『An unexpected excuse』
〜静編〜
「俺が、好きなのは……」
恭也は遠く、空の彼方へと視線を飛ばしながら、想いもまた一緒に馳せらせる。
その恭也の表情に、FCたちは言葉を忘れ、ただただ見惚れる。
そんな周りの様子に気付かず、恭也はただ微かに目を細めると、顔を戻す。
その動作に、FCたちも我に返り、恭也からの言葉をただ静かに待つ。
ただし、FCの殆ど、いや、全員が既に恭也に想い人がいて、今は遠くの地にいるのだろうという事を理解していた。
それでも、恭也の口からそれをはっきりと聞きたいのか、それとも、言葉を掛け辛いのか、
あるいはその両方からか、誰も口を開かずにただ黙って待っている。
やがて、ゆっくりと続きを口にしようと開きかけた時、
「肩を並べ〜♪ 君と歩く〜♪」
放送が入ったかと思うと、そこから突然歌が聞こえてくる。
暫らく呆気に取られていた一同だったが、忍が真っ先に気付いて声を上げる。
「これって、『君よ、優しい風になれ』じゃない」
忍の言葉に、その場に居た全員がどういう事か首を捻る中、美由希が不思議そうに声に出す。
「でも、勝手にこんなのを流しても良いのかな?」
「……いや、これは流しているのでなく、実際にマイクの前で歌っている」
美由希の問い掛けに、恭也がそう答える。
その言葉に、美由希たちは驚いた声を上げる。
「もしそうなら、この人、滅茶苦茶上手いよ、恭ちゃん!」
「ええ、美由希さんの言う通りですね」
美由希や那美の言葉に、ここに居る者全員が同じ気持ちなのか、反論もなくただ頷いている。
中には、この歌に完全に聞き入っている者もいるぐらいだった。
それらの反応を見ながら、恭也はさも当然だとばかりに頷く。
「それはそうだろう。これはどう聞いても、静の声だからな」
「あ、そういう事か。確かに、言われたら、これって静さんの声だよね」
「でも、やっぱり凄く綺麗な声ですね」
「流石は、CSSの歌手ね。まだデビューしてないのに……。
あ、今回のツアーでデビューしたんだったわね」
美由希の言葉に、那美がうっとりといった感じで言うと、忍が頷きながら呟く。
そんな中、恭也は一人溜息を吐いていた。
「美由希、この歌が本人だという事は、ここに静が来ているという事だよな」
「あっ! そう言われてみれば、そうだね」
「……なあ、何でここに静が居るんだろうな?」
「えっと、恭ちゃんに会いに来たとか?」
「だったら、どうして放送室に居るんだ?」
すると、まるで恭也の声が聞こえたかのように歌がピタリと止み、マイクの向こう側で小さく息を吸うのが分かった。
それから、静の声が聞こえてくる。
「うん、マイクは正常ね。コホン……っと、さて……。
恭也、当然、聞こえてるわよね。ふふふ、驚いた?
恭也の事だから、今頃、事情が分からずに困っているでしょうね」
黙って静の言葉を聞きつつも、恭也は嫌な予感を覚えていた。
勿論、ここに居ない静に恭也の様子が分かる筈もなく、例え、分かったとしても続けただろうが、そのまま放送を続ける。
「とりあえず、学校側からの許可は取って放送してるから、それは安心してね。
で、何でこんな事になっているかだけれど……。
何でだと思う?」
「分かる訳がないだろう」
恭也の零した呟きに答えるように、また話し始める静。
「……分かってないわよね。大勢の女の子に囲まれて、鼻の下を伸ばしている恭也には。
あれ程注意したのに、全く自覚がないというのも考えものよね。
まあ、ここで愚痴っても仕方がないか。で、この放送は、私からの報復って事。
やられたら、ささやかだけれども報復するって言ったわよね、私。だから、こうして実行してるのよ」
「……報復されるような事を俺は何かしたか?
第一、海鳴のツアー後から今日まで会ってなかったと思うんだが」
「身に覚えがないとは言わせないからね」
「……ひょっとして、俺の声が聞こえているのか?」
「残念だけど、恭也の声は聞こえてないよ。
多分、恭也が今、こんな反応してるんだろうなって予想して答えているだけだからね。
だから、もし外れていて、可笑しな事を言ってたとしても、それは許してね」
「……本当に聞こえてないと思うか、美由希?」
「えっと、多分、聞こえてないと思うよ」
恭也の言葉に、美由希は苦笑しつつ返す。
それに首を捻った所に、またしても静の声が聞こえてくる。
「本当に聞こえてないからね」
「……盗聴器でも仕掛けてたのか、あいつは」
「因みに、盗聴器とかも使ってないから」
「……………………」
「そんなに深く考え込まないでも良いって。
単に、私が恭也の行動を予想してるだけだから」
静の言葉に恭也は考え込んでいたのを止めると、溜息を吐き出しながら、無言のまま辺りを見渡す。
「恭也さん、何をしているんですか?」
「いえ、何処かに……」
恭也が那美に答えるよりも早く、またしても静の放送が流れる。
「そうそう。監視カメラとかの類も当然ないから、探すだけ無駄だよ」
「……美由希、本当に静は予測だけで話していると思うか?
何か、完全に見切られている気がするんだが……。もしかして、お前もぐるとか……」
「美由希ちゃんは関係ないから、八つ当たりしたら駄目だよ」
「……本当にお前は関与してないのか、美由希」
「ほ、本当に私も知らないってば」
「……いや、静に会えば分かる事だな。とりあえず、放送室に行ってくる」
「それじゃあ、これで放送を終えて、そっちに行くから、少し待っててね。
それでは皆さん、大変お騒がせ致しました」
「……大人しく待つ事にするか」
恭也は釈然としないものを感じつつ、その場に腰を降ろす。
そんな恭也を見ながら、まだこの場に居たFCたちは、どうして良いのか迷っていた。
そんなFCたちへと、恭也が静かに話し掛ける。
「えっと、とりあえず、さっきの質問だが……」
何やら妙に疲れた感じの声で恭也が言った言葉に、FCたちは一斉に恭也へと注目する。
FCたちの視線が集中する中、恭也は愛しい人の名前を告げる。
「静といって、今、放送していた本人です。
これで良いですか」
恭也の言葉にFCたちは頷くと、この場を去って行く。
そんなFCたちをぼうっと見遣りつつ、恭也は一人首を傾げる。
暫らくして、恭也の背後にその人物が現われる。
恭也がそのまま顔だけを向けると、静は何もなかったかのように笑みを浮かべて手を振り返してくる。
「やっほー」
「ああ。元気そうで何よりだ」
「まあね」
「さて、どういう事か説明してもらえるんだろうな」
恭也が言った言葉に、静は微かに眉を顰めると、
「それはこっちの台詞よ。ちゃんと説明してよね」
「説明? 俺がか? 何を?」
不思議そうに尋ねる恭也に、静は少しだけ怯んだように言葉を飲むが、すぐに恭也と目線を合わせるように膝を着き、
真正面から恭也の顔を見ながら、やや強い口調で言う。
「だから、あれよ、あれ。さっきの」
「さっき? 何の事だ?」
本当に分からないといった恭也の態度に、静は何とも言いがたい顔をしつつ、微かに俯いて、
胸の前で両手を組むと、指をモジモジと動かす。
やがて、意を決したのか、やや俯いたまま、顔を赤くして話し出すが、
その声はさっきまで放送をしていた人物かと思わせるぐらい小さく弱いものだった。
しかし、それでは聞こえずに、恭也が聞き返しながら耳を近づけると、静は急に顔を上げて、
怒りによるものか、さっきよりも顔を赤くして、まるで怒鳴るように言う。
「だから、さっき恭也が大勢の女の子たちに囲まれていた事よ!」
あまりの大きさに、耳を近づけていた恭也は顔を顰めて耳を離す。
微かに奥の方でキーンとなっているのに顔を顰めつつ、恭也は静が言った言葉を反芻する。
やがて、それが分かると、
「見てたのか?」
「ええ、もうばっちりと。折角、久し振りに会えると思って来てみたら、全く知らない女の子たちに囲まれて……。
だから、そのまま声を掛けないで校長室に行ったのよ」
「……まさかとは思うが、それだけの理由であの放送を……」
「それだけとは何よ、それだけとは。
さっきも言ったけれど、あれはちゃんと報復よ、報復」
「いや、報復と言われても……」
「あれだけ注意したのに、他の女の子と親しくする恭也が悪いのよ!」
「親しくと言っても、ただ話をしてただけなんだが」
「そんな雰囲気じゃなかったわよ。何かを懐かしむような目で……」
そこまで言って、静はその時のことをまた思い出したのか、微かに声を振るわせる。
そんな静を見て、恭也は周りを見渡し誰も居ない事を確認すると、その肩に手を置く。
「あれは、静の事を思い出していたんだ」
「嘘よ」
「嘘じゃない。あの子たちは、俺に好きな人がいるかどうか聞きに来たんだ。
それに答えようとしたら、静の事を思い出して、それで……」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。それとも、信じられないか?」
そう言ってこちらを見詰めてくる恭也の瞳を、静はじっと見詰め返す。
どれぐらいそうしていたか、やがて静がゆっくりと頷く。
「うん、信じる。それに、恭也は嘘を言ってないみたいだし」
「当たり前だ。……って事は、あの放送はひょっとしなくても、静の勘違いが原因だったという事か?」
「そ、そうなるわね。……ごめんなさい」
「いや、まあ、もう済んだ事だしな」
「怒ってない?」
「別に」
「うぅぅ、焼きもちなんて、恥ずかしい」
「そうか、焼きもちだったのか」
静の言葉に、ようやく納得がいったというような恭也の言葉に、静はがっくりと肩を落とす。
「幾ら何でも、それは鈍すぎるわよ」
「……いや、流石に冗談だったんだが」
「本当に?」
「ああ」
「駄目よ。恭也の場合、その手のは冗談か本当か分からないんだから、これっきりにしときなさい」
「何か釈然としない言われ方だな」
「事実よ」
きっぱりと言い切られ、恭也は憮然とした顔になるが、笑みを浮かべる静の顔を見て、すぐに相好を崩す。
「まあ良いか。焼きもちを焼かれるというのが、意外と嬉しい事が分かったしな」
「なっ、ちょっと何を言ってるのよ」
恭也の言葉に顔を真っ赤にしながら、静はその顔を隠すように両手で頬を押さえる。
そんな静の様子を愛しげに眺める恭也を見て、静は少しだけ憮然とした表情を浮かべるが、それをすぐに消し去ると、
そのまま恭也へと近づく。
「焼きもちを焼かれると嬉しいんだ」
「まあ、程度にもよるがな」
何やら危険なものを感じつつ、恭也はそう答える。
それを聞き、静は笑みを浮かべると、
「じゃあ、私も恭也に焼いてもらおうかな。
本当は黙っているつもりだったんだけど、この前ツアーの後にパーティーがあってね……。
ふふふ、そこで、ちょっと格好良い人に声を掛けられたのよ。
その人ったら、私の事を綺麗って言ってくれたのよ。
それに私が謝辞を返したら、その人ったら私の手を取って……」
そこで言葉を切って恭也の様子を窺うと、そう変化は見られないが、静にははっきりと不機嫌だと分かった。
「で、どうしたんだ、その男は」
「さあ、どうなったかしらね。…………ひょっとして、怒ってる?」
「別に、そんな事はない」
「嘘ばっかり。怒ってるじゃない」
「……確かに静は綺麗だから、そいつがそう言うのは仕方がないだろう。
それに、パーティーだったんなら、下手に断わる事もできないだろうしな。
そのままダンスをしたのか、手にキスをされたのかは知らんが、まあ仕方がないだろう」
「本気で言ってる?」
「そんな訳ないだろう」
少し怒った感じで尋ねた静だったが、すぐさま返ってきた恭也の返答に、嬉しそうな笑みを見せる。
それから、少しやりすぎたかなと反省し、本当の事を教える。
「ごめんね、恭也。さっき言った格好良い人というのは女の人よ。
で、その人と握手をして少し話しただけよ」
「そうか」
静の言葉に、恭也は明らかにほっとした顔を見せる。
そんな恭也を見て、静は嬉しそうに恭也へと凭れ掛かる。
「確かに、焼きもちを焼かれるのは嬉しいわね」
「やられる方は、たまったもんじゃないがな」
「最初にやったのは恭也でしょう」
「あれは、静の誤解だろう」
「だったら、今のも恭也の誤解でしょう」
「明らかに誤解するような言い方をしたのにか?」
「そこはそれよ。ね♪」
かなり釈然としないものを感じるものの、片目を瞑って可愛らしく微笑み掛けてくる静に恭也はなす術もなく陥落するのだった。
誰も居ない中庭で、寄り添うって座る二人を優しい風が撫でていく。
そんな中、恭也は何かを思い出したかのように小さな呟きを零すと、それに気付いてこちらを見る静へと話し掛ける。
「さっきの放送の報復をする権利が俺にはあると思うんだが」
「あ、あははは。あれは水に流すという事で……」
「聞こえないな」
「それに、怒ってないって言ったじゃない」
「覚えてない」
「……な、何をされるのかな」
恭也と美由希のやり取りを思い出しつつ、僅かに後退る静だったが、座っていた為、そのまま後ろに倒れそうになる。
それを恭也が背中へと手を回して支える。
それに礼を言おうとした静だったが、逃げ道がなくなったと悟り、思わず動きを止める。
そこへ、ゆっくりと恭也は顔を近づけていく。
近づく恭也の瞳に、自分の顔が映り込み、それをじっと見詰める静の瞳にも恭也が映る。
それでもまだ近づく瞳に、静はそっと目を閉じる。
次の瞬間、唇に柔らかい感触が触れ、それがすぐに離れて行く。
少し、いや、かなり名残惜しそうに静は目を開けて恭也の唇を目で追うが、すぐに恥ずかしそうに目を逸らす。
「これが報復」
「……いや、まあ、単に俺がしたかっただけかも」
照れながら言う恭也に微笑み返すと、今度は静が恭也へと顔を近づける。
恭也が逃げないように、その首に両手を回し、唇が触れる直前に動きを止めると、
「じゃあ、これはその報復」
「それじゃあ、永遠に終らないだろ……」
しかし、恭也の言葉は途中で柔らかいものに塞がれ、最後まで聞く事は出来なかった。
さっきの名残惜しさを取り戻すかのように、さっきよりも長く口付ける静の手に、知らずに力が篭もる。
それに答えるかのように、恭也の腕がいつの間にか背中と頭の後ろへと回される。
まるで一つに溶け合うかのように重なる二人を、柔らかな午後の陽射しと優しい風が包み込んでいた。
おわり
<あとがき>
御影智久さんからの185万Hitリクエストです。
美姫 「きり番おめでと〜」
リクエスト、ありがと〜。
美姫 「さて、今回は静編だった訳ね」
おう。という事で、こんな感じに。
美姫 「さて、次は一体、誰の番なのかしらね」
それでは、また次回で。
美姫 「それでは、ごきげんよう」