『夕日隠れの道に夕日影』

   〜アイリーン編〜






コンサートも終わりに差し掛かり、今はアンコールの曲が流れている。
それを聞きながら、恭也はその場を後にする。
会場内の使われていない倉庫のような場所まで来ると、恭也は壁に背を預け、その場に座り込む。
微かに聞こえてくる歌声を聞きながら、そっと右膝を撫でる。
それだけで熱を持ったように痛む右膝に、微かに呻き声を洩らし顔を顰める。
それから恭也は上着を脱ぐと、右腕を押さえる。

「最後の一撃を放つ時に、少し無理な態勢で打ってしまったからな。
 反動が腕にきてしまったか。……まあ、骨には異常はなさそうだし、動かすと少し痛みが走るが、
 これなら明日には治っているだろうから、このまま放っておいても問題ないだろう」

恭也は軽く右腕を揉みながら、そう一人ごちる。
右腕以上に痛む右膝に顔を顰めながらも、どうやって誤魔化すか考える。
そのうち、微かに聞こえてきた歌声が途絶え、代わりに拍手の音が聞こえてくる。
どうやら、全て終ったらしい。
恭也は右足を庇いながら、ゆっくりと立ち上がると、舞台裏へと向う。
そこに着く頃には、右足も庇っておらず普通に歩いてみせる。
そして、舞台から戻ってくるフィアッセたちに労いの言葉を掛ける。

「お疲れ」

「うん。恭也もありがとうね」

そう言って左腕に抱きついてくるフィアッセに苦笑していると、右腕にゆうひが抱きついてくる。

「フィアッセだけずるいで!」

「っ!」

咄嗟に出掛かった呻き声を飲み込む。
その甲斐あってか、フィアッセたちには気付かれずにすむ。
恭也に抱き付く二人をさっきから見ていたアイリーンが、二人をやや強引に引き離す。

「ほら、二人とも。恭也は疲れてるんだから、それぐらいにしておきなさいよ。
 それに、私たちもさっさと着替えないといけないでしょう。皆、もう行っちゃったわよ」

アイリーンの言葉通り。今この場にはフィアッセたち三人しかいなかった。

「そうね。じゃあ、恭也、また後で」

「ほなな」

フィアッセとゆうひは恭也を離すと、少し急ぎ足でこの場を去って行く。
恭也はそれを見ながら、安堵の息を零す。

「で、アイリーンさんは行かないんですか?」

「勿論、行くわよ。その前にやる事があるんだけどね」

そう言うと、アイリーンは恭也を人気のない所まで引っ張って行く。

「さて、じゃあそこに座って」

恭也に有無を言わせず座らせると、いつの間に手にしていたのか救急箱を傍に置き、恭也の正面に座る。

「で、何処を怪我したのかな?とりあえず、右膝が痛むは間違いないでしょう?」

「気付いていたんですか?」

アイリーンの言葉に、恭也は少し驚きの目で見る。
その視線を受け、アイリーンは不敵な笑みを見せると、

「ふふーん。フィーやゆうひは兎も角、私の目まで誤魔化せるとは思わない事ね。
 伊達に恭也と長い付き合いじゃないわよ。恭也がスクールに来た時は、フィーだけじゃなくて私も一緒だったんだからね」

そう言って何故か胸を張るアイリーンを見て、恭也は苦笑を浮かべる。

「で、右膝以外に何処を怪我したの?」

際ほどとは打って変わり、心配気な顔になって恭也に詰め寄る。
そんなアイリーンに対し、恭也は平然とした様子で口を開く。

「別に何処も怪我なんて……」

「何言ってるのよ!さっきも言ったけど、私の目を誤魔化そうたってそうはいかないわよ。
 恭也とは、小さい頃からの付き合いなんだからね。
 恐らく、右腕でしょう。ほら、出して。出さないと、皆の前で言うわよ」

アイリーンの言葉に、恭也は溜め息を吐くと、大人しく右腕を出す。
アイリーンはその腕を取り、念入りに見詰めるが、外傷は何処にも見当たらなかった。

「あれ?」

「だから言ったじゃないですか」

「そんなはずはないわよ。私はずっと恭也を見てきたんだもん。
 恭也表情の変化を、見間違えるなんてありえない」

そう言ってアイリーンは右腕を少し強く握る。
恭也は襲ってきた痛みに顔を顰めそうになるが、辛うじて堪える。
しかし、その若干の変化でもアイリーンには充分だったらしく、得意顔になるが、すぐに心配そうな顔に変わる。

「ほら、やっぱり。……外傷はないって事は、まさか骨?」

仕方なしに、恭也はアイリーンに本当の事を教える。

「骨にも異常はないですよ。ただ、少し無理に捻った感じになったので、筋を少し痛めただけですよ。
 放っておいても、明日には治ってます」

「駄目だよ。一応、簡単な手当てはしないと」

アイリーンはそう言うと、救急箱から冷却スプレーを取り出す。
それから簡単な手当てを始める。

「別に包帯まで巻かなくても」

「だ〜め。こうでもしないと恭也は、すぐに無理するからね」

アイリーンに完全に見透かされている事に、恭也は再び苦笑を浮かべつつ、
手当てをするために俯き、そのために落ちる髪が腕に当たるくすぐったさを堪える。

「アイリーンさん、もう遅いかもしれませんが、そんな所に座ると折角のドレスが汚れますよ」

「平気、平気。それに、もう遅いって。……はい、お終い」

手当てを終えると、アイリーンは立ち上がり、ドレスの裾を軽く叩いて埃を落とす。
恭也も同じ様に立ち上がる。

「どうもこういう服って苦手なのよねー。
 フィーやゆうひなら兎も角、私は似合っていない気がするのよ」

そう言うとアイリーンは微笑んでみせる。
その姿に恭也はしばし見惚れ、知らず言葉が口をついて出ていた。

「そんな事ないですよ。その、とても似合ってますよ」

「本当に?」

尋ね返してくるアイリーンに、恭也は頷き返す。
それに満足したのか、アイリーンは恭也の左腕を取り、恭也が慌てるのにも気にせずに言う。

「恭也がそう言ってくれるのなら、それで良いか」

「それって……」

恭也が何かを言うよりも早く、その口に人差し指を当て、黙らせるとアイリーンは下から覗き込むように恭也を見る。

「さっき言ったでしょ。私はずっと恭也を見てきたって。それって何でだと思う」

そう尋ねながらも、アイリーンの指は恭也の口にあり、答えを求めている訳ではないと分かる。
だから、恭也は何も言わず、アイリーンが再び口を開くのを待つ。
それから程なくして、アイリーンはゆっくりと話し出す。

「私はね、恭也の事が……」

「アイリーンさん」

アイリーンの手を取って、恭也はアイリーンの言葉を遮る。

「それ以上は口に出さないで下さい」

「……そっか。そうだよね」

恭也の言葉にアイリーンは寂しそうな顔をし、自嘲気味な笑みを浮かべる。

「私なんかじゃ、迷惑だよね」

「違います!そうじゃありません」

珍しく大声をあげる恭也に驚き、そちらを伺う。
そんなアイリーンの視線を真正面から真っ直ぐに受け止めつつ、恭也はゆっくりと自分の気持ちを言葉にしていく。

「その、俺もアイリーンさんに言いたい事があったんです。
 だから、それを先に聞いてくれませんか」

「それって……」

アイリーンは期待と不安が入り混じった顔で恭也を見詰める。
恭也はそんなアイリーンに、ぎこちないながらも笑みを形作り、続きを言葉にする。

「俺はアイリーンさんの事が好きです。一人の女性として、一番好きなんです」

恭也の言葉を聞き、アイリーンは笑みを浮かべようとするが、その目からは涙が溢れてくる。
留まる事をせず、次から次へと流れてくる雫に頬を濡らしながらも、
アイリーンは恭也の言葉に答えるべく、自らの思いも言葉に乗せる。

「私も恭也の事、誰よりも好きだよ。この気持ちはフィーにも、ゆうひにも負けてない」

そう言って微笑むアイリーンの姿は、涙に濡れていても幸せそうで、そして恭也の目にはとても輝いて見えた。
恭也はそのまるでガラス細工のように、綺麗で繊細な物を扱うかのようにそっと手を伸ばす。
その手に確かな感触を確かめると、そっと抱き寄せる。
アイリーンもその力に逆らわず、そっとその愛しい人の胸へと飛び込む。
誰もいない暗闇の中、お互いの瞳に愛しい者を映しながらそっと顔を近づけていく。
その腕の中に幸せの光を抱き締めたまま、そっとキスを交わすのだった。



Have given a tight hug into a breast to light.




 〜 後日談 〜




<あとがき>

万次郎さんの51万Hitリクエストで、アイリーン編です。
美姫 「遅くなってごめんなさい!この通り、この馬鹿も反省してますので」
痛い、痛い、痛い!
どっちが馬鹿だ!こんな事されたら、死ぬわ!
美姫 「えっ!?嘘!?」
何、本気で驚いてるんだよ。無性に悲しいじゃないか。
美姫 「だって……」
お、お前な〜。
美姫 「何よ、やる気?」
いえ、ごめんなさい。
美姫 「はやっ!って言うか、土下座!?」
ふっ、土下座ではない。ただ、おでこを地面と接触させただけと言ってくれ。
美姫 「……威張って言う事かしら?」
ふっ……。俺のあまりにも優雅なお辞儀に言葉も出ないか。
美姫 「ま、まあやけに手慣れている感じはしたけど」
さて、馬鹿な冗談はこのぐらいにして、アイリーン編をお届けしました。
美姫 「では、この辺りで失礼します」
ではでは。





ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ