『バレンタイン 〜忍Ver.〜』






放課後の月村邸。
広い屋敷のリビングで、恭也は今特に何をするでもなくぼーっと時間を潰していた。
とは言え、忍が待っててと言って消えたのが一分ほど前のことである。
すぐに戻ると言った言葉通り、それから待つ事暫し、私服に着替えた忍が戻ってくる。

「ごめんね、お待たせ」

「いいや、そんなに待ってないよ」

片手を小さく顔の前に上げて拝むように謝る忍へと、気にするなと恭也は首を振る。

「それより、今日はノエルはどうしたんだ?」

「ノエルはちょっと買い物に行ってるわ」

さっきから姿を見ないと思っていたが、その言葉に納得する。

「なに、ノエルが居ないと嫌なの?」

拗ねるように言いながら恭也の隣に座る忍に、そんな事はないとしっかりと否定しておく。
本気ではないと分かっているが、ちゃんと否定しておかないと本気で拗ね兼ねない。
そんな恭也の胸中など知らず、忍は後ろ手に隠していたものを恭也へと差し出す。

「という訳で、はいこれ。バレンタインのチョコレート」

綺麗にラッピングされた小箱を受け取り、恭也は忍へとお礼を口にする。

「てっきり貰えないかと思ってたよ」

「あははは。学校には持っていってなかったからね。
 まあ本当の所、渡すかどうか悩んだんだけれどね。
 ほら、甘いもの苦手なのに恭也ってばたくさん貰ってたじゃない。
 流石にこれ以上増えるのは迷惑かもって思ったんだけど。
 やっぱり、折角作ったんだから受け取って欲しいじゃない」

そう言って照れ笑いを見せる忍の顔をじっと見つめると、恭也は真剣な表情を覗かせる。

「他の誰のよりも忍のが欲しい。いや、忍のだけで充分だよ。
 別にこの手のイベントが大事という訳ではないが、やはりあった方が嬉しいから」

「そう言ってくれると嬉しいかな」

忍は笑みをはにかみに変えて恭也の肩に頭を乗せる。
恭也も腕を忍の肩に乗せて抱き寄せる。
そのまま何もせずにただ二人だけの時間が流れて行く中、忍はそっと頭を起こすとチョコレートの入った箱を指差す。

「それじゃあ、折角だから食べてね」

「ああ、ありがたく頂くよ」

ラッピングを剥がした中から現れた箱の蓋をそっと開ける。
中に入っていたチョコレートは思ったよりも綺麗な形であったが、
恐らくハート型であろうはずの、右上部分が少しだけ欠けていた。
それでも、手作りだと分かるチョコレートに恭也は感心しながらそれを手にしようとして、
横から伸びた指に攫われる。

「はい、恭也。あ〜ん」

言って忍がチョコレートを恭也の口元へと運ぶも、流石に恥ずかしげに目を逸らす。
忍はそれ以上は何も言わず、ただじっとそのままで待つ。
視線を周囲へと回しながら、誰も居ないしとそっと口を開ける。
それを待っていましたとばかりに、忍はそっと恭也の口へと入れる。
僅かに忍の指先が舌に当たり、必要以上に緊張しながら恭也はチョコレートを味わう。
ビターチョコなのか、少しほろ苦い甘さが舌の上に広がる。
視線は離れて行く忍の指を知らず追ってしまい、それに気付いているのか、忍は悪戯っぽく目を細め、
その指先をチロリと舌先で舐めて笑う。
見ていたことに気付かれていた事に恥ずかしさを覚えて視線を逸らすも、
すぐに忍へと戻して、照れを隠すかのように、恭也はすぐに感想を述べる。

「少し欠けているが美味しいな」

「んふふふ。欠けているのは失敗したからじゃないのよ。
 欠けた方を恭也に探してもらおうと思ってね。何処だと思う?」

恭也の言葉に妖艶に微笑みかけながら、忍は手を蠢かせて自分の身体のラインに這わすように上から下へ、
また下から上へとなぞって行く。
知らず喉を鳴らし、恭也の目は忍の手をじっと追う。
それをはっきりと認識しながら、忍の手はやがて腰から胸、胸から喉、そして口へと動きそこで止まる。
右手の小指で唇の端を押さえつつ、舌で唇を一度舐める。
上目遣いに恭也を見上げながら、身体を寄せていく。
殆どなかった二人の隙間が完全になくなり、密着した状態で忍は囁くように恭也の耳元に唇を寄せる。

「ど・こ・だ・と・お・も・う?」

照れつつも恭也は艶かしく光る忍の唇から目が離せないでいた。
そんな恭也の様子に蠱惑めいた笑みを見せながら、忍は正解と囁く。

「このままだと私の気持ちも欠けたままになってしまうから、早く残りの欠片を取り戻して欲しいな」

「どうやって」

「それは勿論……ね」

恭也は魅入られたように忍の背中に腕を回し、その唇に自らの唇を合わせる。
二度三度とただ重ね、次に舌で舐めまわし、そのまま忍の中へ。
舌先にほのかな甘さを感じながら、鼻を鳴らして甘えてくる忍の髪を背中を撫でる。
首筋に腕を回し、もっととせがむように更に唇を押し付けてくる忍に応え、恭也もまた強く抱き締める。
チョコレートよりも甘い甘いひと時を、誰にも邪魔される事なく堪能する二人であった。






おわり




<あとがき>

ってな訳で、バレンタイン〜。
美姫 「短いけれどね」
あははは。えっと、今回は忍で。
美姫 「甘々とまではいかないかしら」
ちょっと甘いという感じで。
美姫 「そんなこんなで、バレンタインSS忍版でした〜」
ではでは。







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