『An unexpected excuse』

    〜静久編〜






「俺が、好きなのは…………」

恭也の口から続く名に皆の集中が高まる中、まるでそれを妨害するかのように、
梅雨も明け、本格的に暑くなりだした夏の空に澄みきった鐘の音が響き渡る。
途端、恭也と美由希は頷き合うと立ち上がる。

「そろそろかと思っていたが、まさか昼休み中に星獲りが始まるとはな」

「言ってる場合じゃないよ、恭ちゃん」

「だな。すまないが……」

「ああ、分かってるわよ。にしても、剣待生も大変ね」

「恭也さん、美由希さん、いってらっしゃい」

恭也の言葉を遮り、忍は分かっていると手を振り、那美は二人を笑顔で送り出す。
そんな那美に続くように、晶とレンも恭也たちを送り出す。
その声を背に聞きつつ、恭也と美由希はこの場を去って行くのだった。

剣待生。それは、この風芽丘学園独特のシステムで、忍たち一般の生徒とは別にそう呼ばれる生徒たちがいる。
クラス分けも一般の生徒と一緒だし、授業も同じなので、専攻が違うとかそういった話しではない。
剣待生は、それぞれに『刃友』と呼ばれるパートナーと組み、『星獲り』と呼ばれる剣による勝負をするのである。
この星獲りが始まる合図が、先程の鐘の音であり、これはいつ鳴るのかは分からない。
ただ、その鐘が鳴った瞬間に星獲りは開始される。
例え、それが授業中だろうとも関係なく。
勝ち続けることでランキングが上がり、報奨金が出るなど富と栄誉が得られるこのシステムに、
恭也と美由希はお互いを刃友として参加していた。
別に報奨金が目当てだった訳ではなく、現に恭也は美由希が入学するまでの二年間、誰とも組まずに居た。
一人でも戦う事は出来るが、その場合は勝っても相手の星は貰えず、
負ければ自分の星は取られるというルールであるのにも関わらず、
恭也は一人で二年間を過ごした事からも分かるが、恭也は単に美由希の実践訓練のために、
この剣待生システムを利用しようとしたのだった。
その為、先に入学する事になる自分も、剣待生として入学したのだった。
と、相手を探して走る二人の前に一つの影が現れる。
二人は足を止め、星獲りを開始しようとするが、その人物を見て止まる。

「静久、一人で出歩くとは珍しいな。
 しかも、今は星獲りの真っ最中だぞ?」

「すぐに戻ります。ただ、その前に恭也が見えたから、挨拶でもと思って」

恭也が親しげに語り掛ける静久を前に、美由希は緊張した面持ちで立ち尽くす。

「高町さんも頑張っているみたいですね」

「は、はは、はい」

恭也は裏返った声で返事をする美由希を訝しげに見遣ると、呆れたような声を出す。

「お前は何をそんなに緊張している」

「だ、だって、宮本先輩と言えば、天地会長の刃友で剣待生のトップなんだよ。
 言わば、憧れの人なんだから!」

美由希の言葉に軽く肩を竦める恭也に微かに笑みを零すと、静久は美由希へと向き直る。

「会長のお気に入りである高町さんにそう言ってもらえるとは、大変嬉しいですね」

「え、ええ! か、会長が、わ、私を!?」

「ええ。正確には、あなた達二人ですけれどね。
 今まで誰とも刃友にならず、二年間星を一つも取らせなかった恭也。
 勿論、星獲りが始まると逃げていたというのもあるけれど、
 始めのうちは皆、刃友を持たない恭也を狙っていたからね。
 それら全てを叩き伏せて、いつの間にか挑む者が居なくなる程だった恭也が、今年新入生が入るや否や、
 刃友を持って、しかも、僅か三ヶ月でDランクからBランク、
 それももう少しでAランクという所まで上がって来るんだものね。
 会長も高町さんの動きには感心してましたよ」

その静久の言葉に、美由希は感激を顔に現す。
それに対し、恭也は表情を変えぬまま、不思議そうに静久へと尋ね返す。

「嬉しいと言う割には、天地が美由希を誉めたら拗ねたように抵抗したと聞いたが?」

恭也の言葉に、静久は動きを止め、ギギギギと異音がなるぐらい固い動きで恭也へと顔を向ける。

「そ、それを誰に? い、いいえ、この場合は会長しか居ない訳ですから、それは良いですけれど……。
 どうして、恭也がそれを?」

「だから、天地に聞いたからだろう。ちょっと落ち着け、静久。
 そんな事では、美由希と比較して、私の方が落ち着いてます、とは言えないぞ」

「な、なななっ!」

恭也が意味ありげに笑いながら言った言葉に、静久は顔を赤くさせる。
一方、意味の分からない美由希はただ首を傾げて不思議そうに二人を見遣るが、やがて何かに気付いたのか、

「そういえば、恭ちゃんって会長や宮本先輩と知り合いなの!?」

今更ながらに質問をする美由希に、恭也は短く答える。

「そうだが、それがどうかしたのか?」

恭也がさらりと言った言葉に、美由希は絶句して固まる。
と、その一瞬だけ訪れた静寂を破るように、静久のポケットから携帯電話が鳴る。

「……もしもし」

その掛かってきた相手を確認して、出ないわけにもいかずに静久は渋々と電話に出る。
途端、横にいた恭也たちにもその声が聞こてくる。

「あなた、何をしたのかしら?」

特に怒鳴っているわけでも、大声を出しているわけでもないのに聞こえて来るその声に、
美由希と恭也もただ黙り込む。

「す、すいません」

「すいませんじゃないですわよ。
 今日の星獲りは昼休みが終わって午後の授業が始まる瞬間と言ったはずですが?」

再び謝る静久に対して電話の相手、――声から恭也と美由希はそれが天地会長のものだと知る――が溜め息を吐く。

「まあ、鳴らしてしまったものは仕方ありませんわね。
 今回は、まあ大目にみます。どうやら、かなりの数の剣待生が油断していたみたいですからね」

「はい! ありがとうございます」

「それじゃあ、さっさと戻ってきなさいよ」

それだけを告げると、電話が切られる。
静久は携帯電話を仕舞いつつ、横目で恭也の方を見遣ると、たまたま目が合う。

「珍しいな、静久が鐘を間違えて鳴らすなんて。
 いつだったか、九度近い熱を出した時以来か。
 あの時は、時間を間違えて鳴らしたんではなくて、いつものような音が鳴らなかったんだったな」

微かに笑いながら言った恭也に、静久は睨み付けるように視線を飛ばす。

「っっ! 誰の所為だとっ!」

「その言い草では、まるで俺が悪いみたいじゃないか」

そう言った恭也に少し詰め寄ると、静久は下から恭也を見上げながら力強く断言する。

「恭也のせいよ!」

「……はぁっ!? ちょっと待て。
 何で、俺の所為なんだ」

「自分の胸に手を当ててよく考えてみなさい」

そう言われても、何の覚えもない恭也はただただ首を傾げ、あまつさえ、静久へと聞き返す。

「俺が一体、何をしたんだ? 本当に俺の所為だと言うのなら、すまないが教えてくれないか。
 次からは気をつけるようにするためにも」

真顔で言ってくる恭也に、静久は深く深く溜め息を吐くと、肩を落して口を開く。

「ごめん、別に恭也の所為って訳じゃないの。
 まあ、恭也が関係しているのは本当なんだけれど……」

そう前置くと静久はゆっくりと話し出す。

「さっき会長が言ったように、昼休みが終わった瞬間に鐘を撞くために待機していたんだけれど、
 ほら、鐘のある場所って他の建物よりも高いじゃない。
 だから、学園内がよく見えるのよ。で、中庭に恭也が居るのが見えて……」

静久の言葉に納得して頷いた恭也だったが、最後の言葉にまたしても首を捻る。

「どうして、俺が中庭に居たのが悪いんだ?」

「だから、悪くないって言ったじゃない」

どこか拗ねたような口調で静久は言葉を一旦区切ると、やや早口になって捲くし立てるように話し出す。

「ただ、私が勝手に中庭で女の子たちに囲まれている恭也を見て、腹いせに近くにあった鐘を叩いただけよ!
 悪いのは私よ。それぐらい分かってるわよ!」

涙目になって言い放つ静久を見下ろしつつ、恭也は困ったように頬を掻き、美由希は驚きで固まる。
静久も自分の言った言葉に顔を赤くしながら俯く。
何とも言い難い沈黙が降りる中、最初にその沈黙を破ったのは恭也だった。

「確かに大勢の女性に囲まれていたけれど、あれは単に質問をされていただけだ」

「質問って?」

聞き返してくる静久に一瞬だけ言い淀むが、すぐに何かを思い付いたのか、表情こそ変わらないものの、
隣に居た美由希には何やら面白がっている事に気付く。
静久も何か感じたのか、僅かに身を引く。そこへ恭也が話し掛ける。

「別に大した事じゃない。簡単に言えば、俺が静久を好きだという事の確認だな」

「なっ、なななな、何を言って……。
 あ、べ、別に嫌って訳じゃなくて、そういう事は皆に言わなくても、私一人に言ってくれれば……。
 だ、だからって、恭也と二人きりになりたいとかって訳じゃなくて……。
 ああ、別にそれが嫌ってわけじゃなくて。だ、だから……。
 わ、私もその、恭也の事は…………だし。で、でも、そういった事をあんな所で言うのはその……。
 う、嬉しいんだけれど、恥ずかしいし。でも、やっぱり嬉しい気持ちの方が大きくて……」

恭也の言葉を聞いて顔を真っ赤にすると、恥ずかしさを隠すためなのか、静久は言葉を連ねていく。
既に本人も何を口にしているのか分かっていない様子で、単に口を止めると今よりもむず痒くなりそうで、
必死に口を動かす。
そんな静久の様子を楽しそうに眺めつつ、恭也はそっと呟く。

「天地が静久で遊ぶ気持ちがよく分かるな」

そんな声が聞こえてきたが、美由希は聞かなかった事にして、目の前で慌てている静久をじっと見る。
その顔は、憧れの先輩の思わぬ一面を見てしまったというものと、本人は気付いていないみたいだが、
図らずも恭也の好きな人物を知ってしまったという二つの事柄から、複雑なものだった。
と、美由希が不意に大声を上げ、恭也と静久は驚いて美由希を見る。
そんな二人の反応に少々ばつが悪そうにしつつも、美由希は恭也へと慌てた口調で声を掛ける。

「恭ちゃん、そんな場合じゃないよ。今は星獲りの真っ最中なんだから」

「……そうだったな。それじゃあ、静久、俺たちはこれで」

「ええ。二人がAランクに上がって、その先の特Aに来るのを待っています」

「ああ」

「ありがとうございます」

「……あっ」

静久の言葉にそれぞれに返事を返して立ち去ろうとする二人、いや、恭也へと静久が小さな声を上げる。
恭也はそれが呼び止めようとしていると気付き、足を止める。
そんな恭也の前で、両手を後ろで組み、何処か落ち着かない様子で恭也を見つめると、静久はようやく口を開く。

「頑張ってね」

「ああ」

はにかみつつ小さく手を振る静久に力強く頷くと、恭也は美由希を促して走り出す。
その背中が見えなくなるまで見送った後、静久も踵を返すのだった。







この日の放課後、静久は面白いものがあると天地会長に言われ、とあるビデオを見せられる事となる。
衝撃的な内容だったのか、鑑賞会の後、呆然とした静久が目撃され、何人かが声を掛けたが、
静久は頑としてその理由を言わなかったそうである。





<おわり>




<あとがき>

ふっ、今回は静久のお話しだ。
美姫 「ふっ、じゃないわよ! 何、また新しいジャンルを!」
だ、だって、アハトさんとお互いにSSのリクエストをしあった時のだもん。
美姫 「くっ、それじゃあ、仕方がないわね」
そうそう。
美姫 「にしても、遅い完成ね」
ぐっ! そ、それは言わないでくれ……。
美姫 「まあ、良いけれど。でも、今回のは珍しく、皆の前で公表してないのよね」
おう! しかも、全然、甘々じゃないぞ!
美姫 「……さて。紅蓮と蒼焔のどっちの餌食になりたい?」
どちらも……嫌!
美姫 「逃がさないわよ! そんな訳で、またね〜」
どんな訳だよ〜〜〜〜〜。







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