『An unexpected excuse』
〜麻弓編〜
「俺が、好きなのは…………」
「あー、いたいた。……って、ひょっとして、何か面白い事してない?
何か、特ダネの匂いが……」
恭也の言葉を遮るように現われた少女はカメラ片手に恭也の周りをくるくると回る。
そんな少女に向かって、恭也は疲れたような声を出す。
「おい、麻弓。補習はもう良いのか」
「補習じゃないわよ! 単に成績が悪すぎるから、ちょっと職員室に呼ばれただけじゃない」
「どちらにせよ、あまり大声で威張って言える事ではないがな」
「言わせたのは、高町くんでしょうが……」
恭也の言葉に、麻弓の方も疲れた様な声で答えつつ、思い出したように答える。
「そうそう、紅女史、次辺り、高町くんを呼ぶかもね」
「何故だ」
「だってねー。やっぱり、授業態度の事じゃないの?」
「そんな馬鹿な。俺は、紅女史の授業は起きてるぞ」
「いや、他の授業でしょ。だって、私聞かれたもん、高町くんの授業態度」
「……で、なんて答えた」
「紅女史相手に、流石に嘘は吐けないでしょう」
それが答えだった。
それを聞いた恭也は、やや肩を落とすが、とりあえず諦めたのか、まだ呼ばれていない事に希望を繋いだのか、何とか持ち直す。
そんな恭也を苦笑しながら見ていた麻弓は、今度は自分の好奇心を満たそうと、恭也たちに向かって尋ねる。
「で、こっちは何をしているの? それともしてたの? 誰でも良いから、教えてよ」
麻弓のその行動に忍が事情の説明を始める。
話が進むにつれ、真剣な目付きをしていたのが、徐々に緩みだし、その口元が楽しい事を見つけたと言わんばかりの笑みが浮ぶ。
全てを聞き終えた麻弓は、楽しそうな笑みを口元に浮かべつつ、両手を後ろ手に合わせて、まるで踊るように恭也へと近づく。
そして、その口からまるで歌わんばかりの声を出す。
「で〜、高町くんは誰が好きなのかな〜♪ ふふふ、ほらほら、早く教えなさいよ〜♪」
完全に楽しんでいると思われる表情で近づく麻弓だったが、その目は口ほど軽いものではなく、かなり真剣なものだった。
しかし、他の者は麻弓の背中しか見えず。唯一、その目を見る事の出来るはずの恭也は、その事に気付いていなかった。
どう誤魔化そうか必死で頭をフル回転させていたからである。
しかし、そんな恭也の考えを読んだのか、麻弓は先手を打つように言う。
「あ、誤魔化しはなしよ〜♪ ほらほら、素直に吐いたら、楽になれるわよ〜」
にじり寄って来る麻弓は、恭也はゆっくりと立ち上がると、そのまま後退する。
「ふっふっふ。逃がさないわよ。ほらほら、観念して。
どうして言わないのかしら? 恋人なんでしょう?」
「いや、まだ違う」
「まだって事は、もうすぐそうなるって事かしら?」
「いや、そうとも限らんだろう。その人が俺なんかを相手にするはずもないだろうし」
「って事は、片思い中って事ね。ふむふむ」
徐々に恭也から情報を引き出していく麻弓に、忍たちやFCたちもただ黙ってそのやり取りを眺めている。
一方の恭也は、これ以上は喋らないとばかりに口を閉ざすが、その程度で麻弓が諦めるはずもなく、
「どうやら、まだその人には気持ちを伝えてないみたいね。
どうして、言わないのかしら。あ、接点がないとか? って事は、違う学年の子って事なのね」
「いや、違うが……」
「よし! つまり、同学年ね」
この麻弓の言葉に、FCたちの殆どが溜息を吐いて肩を落とす。
美由希たちも忍を除き、同じように肩を落とす中、忍一人は満面の笑みを浮かべて二人のやり取りをじっと見ている。
そんな中、恭也が先程の麻弓に対する言葉に答える。
「……ノーコメントだ」
「ふふふ、もう遅いって。ほら、ここまで言ったんだし、どのクラスの子かぐらいは言いなさいよね〜」
「……お前、もしかしなくても楽しんでいるだろう」
「まさか! こんな楽しいこ……、じゃなくて、面白そう……じゃなくて、私はただ、高町くんの力になれたらなぁ、って思って……」
「嘘を吐け、嘘を」
思いっきり怪しい麻弓の言葉に、恭也はそう言うが、麻弓は一向に怯む事無く、続ける。
「うーん、同じクラスの子で、高町くんが好きそうな子ね〜」
「おい、いつ同じクラスの子になったんだ」
「あ、違うんだ」
「……さあな」
「ふむふむ。はっきりと否定しないという事は、やっぱり同じクラスの子か」
徐々に範囲を窄めていく麻弓に、恭也は苦虫を噛み潰した様な渋面になるが、麻弓は一向に気にせず、更に詰め寄る。
「候補としてあがる、高町くんと特に親しい子は二人なのよね。
一人は、藤代彩。そして、もう一人が月村忍と。どう、当たってる?」
麻弓が出した推論に、忍は小さくガッツポーズを取り、麻弓は更に続ける。
「で、さっき聞いた話だと、彩は赤星くんとだから、ずばり忍ね!」
恭也の眼前に指を突きつけ、ビシッと言い放った麻弓の言葉に、一瞬だが辺りが静寂に包み込まれる。
僅かに麻弓の瞳が揺らいで見えたのは気のせいか、すぐにざわめき始めた周りの視線が全て忍へと向かった為、
誰にも真偽は定かではなかった。
そんな中、麻弓は恭也の背中を軽く忍の方へと押すと、言う。
「ほらほら、折角の機会なんだから、ずばっと言っちゃおうよ〜」
「あのな……」
何か言い掛ける恭也を遮るように、いや、何かから逃げるかのように麻弓は捲くし立てる。
「高町くん、多分、断わられる事はないとは思うけど、断わられたら慰めてあげるって。
それに、このまま言わないで胸に秘めとくつもり? それって、逃げてるのと一緒よ。
ほら、まだ断わられると決まった訳でもないんだし、思い切って言っちゃえ〜!」
「……そうだな」
麻弓の言葉に暫らく考え込んだ後、恭也は静かにそう告げる。
と、その言葉を聞き、辺りが固唾を飲んだように息を飲む。
そんな中、忍が恭也の前に立ち、小さく頷く。
それに恭也も小さく返しつつ、口を開こうとする。
「忍……」
静かに忍の名を呼ぶ恭也の声に、全員の緊張が更に高まる。
まるで、自分達が当事者であるかのように二人に視線が集中する中、不意に忍が動いたかと思うと、麻弓の後ろへと周り、
その背中を麻弓が恭也にしたみたいに軽く押す。
急に押された麻弓は思わず踏鞴を踏みつつ、2、3歩前へと踏み出す。
下へと向いた視界に恭也の爪先が見え、顔を上げると恭也と目が合う。
「あ、えっと、ごめんね。すぐに退くから。忍、何してるのよ」
前半は恭也に、後半は忍へと小さく言う麻弓に、忍はにやりと笑うと、その肩を持ってくるりと180°回転させる。
そして、もう一度恭也へと向き直らせると、もう一度、その背中を押す。
今度は踏鞴を踏む事無く、普通に2、3歩足を踏み出した麻弓へと、恭也も歩を進めて距離を縮める。
いつになく真剣な恭也の表情に、麻弓はどきりとしながら、軽口を叩こうとするが、喉がからからになって声が出せない。
何故か緊張している自分に、心の内で変な期待はしないように言い聞かせている麻弓に、恭也がそっと語り掛ける。
「麻弓……」
「な、何?」
「……麻弓」
「だ、だから、何よ」
「…………」
「な、何か言いなさいよ」
「あ、ああ…………」
「ちょ、高町くんってば。な、何で、黙り込むのよ」
「……その、す、好きだ」
「あ、あははは、ま、またまた冗談ばっ……」
「冗談じゃない」
「……えっと」
恭也の真剣な眼から逃れるように視線を逸らす麻弓だったが、じっと恭也が見つめている事を感じると、再び視線を合わせる。
しかし、すぐさま顔を赤くさせると、慌てて視線を逸らす。
あちこちに視線を彷徨わせつる麻弓に、忍が声をそっと掛ける。
「ほら、そのままじゃ恭也が可哀相でしょう。何か言ってあげなさい」
「な、何かって言われても……」
「麻弓の気持ちを言えば良いじゃない。嫌いだったら嫌いって」
「な、別に嫌いじゃ……」
「じゃあ、好きなんだ」
「あ、え、う」
忍の言葉に慌てふためく麻弓に真剣な眼差しを向けたまま、恭也も話し掛ける。
「麻弓の正直な気持ちが聞きたい」
「……う、うぅ。だ、だって、私は皆みたいに可愛くないし……」
「そんな事はない」
「そ、それに、ほら、目だって左右で違うし……」
「そんなのは関係ないだろう」
「せ、性格だって、こういうのだし……」
「それは知ってる」
「わ、私なんかじゃ、高町くんとつりあわないって」
「そんな事、誰が決めるんだ。第一、一番大事なのは俺の気持ちだろう。
その俺が麻弓が良いと、麻弓じゃないと嫌だって言っているんだ。
今、麻弓自身が言った所も、それ以外も、全て含めて麻弓が好きなんだ。
麻弓はどうなんだ? 俺の事を……」
「う、うぅぅ」
恭也に迫られ、麻弓は微かに後ろへと下がるが、その下がった分だけ恭也が迫る。
やがて、麻弓は目を閉じて叫ぶように言う。
「す、好きよ。……って、忍、嵌めたわね」
「何の事? ただ、私は恭也の気持ちを知っていただけよ。
だから、ちゃんと伝える場所を用意してあげただけ。
それに応えるかどうかは、あくまでも麻弓次第でしょう♪」
そう言って楽しそうに笑う忍を睨みつけたあと、麻弓は何か吹っ切れたのか、清々しいほどの笑みを見せると、
恥ずかしさから顔を赤くしつつ、恭也の目を真っ直ぐに捉える。
「もう一度、改めて言うけれど、私も高町くんの事、好きだよ」
「ああ」
麻弓の言葉に、恭也は嬉しそうな顔を見せる。
そんな恭也に近づきながら、麻弓はその口を開ける。
「お願い、恭也ももう一度言って」
「ああ。俺は麻弓が好きだ」
恭也がもう一度言った言葉を噛み締めるように、胸に手を当てて目を閉じると、その言葉を何度も反芻する。
その言葉が全身に行き渡るのを待つかのように。
やがて、麻弓は残る恭也との僅かな距離を詰めるように恭也の胸に飛び込むと、恭也もそれを受け止めて背中へと手を回す。
「……夢じゃないよね」
「ああ。夢じゃない。現に、俺はここに居る。麻弓の傍に」
「夢じゃないって分かるまで、このままで」
「ああ」
「それと、これが現実だと分かるぐらいにもっと強く……」
「ああ。……どうだ、夢じゃないだろう」
麻弓の言葉に応えるように、恭也は麻弓の背中に回した手にそっと力を加える。
その感触を感じつつ、麻弓は恭也の腕の中で顔を上げて恭也を見上げる。
「うん……うん、本当に夢じゃないよ」
麻弓はそう呟きながら、恭也の頬へと手を伸ばすと、そっと爪先立ちになり、そのまま唇を重ねる。
最初こそ驚いたものの、恭也はすぐにそれを受け止めると、そのまま今度は恭也から求めるように唇を押し付ける。
そんなに長いキスではなかったが、ゆっくりと離れた麻弓は何処か茫然と蕩けた目で恭也を見上げ、その顔は上気していた。
暫らく見詰め合った後、二人はただ静かに抱擁を交わすのだった。
そこへ、忍が完全に二人だけの世界へと入っている恭也と麻弓を現実へと引き戻すべく行動を起こす。
いつの間にか麻弓から取り上げていたカメラのレンズを覗き込みながら、何度もシャッターを押す。
それに気付いて振り向いた二人へと更にシャッターを切りながら、
「特ダネ頂き〜♪」
と、非常に楽しそうな笑みで忍はのたまうのだった。
普段、スクープする側が、一転してされる側へと周った瞬間だった。
これに対して後日、麻弓は散々忍へと文句を言ったが、その顔はとても幸せそうで、満ち足りていたとか。
ともあれ、こうして恭也と麻弓の二人は恋人として新たな道を歩き始める。
その先には、やっぱりこれまでのような騒々しい日々が待っているのだろうが、
これまでとは大きく一つだけ違い、常に傍らに愛しい者が居るという、その今までにはない新たな変化を加えて。
<おわり>
<あとがき>
で、やっと麻弓の出番〜。
美姫 「今回は久し振りに告白パターンね」
おう。しかし、甘々にはならなかった……。
美姫 「じゃあ、それは、次ね」
よし、次は甘々を目指すぞ!
美姫 「さて、どうなるかしらね」
それでは、また次回で。
美姫 「じゃ〜ね〜」