『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』
1
秋も深まったある日の休日。
恭也はいつものように盆栽の世話を終え、縁側で湯呑みを片手に寛いでいた。
「はぁー、落ち着く」
そう零す恭也を見て、
「恭ちゃん、益々年寄りくさくなっていくね」
などと失礼な事を言った弟子は今、庭で手足を痙攣させながら、己の失言を悔いている所である。
そんな折、電話が鳴り響く。
恭也は立ち上がると、電話を取る。
「もしもし…」
「おっ、その声は青年だな」
「失礼しました」
恭也は声の主が誰か分かると、すぐさま受話器を下ろす。
と、すぐに電話のベルが鳴る。
恭也は嘆息しつつ、受話器を上げる。
「もしもし」
「てめぇー、何いきなり切ってるんだ!」
「いえ、お忙しい真雪さんの手を煩わせてはいけないと思いまして」
すらすらと心にもない事を口にする恭也に対し、
「おもしれー事、言うようになったじゃないか」
「お陰様で」
「はっはっはっは。そうか、そうか、あたしのお陰か。
なら、礼は貰わないとな、恭也〜」
面白そうに、それでいて親しげに名前を呼ぶ真雪の声を聞き、恭也は内心、しまったと後悔するが後の祭りである。
「という訳で、今からさざなみに来い」
「……既に決定事項なんでしょう」
「分かってるじゃないか」
「もし、断わったら?」
「その時は、お前の代わりに那美を可愛がるだけだ」
「那美さんは受験生だったかと思うんですが」
「ははははは。アタシがそんな事、気にすると思うか?」
「思いません」
「……速攻で断定されるのもアレだが。まあ、いい。じゃあ、待ってるからな」
そう言うと真雪は電話を切る。
このまま無視しても良かったが、本当に那美が自分の代わりになったらと思うと、溜め息を吐きながらも出かける支度をするのだった。
勿論、自分に掛かる被害を減らす為に、美由希も同行させる。
そして、着いたさざなみ寮のリビング。
そこは既に阿鼻叫喚となっていた。
恐らく真雪によって飲まされたと思われる寮生たち。
その中には、フィリスの姿もあった。
「フィリス先生まで。一体、何の騒ぎ何ですか?」
「おお、恭也来たか。こっちに来いよ」
「は、はあ」
「今日は、知佳とシェリーの帰宅祝いだ」
真雪の言葉にリビングを見渡せば、確かに知佳とシェリーの姿があった。
前に面識のある恭也は軽く頭を下げ、挨拶をする。
当の二人は、酔いが回っているのか少し赤くなった顔に笑顔を浮かべ、同じ様に挨拶を返す。
そんな感じで、恭也と美由希も宴会に参加させられていった。
そして、数時間後。
リビングには見事に酔いの回った者たちが勝手に騒いでいた。
唯一、素面なのは最初の一、ニ口を飲まされた後、上手い事逃げていた恭也のみであった。
それを見つけた真雪が放っておく筈もなく、恭也は真雪に捕まる事となった。
「さて、恭也。ぱぁ〜と飲んでもらおうかな〜」
「ですから、俺は下戸なんですって」
「そんな事、あたしの知ったことじゃないね」
そう言って恭也の腕を強く引っ張る。
その勢いに恭也は真雪の胸へと倒れ込んだ。
「おいおい、恭也。幾らアタシが魅力的だからって、こんな所で押し倒すなよ」
真雪の言葉に恭也は顔を真っ赤に染め、
「ち、違います。って、離してください真雪さん」
「じゃあ、アタシの酒を飲むか〜。うりゃうりゃ」
真雪は恭也の顔に胸を押し付けるように、恭也の頭の後ろに手を置く。
「ちょっ、ま、真雪さ……」
「ふぁっ、ば、馬鹿、喋るな。くすぐったいだろうが」
「そ、そんな無茶な…」
「はぁっ、ば、ばか」
そんな二人の行動を見ていた者たちから、凄まじい殺気が放たれる。
「お姉ちゃん!恭也くんが困っているでしょ!」
「そうそう。真雪なんかよりも、僕のほうが良いよね恭也」
「ぼうず、それはどういう意味だ?」
「さあ?」
知佳が真雪から恭也を引き離すと、今度はその隙にリスティが恭也の腕を取る。
それを見た、フィリスとシェリーがリスティに、凄い形相で迫る。
「「リスティ!恭也くんから離れてください!」」
「い・や!」
それを笑顔であっさりと否定すると、二人に見せつけるように恭也の腕に胸を押し付ける。
一方の恭也は腕に当たる感触に顔を赤くし、照れていた。
それが余計に火に油を注ぐ形となり、周りにいる者たちの怒りを倍増していた。
「リスティさん!いい加減に離れてください」
「那美、そいつは聞けないよ」
「どうしてもですか」
「ああ。当たり前じゃないか」
「そうですか……。なら」
そう言うと、酔っている所為もあってか那美は雪月を抜き、構える。
「面白い、やるのかい?」
それを見て、リスティが羽を展開させると、
普段なら止めるであろうリスティのこの行為にも、酔っているせいかフィリスたちまでが同じ事を始め、
負けじと知佳、フィリス、シェリーも羽を展開させる。
「だ、誰か助け…」
助けを求める恭也だったが、寮生たちは全員がリビングの入り口まで避難しており、誰一人として目を合わせようとはしない。
そのくせ、事の成り行きを楽しんでいる。
しかし、その中の一人が恭也の助けを呼ぶ声に答え、近づく。
「恭也、助ける」
久遠は大人バージョンに変化すると、周囲に雷を散らす。
「へー、久遠もやるって訳だ」
リスティは面白そうに言うと、眼前に同じく雷を纏った球形状のモノを作り出す。
耕介たちが固唾を飲んで見守る中、恭也を囲む形でリスティたちは力をゆっくりと溜めていく。
と、そんな耕介たちの後ろから声が掛けられる。
「耕介さんたち、どげんしたとですか?」
「か、薫(さん)(ちゃん)」
全員が驚きの声を上げる中、たまたま近くでの仕事を終え、久しぶりにさざなみに来た薫は、目の前の出来事に唖然となる。
「こ、これは一体……?」
その中心にいる恭也を見て、薫は部屋に一歩入ると、
「皆、やめんね!」
と、止めに入る。
その姿は耕介たちには頼もしげに、そして、恭也には救いの神のように見えた。
しかし、実際に力を解放するタイミングを見計らっていたリスティたちにとっては、それは合図でしかなかった。
薫が足を踏み入れた瞬間、
「サンダーブレイク!」
「雷!」
一斉にそれぞれの技が放たれる。
しかも、中心──恭也に向って。
『恭也(さん)(くん)危ない!』
全員が叫ぶ中、恭也は神速を発動させる。
が、
(に、逃げ場がない!!)
完全に囲まれた形で、広範囲に及ぶ攻撃を放たれたのでは、幾ら攻撃が遅く迫ってくる中、若干速く動けたとしても意味がなかった。
そんな中、薫は咄嗟に十六夜を振りかざし、霊力を込め、少しでも攻撃を逸らそうとする。
「真威、楓陣刃」
リスティたちHGS4人は、咄嗟に恭也をどこかへと転移させようと力を発動させる。
そして、部屋に轟音と閃光が飛び交い、それらが収まった頃、その場に恭也の姿はなかった。
〜 つづく 〜