『An unexpected excuse』

    〜ネリネ編〜






「俺が、好きなのは…………ネリ」

「お、お助け〜」

「ゆ、許してくれ〜」

恭也たちの言葉を遮るようにして、その目の前を悲鳴を上げながら男子生徒が駆け抜けていく。
しかし、目の前にFCたちという人垣に阻まれ、二人の男子生徒は90度方向を転換する。
かなり慌てているのか、その際に足を躓かせ、一人が地面へと倒れる。
その一人に巻き込まれる形で、もう一人も転び、二人して地面に転がる。
それでも尚、この場から立ち去ろうと、這ったまま進もうとする。
それを茫然と見送る一同の元へ、周囲の温度を下げるような冷ややかな声が聞こえてくる。

「やっと追い付きました。逃がしませんよ。恭也さまへの悪口、その身で償ってもらいます」

そう言って現われた、長い髪の美しい女性は、右手に魔力を溜めながら男子生徒へと一歩、一歩、ゆっくりと近づく。
外見とは異なる物騒な台詞に、冷ややかな眼差し、声を掛けるのを躊躇わせるような雰囲気を纏ったその女性に、
FCたちが微かに後ろへと下がる中、恭也が声を掛ける。

「ネリネ、こんな所でどうしたんだ?」

「あ、恭也さま、こちらにいらしたんですね」

恭也の声に振り返ったネリネは、地面に座り込んでいる男たちに向ける眼差しとは全く違う眼差しで恭也の姿を捉える。
身に纏う雰囲気も一変しており、顔には喜びすら見られる。
その変わりように苦笑をしつつ、ここに居るはずのないネリネへと質問する。

「それはそうと、いつ人間界に?」

「昨日です。ようやく、向こうでの用事も終わったので」

「そうか」

「はい。それで、少しでも恭也さまのお姿を拝見したくて、家でソワソワして待っていたらお父様が、
 昼休みにこっそり見るだけなら大丈夫だろうと仰られて……」

「それで来たのか」

「はい、すいません。じっとしてられなかったもので、つい」

「いや、まあ、それは良いんだが、それがどうして、追いかけっこになってるんだ?」

恭也の疑問に、ネリネの耳が微かにピクリと動いたような気がしたのは、恭也の気のせいだったのか。
兎も角、ネリネはその言葉に、男子生徒二人へと再び冷たい視線を投げる。

「そう言えば、恭也さまに会えた嬉しさで忘れてしまう所でした」

「お、おい……」

「この方々は、事もあろうに、恭也さまの事を侮辱なさったんです!」

ネリネから吹き出る殺気にあてられ、FCたちは既に遠巻きに震えながら見ていた。
忍たちも後退り距離を開ける中、この中では比較的、殺気に慣れている美由希が何とか口を開く。

「あ、あのー、恭ちゃんを侮辱って……」

「恭ちゃん? 恭也さまの事ですか」

美由希の言葉に反応し、瞳を細めて見つめてくるネリネに美由希はコクコクと頷きながら、必死で口を動かす。

「え、えっと、は、初めまして。あ、あの、兄がお世話になっているようで……」

乾く喉から必死で声を絞り出して言った美由希の言葉に、ネリネの殺気が嘘のように消え、満面の笑みを見せると頭を下げる。

「恭也さまの妹さまでしたか。私、ネリネと申します。
 私の方こそ、恭也さまには大変お世話になっております。私の事は、ネリネでも、リンでもお好きな方で呼んで下さいね」

「えっと、それじゃあ、ネリネさん。その、恭ちゃんを侮辱っていったい……」

「そうでした……」

美由希の言葉に、ネリネは再び男子生徒二人を睨みつけると、ゆっくりと口を開く。

「この方々が、私が恭也さまの居場所を尋ねて時に、恭也さまの悪口を申したのです!
 無愛想とか、無表情とか、何を考えているのか分からないとか……」

「あ、合っているような気が……。う、ううん、何でもないです、はい」

思わず肯定しそうになった美由希は、慌てて否定すると、へたり込んでいる男子生徒へと目を向ける。
その男子生徒とは、直接の面識はないが、彼らが結構、街中で女の子に声を掛けているという話は忍から聞いて知っていった。
恐らく、ネリネを口説こうとして、恭也の悪口らしきものを言って、
自分たちと遊ぼうみたいな事を言ったのだろうと検討をつけた美由希は、かといって口を挟む事も出来ず、ただ黙り込む。
そして、目で恭也に何とかするように訴える。
このままだと、下手をしたら死人が出るよ、と。
その視線を受け、恭也は軽く溜息を吐くと、そっとネリネの肩に手を置いて、止めるように促がす。

「ネリネ、とりあえず落ち着いて。
 周りにも人が居るんだし、その人たちも決して本気で言った訳じゃないんだろうし……」

恭也の言葉に何度も頷く男子生徒だったが、ネリネは右手に集めた魔力はそのままに、顔だけを恭也へと向ける。

「大丈夫です、恭也さま。以前のように魔力をただ無意味に爆発させて、関係のない方々を巻き込むような事はしませんから。
 ちゃんとコントロールして、目標だけを殲滅します。さっきは外しましたが、今度は外しません」

「いや、そうじゃなくて」

「ご安心ください。塵一つ残しませんから」

にっこりと微笑みながら放つネリネの言葉に、冷たい汗を流しつつ、恭也は何とか落ち着かせようとする。
ネリネの言う通り、魔力をある程度コントロールできるようになり、以前のように大爆発させるような事はなくなってきたが、
その分、それだけの魔力が一点に収束し、その威力は増していたりする。
ネリネの言葉通り、塵一つ残らず存在が消える事だろう。
それが分かるだけに、恭也は何とか止める手立てはないかと頭を動かす。
因みに、さっき外したネリネの放った魔力は、綺麗な穴を壁に開けていたりする。
今頃、誰かが気付いて大騒ぎになっているかもしれない。
それはさておき、目の前の事態をどうしようかと恭也が悩んでいるうちに、ネリネの手から魔力が放たれる。
恭也は咄嗟にネリネの手首を掴み、その方向を男子生徒からずらす。
それが近くにあった木へと向かい、その木は人一人分の大きさだけ幹を削り取られ、地面へと倒れる。
削り取られた破片は何処にも見当たらず、宣言通りに塵も残さずに消滅していた。
それを目の当たりにして、男子生徒は顔を真っ白にさせると、土下座して謝る。
しかし、ネリネは再び右手に魔力を集めだす。
その手を恭也はしっかりと握り、男子生徒へと声を掛ける。

「ここは何とかしておくから、さっさとここから離れろ」

「「は、はい!」」

恭也の言葉に背筋を伸ばして立ち上がると、二人は急いでこの場を離れて行く。
その背中を視界に捉えつつ、ネリネは声を上げる。

「恭也さま、離して下さい。このままでは、あの方たちが逃げてしまいます」

「良いから、落ち着いて。あの二人も反省しているようだし……」

「ですが……」

まだ諦めきれないのか、手を離したら今にも追いかけそうなネリネの手首をしっかりと捕まえつつ、恭也は困ったような顔になる。

「……仕方がないか。美由希、お前たち、ちょっと向こうを向いてろ。
 後、あなた達もお願いします」

恭也に言われ、FCたちは素直に背中を向ける。
美由希たちは恭也がこれから何をするのか興味がありそうな顔をしていたが、ネリネの魔法を思い出し、
仕方ないといった様子ながらも、大人しく恭也たちに背を向ける。
全員がこちらを見てないのを確認すると、恭也はネリネの耳にそっと息を吹きかける。

「きゃっ、きょ、恭也さま、一体、何を」

思わず力が抜けそうになるネリネを支えつつ、恭也はそのままネリネの耳を啄ばむように甘噛みする。

「そ、そこは……。んっ、きょ、恭也さま……」

ネリネの瞳が潤みだしたのを見て、恭也はネリネの耳から唇を離す。
少し熱を含んだ瞳で見上げてくるネリネに、恭也は思わず頬へと手を伸ばしてします。
ネリネは首をかしげると、恭也の掌を愛しそうに、掴まれていない方の手でその上からそっと触れる。
そんなネリネの仕草を可愛いと感じながら、恭也はそっと顔を近づけて口付けをする。
鼻腔を擽る甘い匂いに頭の芯を熱くさせつつ、恭也は久し振りとなるネリネの柔らかい唇の感触を楽しむようにそっと噛み、
最後に下で軽く舐めると、名残惜しそうにそっと離れる。
ネリネはぼうっと恭也を見上げていたが、恭也がじっと自分を見詰めている事に気付き、夢心地の状態から我を取り戻す。
首まで真っ赤にしながら、何か言おうと口を開いては閉じするネリネに、恭也が先に言葉を掛ける。

「ネリネ、落ち着いて」

「あ、は、はい」

「とりあえず、さっきの人たちの事は、もう良いから」

「……恭也さまがそこまで仰られるのでしたら」

「ああ。俺のために怒ってくれた事は分かっているけれど、少しやり過ぎだぞ」

「あ、ごめんなさい」

「いや、本気で怒っている訳じゃないから。
 俺もネリネの悪口を言われたら、どうなるか分からないし。だから、今回の件はこれでお終いにしよう」

「分かりました」

ようやくいつものネリネに戻り、恭也は握っていた手を離す。
少し恭也の手跡が付いて赤くなっている手首を見て、恭也はすまなさそうになる。

「すまん。少し強く握りすぎたようだな。痣になってる」

「大丈夫ですよ。少し赤くなっただけですから。すぐに治ります。
 それに、他の誰でもなく、恭也さまに付けられた跡ですから」

そう言って微笑むネリネに恭也も笑みを返すと、そっとネリネの肩へと手を伸ばし、
ネリネもまた、恭也へと身体を預けるように前へと体重を乗せた所へ、疲れたような不機嫌そうな声が届く。

「ねえ〜、まだなの〜恭也」

忍の声に動きを止めた二人は、若干顔を赤くしつつ、少し距離を開ける。

「……もう良いぞ」

恭也のその言葉と共に、全員が振り返る。
数名を除き、何故か顔を赤くしており、恭也はそれを不思議そうに眺める。
そんな恭也へ、忍がからかうように話し掛ける。

「まったく、恭也もやるわね〜。幾ら、皆が背中を向けていたとはいえ、あんな大胆な事を」

「大胆って、まあ、確かにそうかもしれんが……。って、見てたのか!?」

「見てないわよ。でも、声は聞こえてくるんだもん。
 それにしても、恭也があそこまで大胆な行動にでるなんて……。
 幾ら、ネリネさんを落ち着かせるためとはいえ、外でだなんて」

「……お前ら、何か勘違いしてないか?」

「いいの、いいの。この事は私の胸のうちにそっと仕舞っておいて上げるから」

「いや、本当にちょっと待て! お前、何を考えてるんだ」

「そんな恥ずかしい事を、女の子から言わせるなんて……。
 恭也ってば、鬼畜?」

「違う! そうじゃなくて、絶対に勘違いしているだろう、お前!」

「え? 勘違いって何を?」

楽しそうに笑う忍と、赤くなって俯いている他の者たちを見比べ、恭也は半眼になる。

「……ひょっとしなくても、他の者は兎も角、お前は分かってて言ってるな」

「何のこと〜?」

「だから、別にそういう変な事は一切、してない!」

「変な事って?」

「……こいつは」

あくまでもからかうのを止めない忍に、恭也は肩を震わせると、ネリネの方へと向く。

「ネリネ、あいつは俺を愚弄する奴だ。遠慮はいらんぞ」

「え、でも……」

「ちょっ! 恭也、何を言うのよ!」

流石に慌てた忍が声を上げる中、ネリネは戸惑うように恭也を見上げる。

「……ご友人ではないのですか」

「まあ、友人ではあるが、あいつは事ある毎に、俺の内縁の妻だとか言うんだ。
 だから、自称、内縁の妻だな」

「そ、そんな……」

「泣くな、ネリネ。だから、あいつが勝手にそう言ってるだけだって。
 その、俺はネリネだけだから」

「えっ!? ……あ、はい」

恭也の言葉に真っ赤になるネリネに、恭也はそっと囁くように呟く。

「つまり、あいつは俺とネリネの敵だ」

「そのようですね」

「ああ。だから、遠慮はいらんぞ」

「はい!」

恭也の言葉に、ネリネの掌の上へと魔力が集まり出す。

「ちょ、ちょっと! 恭也ー!」

叫ぶ忍のすぐ横を魔力弾が通り過ぎ、忍の後ろで爆音を上げる。

「えっと……マジ?」

冷や汗を掻きながら尋ねる忍への返答は、ネリネの掌へと集まる魔力だった。
それを見て、忍は慌てて逃げ出す。

「ちょっと、恭也! これは本当に洒落になってないわよ!」

「自業自得だな」

逃げる忍の後ろから、魔力弾が飛ぶ。
それを躱しながら、忍は逃げ回る。
勿論、ネリネも本気でなく、こういうのが恭也と忍の関係なのだろうと察しての行動であったが。
忍もそれには気付いていたが、それでも飛んでくる魔力弾はそれなりの威力を持っているようで、
当たればどうなるのか分からないし、痛い目を見るのもごめんで、逃げ回る。
そんな三人を見ていたFCたちだったが、答えが分かり、一人、また一人とこの場を去って行く。
最後に残った美由希たちも時間を見て、もうすぐ昼休みも終わると分かると、この場を去って行く。

「それじゃあ、恭ちゃん、私たちも戻るね。
 後、放課後にでも改めてネリネさんを紹介してよ」

「ああ、分かっている。俺も、あいつのお仕置きを終えたら、戻るつもりだ」

「恭也さん、お手柔らかにしてあげてくださいね」

「……まあ、善処しよう」

「それじゃあ、師匠、俺らはお先に!」

「ああ、午後の授業も頑張れよ」

「なんや、お師匠に言われると違和感を感じますが、それじゃあ、うちらはこれで」

立ち去る美由希たちに気付き、忍が叫ぶ。

「ちょっと皆、それは酷いんじゃない!?」

その声を聞き流し、美由希たちはそれぞれの教室へと戻って行く。

「うぅ〜、忍ちゃんが何をしたっていうのよ〜」

「自覚がないのか、お前は」

「だから、ごめんってば〜。からかい過ぎました〜。
 お詫びに、後で美由希ちゃんたちにも、恭也が後ろで何をしていたのかっていう真実を見せるから許して!」

「……見せるとはどういう事だ?」

「ほら、最近の携帯電話って、動画も撮れるじゃない。
 しかも、高解像度で動きも滑らかで、画像も綺麗に」

「……ネリネ。遠慮はいらなくなったみたいだぞ」

「そのようですね」

「えっ!? ちょっと、二人共、何か目が本気になってない?」

二人の雰囲気から、嫌な予感を覚えた忍は本気で後退る。

「忍、大人しくソレをこっちに渡せ」

「い、嫌よ!」

「そうか。……なら、実力行使させてもらう」

恭也の言葉が終わるかどうかで忍は背を向けて逃げ出す。
今度は先程とは違い、本気で。
昼休み終了のチャイムが鳴り響く中、それに混じって中庭では爆発音が響く。
暫し、この追いかけっこは続いたが、本気で追いかけてくる恭也に加え、魔法までが飛び交っては、忍も逃げ切れなかった。
こうして忍は折角、苦労して隠し撮りしたデータを消され、その上手足を括られて地面へと寝転がらされる事となる。

「シクシク。折角、撮ったのに……」

「少しは反省しろ、お前は」

呆れたように呟く恭也の横で、ネリネは楽しそうに笑う。

「忍さん、これからも宜しくお願いしますね」

「こちらこそ。……それはそうと、これ解いてくれない?」

「それは、私には無理です。恭也さまに頼んでください」

忍はお願いするように恭也を見上げるが、恭也は無情にも言い放つ。

「まあ、この授業が終わったら解いてやる。それまでは、反省してろ」

「……やっぱり」

そう言って項垂れる忍を見下ろす恭也の手に、ネリネは自分の手をそっと重ねると、笑みを浮かべる。
その笑みを見て、握る手にそっと力を込めて応えながら、恭也はこれからこんな騒ぎが続くような予感がして、
慌ててそれを否定するように首を振る。
そんな恭也を不思議そうに見上げるネリネに、恭也は優しく微笑むと、本日二度目となるキスをそっとするのだった。

「……はぁ〜、まったく人の前で。やってられないわね」

そう零した忍の言葉に我に返ったのか、恭也は忍を繁みの奥へと転がす。

「ちょっと! 人の存在を忘れておいて、それを指摘されたからって、これは酷いじゃない!」

叫ぶ忍を無視して、恭也はネリネの肩をそっと抱くと近くの木の根元に座り込む。
ネリネは恭也の肩にそっと頭を乗せる。
その態勢で、二人は会えなかった間の事を色々と話し合う。
いつしか忍の叫び声も消え、辺りが静かになる。
そんな穏やかな時間が流れる中、二人は幸せそうに寄り添っていた。





<おわり>




<あとがき>

くっ! ネリネ編は、もっと甘々にするはずだったのに……。
美姫 「甘々どころか、ドタバタしてると思うんだけれど?」
何故だ!? 何処をどう間違えたんだろうか?
美姫 「アンタが間違えるのはいつもの事でしょう」
むむむむ。忍か! 忍が勝手に動き出したのが……。
美姫 「人の所為にするな!」
ぐげっ!
美姫 「ったく。それじゃあ、また次回でね〜」



おまけ

繁みの奥へとやられた忍は、最初こそ喚いていたが、すぐに大人しくなる。

「まあ、久し振りに会ったみたいだし、このぐらいにしておいてあげようかな。
 それに、ちょっとからかい過ぎたのも確かだしね」

忍はそう言うと、静かに目を閉じる。
だけど、すぐにその顔にニヤリと笑みを貼り付けると、体を転がして移動する。
そして、縛られた手足を使って携帯電話を取り出すと、二人へと照準を合わせる。

「ふふふ。だけど、やられたらやり返さないとね。
 それとこれとは別なのよ、恭也」

そう呟くと、忍はたった今撮った二人の写真を見る。

「うん、ばっちり取れてるわね。後はこれを……」

忍は縛られた手で携帯電話を操作する。

「送信っと。ふっふっふ。後は任せましたよ、桃子さん。
 さて、それじゃあ、授業が終わるまで、一眠りしようかな」

そう謎の呟きを零すと、忍は目を閉じ、数分後には眠りに入るのだった。







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