『込められし思い 第7話』






「だぁぁぁぁぁーー!このカメがぁ!」

「やかましいわ!このおサルがぁ!」

恭也たちが朝の鍛練から帰ってくると、キッチンでは二人の料理人が毎度のようにハイレベルな喧嘩を繰り広げていた。

「なんだとー、てめえー」

「なんや、もたもたしとるアンタが悪いんやろう」

とりあえず、事態を収めようと恭也が二人に声を掛ける。

「二人とも、朝から何を騒いでいる?」

「「あ、(お)師匠お帰りなさい」」

「ああ、で、何の騒ぎだ」

この時間、高町家で起きていないのはなのはだけなのだが、近所の手前あまり騒ぐのは良くないと注意する恭也。

「で、でも、こいつが今日は俺が当番だってのに」

「アホか!アンタがチンタラしてたから、うちが代わりにやってやったんやろ」

「それが迷惑だって言ってんだよ」

「なんやて」

「良いから、さっさとどけ!」

「アホぬかせ!ここまでやったもんを放り出せるかいな」

再び睨み合う二人に溜め息を吐きながら、

「二人とも落ち着け。とりあえず、今日はこのままレンに作ってもらえ。で、今日の晩は晶に頼む。それで良いな」

「「……はい、分かりました」」

恭也の言葉に二人は大人しく頷くと、レンは料理を再開し、晶はその場を離れる。

「はぁー。この二人は仲が良いのか悪いのか」

恭也が零した嘆きに冬桜はくすくすと笑いながら、

「きっと仲が良いんですよ。ほら、よく言うじゃありませんか。喧嘩するほど仲が良いって」

「確かにな」

冬桜の言葉に苦笑を浮かべつつ、恭也は椅子に座り新聞を広げる。
冬桜はその横に座ろうとせず、歩き始める。
それを見た美由希が声を掛けた。

「冬桜さん、どこに行くんですか?」

「ええ、私も少しお手伝いをしようかと」

冬桜の言葉が聞こえたのか、レンは手を休める事無く、

「別に気にせんで下さい。うちが好きでやってる事ですから」

「そうですか。本当は少しやってみたいだけなんですけど、駄目ですか?」

「うーん。そこまで言わはるんでしたら、少しだけ手伝ってください」

「はい」

レンの言葉に両手を合わせ、嬉しそうに笑みを浮かべると、冬桜はレンの横へと並ぶ。
それを見た美由希が、

「じゃあ、私も何か手伝……」

「お前は、何もせんで良い」

「美由希ちゃんは、何もしなくても良いよ」

「美由希ちゃんは、そこで大人しくしといてください」

三人に口々に言われ、上げかけていた腰を降ろすとテーブルにのの字を書き出す。

「うぅぅぅ。どうせ私は……」

そんな美由希に首を傾げながら、冬桜はレンに尋ねる。

「あのー、レン様。この卵はどうすれば…」

「ああ、それですか。それはそこにあるボールに割ってもらえます」

「はい」

冬桜は優雅に卵を掴む。
それを見ていたレンが、

(はぁ〜。美人さんは何をしても絵になるんやね〜)

と感嘆の息を零す。
が、その半ば夢心地状態だったレンの顔が驚きに引き攣る。
冬桜は卵を掴むと、レンの見ている前でそれをそのままボールに叩きつける。

「割れましたけど、この殻はどうするんですか?」

どうやら本気で聞いているらしい冬桜に対し、レンは恐る恐るといった感じで疑問を口にする。

「あ、あのー、冬桜さん。つかぬ事をお聞きしますが、今までに料理の経験とかは?」

「いいえ。全くありません。ですから、どのように料理ができるのか楽しみで楽しみで」

「ほんなら、さっきのやってみたいと言うのは、久しぶりにやってみたいという意味やのうて、
 やった事がないから、やってみたいって事ですか?」

「ええ。料理として並ぶ前の食材がこんな風になっているのも初めて見ました。
 でも、卵料理って思ったよりも大変なんですね。今からこんなに粉々になった殻を取り出すんでしょ?」

「……………お、お師匠!」

レンの叫びにも似た声に、それまで茫然とそのやり取りを見ていた恭也たちも我に返る。

「ゆ、冬桜。お前の気持ちは分かるが、ここは大人しくレンに任せよう」

「やっぱり何か間違ってたんでしょうか?」

「え、ええ。卵はそうやって割るんじゃなくて…」

晶は冬桜の横に立つと、新しいボールと卵を取り出し、実演してみせる。

「こうやるんです」

「わあ、綺麗に中身だけが取れましたね。凄いですよ晶様」

「は、はははは」

冬桜の褒め言葉に晶はどう答えていいか分からず、頬を引き攣らせる。

「冬桜、やった事がないのなら初めからそう言ってくれ」

「は、はい」

「まあ、やってみたかったと思うのは悪い事じゃないが、何も知らずに出来るものでもないだろ。
 だから、今度時間のある時にでもレンや晶に教えてもらえ」

「はい!も、もし出来上がったら、兄様は食べてくれますか?」

(………多分、美由希よりはましだろう)

美由希を一度ちらりと見詰め、恭也は頷く。

「ああ」

「では、頑張りますね。晶様、レン様、時間が空いた時にでも教えてくださいませ」

「「そういう事なら、任せてください!」」

何とかその場が治まったかの様に見えたが、背後からいじけたような暗いオーラーを纏った美由希が恭也の耳元に囁く。

「恭ちゃん、さっきの間に何で私の方を見たの〜?」

美由希の様子に晶とレンは少し引き、冬桜は理由が分からずに首を傾げる。
それに対し、恭也は真正面から美由希を見ると、

「はっきり言われないと分からないか?」

「う、うぅぅぅぅぅぅ〜。恭ちゃんが虐める……」

「俺はまだ、何も言ってないぞ。これで思い当たる節があるという事は、自分でも自覚しているという事だろう」

「うっ、み、耳が痛いです」

「まあ、無駄かもしれんが努力するのなら、それを止めたりはせんぞ。努力だけならな」

「そ、それって、出来上がったら、食べてくれるって事?」

恭也はどこか遠くを見るような眼差しで美由希を見ると、その肩に手を置く。

「よく聞けよ。努力だけといっただろ。成果を求めるな。ましてや、それを人に評価してもらおうと思うな。
 まあ、偶然に、奇跡が起こったり、本当にたまたま運良く、絶対にありえないとは言えないほどの低い確率で、
 上手く出来たらその時に考えなくもない」

「そ、それでも考えるだけなの!それ以前に、言外に無理って言われているような気が…」

「そんな事はないぞ。
 例え絶望的な状況であろうとも、藁にもすがる思いだったとしても、そんなにはっきりとは言ってないつもりだ」

「つもりって、やっぱり言ってるんじゃない!」

「まあ、あれだ。人には得手不得手があるという事だ」

「やっぱり〜。私は料理が下手だって言いたいんでしょ」

「美由希!」

美由希の言葉に恭也は声を上げ、掴んでいた肩に力を込め、鋭い顔つきになると真剣な口調で話す。

「な、何、恭ちゃん」

「そんな事を言うんじゃない」

「きょ、恭ちゃん…」

恭也の言葉に感激すら覚え、恭也を見詰める美由希だった。

「ありが……」

「あれを料理と言うな!料理に対する冒涜だぞ。それに、あのレベルを下手の一括りにするな。
 真面目に料理を勉強している人たちに申し訳がない。ましてや、料理人たちに顔向けが出来ない」

「………恭ちゃん、それってどういう意味かな?」

「言わないと分からないか?あの意識を奪い取るような物は既に料理ではない。毒と言っても良いだろう」

「………………はぁぁぁぁ!」

突然飛んできた手刀を軽く受け流すと、恭也は美由希と距離を開ける。

「いきなり何をする」

「そ、そこまで言わなくても良いでしょ!そんなに酷くないわよ!ねえ、晶、レン」

同意を求められた二人は明らかに視線を逸らす。

「そ、そうや、うちは朝食の続きがあったな」

「お、俺は、冬桜さんに教える料理でも考えるか」

「晶〜、レン〜」

情けない声を出す美由希に対し、恭也がとどめとばかりに言い放つ。

「こと料理に関して、お前に味方はいない」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ。あ、あんまりだよぉぉぉぉ。む、胸が痛いよ〜〜〜」

悲しみに倒れ伏す美由希を見て、冬桜がポンと可愛らしく手を叩く。

「美由希様も料理が苦手なんですね」

これが最後の一撃になったのか、グサッというよな擬音が聞こえてくるぐらい美由希は身を反らし、
胸を押さえるとその場に崩れ落ちた。

「み、美由希様、どうしたんですか!」

「冬桜、しばらくは放っておいてやれ」

「で、でも…」

「この場合、それが一番良い」

「兄様がそう仰るのでしたら」

冬桜は恭也の言葉に頷くと、恭也の横の席へと腰掛けた。
その後、各自何事もなかったかのようにそれぞれの日常へと戻っていく。
途中、朝食のために戻ってきた桃子とフィアッセも床に倒れる美由希を見て驚いたが、
事情を聞くと苦笑しつつそっとしておく事にしたらしく、何事もなかったかのように話を始める。
やがて、朝食が出来た頃、何とか復活した美由希は起き上がると席に着く。
が、その表情はどこか元気がなかった。

「い、いいもん。料理の一つや二つ出来なかったって……」

ぶつぶつと呟きながら、自己弁護を始める。自分に言い聞かせるように。

「そ、そうよ。私だけじゃなく、冬桜さんもできないんだし」

やっと自己完結できたのか、いつもと変わらない顔に戻る美由希に起きてきたなのはが、元気付けようと話しかける。

「大丈夫だよ、美由希お姉ちゃん。なのはも出来ないから」

「ぐぅっ!」

何とか復活した美由希だったが、なのはの一言で再び傷を開いてしまったようで、再びテーブルに突っ伏した。

「美由希お姉ちゃん!大丈夫?しっかりして」

「なのは……。綺麗な一撃だったぞ」

「え?え?」

恭也の一撃に冬桜以外の全員が一斉に頷き、なのはの疑問をさらに深めたのだった。

「え?え?一体、何なの?」

こうして、冬桜もすっかり馴染んだ高町家の朝が始まっていく。



つづく




<あとがき>

かなり久しぶりの『込められし』ですね。
美姫 「本当に久しぶりよね。ラストは出来ているのに、続きがアップされないSS……」
それを言うなよ。
美姫 「確か今回は、かずまっくすさんの24万Hitのリクエストだったのよね」
うん。込められしの続きというリクでした。
美姫 「これを機に、続きを書くようにしないとね」
おう。別に忘れていた訳じゃないんだが、他に色々と書いているうちに、続きを書けなかったと。
美姫 「やっぱり、長編は週1回でアップしないとね」
ちょっときついな、それは。
美姫 「四の五の言わないの!」
で、出来る限りの努力はするよー!
美姫 「それで良いのよ。じゃあね」
また。





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