『An unexpected excuse』

    〜CSS編〜






「俺が、好きなのは…………」

「ふー、いたいた。……って、ひょっとして、何か面白い事してない」

恭也の言葉を遮り声を掛けて来た人物は、全員が茫然となるのも気にせず、敏感にこの場のさっきまでの空気を嗅ぎ取ってそう尋ねる。
しかしながら、尋ねられた方は、未だ茫然といった感じ信じられないものでも見るような目付きで目の前に立つ人物を見る。
その視線に苦笑を浮かべつつ、目の前の人物はちょこんとスカートを少しだけ持ち上げて見せると、

「ほら、別に幽霊でも何でもないわよ。足もこうしてちゃんとあるでしょう」

この行動によってかどうかは分からないが、ようやく恭也の脳が活動を再開し、口を開く。

「何でこんな所にいるんですか、ティオレさん!?」

叫ぶ恭也に対し、ティオレはあくまでものほほんと構えたままで答える。

「何でって、恭也に用があったからじゃない♪」

まるで近所に買い物に来たついでとばかりに軽く言うティオレに眩暈にも似たものを感じながらも、
恭也はティオレの横へと立つイリアへと視線を転じる。
恭也の視線を受けると、イリアは心底疲れたような顔で軽く首を数度横へと振る。
たったそれだけの仕草で、イリアの疲れを感じとった恭也は、イリアへと同情の念を抱く。
それを感じたのか、イリアは軽く苦笑を浮かべるのだった。
そんな二人をいつの間にか楽しそうに眺めていたティオレに気づき、二人はしまったという顔をするが、既に遅かった。

「あらあら、二人ったら、目と目で会話なんかしちゃって。
 ひょっとして、私はお邪魔かしら?」

「ティ、ティオレさん、何を言ってるんですか!?
 それよりも、ここに来た理由は何なんですか。と言うよりも、護衛もなしですか!?」

ここへと来た理由を尋ねるよりも先に、恭也はティオレとイリアの周りに誰も居ない事に気付いて声を上げる。
そんな恭也へと、ティオレはまたしてものほほんと答える。

「護衛なら、門の所よ。
 学校内なら安全でしょう?」

「……まあ、ここへと訪問の予定はないですから、安全かもしれませんけれど……」

「そんなに怖い顔をしないの。そうそう、ここに来た理由だったわね」

ティオレの言葉に恭也が真剣な顔付きに変わり、それにつられるようにティオレの顔付きも悪戯好きの顔から真剣なものへと変わる。
そして、少し声の調子を落としつつ、静かに恭也へと話し始める。

「実はね……」

「実は……?」

「……それよりも、恭也たちはここで何をしてたの?」

急にさっきまでの悪戯っ子のような目をしつつ、興味津々といった感じで尋ねるティオレに、
完全に肩透かしを喰らう恭也の後ろから、忍が苦笑しながらも大まかな事情を説明する。
その説明を聞き終えた後、ティオレはその顔に更に深い笑みを見せつつ、FCたちを一度ぐるりと見渡す。
世紀の歌姫と呼ばれる人物を前にし、緊張するFCたちは、恭也が親しそうに話をしていた事から、
二人の関係に興味を持つが、流石にティオレ本人へと中々声を掛けれずに居た。
そんなFCたちの心情が分かっているのかいないのか、ティオレはやがて言葉を紡ぎ始める。

「恭也とはね、彼のお父さんを通じての知り合いなのよ。
 今では家族ぐるみでの付き合いがあるの」

FCたちが不思議に思っているであろう事を簡単に説明すると、恭也を横目で一度だけ見て、再び視線をFCたちへと戻す。

「それにしても、モテモテね、恭也。本当に、面白そうな事をして。
 本当なら、盛り上げたい所なんだけれど……」

ティオレのこの言葉に、恭也の方が一瞬だけびくりとなるが、『けれど』という言葉に、幾分か安心する。
そんな恭也に構わず、ティオレは続ける。

「でもね、こればっかりはちょっと駄目なのよ。何せ、恭也は既に予約済だからね。
 うちの娘たちの旦那さんとしてね」

この言葉に、当の本人である恭也は勿論の事、美由希たちも反応する。
そして、この中では最もティオレと付き合いの長い美由希が真っ先に口を開こうとするが、
それよりも先にFCの一人が堪らずといった感じで口を挟む。

「娘って、あの光の歌姫と呼ばれるフィアッセ・クリステラさんの事ですか!?」

その女の子が上げた驚き混じりの声に、ティオレはしかし、小さく首を振ると、

「確かにフィアッセも入っているけれど、娘たちって言ったでしょう。たちって。
 さて、それじゃあ、行きましょうか、恭也」

「い、行くって、何処へですか」

意味ありげな笑みを見せるとティオレは、未だに少し唖然としている恭也の腕を掴み、そのまま引き摺って行く。
力を入れれば払うことも出来るが、恭也がティオレに対してそんな事が出来るはずもなく、
結果、恭也はティオレに腕を引かれて校門を出て行く。
その後ろ姿を茫然と見送っていた美由希たちだったが、ふと我にり慌ててその後を追う。
しかし、既にその行動は遅く、美由希たちが校門を出た頃には、恭也が乗せられた車が走り去る所だった。
茫然としたまま、後部座席に座る恭也の後ろ姿を美由希たちは見送るしかなかった。



  ◇◇◇



風校を出てから数時間後、恭也は機上の人となっていた。

「…………」

ファーストクラスの席に座りながら、恭也は隣に座るイリアへと尋ねる。

「イリアさん、これから一体、何処へ?」

「ヨーロッパです。そこで、皆が待っていますから」

「皆? 皆というのは、フィアッセたちの事ですか?」

「ええ、そうですよ。そして、私も……」

「えっと……」

どういう事か尋ねようとした所で、コーヒーが運ばれて来る。
イリアはそれを恭也の分と二つ貰い、一つを恭也へと渡す。
恭也は礼を言って受け取りつつ、少しばかり真剣な顔になって、小声で周りに聞かれないようにイリアの耳元へと少し近づく。
と言っても、恭也が入るここは、恭也の隣にイリア、前の席にティオレが座り、離れた所に護衛と思しき者が数名と、
そこからも離れた所に2、3人一般の客が居るだけで、そこまでしなくても十分に内緒な話が出来るのだが。
それはさておき、イリアは鋭い眼差しで見詰めてくる恭也の顔を至近距離で眺め、
微かに赤くなる頬を誤魔化すように数度撫でつつ、その言葉を静かに待つ。
恭也は前の席で眠るティオレをチラリと一瞥すると、

「ひょっとして、また何かあったとか……」

そう心配そうな声音で尋ねてくる恭也に苦笑いを浮かべると、首を振って否定する。
それならば、何故と尋ねてくる恭也の唇をそっと人差し指で押さえると、イリアはお姉さんが弟に言い聞かせるような口調で、

「それは、向こうに着いたら説明をしますから。
 それまでは、そうですね、旅行にでも来た気分で寛いでください。
 向こうに着いたら、多分、大変でしょうから」

最後の部分だけは小さく呟くと、何かを言いたそうにしていた恭也を封じるように口を開く。

「それよりも、他に何かいりますか?」

「いえ、今の所は、これだけで充分ですよ」

恭也も仕方が無さそうに、これ以上の追求を止める。
ティオレが関わっているらしい事から判断するに、無駄だと悟ったのだろう。
こうなると、恭也もイリアの言うように、今の状況を何とか楽しもうとする。
が、ここに来て、恭也はある事に気付き、イリアへと話し掛ける。

「そう言えば、俺のパスポートは……」

「ああ、それでしたら、大丈夫です。
 恭也さんの学校へと向かう前に翠屋へと向かって、桃子さんには事情の方をご説明しました。
 その際に、恭也さんのパスポートも預かりましたから」

「つまり、かーさんもこれに絡んでいると……」

その事実を悟り、恭也は益々下手な抵抗は無駄だと悟るのだった。
そんな恭也に同じ苦労をする者からか、イリアはその心情を悟り、柔らかな笑みを浮かべると、
恐る恐るといった感じでそっと手を伸ばし、恭也の手を取る。
突然の事に驚く恭也に赤くなる顔を向けて、イリアは微かに照れの雑じった笑みを見せる。
恭也はイリアが元気付けようとしていると気付き、それに対して笑みを返す。
その笑みを受け、イリアは更に顔を赤くするが、握った手はそのままに、ややぎこちない動きで正面へと向く。
恭也は握られた手が気になったが、何も言わずにそっと目を閉じるのだった。
やがて、恭也から静かな寝息が聞こえ始めると、イリアはガチガチに固まった身体を何とか解しつつ、
そっと恭也の肩に頭を乗せると、ゆっくりと目を閉じる。
最初こそガチガチに固まっていたイリアだったが、暫らくすると、身体から力が抜け、自然と恭也へと凭れかかる。
そのうち、眠気が襲ってきたのか、イリアもまた夢の世界へと旅立って行った。

どれぐらいの時間眠っていたのか、恭也は目を覚ますと、左肩に何かが乗っている事に気付き、視線を横へと向ける。
最初に飛び込んできたのは、鮮やかな金色で、次いで、イリアの整った顔が映りこんでくる。
普段の凛とした感じとは異なり、眠っているその無防備な姿に、恭也は言葉を無くして思わず見惚れてしまう。
と、イリアは僅かに身動ぎをしたかと思うと、ゆっくりと目を開ける。
思わず顔を逸らそうとするが、身体はいう事を聞かず、イリアの顔を間近で覗き込んだままだった。
起きぬけでまだ頭がぼんやりとしているのか、イリアはぼうっとした様子で目の前にある恭也の顔を注視する。
やがて、頭が働き始め、焦点が合ってくると、イリアはすぐさま恭也の肩から頭を離し、顔を真っ赤にして頭を下げる。

「す、すすすすいません。つい、眠ってしまったようで……」

「あ、い、いえ、別に気にしてませんから」

寝顔を眺めていた事を怒られずに済み、内心でかなり安堵の息を吐きつつ答える恭也。
それに対し、頭を下げつつ、顔を真っ赤にしたイリアは、心の中で、

(ね、寝顔を見られてしまった……。で、でも、まあ、相手が恭也くんですし、良しとしましょう。
 ああー、変な顔はしてなかったかしら。どうやら、結構、長い時間見られていたみたいだけれど……)

様々な事を考えつつ、チラリと恭也の方を盗み見ると、恭也もこちらを見ており、目が合うとお互いに目を逸らす。
何度か恭也の方を見遣りつつ、イリアはどうしても気になるのか、決心すると恭也へと声を掛ける。

「あ、あの、恭也くん。私、眠っている時、おかしな顔してませんでしたか」

不安げに尋ねてくるイリアに、恭也は思わず正直に答えてしまう。

「いえ、そんな事はないですよ。
 かなり可愛らしい寝顔だったんで、思わず見惚れてたぐらいですから。
 あ、でも、俺もイリアさんが起きる少し前に起きた所だったんで、そんなに長いこと見ていませんから」

必死に弁解めいた事を口にする恭也だったが、イリアは恭也が口にした可愛いという単語に嬉しさと恥ずかしさで頭が一杯になり、
後の方は聞き流していた。
尚も言い募る恭也だったが、そこへ夕食を聞きに来たキャビンアテンダントが現われる。
その人物の登場により、恭也もイリアも何とか落ち着きを取り戻す。
暫らくして夕食が運ばれてくると、二人は食べ始める。
後少しで食べ終えるという時、恭也はフォークを下へと落としてしまう。
それを拾うと、新しいのを貰おうとするが、それをイリアが制し、恭也のおかずを一つフォークに刺すと、
そのまま恭也の口元へと運ぶ。

「はい、どうぞ」

「えっと……」

「後少しだけですし……。それとも、迷惑ですか?」

イリアは少し悲しそうな顔を見せて俯くと、途端におかしそうな顔になる。
恭也の困る様子を見たくて、わざとしたのだが、もうこの辺で勘弁してあげようと、恭也に冗談だと告げ、
新しいフォークを貰おうとするが、それよりも早く、恭也がそれを口に入れる。
この行動に、今度は逆にイリアが慌て、それを見た恭也が微かに唇を上げる。
ティオレほどではないが、恭也もそこそこに悪戯好きな上、イリアの珍しく慌てた様子が可愛らしく、
もう少し見たくなって、恭也はイリアに言葉を掛ける。

「イリアさん、次はそれをお願いしますね」

「え、あ、はい、これですね」

すっかり立場が入れ替わった二人だったが、イリアはとても満足そうな笑みを浮かべる。
こうして残りの夕食をイリアに食べさせてもらっていると、前方でフラッシュが光る。
驚いた二人がそちらを見ると、座席から乗り出して後ろの二人へと振り向いたティオレが、その手にデジカメを握り、
本当に楽しそうな笑みを見せる。

「ふふふ。二人共、本当に楽しそうね〜。良いわね〜、若いって。
 さ〜って、このデータをどうしようかしらね〜」

すっかりティオレの事を忘れていた二人は、すぐさまティオレの持ったデジカメへと手を伸ばすが、ティオレの方が速く、
それを懐へと仕舞いこむ。

「そう簡単には渡せないわよ。そうそう、二人が寄り添うように寝ている所もばっちり撮ってあるわよ」

この言葉に二人は思わず動きを止める。
そんな二人を新しい玩具が手に入った子供の様な目をして、ティオレが交互に眺める。

「さて、どうしようかしらね〜♪
 確か、これってメールという奴で送れるのよね。
 この前、なのはちゃんに教えてもらったから。
 あ、そう言えば、うちにもこういうのに強い子が居たわね。
 その子に頼んで、これを桃子さんに送ろうかしら」

そう言いながら、横目で恭也へと視線を向ける。
その視線を受けつつ、恭也は肩を落としつつ、大人しく頭を垂れる。

「勘弁してください」

「んー。そうね、それじゃあ、今の所は許してあげますか。
 その代わり、着いたら私の言う事をちゃんと聞くのよ」

懐のデジカメをちらつかせながら放つティオレの言葉に、恭也は力なく頷くのだった。



  ◇◇◇



そんなこんなで機内ではちょっとした出来事もあったが、フライト自体は問題もなく無事に目的地へと着く。
三人は空港を出ると迎えらしき車へと乗り、そのままホテルへと向かう。
ホテルへと着いた一行はエレベーターで上の階へと移動する。

「ここから上は、全て貸切状態にしてあるから、少々騒がしくても大丈夫よ」

ティオレの言葉に、恭也は不思議そうに尋ねる。

「騒がしくなる予定でもあるんですか?」

「勿論よ。これから、恭也には荷物を置いて来てもらったら、大ホールまで来てもらうわよ。
 皆が待っているからね」

「皆というのは、フィアッセたちですね」

「ええ、そうよ。と、着いたわね。私は先にホールへと行っているから、イリア、後はお願いね」

「はい、分かりました」

ティオレにそう答えると、イリアはまず恭也の部屋へと案内する。

「これが、恭也くんの部屋の鍵です。なくさないようにね」

「はい」

イリアから鍵を受け取り、案内された部屋の前まで来ると、鍵を開ける。

「それでは、ここで待ってますから、出来るだけ早くお願いね」

「ええ、荷物を置くだけですから、すぐに済みますよ」

イリアに返事を返すと、恭也は部屋へと入って荷物を置くと、すぐに部屋を出る。

「それじゃあ、行きましょうか」

「ええ。こっちよ」

言って、さっきのエレベータまで引き返すイリアの隣を歩きながら、

「にしても、ティオレさんには困りましたね」

「ええ、全く。何とかして、アレを取り戻さないと」

「まあ、悪い事はしないと思うんですけれど……」

「でも、ご自身が楽しむ為になら、迷いなく使う人ですよ、あの人は」

「否定はしません。と言うよりも、できませんね」

二人して顔を見合わせて苦笑するのだった。

案内されたホールへと着いた恭也は、大き目の扉を開けて中へと入る。
途端にクラクションの音が鳴り響き、呆然としている恭也の後ろでイリアが扉を閉める。
すぐに我に返って辺りを見渡す恭也へと真っ先に近づき、抱き付いてくるのはフィアッセだった。

「恭也、久し振り〜。元気にしてた?」

「ああ、元気だよ。フィアッセも変わりないようで良かった」

「うん。さあ、恭也。こっちこっち」

恭也はフィアッセに腕を引かれながら、中央へと進んで行く。
そんな恭也の元に、今度はアイリーンが現われる。

「恭也、元気そうだね」

「ええ、お蔭様で。アイリーンさんも元気そうですね」

「勿論よ」

「恭也く〜ん。うちには何の挨拶もなしなんか?」

突然後ろから羽交い絞めしてきたゆうひに苦笑を零しつつ、恭也はそれを解くと挨拶する。

「椎名さんもお元気そうで何よりです」

「おおきに」

「まあ、ゆうひが疲れているようなら、他の皆も疲れているでしょうからね」

「それはどういう意味や、アイリーン?」

「ん? ゆうひは元気一杯って事よ」

「そうか、そうか。うちは元気やで〜。って、そんなんで誤魔化されるかいな」

言って笑いながら、今度はアイリーンを羽交い絞めにするゆうひ。
それを微笑ましく眺めていた恭也の元に、長い髪を頭の左上で纏めてポニーテールにした女性がやって来る。

「久し振りだね、恭也。海鳴でのツアー以来だね」

「ええ、久し振りです、リーファさん」

リーファと一緒に恭也の元へとやって来ていた明るい金髪で、誰が見ても美人と答える容姿を持った女性も恭也へと話し掛ける。

「恭也、よく来てくれたわね」

「エレンさんも、お久し振りです」

「恭也、もう少し違う言葉があるでしょう。ほら」

そう言ってエレンは髪を掻き揚げると、そのまま手を首の後ろ辺りで留め、逆の手は腰へと当てる。
それを見ながら悩む恭也に、微かに溜息を吐きつつそのポーズを止めると、恭也の顔を間近で見詰める。
ライトを反射して光る瞳に吸い寄せられるように、恭也はエレンから目を逸らせなくなる。
じっと見つめてくるエレンに、恭也は微かに頬を赤く染めつつ、ようやく一つの言葉が思い浮かぶ。

「えっと、綺麗になりました」

少し自信なさそうに、それでもはっきりと恭也は桃子に叩き込まれた事を思い出しつつ口にする。
すると、その答えに満足したのかエレンは柔らかい笑みを残し、恭也から離れる。
そんなエレンの笑顔に見惚れる恭也の所へ、少し面白くなさそうに頬を少しだけ膨らませて下から覗き込むように、
可愛らしい顔立ちをしたロシア系の女性がやって来る。

「久し振りだね、恭也くん。元気そうで良かったよ」

「はい、ティーニャさんも変わりがないようで」

そう言うと、さっきよりも頬を膨らませるティーニャを見て、恭也はすかさず続ける。

「前よりも可愛くなりましたね」

「え、本当?」

「はい」

「えへへ、そうか、そうか」

恭也の言葉に満足したのか、ティーニャは膨れっ面を満面の笑みへと変える。
それに気付かれないようにほっと胸を撫で下ろし、恭也は後ろを振り返る。
丁度、後ろから抱き付くつもりだったのか、脅かせるつもりだったのか、
両手を中途半端に上げた状態で固まる褐色の肌に銀髪のショートヘアの女性と目が合う。

「ライザさん、何をしてるんですか?」

「あ、あははは。別に何でもないよ。恭也、久し振りだね」

「はい、お久し振りです。ライザさんも綺麗になられましたね」

既に慣れたのか、それともこれが無難と悟ったのか、恭也は挨拶の後にそう続ける。
最も、社交辞令などではなく、実際にこの場にいる者たちはモデルとしても充分に通じる程に綺麗な者たちばかりで、
恭也も本心から褒めているのである。
それが充分に伝わるからこそ、彼女たちも嬉しそうに微笑む。
尤も、それだけが理由ではなかったりもするが。
そして、ライザも例に洩れず、恭也の言葉に少し照れつつも嬉しそうな顔を覗かせる。

「あははは、ありがとう。恭也も格好良くなったね」

「からかわないでくださいよ」

「からかってないって」

「恭也、私はどう?」

ライザとの会話を遮るように、黒に近い色の髪をしたセミロングの女性が恭也の腕を取る。

「クレスビーさんも綺麗ですよ。その服もよく似合ってます」

「うん、ありがとう。それにしても、恭也も成長したね。
 そんなお世辞が言えるようになるなんて」

「お世辞なんかじゃありませんよ。本当に、綺麗ですよ」

「あ、ありがとうね」

照れているのを誤魔化すように頬を掻いてちょっと上を見上げるクレスビーの後ろから、ライトの加減からか、
淡いブルーの髪の女性が恭也の前へと出てきて、何かを期待するように無言のまま見上げる。
そんな彼女に笑みを浮かべると、恭也は口を開く。

「お久し振りです、アムリタさん。アムリアさんも綺麗ですよ。
 その髪飾りもアムリタさんの髪の色にとても良くあってます」

桃子の教育の成果か、恭也の言った言葉に嬉しそうな笑みを見せると、
アムリタはその言葉を噛み締めるように何度も思い返しては、にっこりと笑みを見せる。
そんなアムリタを微笑ましく見詰める恭也の腰に、誰かが抱き付いてくる。
大した衝撃ではなかったので、恭也は転ぶ事もなく、抱き付いて来た少女へと視線を落とす。
まだ幼さを残しながらも、愛らしい顔立ちに亜麻色の髪をした少女の頭を優しく撫でながら、恭也は声を掛ける。

「マリーも久し振りだな。元気だったか」

「うん! 恭也お兄ちゃんも元気そうだね」

「ああ。マリーも可愛くなったな」

「えへへ」

恭也の言葉に照れ臭そうに笑みを見せつつ、マリーは恭也の足にしがみ付く。
そこへ、黒く長い髪にピンク色のリボンを付けた女性が近づいてくる。

「恭也くん、久し振りだね。元気そうで良かった」

「お久し振りです、シーラさん。また一段と綺麗になりましたね」

「あ、ありがとう」

シーラは頬を染めつつ、少し俯き、口元に手を当てる。
その仕草に見惚れていた恭也は、それを誤魔化すように、まだ抱き付いていたマリーの頭を撫でつつ、
恭也は自分を睨んでくるフィアッセへと視線を転じる。

「どうかしたのか、フィアッセ?」

「別に〜」

そう言いつつも、その顔は言葉とは全く違い明らかに拗ねていた。
よく見ればフィアッセだけではなく、アイリーンにゆうひ、リーファまで同じような顔で恭也を見ていた。
訳が分からずに首を傾げる恭也の腕を取ると、フィアッセはじっと恭也を見詰める。

「…………はぁ〜、やっぱりはっきり言わないと分からないのね」

呆れたような悲しいような声を出すフィアッセを見たまま、恭也は必死で頭を働かせる。
諦めてフィアッセが何かを口にしようとした時、恭也はようやく何かに思い当たり、先に口を開く。

「勿論、アイリーンさんやゆうひさん、それにリーファさんも綺麗ですよ」

恭也の言葉に三人が喜ぶ中、フィアッセは掴んだ恭也の腕を抓る。

「フィアッセ、痛いんだが」

「む〜、知らない」

「何を怒っているんだ?」

「どうせ、私は皆みたいに綺麗じゃないですよ〜っだ」

「誰もそんな事は言ってないだろう」

「だったら、何で私にだけは言ってくれないのよ」

フィアッセの言葉に少し照れつつ、

「何と言うか、フィアッセとは付き合いも長いし、少し照れ臭いというか……」

「む〜」

恭也の言葉に益々剥れるフィアッセに苦笑しつつ、恭也は覚悟を決めて言葉にする。

「フィアッセ、その……、綺麗だ」

「うん、ありがと」

照れつつ言った恭也の言葉に、フィアッセは機嫌を直したのか笑顔で応える。
その恭也の様子を見ていた他の面々が今度は少し拗ねた様子を見せていたが、それはまあご愛嬌だろう。
そんな感じで後数名、この場に居る全員と挨拶を済ませた恭也の元へ、ティオレがやって来る。

「さて、挨拶も済んだみたいだし、本題に入りましょうか」

「そうでした。どうして、俺がここに連れて来られたのか、それをまだ聞いてませんでしたね」

恭也の言葉に、ティオレは笑みを湛えたまま、その口を開く。

「で、この中に気に入った子はいた? 気になる子でも良いけれど」

「はい? えっと、どういう事ですか?」

「だから、この中で誰が一番気になるのかなって」

「いえ、何でそんな話になっているんですか?」

「鈍いわね、恭也。ここに居る子たちは皆、恭也の事が好きなのよ。
 つまり、CSSで恭也を好きな子たちを集めたって訳よ」

ティオレの言葉に何の冗談かと周りを見渡すが、全員が全員照れたような顔をしており、
その様子がティオレの言葉の正しさを証明していた。
恭也は信じられないようなものを見たという感じで、再び視線をティオレへと移す。
と、ティオレは満面の笑みを浮かべ、恭也の答えを待っている。

「え、えっと、突然、そんな事を言われましても……。
 よく知らない人たちも居ますし」

「確かにね。フィアッセたちみたいに、よく知っている子たちばかりじゃないわね。
 だとすると、やっぱりフィアッセたちの方が有利って事よね」

この言葉に半分ぐらいの女性ががっくりと肩を落とすが、ティオレは続ける。

「でも、それだったら、これから知っていけば良いのよね♪」

その顔に嫌な予感を覚えた恭也は、長旅で疲れたという理由でこの場を立ち去ろうとするが、
その両脇をフィアッセとアイリーンにがっちりと掴まれ、後ろからはゆうひとリーファに肩を掴まれる。
いつの間にかやって来たマリーも腰へとしがみ付き、恭也の動きを止める。

「お、おい、フィアッセ。アイリーンさんに、リーファさん、椎名さんまで。……って、マリーもか!?
 何をするんだ。離してくれ」

しかし、恭也の言葉を聞くつもりはないのか、がっしりと捕まえて恭也を逃れなくする。
そんな恭也へと、ティオレが笑みを浮かべたまま言葉を放つ。

「ふっふっふ。という訳で、恭也にはここに居る子たちの中から誰かを選んで貰うわ。
 そうね、それまではこの子たち全員と婚約という形にしましょう♪」

楽しそうに告げるティオレに、恭也は叫ぶように言う。

「しましょうじゃないですよ、ティオレさん。
 そんなに勝手に決めて」

「大丈夫よ。言ったでしょう。ここに居る子たちは皆、恭也の事が好きだった」

「だからと言って……。それに、こんなに大勢の女性と婚約だなんて」

「大丈夫よ、そのうち、誰か一人を選んでくれたら良いのだから。
 婚約は、他に悪い虫が付かないためよ。婚約者が居ると言えば、誰も恭也に手を出さないでしょう」

「そんな事しなくても、俺を相手するような人なんて……」

「恭也、今日のお昼の出来事を忘れたの? 絶対なんて事はないのよ。
 用心するに越した事はないでしょう?」

「ですが……」

尚も何か言い募ろうとする恭也に、フィアッセが腕にしがみ付いたまま瞳を潤ませる。

「恭也は嫌なの?」

「そういう事じゃなくて」

全員が祈るように見詰めてくる中、恭也は観念したように頭を垂れる。
それを見て、安堵の吐息があちこちから上がる中、ティオレが楽しそうに続ける。

「何だったら、全員と、っていうのも良いわよ。
 正妻を一人決めて、後は愛人とか」

「ティオレさん〜」

「うふふふ。まあ、頑張りなさい、恭也」

疲れた声を上げた恭也を、ティオレは楽しそうに励ます。

「皆、いい子たちだから大丈夫よ。それに、恭也には幸せになって欲しいのよ。
 だから、ちょっと強引だけれど、こんな手を使ったの。
 私は恭也を本当の子供だと思っているわ。恭也には迷惑かもしれないけれどね」

「そんな事はないですよ」

「でもね、親に出来るのは、幾つかの道を照らし出して、一歩を踏み出す後押しをしてあげるだけ。
 どの道をどう歩くのかは、本人次第なのよ。だから、私も恭也にそれをしてあげたかったの」

真顔でそう告げるティオレに、恭也は微かに感動しつつも、少しだけ疑わしげに尋ねる。

「その割りには楽しんでいるように見えるんですが……。
 おまけに、その道をかなり複雑なものにしているようにも感じますが」

「引っ掻き回すのも親の役目なのよ」

「…………単に楽しみたいだけでは」

「うふふふふ♪ ……でも、恭也に幸せになって欲しいというのも本当よ。
 だから、恭也が本当に嫌なら、無理強いはしないわよ」

そう言うと、ティオレは真剣な眼差しで恭也を見詰める。
その視線を受け止めながら、苦笑を浮かべるとゆっくりと恭也は告げる。

「無理強いも何も、こんな所まで連れて来といて……」

そこまで言うと一端、言葉を区切り、真剣な顔でティオレと向かい合う。

「別に嫌ではないですよ。ただ、本当に俺なんかで……」

何か言おうとする恭也の口をティオレが人差し指で塞ぐ。

「恭也、その言葉は貴方を選んだこの子たちに失礼よ。
 もう少しだけでも良いから、自信をもちなさい。
 焦らなくても良いから、ゆっくりとこの子たち一人一人を見て、理解して、それで貴方が決めなさい。
 例えどんな答えを出そうとも、その上で貴方が出したのなら、この子たちも納得するはずよ」

さっきまでのふざけた雰囲気とは一変し、ティオレは恭也へと語る。
その言葉を受け取り、ゆっくりと恭也は頷くのだった。
それを見届けるとティオレは優しい微笑を見せる。
全てを包み込むような優しい笑みを。
しかし、それも僅かな事で、すぐにさっきまでの悪戯っ子のような笑みに戻ると、この場に居る子たちを見渡して大声を上げる。

「さて、それじゃあ、とりあえずは婚約パーティーよ」

ティオレの言葉を合図に、恭也の周りに全員が群がる。
CSSの女性たちに囲まれ、戸惑いつつも何とか対応していく。
その様子を離れた所から一人眺めながら、ティオレは全員を見守るように優しい眼差しでいつまでも見詰めていた。



余談だが、後日、CSSのメンバーの何人かが婚約したという噂が広まり、その真偽を尋ねた記者たち対して、
その噂が持ち上がった者たちは揃って何も語らず、ただ笑みを浮かべるだけだった。
ただ、その幸せそうな笑みを見て、何かを感じ取った者は多く、一時はその相手が誰なのかという事で持ちきりになる。
しかし、まさか、全員が全て同じ一人の男性と、とは流石に誰も予想しなかったのだった。






<おわり>



<あとがき>

という訳で、今回は195万Hitリクエストです。
美姫 「ちとせさんおめでとうございます〜」
リクエストのCSS編をお送りしました。
流石に大人数だと、甘々はちょっと難しかった。
美姫 「本当に甘くないわね」
まあ、その分、イリアと二人の所は微糖という事で……。
美姫 「まだまだよ。もっともっと甘くしないと」
それは、次回以降だな。
美姫 「名前が出てきたCSSメンバーに、出てこなかった者」
多分、とらハの方でCGがある人は全員出したと思うが……。
美姫 「それ以外にも居たけれどね」
まあな。そのキャラはオリジナルという事で。
美姫 「どこかで聞いた事があるような名前でも?」
そういう事〜。他には、KOTORIとか、SHIZUとかいうメンバーも出そうかと思っていたんだが、
流石にそこまで出し切れなかったし、ややこしくなるから。
美姫 「まあ、その辺の裏事情は良いとして、とりあえず、名前の上がったCSSメンバーの紹介〜」

フィアッセ・クリステラ
言わずもがな、とらハ3のヒロインの一人。
現在行っているツアーの途中から、光の歌姫という呼び名が付いた。詳細は本編通り。

アイリーン・ノア
若き天才という二つ名でも呼ばれるフィアッセの親友で、恭也とも昔からの知り合い。

椎名ゆうひ
その正体は、天使のソプラノと呼ばれるシンガーソングライターSEENA。
英語が苦手で、日本語とボディーランゲージのみで英国と日本をまたにかけて活躍している。

ウォン・リーファ 
クリステアの称号を持つ一人で、中国系の女性。
頭の左上で髪を纏めて垂らしている。
エレンとは同期。

エレン・コナーズ 
在学中からシンガー活動をしており、英・日・仏・伊の4カ国語を使える。
綺麗な金髪の美人で、ハリウッド映画「ベルベット」の主演&主題歌を歌っていた。

ティーニャ
CSSの卒業生で、フィエッタ・アルフィニア賞を受賞している。
ロシア系白人で可愛らしい顔立ちをしている。

ライザ
褐色の肌に銀髪のショートヘアという出で立ちの女性。
とても明るい性格をしており、結構、悪戯好きだったりする。

クレスビー
黒に近い色の髪をセミロングにしており、さばさばとした性格の持ち主。
ゆうひの同期で、ゆうひと同じく在学中にシンガー活動をしている。

アムリタ・カムラン
薄い蒼味がかった髪をショートヘアにした女性。
CSSの卒業生で、イタリアオペラの新進。
夜更かしの常習犯で、就寝時間後もよく起きていて、イリアに説教を喰らう事もしばしば。

マリー・シエラ
幼さを残す愛らしい顔立ちに亜麻色の髪をしている。
まだ幼いながらも、舞台に立つほどの実力を持っており、CSSの小さな少女たちを取り纏めるリーダー的存在。
普段はその任からか、しっかり者とした感じの少女だが、フィアッセや恭也といった年が上の者の前では、
年相当に戻り、いや、普段の反動からか、少し幼い感じで甘えてくる。
CSSの皆から妹のように可愛がられている。

シーラ・シェフィールド
長い黒髪をリボンで一つに纏めている。
箱入り娘として育てられたままCSSへとやって来たためか、世間一般の常識に多少うとい所がある。
歌だけでなく、ピアノの腕も超一流のものを持っている。
朝は弱く、起きたてはかなりぼーっとしている。

イリア・ライソン
CSSの教頭にして、ティオレのマネージメント、スクールの運営から生徒達の管理までを一手に引き受けている。
基本的には厳しい人だが、その根は優しい女性。
明るい金色の髪をアップにしている。

と、こんな所かな。
美姫 「うんうん。さて、それじゃあ、今回はこの辺で」
だな。では、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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