『薔薇に愛されしもの 番外』
〜美姫さま、これで勘弁を〜
とある家の一室。
ここは今、異質な空気で包まれていた。
美姫 「早く、早く」
浩 「まあ、待て待て」
一応、作品の上では神として君臨しているはずの著者、氷瀬浩を急き立てるこの女性こそ、
この話の発端者であり、同時に神をも恐れぬ者である。
急かす美姫を何とか落ち着かせ、尤も、その姿はボロボロになっていたが、
賢明な方ならお分かりになるだろうから説明は省くとして、浩は何とか準備を整える。
浩 「出来た。では、これより呼び出します」
美姫 「ワクワク」
浩は怪しげな呪文を唱える。
すると、足元に描かれた魔法陣らしきものが光を放ち始める。
やがて、その光が部屋を満たし視界を覆い尽くさんばかりに輝く。
しかし、それも一瞬の事で、すぐにその光が収まる。
ただし、光が収まったとき、部屋には異変が起こっていた。
二人しかいなかったはずの部屋に、もう一人現われたのである。
新たに現われた小さな男の子は、周りを見渡し不安そうな顔をする。
?? 「ふぇ、こ、ここは何処ですか?」
その男の子を見て、美姫の目が怪しく光る。
と、思ったのも束の間、美姫は神速でその男の子を抱き上げると頬擦りし始める。
美姫 「あ〜ん、恭也くんだ」
恭也 「た、確かに僕は恭也ですけど、お姉さんは誰ですか」
美姫 「ん?私は美姫っていうのよ。美姫お姉さんって呼んでね」
恭也 「は、はい。美姫お姉さん」
美姫 「きゃ〜、お姉さんだなんて〜」
自分でそう言えと言ったくせに、甲高い歓声を上げる。
そんな美姫を眺めつつ、恭也は再度問い掛ける。
恭也 「所で、ここはどこですか」
浩 「それには俺がお答えしよう。ここは、どこでもない場所であり、どこかにある場所。
存在する場所にして、存在し得ない場所なんだよ。分かった?」
恭也 「すいません、分からないです」
美姫 「良いのよ、気にしなくても。あの馬鹿の戯言なんて、適当に聞き流しておけば良いのよ」
浩 「シクシク。……まあ、泣いてても仕方がない。
とりあえず、今日一日、恭也くんはここで過ごしてくれれば良いから。
あ、危害は加えないし、明日になったらちゃんと元の場所に帰れるからね」
恭也 「ひょっとして、父に預かっているように言われたんですか」
浩 「えっと…。そ、そうそう、そうなんだよ」
浩の言葉に、恭也は美姫に抱かれたまま頭を下げる。
恭也 「すいません、父がご迷惑をお掛けしたみたいで」
浩 「い、いや、気にする必要はないよ。美姫がどうしても預かりたいって言ったんだから」
恭也 「そうなんですか?」
美姫 「そうなのよ。だから、恭也くんは何も気にしなくても良いからね。
じゃあ、早速夕飯の支度をするから、その間は浩で遊んでてね」
浩 「おいおい。浩で、じゃなくて浩とだろ」
美姫は浩をあっさりと無視すると、キッチンへと入って行く。
その後ろ姿を眺めながら、浩は一人涙を流す。
そんな浩を心配した恭也が慰めるように、肩をポンポンと叩く。
浩 「うぅ〜、人の情けが身に染みるよ。さて、気を取り直して、ゲームでもするか」
恭也 「はい」
全く立ち直りの早い男である。
浩はテレビにゲーム機を繋げると、何をするか恭也へと尋ねる。
浩 「どれがいいかな〜。俺もあんまり得意じゃないんだけどね」
恭也 「僕はあまりやった事ありません」
浩 「そういえば、そうか。あ、そっちのゲームには手を出したら駄目だよ。
とらいあんぐるハートはまだ、恭也くんには早いからね」
浩はゲームの束を恭也の目の届かない所へと移す。
その時、たまたま目に入ったゲームを恭也に見せる。
浩 「じゃあ、これにするか。俺もこれは苦手だから、いい勝負になると思うし」
恭也 「はい、それでいいです。えっと。ぷ○○よ、ですか?」
浩 「そうそう。じゃあ、始めるか」
そう言って、浩はゲームのスイッチを入れるのだった。
それから、二時間ほどが経過した頃、美姫がリビングに顔を出す。
美姫 「もうすぐ出来るからね」
美姫の言葉に、浩も恭也も返事を返さず、ただテレビ画面だけを注視する。
浩 「中々やるな恭也くん」
恭也 「浩さんこそ」
二人は完全にゲームに夢中になっていた。
美姫は二人のプレイしている画面へと目を向ける。
恭也 「やった!ニ連鎖だ!」
浩 「な、何ぃぃぃぃ!ぐわっ、邪魔ぷ○が。くそ!」
浩は毒づくと、赤色のぷ○を消す。
恭也 「えっと、これはこっち……で良いのかな?」
浩 「ふふふふ。油断したな。ニ連鎖!」
恭也 「あ、ああ」
低レベルな戦いを繰り広げる二人の後ろで、美姫は思いっきりため息を吐く。
美姫 「あ、あなたたち、それ本気?」
浩 「あー、美姫話し掛けるな。手元が狂う」
恭也 「今だ、えい!同時消し」
画面では、恭也が赤と緑のぷ○を同時に消していた。
浩 「あ、あああー。何の、再び二連鎖!」
因みに、速度は一番遅いだったりする。
そして、お互いに画面の半分もぷ○で埋まっていない。
美姫 「恭也くんは初めてだから良いとして、相変わらず落ちゲーが苦手ね、浩。
因みに、何勝何敗なの?」
あまりの低レベルな戦いに、美姫も疲れ気味だが、とりあえず聞いてみる。
浩 「ふっ!何を言ってるんだ美姫。まだ一回目だぞ」
恭也 「はい、そうです。だから、まだどっちも勝ち負けなしです」
美姫 「……………えっと、これっていつ始めたの?ついさっきかな?」
浩 「えっと、美姫が料理するって言ってからだから…」
恭也 「かれこれ2時間近くですね」
美姫 「………………………………」
浩 「ふ、恭也くん、中々やるな。俺とここまで戦うとは」
恭也 「そんな事はないですよ。でも、さすが浩さんですね。手強いですよ」
美姫 「……………………ま、まあ浩相手に2分以上対戦を続けているのは凄いわ」
恭也 「そんな事はないですよ。きっと手加減してくれてるんですよ」
浩 「恭也くん、そんな失礼な事を俺はしてないぞ。ずっと全力さ。
だから、それが君の実力だよ。よし!またニ連鎖!」
恭也 「あ、ありがとうございます。こっちもニ連鎖で相殺です」
美姫 「いや、浩相手に2分で倒せないなんてのを始めて見たって意味なんだけど…。
まあ、恭也くんは初めてだしね。それより、もうすぐ料理できるから、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
浩 「もうちょっと待て!」
浩の言葉に美姫が肩を振るわせる。
そして、笑顔で恭也に話し掛ける。
美姫 「恭也くん、ちょっと交代してくれるかな?」
恭也 「はい、いいですよ」
美姫の言葉に素直に美姫にコントローラーを手渡す。
美姫はそれを受け取ると、指を物凄い速さで動かしていく。
美姫 「何よ、この遅さは!止まってるじゃない。ここをこうして、ああして、ここに……」
1分後
美姫 「浩、これでフィニッシュよ。いけ〜、15連鎖!」
浩 「へっ?」
ばっよえ〜ん
画面の美姫の操作画面では、複雑に並べられたぷ○が次々と連鎖し消えていく。
浩 「ちょ、ちょっと美姫さん…。あ、ああああああああああああああ!!」
一斉に無数のお邪魔ぷ○に降られ、浩はあっという間にゲームオーバーとなる。
美姫 「さ、これで良いでしょう。さっさと手伝ってよ」
浩 「うぅぅ、分かりました」
浩と恭也は美姫に続きキッチンへと入っていった。
一通り準備を終え、テーブルに並んだ料理の数々に恭也は目を輝かせる。
恭也 「これ全部、美姫さんが作ったんですか」
美姫 「そうよ。これでも料理は得意なんだから」
何処か誇らしげに言う美姫を横目に見ながら、浩は箸を手に取る。
浩 「では、いただきます!」
恭也 「いただきます」
恭也は一口食べると、顔を輝かせて美姫を見る。
恭也 「これ美味しいです!」
美姫 「本当!?その言葉が何よりも嬉しいわ!」
本当に嬉しそうに笑う美姫を見て、恭也も笑みを浮かべると他のものを食べる。
そんな恭也を見ながら、美姫も自分の分を食べる。
美姫 「あ、恭也くん。口の周りが…」
そう言って美姫はナプキンを取ると、恭也の口の周りを拭う。
恭也 「ありがとうございます」
美姫 「うん、良いのよ。あ、そうだ。これも美味しいんだから」
そう言って美姫はおかずの一つを手に取ると、恭也に向って差し出す。
美姫 「はい、あーん」
恭也 「え、え」
戸惑う恭也に笑みを見せる。
それを見て、恭也はおずおずと口を開ける。
恭也 「あ、あーん」
美姫 「どう?」
恭也 「これも美味しいです」
美姫 「そう、良かった。次は何が食べたい」
恭也 「えっと、じゃあ、あれ」
美姫は恭也の差したものを食べさせていく。
美姫 「あー、至福の一時……。って、何か無くなるのが異様に早い気が…」
美姫が視線を転じると、そこには物凄い勢いで食べている浩がいた。
美姫 「……あ、アンタね!何、一人で食べてるのよ!これは恭也くんのために作ったのよ!」
浩 「うわ〜、取らないでよ、ジャイ○ン」
美姫 「誰がジャイ○ンよ、誰が!」
恭也 「美姫さん、落ち着いてください」
美姫 「ふー、ふー」
恭也の言葉に何とか落ち着きを取り戻す美姫。
ただし、恭也が見ていない隙に、浩を殴るのを忘れないのは流石といえよう。
一騒動あったものの、何とか食事を終える。
美姫 「じゃあ、お風呂が出来るまでトランプでもしてようか」
恭也 「そうですね」
美姫 「うーん、七並べで良いわよね」
浩 「うむ、質流れか。ふふふ、あれは何か虚しいな…。つい先日までは、質草とは言えまだ自分のモノだったんだ。
しかし、流れてしまえば…」
美姫 「違うわ!七並べよ、七並べ。全く、どんな耳してるのかしら?」
浩 「こんな耳!」
美姫 「形はいいのよ!」
美姫の素晴らしい右が浩の脳天を直撃する。
浩 「中々に痛いツッコミだな」
美姫 「はぁー。馬鹿やってないで、さっさと配りなさい」
浩 「しかし、3人で七並べか」
美姫 「大丈夫よ、もう一人呼んでいるから」
式(友情出演。または、無許可とも言う) 「えっと、突然呼ばれた式です」
浩 「ふっ。災難だったな」
式 「天災と思うて諦めたわ」
浩は遠くを見詰めた後、トランプを全員に配っていく。
浩 「さて、これで良しと」
こうしてゲームがスタートした。
浩 (くすくす。◆8と◆6は止めさせてもらうぜ)
浩 「パス1」
美姫 「うわ、いきなり!後、2回よ。じゃあ私はクラブの8」
恭也 「僕はクラブの6を…」
式 「とりあえず、ハートの6を」
浩 「ふむふむ。なら、俺はハートの5」
こうしてゲームが続いていくと、恭也がパス2回目をする。
浩 「くっくっく。恭也くんは後パス一回だね」
美姫 「くっ!あ、アンタ、ダイヤの8と6を止めてるでしょう!」
浩 「何を根拠に」
美姫 「くっ!こいつは…。しかも、今までの流れからいって、ジョーカーも持ってるわね」
浩 「ふふーん。俺はダイヤのカードを2枚しか持っていないと言っておこう」
美姫 「うわー、こいつは!」
恭也 「僕はダイヤがいっぱいあります」
浩と美姫の会話を聞きながら、恭也が口を挟む。
浩は自分の番でカードを出すと、美姫へと視線を送る。
浩 「ほらほら、次は美姫の番だぞ」
美姫は悔しそうに顔を歪めながら、場に一枚出す。
恭也 「パスです」
浩 「くっくっくっく。恭也くんはこれでパスを全て使い果たした訳だ。次に出せるカードがあれば良いね〜」
美姫 「こ、こいつは……」
怒りに震える美姫をおいて、式もカードを出す。
そして、浩の番となり手札に手を掛けた所で、
美姫 「あーあ、そろそろダイヤの6が欲しいわね」
浩 「本当だな。そろそろ出ると良いな」
しれっと言い返す浩だったが、美姫から迫り来るプレッシャーを感じ、横目でそちらを見る。
美姫はニッコリと微笑みつつ、その腕の一つが背後へと周っていた。
浩 (は、ははははは)
長年の付き合いで、それを察したのか浩は胸中で乾いた笑みを浮かべる。
美姫 (ひ〜ろ〜。分かってるんでしょうね〜)
浩 (な、何のことだ?俺にはさっぱり)
美姫 (ふ〜ん、分からないんだ〜)
浩と美姫は目で会話をする。
その会話を全く分からない恭也と、分からないながらも雰囲気からただ事ではないと察した式。
そんな二人に構わず、美姫は振り上げた拳を床へと叩き付ける。
ドゴとありえない音と煙を立てる床を見ながら、浩は恐々尋ねる。
浩 「み、美姫、どうしたのかな?」
美姫 「うふふふ。べっつにー。ちょっと蚊がいたもんだから。ええ、悪さをする蚊が、ね」
美姫は再び笑顔を浮かべて浩を見る。
それを見た浩の体が一瞬硬直する。
浩は震える指で手札から一枚引き抜くと場に捨てる。
浩 「は、はははは。これ以外に捨てれるカードがないや」
わざとらしい浩の言葉に、恭也は嬉しそうな顔を見せる。
美姫の番が過ぎ、恭也の番となると恭也はダイヤの5を捨てるのだった。
美姫 「そう言えば、ダイヤの8も出てないわね。それ以外にも、何か4とか9で止まってる所もあるし」
浩 「は、はははは。そ、そう言えばそうだね。あれ?可笑しいな。
勘違いしてたみたいだな。こんなに捨てれるカードがあったんだ…」
乾いた笑みと棒読みの台詞で、止まっていたカードが次々と出て行く。
美姫 「あ、恭也くんがKを置いたから、クラブはAからね」
浩 「な、何ぃ!そ、そんな馬鹿な」
美姫 「ふふん。クラブの4でも持ってたのかしら?あら、私ってばクラブの3なんて持ってるわ。
これは最後に使うとして、浩はジョーカーを手放しちゃったんだったわね」
浩 「のぉぉぉぉ!」
結果は、恭也、美姫、式、浩の順だったとか。
式 「ほな、うちはこれで」
美姫 「ばいばい」
恭也 「さようならです」
浩 「また」
式を見送った後、美姫は恭也を風呂へと連れて行く。
美姫 「浩、覗いたら承知しないからね」
浩 「誰が覗くか!」
美姫 「分からないじゃない。こんなに可愛い恭也くんを覗かないとも限らないでしょ」
浩 「絶対覗くか!俺にそっちの趣味はないわっ!」
美姫 「…そう言えばそうよね。でも、そうなると私を覗く危険が…」
浩 「お前なんか、頼まれても覗かん!」
美姫 「……ふふふ。いい根性ね。あ、恭也くんは先に行っててね」
美姫は恭也を先に風呂へと向わせると、満面の笑みを浮かべて浩を見る。
浩 「な、何をする気でしょうか?」
美姫 「ふふふ。私の傷付いた乙女心の分を、浩の体にね」
浩 「は、はははは。じょ、冗談……じゃないみたいですね」
美姫 「くすくす。浩、行こうかしら、夢の世界へ」
浩 「い、嫌じゃー」
浩は美姫に引き摺られ、とある一室へと連れて行かれる。
その部屋の中がかすかに見えたが、窓一つ無く、中央には魔法陣。
壁という壁には、さまざまな武器が掛かっていた。
そして、その部屋の扉が音を立ててゆっくりと閉ざされた。
どうやら防音になっているらしく、かすかに聞こえてくる悲鳴はくぐもっていて良く聞き取れない。
これなら、風呂場にいる恭也の耳には届かないだろう。
浩 「ぐわー。や、やめて。俺が悪かったから。そ、それだけは。いや、マジで。
そ、それは幾ら何でもまずいって。俺でもソレは。い、いや。待て待て待て。
わ、私が悪かったです。美姫様の美しい身体を拝見できるチャンスを逃すはずがないじゃないですか」
美姫 「本当に?」
浩 「ええ、そりゃあ勿論」
美姫 「ふーん。つまり、覗くつもりだったんだ。じゃあ、もっとキツイお仕置きが必要ね」
浩 「なっ!ちょ、ちょっと待て待て待て。それは、あんまりにも…」
美姫 「問答無用。この技、使ってみたかったのよね」
浩 「な、それは。それだけは勘弁してくれ。流石に分子崩壊されたら、復活に時間が掛かる」
美姫 「やっぱり復活はするんだ。たまーに、アンタを解剖したくなるわ」
浩 「いや、今はそれじゃなくてだな。は、ははは。や、やらないよな」
美姫 「くすくす」
浩 「な、何だ!そのやる気満々な顔は!や、やめ…、うぎゃぁぁぁ〜〜〜〜!!」
数分後、部屋から出てきた美姫は大層爽やかな表情をしていたとか。
その後、一緒に風呂を楽しみ、一緒の布団で寝た美姫は大変上機嫌だったとか。
翌日、恭也が帰る頃に何とか復活を遂げた浩は、体力を使い果たしたのか、リビングで死んだように眠っていたとか。
氷瀬 浩、ここに著する。
── 浩と美姫の自叙伝第6巻第3章「美姫至福の時間、浩地獄の時間」より抜粋 ──
おわり
<あとがき>
終ったよ……。もう駄目。
美姫 「よく頑張ったわ浩。珍しく褒めてつかわす」
お前、偉そうだな。
美姫 「ふふふ。違うわよ。偉そうなんじゃなくて、偉いの」
……ふぃー、疲れたから休もう。
美姫 「ゆっくり休んでね♪」
(今回は機嫌が良いみただな)
お、おう。ゆっくり休むぞ。
美姫 「じゃあね、ごきげんよう」