『妹姫』
「志貴さま、朝です。お起きになってください」
志貴の枕もとで一人のメイド──翡翠が囁く。
「志貴さま。お目覚めになってください」
翡翠の再度の呼びかけに志貴の意識が少しずつ覚醒していく。
「う・・・うーん」
一度伸びをした後、眼鏡をかけ翡翠に声をかける。
「ああ、おはよう翡翠」
「おはようございます志貴さま」
「翡翠、なんだか下が騒がしいような気がするんだけど」
「はい、志貴さまにお客さまがお見えになっています。
あまり待たせるのもどうかと思いましたので、起こさせて頂きました」
言われて時計へと目を向ける志貴。
その時刻は休日には志貴がまだ寝ている時間だった。
「ああ、ありがとう。所で誰が・・・・・・」
来ているのかを聞こうとして途中で止める。
大体、志貴の家を休日に訪ねてくる人物など限られている。
「はぁー。で、今日はどっちが来てるのかな?翡翠」
志貴の頭に二人の女性が浮かぶ。
(どっちが来ていようが、今ごろ下では秋葉と争っているだろうな。最悪の場合、両方って事も・・・)
朝からそんな事を考えて憂鬱になりながら、ベットから抜け出す。
「今日来られているのは、アルクェイドさまでもシエルさまでもありません。
ですから、早く着替えて降りてきてください。では、失礼します」
志貴に一礼してから翡翠は部屋から出て行く。
志貴は着替えながら翡翠が今、言った言葉を考えていた。
(アルクェイドでもシエル先輩でもないのか。だとしたら、誰だ。
有彦の奴は2日前に訳の判らない事を言ってまた、放浪の旅に出たはずだから違うだろ)
「まあ、下に行けば判るか」
着替えを手早く済ませ、客がいるというリビングへと向かう。
「秋葉、俺に客が来てると翡翠から聞いたんだけど・・・」
「あら、兄さん、おはようございます。かなり早いお目覚めですね」
「ああ、おはよう。ホント久々だよ、こんなに早く起きたのは。で、お客というのは」
秋葉の皮肉をさらりと受け流して、客の姿を探す。
と、志貴の背後から声が掛けられる。
「おはよう、お兄ちゃん」
その声に志貴が振り向くと同時に、その胸に小さな影が飛びつく。
「都古ちゃん!どうしたの、一体」
「えへへへー、お兄ちゃんに会いに来たの」
背後から迫ってくる無言のプレッシャーに内心、冷や汗をかきながら必死で意識を都古に向ける。
「そ、そうかい。それは嬉しいな」
「で、兄さん。いつまで抱きしめているんですか?」
「あ、そうだな。都古ちゃん、ちょっと離れて」
「いや!」
「い、嫌って言われても」
「駄目なの?」
「うっ」
都古に涙目で見られた志貴は返答に戸惑う。
「ほ、ほら秋葉も見てるし、そろそろ離れてほしいなぁ〜なんて思ったりするんだけど・・・」
「じゃあ、見てなければ良いの?」
「い、いや、そういう訳でも・・・」
「ああーー、もう。兄さん、はっきりと仰ったらどうですか!それに、都古さんでしたっけ。
一体、何の御用があって遠野家に来られたのですか」
「だから、お兄ちゃんに会うためだって言ってるじゃない」
都古は志貴から離れ、秋葉と向き合う。やっと解放された事に安堵する志貴だが、すぐに別の嫌な予感が走る。
「私はお兄ちゃんの妹だもん。だから、いつでもお兄ちゃんの側にいるんだもん」
「なっ、兄さんの妹として側にいるのは私です!」
「お兄ちゃんの妹は私だもん」
「私です」
「う〜〜〜、私だもん」
「私です。私の方が妹として相応しいです」
「じゃあ、お兄ちゃんに決めてもらおうよ」
「ええ、構いませんわ」
「お、おい、二人とも。こんな事で喧嘩なんか・・・」
「こんな事とは何ですかっ」
「そうだよ。とっても大事な事だもん。さあ、どっち」
「さあ早くお願いしますね、兄さん」
「は、早くってお前、こんな小さい子と何を張り合ってるんだよ」
「別に張り合ってなどいません。私は兄さんがどちらを選ぶのかを知りたいだけです」
「両ほ・・・・・・」
「始めに言っておきますが、両方などと戯けたお答えをおっしゃりやがったら、・・・・・・・・・わかってますよね」
にっこり笑って言う秋葉に、志貴の背筋に冷たいものが流れ落ちる。
(あ、秋葉・・・なんか言葉使いが・・・・・・)
「「さあっ」」
「えーと・・・・・・い、妹はやっぱり、・・・・・・都古ちゃんかな」
「やったー!」
「そ、そんな・・・」
覚悟を決めて言った志貴の台詞に正反対の反応をする二人。都古は喜びの笑みを浮かべながら、志貴の腕にぶら下がる。
「兄さんの気持ちはわかりました・・・・・・。へ、部屋に戻りますので、これで失礼します」
懸命に平静を装い歩き去ろうとする秋葉。
丁度、志貴の横を通り過ぎようとした時、志貴は都古を自分の腕から優しく引き剥がし、秋葉の腕を掴む。
「っ!兄さん、離して・・・・・・」
秋葉に最後まで言わせる前に、掴んだ腕をそのまま自分の方へと強く引き、抱き寄せる。
「な、なな#%?※」
突然の事に軽く混乱する秋葉の耳に口を寄せ、小さな声で囁く。
「秋葉、落ち着けって」
その言葉に落ち着きを取り戻す。
「いいか、秋葉。都古ちゃんは妹なんだ」
その言葉に一瞬、秋葉の身体がビクリと震えるが、次に続く言葉を聞き、再び大人しくなる。
「で、お前は俺にとって大事な人なんだ。だから、どっちか妹を選べと言われたら、秋葉を選ぶ事は出来ない。
だって、妹にはこんな事できないからな」
言って、志貴は秋葉に口づける。
「兄さん・・・・・・」
秋葉の頬を一筋の雫が流れ落ちる。
「こういう選択は駄目か?」
「いいえ、嬉しいです」
今度は秋葉から志貴へと口付けをする。
そこへ横から声が飛んでくる。
「あらあら、お二人とも大変、仲が良いですね。お客様をほっといて、お二人だけでお楽しみだなんて。ねぇ、翡翠ちゃん」
「・・・・・・///」
「・・・・・・」
その声に慌てて離れ、周りを見る志貴と秋葉。
そこには、頬を赤めて無言で立ち尽くす翡翠と、頬を膨らませて不機嫌さを全身から発している都古。
そして、いつもと同じ様に微笑んでいる琥珀がいた。
「あ、あははははー」
「///」
志貴は笑って誤魔化そうとするが、その笑みは引き攣っており、その側に立つ秋葉の顔は未だに真っ赤である。
「えーっと・・・まあ、なんと言うか・・・」
三人にじっと見られてシドロモドロになりながら、何かを言おうと口を開くが、全く言葉になっていない。
そんな志貴を見て、いつもの調子を取り戻したのか秋葉が口を開く。
「兄さん!」
「は、はい」
志貴はほとんど条件反射的に返事をする。
「全く、兄さんは何を考えているんですか。ちょっとは、時と場所を考えてください」
「な、・・・じゃ、じゃあ、時と場所によっては、また、しても良いんだな」
珍しく志貴が反撃に出る。その台詞に秋葉は一瞬、言葉に詰まり顔を赤くするが、すぐに元に戻ると、
「そういう事を言ってるんじゃありません。大体、兄さんはいつもいつも・・・・・・」
結局、いつもと同じ様に秋葉が一方的に捲し立て、志貴がそれを聞くという展開へと変わる。
「あらあら。お二人にも困ったものですね。都古さん、ああなったら当分はあのままですから、私達はお茶でもしてましょう」
そう言って翡翠と都古を座らせ、お茶の用意をする為にキッチンへと向う。
琥珀がお茶を用意して戻って来ても、二人はまだいつものやり取りをしており、心配した都古が琥珀に止めなくてもいいのかと聞く。
が、琥珀の方は慣れたもので、
「あれはお二人のコミュニケーションの一種ですよ」
と笑いながら答える。
そして、そんな周りを余所にまだやり合っている二人の顔は、琥珀の言葉を肯定するかのように、どこか楽しそうであった・・・・・・。
<おわり>
<あとがき>
うーん。う〜ん・・・・・・。
美姫「どうしたの?初っ端から唸って」
いや、今回のタイトルでちょっと・・・。
美姫「ああ、最初は単純に"妹"とかいうタイトルだったやつね」
そう。で、英語表記にしようかとも思ったんだが・・・。
美姫「月姫だから妹姫にしたんだっけ。単純よね」
それを言うな・・・(泣)
美姫「でも、何故、そこまで唸ってるの?」
いや、書いてから気付いたんだが・・・・・・、これって英語表記すると・・・・・・。
美姫「あっ!シスタープリ・・・」
ゴホゴホゲホゲホッ。それは言わない約束だよ。
美姫「え〜〜い、うっとしい!」
ドカッバキッ
ぐぇぇぇ〜〜。
美姫「ふぅー。では、また次回!」