『とらいあんぐるハート 〜Another story〜』
6
準備運動を終えた恭美は、ゆっくりと一刀だけを抜き放ち、恭也と対峙する。
勇也よりもその隙のない構えに、恭也も慎重に恭美へと向かい合う。
刹那、恭美が恭也へと駆け出す。
その速度は、恭也の知る美由希と同等かそれ以上で、恭也は内心舌を巻く。
恭美が袈裟懸けに振るってくる小太刀を、下から斬り上げて合わせた小太刀で防ぐ。
防がれた瞬間、恭美は背後へと飛び退き、同時に飛針を二本、恭也へと投げる。
恭也はそれを小太刀で弾き、恭美へと向う。
そんな恭也へ、今度は恭美の鋼糸が迫る。
恭也は左手で鋼糸を放ち、恭美の鋼糸を絡め取る。
これには恭美も驚いたのか、一瞬だけ動きを止める。
しかし、すぐさま気を取り直すと、迫り来る恭也へと小太刀を横に凪ぐ。
恭也はそれを受け止め、受け止められた恭美はすかさず残るもう一刀を抜刀し、恭也へと斬り掛かる。
それを恭也ももう一刀で受け止め、今まで恭美の小太刀を受け止めていた小太刀を恭美へと突き出す。
力の均衡を急に崩された所へ、突きが迫る。
これを恭美は、地面へと倒れ込むことでやり過ごすと、すぐさま横へと飛び起きる。
その半瞬あと、恭美のいた場所へと恭也の足が踏み下ろされる。
恭美は地面を転がり、すぐさま跳ね起きる。
そんな恭美の動きを見て、恭也は楽しそうに笑みを浮かべる。
「驚いたな。スピードは俺の知っている頃の美由希か、それ以上だ。
おまけに、体に無駄な筋肉がない。驚くほど柔軟だ。
一瞬の判断、飛針や鋼糸での牽制、一撃一撃の連携。
当時の美由希以上じゃないのか」
驚きつつも嬉しそうな顔を見せる恭也に、恭美は照れたような顔をして見せ、
美由希は娘を褒められた事と、当時の自分との比較とで複雑な表情となる。
照れていた恭美だったが、顔を引き締めると、一刀を納め、上半身を捻り、残る一刀を持つ右腕を後ろへと引く。
その構えを見て、恭也はニ刀とも鞘へと収める。
「射抜か。その年でソレを使うか」
恭也は楽しそうに言うと、両手を腰へと降ろす。
その恭也の構えを見て、美由希が恭美と勇也に声を掛ける。
「恭美、勇也、今から恭ちゃんが得意にしている薙旋がくるよ。
私や母さんは抜刀があまり得意じゃないから、しっかりと教えれてないし、数回しか見せてないけど、
私たちの薙旋と同じと思ったら駄目だよ。そして、しっかりと見てなさい。
本当の薙旋を見せくれるはずだから」
美由希の言葉に、二人は揃って頷く。
それから恭美は、上半身のバネを最大限に引き絞り、一気に加速する。
恭也へと肉薄する中、恭美の射抜が放たれる。
迎え撃つ恭也は両手を腰のニ刀へと伸ばし、それを抜き放つ。
最初の一撃目で、恭美の小太刀をしたから上方へと弾き、ニ撃目で小太刀を弾き飛ばす。
残る三撃目、四撃目はそれぞれ恭美の胸、喉元へと寸止めする形で動きが止まる。
「そこまで!」
美由希の号令とともに、恭也は突きつけていた小太刀をすっと離し、恭美へと話し掛ける。
「中々良い射抜だった。だが、射抜の真価はその派生にある。
射抜で決めようとするのではなく、射抜を躱されても次に派生させるように心がける方が良いかもな」
「はい!」
恭也の言葉に恭美は頷く。
そんな恭美を見ながら、美由希は悲しそうに呟く。
「うぅー。私が同じような事言った時は、あんなに素直に頷いてくれなかったのに…」
そんな美由希を気遣い、勇吾はそっと肩に手を置く。
横で見ていた真雪は、庭にいる恭也へと声を掛ける。
「おーい、恭也。とりあえず、そこまでにしてこっちに来て飲め」
「酒は遠慮しておきますよ」
「何を言ってる、と言いたい所だが、今日ぐらいは勘弁してやろう」
そう言うって真雪は先にリビングへと引き返す。
その背中を見送り、恭也もリビングへと引き返す。
「勇也に恭美で良かったよな」
「「はい」」
「二人とも中々強いな。また出来れば手合わせを頼む」
「こちらこそお願いします」
「私もお願いします」
「ああ」
三人はそう言って言葉を交わすと、リビングへと戻る。
「えっと、何て呼べば良いんでしょうか?やっぱり恭也おじさんですか」
勇也の言葉に恭也は顔を顰める。
「それは勘弁してくれ。大して年も変わらないのに、そう呼ばれるのは…」
「仕方がないよ、恭ちゃん。この子たちにとって、恭ちゃんはおじさんにあたるんだもん」
「それはそうなんだが…」
尚も渋い顔をする恭也に、恭美が話し掛ける。
「だったら、恭也さんで良いですか」
「ああ、それで良い」
「さて、話も纏まったようだし、恭也くん紹介するよ」
そう言って耕介は、二人の少女を恭也の前へと連れて来る。
「俺と愛さんの子供で、冬香(とうか)と夏奈壬(ななみ)だよ」
「こんばんは、槙原冬香と申します」
ロングヘアーのどこかのほほんとした少女は、外見同様にゆったりとした口調で挨拶する。
それに対し、夏奈壬と呼ばれたショートカットの少女は、猫のような目で興味深げに恭也を見ると、はっきりとした口調で話す。
「僕は夏奈壬、槙原夏奈壬。よろしくね」
「こちらこそ」
二人に対し、恭也は短く返答する。
そんな恭也へ、真雪が声を掛ける。
「恭也、これだけは教えといてやろう。
ここでは、死にたくなかったら、愛と夏奈壬の料理だけは口にするなよ」
「「真雪さん!」」
愛と夏奈壬が真雪へと文句を言う横で、耕介は苦笑していた。
それを眺めていた恭也の元に、なのはがやって来る。
「お兄ちゃん、この子が私の娘の春菜(はるな)よ」
なのはに背中を軽く押され、春菜はおずおずと恭也の前に出てくる。
「ほら、春菜」
クロノに促がされ、春菜は恭也へと挨拶をする。
「こんばんは、高町春菜です」
「ああ、こんばんは」
恭也はそう言うと、なのはにしたようにその頭をそっと撫でる。
突然の事に驚いた春菜だったが、すぐに大人しくなると、おずおずと恭也を見上げる。
「恭お兄ちゃん?」
春菜はなのはの方を見て尋ねる。
「えっと、確かにお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけど、それは私のお兄ちゃんって事だから」
どういうか悩んでいるなのはに代わり、恭也が先に話し掛ける。
「ああ、それで良いぞ」
「うん。恭お兄ちゃん」
嬉しそうに頷く春菜を見ながら、恭也はおじさんと呼ばれないで済んだとほっと胸を撫で下ろすのだった。
そんな春菜の後ろから、子狐が現われる。
「久遠か、久し振りになるのか?」
そう言って久遠を抱き上げる。
久遠は目の前の人物が本当に恭也だと分かり、子供の姿へと変わると恭也に抱き付く。
「きょうやー。ほんとうにきょうや?」
「ああ、そうだぞ。しかし、かなり話せるようになったんだな」
「うん。なのはたちのおかげ」
久遠は那美が鹿児島へと帰った後も、なのはの元に残る事にしたのだった。
那美も恭也を消してしまったという事と、なのはが久遠がいる事で元気になるならと、久遠の好きにさせる事にしたのだった。
「そうか」
「くおん、きょうやがいなくてさびしかった」
「それは悪かったな」
「うん。でも、ちゃんともどってきてくれたから、うれしい」
久遠の頭を恭也はそっと撫でる。
久遠も久し振りの恭也の手の感触に、笑みを浮かべる。
それが落ち着いた頃、桃子が話し掛ける。
「で、これからどうするの?」
「どうするとは?」
尋ね返す恭也に、美沙斗が答える。
「一応、恭也は戸籍上まだ生きている事にはなっている。
しかし、その年が…」
「ああ、成る程。って事は、当然大学の方も」
「ああ、自主退学という形になっている」
戸籍上の年齢と見た目と言うよりも、この場合は実年齢に差があるため、今後どうするのかと桃子は尋ねる。
「…どうしたもんか」
悩む恭也に、美沙斗が再び話し掛ける。
「まあ、戸籍は何とか出来るだろうから、そんなに悩まなくても良いんじゃないか」
「ですね」
あさっりと言ってのける美沙斗と、これまたあっさりと受け入れる恭也に、他の者たちは突っ込みたいのを堪える。
「住む所は問題ないわよ。アンタの部屋はそのままにしてあるから」
桃子の言葉に恭也は感謝するが、口には出さない。
それでも桃子には伝わっているのか、桃子は笑みを浮かべるのだった。
「まあ、今考えても仕方ないでしょうから、ゆっくりと考えます」
恭也の言葉に美沙斗も頷く。
そこへ、玄関が慌しく開けられ新たな来客が姿を現す。
「恭也くんが戻ってきたって本当!」
リビングに入ってくるなり、開口一番に叫ぶ。
そして、その視線の先にその話題の人物を見詰め、思わず涙ぐむ。
「フィリス、何泣いてるんだよ」
「だって、だって」
リスティの言葉にも、しかしフィリスは泣き止む事はなかった。
流石に我慢できなくなったのか、黙ってみている恭也へとリスティが声を掛ける。
「だぁー、恭也も黙って見てないで、何とか言えよ」
「いえ、あ、はい」
少し戸惑ったように返事をする恭也を見て、リスティはにやりと笑みを浮かべる。
「そうか。あまりにも変わっていないフィリスを見て、驚いたって所かな?」
「え、ええ、まあ」
「そうか、そうか。つまり、フィリスは全く成長してないって訳だ」
楽しそうに笑うリスティの背後から、まるで地獄からの叫び声であるかのようにフィリスが口を開く。
「リ〜ス〜ティ〜〜〜!それって、どういう事かしら?」
「ぼ、僕が言ったんじゃないだろう。恭也が…」
「俺はそんな事は言ってません」
「あ、こら、ずるいぞ恭也。この卑怯者め!あ、待てフィリス!は、話せば分かる!」
「問答無用です!」
リスティはこの後、たっぷりとフィリスによる全身マッサージを食らう事となったのであった。合掌……。
そんなやり取りを終え、フィリスは恭也へと頭を下げる。
「本当にごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。それに、そのお陰で右膝も治ったみたいですから」
「えっ!?」
恭也の言葉に、フィリスはさっきまでの態度も何処へやら、医者の顔つきに変わる。
「すいませんが、ちょっと診せてもらえますか」
「あ、はい」
恭也はズボンの裾をまくり、フィリスに膝を見せる。
フィリスは恭也の膝を触ったり、恭也に痛みを感じるか聞いたりする。
「信じられない。本当に直っているわ……。あれ?」
フィリスはその時、何かに気付いたのか声を出す。
そして、恭也へと問い掛ける。
「恭也くん、ちょっと腕を捲くってもらえます?」
「あ、はい」
フィリスに言われ、腕を捲くる。
それを見て、恭也自身はおろか、周りで見ていた者たちも声を上げる。
「…傷がない?」
「………体全体が若返っている?ううん、だったら子供に戻っているはず。
恭也くんを取り巻く時間だけが巻き戻ったのかしら。でも、それだったら……」
「フィリス先生?」
突然考え始めたフィリスに声を掛けるが、全く反応がない。
そんなフィリスを見ている恭也へ、リスティが苦しげな声を出す。
「む、無駄だよ恭也。その状態になったフィリスに何を話し掛けても無駄。
自分からこっちに帰ってくるまで待つしかないよ」
「は、はあ」
仕方なしに恭也たちは黙ってフィリスが戻ってくるのを待つ事にする。
好き勝手に飲み食いする中、どれぐらいの時間が経ったのか、おおよそ一時間ぐらいかけて、ようやくフィリスが戻ってくる。
「ああ、やっと戻ってきたか」
かなり前に復活したリスティが、フィリスへと声を掛ける。
そんなリスティの軽口にも付き合わず、フィリスは恭也へといきなり説明を始める。
「養父もアレから色々と研究をしていたみたいなんです。
それと合わせて考えて見ると、あくまでもこれは仮説なんですが…」
そう言って説明しようとするフィリスの口をリスティが両側から引っ張る。
「ふぁ、ふぁにをしゅふんふぇふふぁ(な、何をするんですか)」
「難しい話はなしにしよう。あくまでも仮説なんだろ。だったら、幾ら言ってみた所で意味がない。
単純に恭也が戻ってきたで良いじゃないか」
「そ、それはそうですけど」
「それとも、その仮説とやらを実証するために、恭也を解剖でもするのかい?」
「そ、そんな事する訳ないじゃないですか!」
「だろう。だったら、恭也が戻ってきた。おまけで、傷や怪我が治ったで良いじゃないか」
「分かりましたよ」
リスティに言われ、フィリスは説明を止める。
フィリスとて、恭也が帰ってきたことを喜んでいるのだから。
しかし、リスティの言い方を可哀相に思ったのか、恭也がフィリスへと話し掛ける。
「えっと、フィリス先生。つまり、結果としてどうなっているんですか」
「えっとですね…。結論だけ言うと、恭也くんは若返ってるんですよ」
「はい?しかし、姿は変わっていないかと」
「そうですね。
えっと、男性の運動能力は17歳ごろまで急激に向上し、その後一時低下するんですね。
で、どういった作用が働いたのかは分かりませんけど、恭也くんの体はそのちょうどピーク時にあると思われます。
つまり、ちゃんと鍛えれば更に伸びていき、そうでなければ低下していくという分岐点みたいなものですね。
詳しく説明すると、少し違うんですけどね。
まあ、つまり、恭也くんの体がもっとも運動能力が高いと思われる17才ぐらいになったと思ってください。
その副作用か、はたまたこれが副作用なのかは分かりませんけど、それに伴って、傷や怪我も治っているみたいですね。
多分、薫さんや那美さんの霊力も関係しているとは思うんですが。
一説によれば、霊的な成長は、15〜18才の間で劇的に伸びるとも言われているらしんです。
これらの作用が働いた結果……むぐむぐ」
「フィリ〜ス。難しい話は止めようよ。ほら、お前も飲め!」
「リ、リスティ、ちょ、やめ……んぐんぐ」
リスティはフィリスの口に一升瓶を持っていくと、そのまま流し込む。
「リスティさん、その辺で……」
「ん?まあ、恭也がそこまで言うなら止めてやるか」
恭也の言葉にリスティはフィリスを解放するが、時既に遅く、フィリスはそのまま酔いつぶれて寝てしまうのだった。
そして、今までのやり取りを聞いていた桃子が面白そうに手を打つ。
「じゃあ、恭也は17才という事にしましょう。
良かったわね、恭也。もう一度、学生に戻れるわよ」
「いや、俺は別に戻りたくない……って、既に聞いてないな」
盛大なため息を吐く恭也に、美由希が笑いながら話し掛ける。
「かーさんも、恭ちゃんが戻って来てきっと嬉しいんだよ」
「それは分かるし、ありがたいとも思う。
しかし、もう一度勉強するのは嫌だ」
「大丈夫だよ。一度やった事をもう一度するだけなんだから。言うなら、復習?」
「馬鹿者。俺が授業内容を覚えていると思うのか」
「…恭ちゃん、それって偉そうにいう事じゃないと思うけど」
しかし、美由希の呟きは見事に無視されるのだった。
「美沙斗さんも止めて下さい」
「…大丈夫だよ、恭也。丁度、今の風芽丘の理事長とはちょっとした知り合いだから。
事情を説明して、試験なしで転入させてもらえるように手配しておくよ」
「しないで下さい!って、言うか事情を話して、誰が信じるんですか」
「何も全て正直に話はしないさ。そうだな、護衛の関係上、こっちの学校に通う事になった事にでもするか」
「………はぁー。その言い訳で通じるなんて、その理事長とはどんな知り合いなんですか…」
楽しそうに言う美沙斗に、説得は無駄だと悟り、恭也はため息を吐くのだった。
ともあれ、再会を喜ぶ者、新たな出会いを果たす者、様々な者たちとの間で新たなる物語は紡がれる事となる。
〜 つづく 〜