『夕日隠れの道に夕日影』
〜フィアッセ編 後日談〜
コンサートの最後で、フィアッセが恭也に告白した翌日。
何と言っても世紀の歌姫の娘にして、自身も光の歌姫と呼ばれる程の歌姫の話題だけに、世界中の新聞各社がこの事を記事にした。
これにより、この事はかなりの人の知ることになる。
幸いにして、新聞に載った記事はどれもキスシーンだった為、恭也の顔が流れる事はなかった。
これには、恭也の事を考えたフィアッセの両親の影が背後にあったりするのだが。
兎も角、フィアッセの恋人として、恭也と言う名前が新聞一面を賑わせる事となり、
二人の関係者にはこれだけで充分に伝わる話だった。
そして、ここ海鳴市の高町家。
二人に最も馴染み深い者たちが住むここでは……。
いつもの様に全員が揃った所で朝食を食べていた。
「恭ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫だって、美由希ちゃん。師匠の事だから、何事もなく帰ってくるって」
「そうやで。それに、出掛けに何でもないって言うてたんやろ?だったら、大丈夫やって」
「うん」
それでも、電話を終えた恭也の顔を見ていた美由希は、言い様もない不安を感じていた。
そんな不安を打ち消すように、笑みを浮かべると、
「そうだよね。恭ちゃんの事だから、きっと大丈夫だよね」
「そうだよ」
「そうそう」
やっと笑みを浮かべた美由希に、晶とレンも笑みを返す。
そんな三人のやり取りを微笑ましげに眺めていた桃子は、一足先に食べ終え新聞を広げる。
同じ様に、食べ終えたなのはがテレビのリモコンを手に取る。
「テレビつけてもいい?」
なのはの言葉に全員が頷くのを見て、なのははテレビをつける。
と、同時にコーヒーに口を付けていた桃子が噴き出す。
「ブッ!……コホコホコホ」
咽て胸を叩く桃子を見て、晶は素早くテーブルを拭き、美由希はタオルを桃子に渡す。
そして、レンは桃子の背中を擦る。
「大丈夫、かーさん」
「ケホケホ……。う、うん、大丈夫よ」
「一体、どうしたんですか桃子ちゃん」
「こ、これを見てよ」
少し慌てたように言うと桃子は、自分の読んでいた新聞を美由希に渡す。
美由希はその新聞を取り、レンと一緒に覗き込む。
そして、大きな声を上げる。
その時、テレビを見ていたなのはと、テーブルを拭きながら画面を眺めていた晶もほぼ同時に声を上げる。
『ええぇぇぇーーーー!!』
「あ、晶、なのは、こ、この記事見て!」
「み、美由希ちゃん、それ所じゃないですよ」
「アホか!このおサル。こっちの方が大変や!」
「誰がサルだ、このカメ!こっちの方が大変なんだよ!」
「晶ちゃんもレンちゃんも喧嘩は駄目です!それに、こっちも大変なんだよ」
「なのは、こっちも大変なんだって」
お互いに好き勝手に言い合い、ここで、四人の声が揃う。
「「「「恭ちゃん(お兄ちゃん)(師匠)(お師匠)とフィアッセ(さん)が」」」」
「「「「はい?!」」」」
美由希とレンはテレビを見、なのはと晶は新聞を読む。
どうやら同じ事を言っていたと気付くと、決まりが悪そうに笑みを浮かべる。
が、すぐさま驚いた顔になる。
「何、何。恭ちゃんがイギリスに行ったのって、こういう事だったの」
「お師匠、一体いつの間に……」
「流石、師匠。やる時はやる」
「はややや。お兄ちゃんとフィアッセさんが……」
混乱している娘達に、桃子はパンパンと手を鳴らしてみせる。
「はい!皆〜。あれこれ言うのは良いけど、それは恭也が帰ってきてから聞けば良いことでしょう。
とりあえず、落ち着こうね」
やけに上機嫌な桃子を見ながら、美由希たちは頷くのだった。
それを見て、桃子は笑みを浮かべると、
「はい、それじゃあ桃子さんはお店に行ってくるから、後は頼むわよ」
鼻歌にスキップまでしながら、桃子はリビングを後にする。
その後ろ姿を見送り、
「かーさん、よっぽど嬉しいみたい」
「まあ、桃子ちゃんにとってフィアッセさんは、娘さんみたいなもんですからな」
「それに、相手が師匠と来れば、嫌でもはしゃぎたくなるって」
「そういえばおかーさん、前に30代でおばあちゃんになるのが夢だって言ってたような……」
そんななのはの呟きを聞きながら、妙に納得する三人だった。
◇◇◇
海鳴でそんな話がされている頃、恭也はフィアッセの部屋にいた。
「おつかれ、フィアッセ」
「恭也もお疲れさま」
二人して微笑むと、そっと抱き合う。
「恭也、今回みたいにあんまり無茶はしないでよ」
無駄だとは分かっていても、フィアッセは言わずにはいられなかった。
そして、それを恭也も分かっているのでただ頷く。
そして、恭也は思い出したように言う。
「しかし、アレは少し恥ずかしかったな。完全に舞台の上という事を忘れていた」
「ふふふ。私も恥ずかしかったよ。でも、同時に嬉しかったけどね」
「出来れば、このまま忘れてしまいたいな」
「それは駄目だよ。これからも宜しくって約束したんだし。それに……」
言葉を区切るフィアッセに、恭也が問い返す。
「それに何だ?」
「きっと明日にはニュースになってるって。特に日本は後、数時間で朝だもん。
こっちから、桃子たちに連絡するよりも先に、ニュースか新聞で知ることになるんじゃないかな」
フィアッセの楽しそうな声に、恭也はしまったと顔を顰める。
抱きしめ合ったままで、お互いの顔は見えないが、フィアッセにはそれが分かったのか、声の調子を落としながら尋ねる。
「そんなに皆に言うのは嫌なの?」
「別にそういう訳じゃない。ただ、かーさんのからかう様子を想像するとな」
「あははは。それは確かにね」
恭也の言葉に、フィアッセは想像したのか、明るい声で笑う。
「でも、それぐらいでこの腕の中にある温もりを離さずに済むのなら、まあ良いかな」
「恭也、言ってから照れないでよ」
「見えるのか?」
「ううん。でも、分かるよ。だって、恭也の事だもん」
「そうか」
フィアッセの言葉に更に照れながらも、恭也は答える。
「まあ、かーさんたちには、改めて自分の口からも言わないといけないけどな」
「そうだね。でも、今は他の事は忘れて、恭也だけを感じていたいよ。もうすぐまた会えなくなるから。
離れていても大丈夫なように、ね」
「ああ。俺もフィアッセだけを感じたい」
恭也はそっとフィアッセに口付けると、その体を横たえるのだった。
それから、帰国した恭也を待っていたのは、知人達による宴会という名の質問攻めだったとか。
苦笑しつつも答える恭也の顔は、どこか嬉しそうであった。
それから月日が流れ、コンサートツアーが終了すると、フィアッセは真っ先に海鳴へと帰って来た。
海鳴で自分の帰りを待つ、何よりも大切な人の元へと。
これから先、二人がどんな物語を綴っていくのかは定かではないが、
それはきっと幸せに包まれたものである事だけは間違いないであろう。
お互いを想う気持ちを忘れず、
日の当たる場所に伸びる影を払う剣と、それを優しく、そして温かく包み込む歌を持つ二人の物語は。
おわり
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