『An unexpected excuse』
〜赤き魔女編〜
「俺が、好きなのは…………」
何処か疲れたような目で遠くを見遣りつつ、恭也がそう語り出した瞬間、遠くの方から物凄い音が響いてくる。
例えるなら、ドゴーンやドカーンといった感じの爆発音で、まるでそれを肯定するかのように、
音の発生源と思しき場所からゆっくりと天へと一本の煙が立ち上って行く。
それを不思議そうに見詰めるFCたちとは違い、美由希たちは苦笑を浮かべ、恭也に至っては額を押さえていた。
「またか……」
まるであの騒動を起こした者を知っているかのような口振りの恭也にFCたちは幸いにも気付かずに、ただ煙を眺めていた。
と、それよりも目先の事を思い出したのか、FCの一人が催促するように恭也へと言葉を投げると、
今まで同じように煙が立ち昇るのを眺めていた他の子たちも、恭也へと一斉に視線を転じる。
その視線を受けつつも、恭也はひしひしと迫り来る嫌な予感を捉えていた。
その為、注意がそちらへと移ろい、心ここにあらずといった感じだったが、それでもその名だけでもと口を開く。
期せずして高まる緊張感の中、やや場違いとも言える大声が届いたのは、まさに恭也が言葉を発しようとした時だった。
「恭也〜〜!」
叫びつつ、まるで土埃を上げつつ、赤い髪をした女性が走り寄って来る。
そちらへと振り返りつつ、恭也はその人物へと声を掛ける。
「で、どうしたんだ」
「ど・う・し・た・じゃな〜〜い!!」
女性はそこまで走ってきていた勢いもそのままに、恭也の数歩手前で大きくジャンプしたかと思うと、
そのまま恭也へと飛び蹴りを繰り出す。
恭也はそれを難なく受け止めると、微かに渋面になりつつ口を開く。
「いきなり何をするんだ、リリィ」
「何をするじゃないわよ! アンタ、昨日あれ程、今日は時間を開けておくように言ったのに、何処かにフラッと行っちゃうし。
お陰で探し出すのに苦労したじゃない。
そ・れ・と・も〜、まさかとは思うけれど、私との約束を忘れたとか言わないわよね〜」
恐ろしい形相で詰め寄ってくるリリィに、恭也は半歩分だけ身体を後退させつつ、言い訳するように言う。
「わ、忘れてないぞ。し、しかし、お前は時間を言わなかったじゃないか。
俺はてっきり放課後の事かと思っていたんだが……。昼にしても、少しは待っていたんだが、来なかったからだな」
「うっ、そ、そう言われれば、そうだったような……」
「で、昨日言っていたのが昼休みの事だったとして、一体、何なんだ?」
「あ、そ、それは……」
恭也の言葉に、急にしどろもどろになると、何かを隠すように手を後ろへと回す。
それに気付いた恭也がそちらへと視線を向けると、そこには小さな包みが一つあった。
「リリィ、それはまさか……」
「あ、あははは。も、もう、お昼食べ終わってるよね。
な、何やってるんだろうね、私」
顔を俯けて小さく呟くリリィに恭也が口を開こうとするが、それよりも若干早く地を這うような低い声が聞こえてくる。
「リリィ〜、貴女、私に何の恨みがあるのかしら?」
新たに現われたツインテールの女性は、背後からリリィの肩を掴むと、その横顔を睨み付ける。
かなり美しい女性なのだが、その制服の所々が何故か汚れており、その顔にも何処か疲れたようなものが浮いていた。
いや、それ以上に怒りの方が色濃く現われている。
そんな女性へと視線を視界に納めつつ、恭也は至極真っ当な事を口にする。
「……凛、その格好はどうしたんだ?」
凛と呼ばれた女性は、掴んだリリィの肩をそのままに、恭也に対して笑顔を見せると、
「ああ、これ。別に大した事じゃないのよ。
ただ、ちょ〜っと野良猫がね〜」
「野良猫って誰の事かしら?」
「あら、ごめんなさい。泥棒猫の間違いだったかしら」
やや引き攣った顔で背後の凛を睨み付けるリリィに、凛が平然と澄ました顔で返すと、
リリィはこめかみ辺りをヒクヒクと引き攣らせつつ、かなり無理のある笑顔を凛へと投げる。
「どっちの方が泥棒猫かしら?」
「何、貴女、まさかとは思うけれど、私の方が泥棒猫とでも言いたいのかしら?」
「さあ、どうかしらね。でも、そう思うって事は、心当たりがあるって事よね」
「ふ、ふふふふ。嫌ですわ、シアフィールドさんったら」
「ふふふふ。本当にね、遠坂さん」
「「うふふふふふ」」
いつの間にか凛はリリィの肩から手を離しており、満面の笑みを浮かべる。
対するリリィも、凛と正面から向き直ると、凛同様に満面の笑みを浮かべ、二人は揃って笑う。
表面上はお互いに微笑んでいるのだが、言い知れぬほどの緊張感、圧迫感が二人を中心として辺りを包む。
二人が笑みを深めるたびに、周りで見ていたFCたちがゆっくりと後退って行く。
そんな事を気にも掛けず、お互いに正面にいる者だけをその瞳に捉えつつ、ただ微笑み合う。
やがて、リリィが先にその微笑み合う状態を破る。
「あなたと恭也は同じ世界から来たというだけで、特に親しくないんじゃなかったかしら?
確か、あんな心の贅肉の塊みたいな人は眼中にないと言っていたような気がするんだけど?
ひょっとして、私の記憶違いだったかしら?」
「それを言うのなら、貴女の方こそ、もっと酷い事を言ってなかったかしら?
挙句の果てには、さっさと元の世界に帰れ、とか言ってたわよね〜。
そう言えば、その貴女の言葉どおりに元の世界に帰って来た恭也の所に、どうして貴女まで居るのかしら?
あの時、貴女が言った言葉を、そっくりそのままお返ししましょうか?」
「ふふふ。私はここに居たくて居てるんですよ。
でも、どうしても帰れと仰るなら、それも吝かではないですわよ。
勿論、恭也は連れて行きますけれど。ああ、安心してください、ちゃんとあなたはこっちに置いていきますから」
「うふふふ。それで、向こうに連れて行ったら、また帰れとか言い出すんでしょう。
そんなの恭也が可哀相じゃない。どうぞ恭也の事は私に任せて、安心して帰ってください。
向こうだったら、結構、住み易いでしょうしね。何せ、英雄のお一人ですものね。
とてもとても恐れ多くて、お話など出来ませんわ。
あ、何でしたら、お土産の一つでも付けましょうか?」
「それには及びません。勿論、恭也がお土産と言うのなら、喜んで頂いて行きますけど。
ただ、恭也は向こうに戻る気はないみたいだし、そうなると、私も戻る気はないのよね。
住み易いと仰るのなら、あなたが行ったらどうですか?
あなたも英雄のお一人なんですから。恭也の事は、私に任せてね」
「あら、それこそ遠慮しますわ。私は元々、こちらの人間ですから」
「そうですか。それは本っっっっっ当に残念ですわ」
「それは良かったですわ。私、貴女を喜ばせようとは、これっっっっっぽっちも思ってませんから」
「「…………うふふふふふ」」
またしても微笑み合う二人に、FCたちは完全に怯え、美由希たちも下がりつつ、その視線を恭也へと向ける。
二人の間近でそのやり取りを見ているため、下がるに下がれなかった恭也は、美由希たちの視線を背中に感じつつ、
本当に仕方が無さそうに、僅かに肩を落とすと、恐る恐るといった感じで二人の間に割って入る。
「二人共、その辺に……」
「「恭也は黙っていて!」」
「……あ、ああ」
「そもそも、さっきはいきなり不意打ちで攻撃呪文をありがとうね、リリィ」
「いえいえ。私は単に、昨日の夜のお返しをしただけですから」
「何を言ってるのよ。あれは、昨日の昼に貴女が……」
「それだって、朝にアンタが……」
急に子供じみた言い争いになってきた二人に頭を抱えつつ、恭也はどうしたもんかと空を仰ぎ見る。
そんな恭也の様子に関係なく、リリィと凛は眦も鋭くお互いを睨み付けると、
「大体、最初、あれだけ恭也の事を散々貶しといて」
「アンタだって、最初は似たようなもんだったじゃない」
「私はリリィほど酷くなかったわよ」
「この際、程度の差なんか関係ないわよ!」
「何よ、やるっての?」
「面白い、やってやろうじゃない」
叫ぶや否や、二人はお互いに後ろへと跳び、距離を充分に開けると片手を相手へと伸ばす。
二人の行動を見て、それが何かを知っている美由希が、堪えきれずに声を上げる。
「恭ちゃん、止めてー!」
「お前、それは俺に死ねという事か!?」
「って言うか、恭ちゃん以外に止めれないでしょう!」
半分涙目になりつつ叫ぶ美由希に、恭也は頭を掻きつつ、仕方がないとばかりに溜息を吐く。
「凛、リリィ、流石にそれ以上は止めろ!」
「「……」」
恭也のいつにない大声に、二人はその態勢のままピタリと動きを止め、顔だけを恭也へと向ける。
そんな二人の動きに、まだ予断を許さないながらも、とりあえずは恭也は胸を撫で下ろし、
次にどう言葉を掛けるか目まぐるしく考える。
しかし、恭也の考えが纏まるよりも早く、凛とリリィが頷き合うと、その手を恭也へと向ける。
それに茫然となりつつ、恭也は何とか口を開く。
「あー、二人共、それは?」
「うん、それなんだけどね、恭也」
「よくよく考えてみれば、全ての原因って恭也にあるんじゃないかな〜って思うのよ」
リリィに続き、凛もそう言う。
さっきまでの険悪な雰囲気など微塵も感じさせないほど、二人は息を合わせると、交互に口を開く。
「だから、少しお仕置きが必要だと思うのよね。大丈夫、死なないように手加減はしてあげるから。
ただ、少し痺れるだけよ」
「リリィは優しいわね。まあ、私も殺しはしないわよ。
ただ、二、三日、寝込んでもらう事にはなるけれどね。大丈夫、ちょっとした風邪を引くようなもんよ」
「ちゃんと看病してあげるから」
「勿論、私も看病してあげるわよ」
「この幸せ者。私や凛みたいな美人二人から看病してもらえるなんて」
「うんうん、本当に幸せ者よね。感謝しなさいよ、恭也。だから、大人しく喰らいなさい」
「……か、看病も感謝も何も、お前たちが俺を寝込ますんだろうが。
何故、それで感謝しなければいけないんだ?」
「「問答無用よ!」」
「お、お前ら、さっきまで喧嘩してたんじゃないのか!?」
「「それとこれとは別よ♪」」
二人は揃ってにっこりと笑みを見せると、恭也を挟み込むようにゆっくりと移動する。
そんな二人の行動を両目で捉えつつ、恭也は背中に一筋冷や汗が流れて行くのを止める事は出来なかった。
「元々、恭也がはっきりしなかったのが悪いんだからね」
「そうそう、リリィの言う通りよ」
「それを言われると辛いが、一応、納得したんじゃ……」
「まあね。でもね〜」
「そうそう。やっぱり、一度ぐらいはお仕置きしておかないと」
楽しそうに言ってくる二人に、恭也は最後の手段とばかりに顔を僅かに伏せると、暗い声を出す。
「そんなに俺の事が嫌いなのか?」
「「うっ、うぅぅ」」
恭也のたったこれだけの言葉に、二人は思わず動きを止め、僅かながらも腕が下がる。
そんな二人の様子を見ながら、
「俺は同じぐらい二人を愛しているというのに……。
二人もお互いの事を認めたじゃないか」
「……あ、う、な、何を」
「こ、こんな所で、何を言うのよ」
二人共が真っ赤になって照れる様子に、半分からかい気味に言っていた恭也が、思わず見惚れてしまう。
そんな恭也の視線に気付き、二人は更に顔を朱に染めるも、それ以上恭也が何も言わないのを受け、何か勘違いしたのか、
真っ赤なまま、まるで計ったかのように二人は声を揃える。
「「す、好きよ! どうせ、好きですよ! 悪かったわね!!」
どうせ、惚れてるわよ!」」
そう言うと、自分たちの言葉にまたしても照れたのか、再び顔を俯ける。
そんな二人の様子を見て、恭也は思わず二人へと足を踏み出すものの、二人の距離が開いているため、一度足を止め、
両手を二人へと向かって広げる。
それを見た瞬間、二人は恭也の胸に同時に抱き付く。
恭也も二人の肩を優しく抱きつつ、二人の耳元に口を寄せると、優しく囁くように言葉を紡ぐ。
「俺も、リリィと凛が好きだよ」
そう言うと、その証とばかりに二人の頬に口付ける。
二人はそんな恭也の行為に驚きつつも、顔を見合わせると、恭也の顔を挟み込むように、二人して頬へと口付ける。
その後、三人は顔を見合わせると、柔らかな微笑を浮け、先程までの出来事が嘘のように穏やかな顔を覗かせる。
そんな三人の様子を遠目に見ていたFCたちは、先程の件もあってか、そろりそろりとその場を後にするのだった。
それにも気付かず、三人はただ柔らかな陽射しの中、静かに寄り添うように抱き合っているのだった。
<おわり>
<あとがき>
今回の話は、アハトさんとメールでお話中に出来た話〜。
美姫 「出来たというか、アハトさんの一言が切っ掛けよね」
そういう事。
美姫 「ツンデレ編というのはどうかな? みたいな事をアハトさんが言ったのよね」
リリィと凛というキャラ名付きでね。
そして、それを本当にやっちゃいました。
美姫 「とりあえず、こういうパターンは今後どうするの?」
まあ、思いついたら、かな?
そんなにはやらないかな。
美姫 「さて、それじゃあ、次こそは甘々になる事を祈ってるわ」
では、次回で!