『メリーベリークリスマス』






恭也には古い記憶がある。そう幼い頃の記憶が。
と言っても、印象的なものばかりだが。
その中の一つ、聖夜の思い出となる毎年の出来事をよく憶えている。
あれはまだ、四歳の時だっただろうか…。



寝ている恭也の頭上からゴンと軽いような重いような微妙な音が届く。
不破家の恭也へと宛がわれた部屋。
既に夜も遅く暗いその中、軽い痛みに目を開ければ、丁度、暗がりから外へと出て行く影が。
そして、布団の横には一枚の紙と…。

「これは、金たらい?」

そう、金たらいがあった。

『紙へと目を向ければ、そこには部屋に侵入者が居るのに気付かないとは、まだまだ未熟。
 精進せよ。
 赤き衣の使者、サンタクロース』

とひらがなで書かれた紙があった。
やや憮然としたものを感じつつ、プレゼント(?)なのだろうか金たらいを手に恭也は暫し困った顔をしていた。



翌年の同じ日。
旅の途中でその日を迎えた恭也は、宿の部屋ですやすやと寝息を立てていた。
士郎は仕事で朝までは戻らないとの事で、一人で部屋に眠る。
別段、慣れている事で恭也は特に何ら問題も感じずに早々に寝付いた。
そして、恐らく深夜だろう。ふいに重たい衝撃を受け、呼吸が止まる。
どうやら、鳩尾に肘鉄のようなものを喰らったらしいと見当をつけると、
咳き込み、涙を僅かに浮かべながらも起き上がる。
恭也の視界には、いつしかの赤き服を纏いし者の姿。
その人物は窓枠に足を掛け、そのまま部屋を出て行った。
痛みに咳き込みながら、何とか窓へと近付いた恭也はそこにやはり手紙を見つける。

『まだまだ未熟。来年を楽しみにしているぞ。
 赤き衣の使者、サンタクロース』

その手紙の横には、恐らく窓の鍵を開けたと思しきピッキングの道具が一式。
どうやら、今年のプレゼント(?)らしいとそれを手に、これが何なのかと首を捻る恭也であった。



またまた翌年の同日。
今日も今日とて仕事で士郎は居らず、恭也は一人宿の部屋。
一昨年、去年の事があったため、恭也は今日は部屋にトラップを仕掛ける。
まだ士郎から教わったばかりのソレを扉と窓に設置すると、それで安心したのかゆっくりと眠りに着く。
どのぐらいの時間が経っただろうか。
不意に恭也は息苦しくなり、何かを撥ね退けるように起き上がる。
上半身を起こした恭也の耳に、ビチャと何か濡れた物が落ちた音が。
そして、その視界には窓から逃げていく赤い衣の人影。
仕掛けたトラップを簡単に解除して侵入された事に憮然としつつ、窓を見れば、やはり手紙が一通。

『トラップを仕掛けるまでは良かったが、まだまだ甘いわっ!
 あの程度のトラップなど、なきが如しじゃ。
 侵入された事に気付かぬうちは、まだまだひよっこじゃ!
 精進するがよい。
 赤き衣の使者、サンタクロース』

手紙を破り捨てると、恭也はプレゼント(?)らしき、
先ほどまで自分の顔に掛かっていた濡れたタオルを指で摘み上げ、とりあえずは洗面所へと運ぶのだった。



そして、またしてもその日がやって来る。
宿の外からは巷でプレゼントに浮かれているであろう子供たちの声。
だが、そんな子供たちの声を横目に、恭也は一人瞑想するかのように目を閉じる。
充分に落ち着いてから目を開けた恭也は、練習用の小太刀を静かに抜き放ち、
最初に握り方と一緒に士郎に教わった磨ぐという行為に移る。
決戦は深夜。そう熱く静かに胸の内に闘志を燃やし、恭也は静かに一人宿の部屋で小太刀を研ぐ。
遅くまで起きている事も考えた恭也であったが、昼間の士郎との鍛錬の疲れか、気付けば眠っていた。
が、恭也の耳は何者かの侵入を確かに捉えた。
士郎との鍛錬の成果に満足しつつ、ニヤケそうになる頬を懸命に堪え眠った振りを続ける。
近付いた瞬間、枕の下に隠した小太刀を手に跳ね起きる。
その光景を何度も頭の中で描き、今か今かと待ち構える。
しかし、件の人物は恭也が起きている事に気付いたのか、近寄ってこない。
寧ろ、恭也から遠ざかっている。
まさか気付かれたかと、恭也は距離が開いているのも関係ないと飛び起きる。
これにはサンタも驚いたようだが、何処か楽しそうに右手をクイクイと動かして恭也を挑発する。
驚いたという事は、サンタは恭也が起きていることに気付いていなかったという事になるのだが、
恭也は逃がさない事ばかりに気を取られ、直前のサンタの小さな仕草を見ていなかった。
結果、恭也は挑発めいた行動を取るサンタへと飛び掛ろうとして…。
何かに足を引っ張られるようにして後ろへと倒れる。
何かが足首を掴んでいるらしく、何かと視線を落とせば、そこには一本のロープが固く結ばれていた。
その先を辿れば、部屋の窓側とは反対側へと繋がれており…。
恭也が急いでロープを切り、顔を上げた時には既に開け放たれた窓から吹き荒ぶ風に揺れるカーテンのみ。
その窓にはこれまた一枚の紙が。

『昨年のお礼だ。
 トラップにはトラップを。まだまだ甘いぞ、小僧。
 赤き衣の使者、サンタクロース
 折角待ち構えていても眠りこけていては無意味! 笑止千万!』

いつものように書かれた紙の下に、急遽書きなぐったと思われるやや乱暴な一行。
その最後の一行の言葉と、眠っている間に既にやられていたと気付いたという事実に、
恭也は悔しげにプレゼント(?)だと思う切れたロープを強く握り締めるのだった。



その翌年、去年よりも更に遅い時間。
部屋に入ってくる影がひとつ。
その部屋で眠る少年は、昼間の鍛錬で疲れたのかぐっすりと眠りこけている。
毎年同じ時刻にやって来ていたのに今年は中々現れず、ついに疲れて眠ってしまったのか。
少年を視界に入れながら、警戒するようにその周囲を見る赤き衣を纏った影。
見れば離れた所に小太刀が置かれており、どうやら本当に疲れて眠ってしまったようである。
やや拍子抜けしつつも影は少年、恭也へと近付き、後少しという所で足を止める。

「ふふふ。よく寝ているな。さて、今年は……。
 死ねぇぇっ!」

言って振り下ろされる木刀。
物騒な事を叫びつつ振り下ろされるその一撃はかなり鋭く、このまま恭也が打たれると思えたその時。
恭也は直前で枕を頭の下から引っこ抜き、木刀を受け止める。

「やるな、小僧」

「毎年、毎年やられてばかりという訳にもいきませんから。
 ……って言うか、父さん?」

「っ! ち、違うぞ! 私は単なる通りすがりの…」

「いや、通りすがりはないと思う。
 もし通りすがりだって言うんなら、不法侵入の上に殺人未遂だし…」

「また細かい事を憶えやがって。
 とにかく、それも違う! 通りすがりのサンタだ!」

「……サンタがどうやって通りすぎるんだよ。全く何をしているんだか。
 あれ? でも、という事は、今までのも全部父さんの仕業って事に…」

「ふわぁっはっはっは。どうやら成長したようだな、坊主。
 サンタは良い子の元にしか現れないから、来年からは君の前には来れなくなったな〜。
 えっと、そ、そうだ。ほ、ほれ、プレゼントだ」

言って今思いついたかのように木刀を恭也に無理矢理渡すと、自称サンタは窓際まで飛び退くと窓を開け放つ。

「毎年のプレゼントのお陰で、お前も少しは奇襲に対応できるようになったみたいだな。
 これからも精進を怠るなよ。では、さらばだ!」

言っていつの間に取り出し括りつけたのか、ロープを伝い壁を蹴りながら地面へと下りていく。
呆然とその姿を見送った後、恭也はプレゼント(?)だと言われた木刀を握り、少しだけ嬉しそうな顔を見せる。

「今年は勝った…」

小さな余韻と共に、その木刀を枕元に置いて今度こそ本当の眠りに着くのだった。



「……とまあ、これが俺の知っているクリスマスだな」

そう語り終えた兄を複雑な顔で見上げるのは末っ子のなのはである。
明らかに間違っているのだが、
何処か嬉しそうに話す兄に遠慮してかなのはは何も言わずにただ乾いた声で笑うだけである。
もしやと一抹の不安を覚えて見上げてくるなのはに笑みを零し、恭也はやや乱雑にその髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「そう心配そうな顔をするな。ちゃんとプレゼントは用意してあるから」

恭也の言葉にほっと胸を撫で下ろすなのはを見下ろしながら、
恭也は久しぶりに思い出したクリスマスの思い出に、自分の弟子にもやってみようかなどと考える。
同時刻、某寮の親友の元を訪れていた件の弟子が、小さくくしゃみをして風邪かと思ったりしたそうだが。



因みに、自称サンタが恭也の元を訪れなくなって数年後、その思い出を今日みたいに懐かしそうに語った所、
その聖なる夜の遅く、菓子職人に怒られる自称サンタが居たという事は、
なのはには話さず、自身の胸の内にそっとしまっておく恭也であった。






おわり




<あとがき>

という訳で、約束通に時期SS〜。
美姫 「うんうん。えらいえらい」
う、うぅぅ。身体のあちこちが痛い…。
美姫 「そう言えば、このお話のおまけ部分は?」
それは、これからだ!



その日の深夜、恭也がこっそりと美由希の部屋へと忍び込み、奇襲をしようとしたのが、
遅くまで本を読んでいた美由希は、恭也の接近を扉の前に立った時点で気付き、慌てて眠った振りをする。
静かに扉が開いて入ってきたのが恭也だと確認すると、煩いぐらいに高鳴る心臓の鼓動を押さえるように、
そっと胸に手を当てて、期待と不安の入り混じった顔を必死で抑え付け、
やや赤くなる頬も暗さで大丈夫だと言い聞かせる。
ああ、こんな事ならとっておきの下着を穿いていればとか考えながら、眠った振りを続ける美由希。
だが、そんな美由希の態度から、恭也は起きている事に気付き、奇襲に気付いた弟子に感心すると、
静かに部屋を出て行く。
一方、色々と一人妄想して恭也が出て行った事に気付かず、美由希は明け方まで布団の中で寝た振りを続けていた。

「う、うぅぅ、酷いよ恭ちゃん……」

そんな眠たそうな少女の呟きが、ようやく登り始めた朝日に照らされた、
他には誰も居ない部屋の中で聞こえたとか、ないとか。



とまあ、こんな感じのおまけで。
美姫 「つくづく、美由希の扱いが」
いや、前から言っているように、美由希は大好きなキャラだから。
もう、扱いやすいというか。シリアスからギャグまでいけるというか。
美姫 「その所為か、オチ的な要因が多いわね」
だからこそ、今回はこうしておまけで。
と言うか、前の時もおまけで美由希が酷いと言ってたな。
美姫 「進歩してないわね、アンタ」
い、いいもん、いいもん。いじいじ。
美姫 「はいはい。いじけるのは後にしてね。ともあれ、皆さんにもメリークリスマス!」
メリークリスマスです。
そして、俺はベリークルシミマス。
美姫 「ありきたりな事を」
あははは。って、実際に苦しみましたがな。
美姫 「あははは〜。それじゃあ、まったね〜」
はぁ〜。ではでは。







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