『バレンタイン 〜那美Ver.〜』
八束神社の境内で、今日も那美は巫女姿で竹箒を手に掃除をしている。
だが、その様子はどこか落ち着きなくソワソワしているようにも見える。
何か物音がする度に掃除の手を休め、
鳥居の向こう――下へと続く階段へと目を移しては溜め息を吐いて掃除に戻る。
もう何度目かになる物音に、しかし那美はすぐさま顔を上げる。
今までと違うのは、今度はその口からは溜め息ではなく安堵の息が零れた事だろうか。
那美が視線を向ける先、一人の青年が境内へとやって来る。
青年、高町恭也は那美に挨拶をすると掃除を手伝おうとし、それを断られていつものように社の階段に腰を下ろす。
元々掃除は終わる所だったのか、すぐさま掃除用具を片付けると那美は恭也の隣に腰を下ろす。
胸には大切そうな小包を抱えており、何度も深呼吸を繰り返す。
それに気付いてはいたが、恭也は何も言わずに那美が切り出せるようになるまでただ静かに待つ。
やがて、おずおずと両手で小包を恭也へと差し出し、恭也もそれを受け取る。
「あの、これ」
「ありがとうございます」
今日という日が何か分かっていれば、この箱の中身も想像が付くというものである。
だが、そんな無粋な真似はせず、恭也はただ開けてもいいかだけ尋ねる。
那美が頷いたのを見て、恭也はソレを膝の上に乗せてそっと開けていく。
やがて、中から出てきたものはチョコレートであった。
2月14日、バレンタインデー。
だからこそ、既に箱の中身は予想通りであったが、既製品ではなくやや歪な形は手作りのそれか。
一口サイズのチョコレートが十個あまり。
「あ、あの、耕介さんに教わって一生懸命に作ってみたんですけれど。
あ、や、やっぱり買った方が良かったですよね。あう、うあ、こ、これは…。
後でちゃんとしたやつを買ってきます」
言って恭也の手からそれを取り上げようとするが、恭也は那美の手からその箱を遠ざけるように持ち上げる。
そのまま一つを摘んで口へと放り入れる。
那美は取り返すのも忘れ、胸の前で拳を握り締めながらじっと恭也の様子を窺う。
その喉が動き、チョコレートが完全に食べられても那美は言葉を発せずにじっと恭也を見ている。
そんな那美に恭也は少しだけ意地悪そうに笑みを見せ、
「駄目ですよ、那美さん。これは俺がもう貰ったものなんですから、あげませんよ」
「いえ、そうじゃなくて…。その、変な味とかはしないですか」
「ええ、大丈夫ですよ。美味しいです」
「よ、良かったです」
ほっと胸を撫で下ろす那美に恭也は改めて御礼の言葉を掛け、もう一つ摘む。
まだ疑わしいのか、恭也が手に取る度に身体を強張らせてじっと見つめてくる那美に、
恭也は新たに摘んだ一つを那美の口元へと持っていき、
「那美さん、口を開けてください」
「え、あ、はい」
素直に口を開けた那美にそのままそっとチョコレートを入れてやる。
ちょんと唇に指が触れるが、恭也は気にせずに次のチョコレートを摘むと今度は自分の口に運ぶ。
逆にそれを意識して目で追っていた那美が、
さっき触れた恭也の指先が今度は恭也の唇に触れるのを見て顔を赤くして俯く。
「那美さん、どうかしましたか?」
「っ! い、いえ、何でもないです」
「そうですか。それで、どうですか。嘘なんて吐いてなかったでしょう。
チョコレート、美味しかったでしょう」
正直、味など分かりはしなかったのだが那美は頷いておく。
自分のした事で那美が照れているなどと気付かず、恭也はのんびりともう一つ食べる。
照れていた那美であったが、次第に落ち着きを取り戻すと、ただじっと恭也の横顔を見つめる。
何でもない今という時間がとっても幸せに感じられ、知らず笑みを浮かべながら。
那美の視線に気付き、恭也は那美に顔を向けるとこちらもまた小さく微笑みを見せる。
沈んでいく夕日に照らされながら、二人はただ何をするでもなく、暫くそこにそうしていた。
おわり
<あとがき>
という訳で、こっちは那美版。
美姫 「こっちも短いわね」
あははは。まあ、時事ネタという事で。
こっちは、まったりほのぼのと。
美姫 「バレンタインだけに甘くしても良かったんじゃ…」
うーん、確かに。でも、今回はまたほのと。
美姫 「まあ、良いけれどね。それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。
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