『An unexpected excuse』
〜アイ編〜
「俺が、好きなのは…………。
好きなのは、アイさんだ」
少しの逡巡の後、思い切って言った恭也の言葉を聞き、真っ先に那美が悲鳴にも似た声をあげる。
「あ、愛さんって、そんな、愛さんには……」
「きょ、恭ちゃんが略奪愛!?」
「ふ、不倫なの、恭也!」
那美の言葉に続き、美由希と忍が好き勝手な事を言い始める。
それに呆れたように溜め息を吐きつつ、恭也はうんざりとした様子で話す。
「同じ名前だが、俺が好きなのは別のアイさんだ」
「えっ!?」
恭也の言葉に答えるように背後から短く声があがり、その声に聞き覚えのある恭也は頬を緩めて後ろを振り返る。
と、そこには長い髪の美しい女性がその顔に翳りを帯びてやや俯き加減で立っていた。
恭也はその姿を見るなり、その女性の元へと近づきながら名前を呼ぶ。
「アイさん、お久しぶりです?」
「ええ、お久しぶりね、恭也くん。どう、元気だった?」
「ええ、何とか。アイさんの方こそ……」
「うん、私も元気だったよ」
「本当にですか? その、どこか元気がないようにも見えますが」
「そんな事ないって。もう、恭也くんったら、心配のし過ぎだよ」
「だったら良いんですが」
それでも未だに俯いたままでいるアイを不審に思う恭也に対し、アイは無理していると分かる笑みを見せる。
「ほら、そんなに心配しないで。
あんまり私の事ばかり気に掛けていると、恭也くんが大事に思っている子に勘違いさせちゃうよ」
「何を言っているんだ?」
本当に不思議そうに尋ねてくる恭也に、アイは悲しみを目に宿す。
「だって、さっき恭也くんが言ってたじゃない。恭也くんが好きな人は、私と同じ名前の人だって……」
アイの言葉を聞き、恭也は聞いていたのかと驚いたような顔を見せ、それを見てやっぱりと勘違いするアイ。
更に俯き、悲しそうな表情を必死に隠そうとするアイをそっと抱き寄せる。
驚いたアイが何か言うよりも先に、恭也はアイの顔を覗き込み、その瞳をじっと見詰めると、静かな口調で告げる。
「それはアイさんの勘違いですよ、本当に。
俺が好きなのは、今、俺の腕の中に、そして、目の前に居るアイさんだけですから」
「でも、さっき」
「ですから、逆です。アイさんと同じ名前で獣医をやっている人が居るんですけれど、
そっちの愛さんの知り合いがここに何人か居て勘違いされたので、否定してたんですよ。
だから……」
「それじゃあ、その、本当に私の勘違いって事……?」
「ええ」
頷く恭也の腕の中で、恥ずかしさから顔を真っ赤にして顔を隠すように恭也の胸へと埋めるアイに、恭也は苦笑する。
「大体、婚約までしているのに、どうしてあんな勘違いなんかするんですか」
「そうは言うけれどね、恭也くん。女の子は色々と不安になる生き物なのよ。
だから、その度に言葉や態度で示してくれないと……。
それに、今回のは恭也くんの言い方も悪かったよ」
「そうは言われても、アイさんが居るとは思わなかった訳ですから……」
拗ねたように呟くアイの言葉に笑みを見せながらも反論する。
その恭也の笑顔にアイは照れたような、それでいて勘違いして焼き餅を焼かせた事となった恭也の言動に対して、
少しだけ悔しそうな顔になるが、すぐに満面の笑みを見せる。
「う〜ん、でも、まあ良いかな♪
勘違いしたお陰で、恭也くんから愛の告白をされた訳だし。
ねぇ、恭也くん、もう一回言ってくれないかな?」
嬉しそうに言ってくるアイに対し、今度は恭也が顔を赤くして目を逸らす。
「ねえ、ねえ、ってば」
逸らした先に顔を持っていくが、そうすると恭也は逆側へと顔を向け、またそちらへと顔を持っていくと、
またしても逆へと顔を向ける。
そんな事を数度繰り返す二人の様子に、忍たちが呆れたように声を掛ける。
「恭也〜、いつまでそうやってるのよ。
FCの子たちも呆れて帰っちゃったわよ」
忍の言葉に我に返ったのか、二人は顔を若干、赤らめつつ離れる。
それを、『今さら離れてもね〜』とからかいつつ、忍は一番気になっていることを尋ねる。
「それよりも、婚約者ってどういうこと?」
忍の言葉に、美由希たちも興味深そうにじっと恭也とアイを見詰める。
そんな美由希たちの迫力に押されるように、恭也は僅かだが後退り、アイは照れたような笑みを見せる。
やがて観念したのか、恭也が仕方なさそうに説明する。
「まあ、色々と省くが、魔界でアイさんと知り合って仲良くなった事がある人にばれてな。
で、そのままやや強引に」
「まあまあ、恭也くん。殿下も悪気はないんですから」
「いえ、それはよく分かっているんですが……。
ただ、あの人もリアさんも面白そうだという理由だけで、すぐによからぬ事を企てたりしますから……」
「うふふふ、確かにね。でも、今回は大丈夫だと思うわよ」
「まあ、流石にこれに関しては、何もしようがないですからね」
アイの言葉に恭也も笑みを見せる。
と、改めて忍たちへと向き直ると、恭也はそっとアイの肩へと手を回し、
「それじゃあ、改めて紹介しようか。こちらが、俺の婚約者の……」
「アイです、よろしくお願いしますね」
そう言ってにっこりと微笑むアイに、忍たちも名乗る。
「かーさんが喜ぶね、きっと」
「確かに、桃子ちゃんが大喜びしそうなニュースですな」
「師匠の婚約者だからな」
高町家の者たちが口々に桃子の反応を予想する中、恭也はこっそりと溜め息を吐く。
別に紹介するのが嫌だとかと、そういった訳ではなく、単に大騒ぎになる事に対してだが。
そんな恭也の胸中を悟ってか、美由希たちが苦笑を浮かべる中、アイが申し訳なさそうに口を開く。
「それでですね、恭也くん。私が今日来た理由なんですが……」
「そういえば、どうしたんだ? 事前に何の連絡もなしに来るなんて、珍しい。いや、初めてか?」
「実は、殿下もこっちに来ているんです」
「……何をしに来たんだ、あの人は。
というよりも、あの人は次期魔王という自覚は無いんですか」
「えっと、それよりも、何をしに来たかが問題になるかと思うよ、この場合」
「……アイさんは知ってるんですよね」
「うん、私は知ってるよ」
楽しそうに告げるアイを見て、恭也はアイも絡んでいると悟る。
そして、こうなった以上、抵抗するだけ無駄に終わるということも。
恭也は半ば観念して尋ねる。
「で、何をしに来たんですか?」
「ふふふ、それはね〜、恭也くんと私の結婚式の日取りを決めによ」
「ああ、そうなんです……はい!? ちょ、それってどういう事ですか。
何で、殿下たちに関係が、それよりも、まだ俺は学生ですから、早いですよ」
「うーんとね、殿下が王になるよりも先にセージさんと結婚する事にしたらしいのよ」
「はぁ、それとこれとはどんな関係が……」
「で、どうせなら合同でしようって事になってね♪」
「いや、そんなに嬉しそうに言われましても……。
それにしても、嬉しそうですね、アイさん」
疲れたように言う恭也に対し、恭也の言葉通りアイは嬉しそうにニコニコと始終笑みを見せている。
「それはそうだよ。だって、恭也くんとだもん。
ちゃんと結婚すれば、誰も恭也くんに手を出してこないし、私も安心できるしね♪」
「ちなみに、無駄だとは思いつつ聞くんですが、拒否する事は?」
「そんなに私と結婚するのが嫌?」
「そうじゃなくてですね、まだ早いという事で……。
って、その顔は分かってて言ってますね」
「んふふ♪ 冗談だよ。恭也くんの気持ちも分かるし、私は恭也くんの思うようにすれば良いとは思うよ。
恭也くんが考えて出した結論なら、私は否定しないから。
でもね、今回の件に関して言えば、多分、無理だと思うけれど……」
そう言うとアイは今まで浮かべていた笑みとは違い、やや引き攣ったような笑みを見せる。
それに嫌な予感を覚えつつ、恭也は理由を尋ねる。
そんな恭也に、少し申し訳なさそうな顔で、アイは事情を説明し始める。
「んとね、この話を殿下が私に持ち出してきたときに、私は恭也くんの意見も聞いてからって答えたのよ。
殿下も一度はそれで納得してくださったんだけれど、いつの間にかこの話を聞いていたリア様がね、
ついでに、自分も一緒にやりたいって言い出して……」
「リアさんの相手という事は……」
「そう。次期神王様。
で、お二人のご両親、特にお父様の方がやる気になっちゃって、それなら全員一緒でって事になっちゃったの」
「二人の父親というと、現在の……」
「そう、魔王様と神王様。
この二人がやる気になって、既に準備に入っているのよ。
だから、多分、断るのはかなり無理っぽいかも」
「……はぁ〜」
「ごめんね、恭也くん。
でも、恭也くんがどうしても嫌だって言うなら、私から何とか言ってみるから」
がくりと肩を落とした恭也へと、アイはそう声を掛けるが、恭也は暫しの無言の後、吹っ切れたような顔を見せる。
「いや、別に構わないですよ。
確かに、早すぎるとは思いますけれど、別にアイさんとそうなるのが嫌という事ではないですし。
ちょっとだけ予定が早まったと思えば」
「……本当に良いの」
「ええ。それとも、アイさんは嫌ですか?」
そんな事はないと、さっきまでの会話で分かってはいたが、念のために確認する恭也に、アイは首を大きく振り、
目の端に涙を浮かべて、今までの中でも飛びっきりの笑顔で恭也へと抱き付く。
「そんな事ないわよ。勿論、私だって良いに決まってるでしょう。
これからも宜しくね、恭也くん」
「こちらこそ」
首に顔を埋めるようにしながら言ったアイの言葉に、恭也はその背中を強く抱きしめながら答えるのだった。
<おわり>
<あとがき>
さて、今回のSHUFFLE!はTick! Tack!からアイ〜。
美姫 「今回はメインヒロインが勘違いするというパターンね」
おうさ!
美姫 「そういえば、後半は忍たちはどうしてたの?」
うんうん、それに関しては、この後のおまけで。
美姫 「本当におまけのおまけね。短いし」
まあな。本当は本編に入れても良かったんだが、本編はあの形で終わらせたかったからな。
だからこそ、あとがきの後でのおまけにしたんだよ。
美姫 「ふ〜ん。まあ、良いわ。
それじゃあ、また次でね〜」
ではでは。
<おまけ>
恭也とアイ二人のやり取りを呆然と見ていた忍たちだったが、二人が抱き合っているのに気が付くと、
「私たちって、完全に忘れられてない?」
「あ、あははは〜。え、えっと、とりあえず、どうしましょう?」
「恭ちゃんたちはこのまま放っておいて、教室に戻るっていうのが最善かと」
「うちも美由希ちゃんの意見に賛成です」
「俺も同じく」
そう言って立ち去ろうとする美由希たちの中で、忍は一人腕を組んで考え込む。
「それじゃあ、何か面白みがないのよね〜」
そう呟くと、携帯電話を取り出し撮影モードへと切り替える。
「せめて、この瞬間を写真にして、後で皆に配らないと……」
そう呟くと、無音設定にしてシャッターを切るのだった。
後日、赤星や藤代を始めとした恭也の知人へと、『高町恭也、婚約者との熱い抱擁』というタイトル付きで、
メールにてその写真と一緒に送信される事になるのだが、それはまた別のお話。
また、この悪戯を知ったリアと忍の間に熱い友情が芽生えたりもするのだが、それはもう少し先のお話。