雰囲気が嘘のように、すぐに今までの風子になってそんな事を言ってくる風子に、
二人は苦笑しつつ返事を返して、今度こそ本当に病室を後にするのだった。
病院からの帰り道、公子は恭也へと話し掛ける。

「今日は本当にありがとうね、恭也くん」

「いえ。俺も早く風子に会いたかったですから」

「……それなんだけれど、どうして恭也くんは風ちゃんをあんなに仲が良いの?
 初対面のはずよね? あの子、ああ見えて人見知りするのに……」

「それは、病室でも言ったけれど、また今度お話しますよ。
 明日でも構わないですし、もっと先でも。風子と一緒にね」

「……うん、分かったわ。さっきもそれで了承したんだしね。
 私は話してくれるのを楽しみにして待っているね」

公子はそう言うと、そっと恭也の腕を自分の腕で絡める。
アスファルトに落ちた二つの影を、まるで元々は一つであるかのように寄り添わせながら、恭也と公子はゆっくりと歩いて行く。
明日からの日々に、今まで以上の楽しみと騒々しさが加わる事を感じながら。





<おわり>




<あとがき>

今回は公子さん〜。
美姫 「出だしが風子編と同じなのは?」
ああ、それはわざと。
とりあえず、風子が目覚めて……。
美姫 「そんなお話ね」
おう。
美姫 「ところで、次は誰?」
誰にしようかな〜。例によって……。
美姫 「未定なのね」
その通り。
美姫 「それじゃあ、また次回って事ね」
そういう事〜。
美姫 「じゃあ、また次回でね〜」
ではでは。







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